37 恋人再戦(ラバーズのぎゃくしゅう)
一方その頃、ギラム達の居た庭園から相手を引き離す様に離れたリズルトはと言うと。邸宅の敷地内を抜け、隣接する空き地へと相手を運び込んでいた。
半ば炎を纏う勢いで突っ込んだ彼は適当なところで相手を熱風ごと吹き飛ばすと、対峙する様にその場に立ち塞がった
「ウフフ、まさかそちら側から喧嘩を売って来ますとわね。『飛んで火に居る夏の馬』と言った所かしら。」
「随分と余裕ぶっこいてやがる様だが……いいのか? ギラムの近辺に居るエリナス達の中でも、馬力には自信あるぞ。怪我程度で済むとは思わないで貰いてえな。」
「あら、別に余裕などこいてませんわ。ただ仕留めるのが容易だと思った、それだけですもの。」
「馬鹿にされたもんだな、馬なだけに。」
「お上手です事。」
仲間達から引き離された教団員『ラバーズ』は戯言を楽しむかのように言葉を選び、手にしていた団扇を仰ぎつつ口元を隠した。あたかも自らの表情を悟らせない上流貴族の様な振る舞い方をしており、リズルト本人は左程気にしない様子で軽く右肩を回しだした。
「んじゃま、手っ取り早く済ませてギラム達の所に戻るとするか。オーバーキルでも狙ってやろうか?」
「そうは問屋が卸しません事よ。私は既に立ち位置として危うい以上、黒星を創る訳にはいきませんの。問答無用で伸して差し上げます。」
「威勢は買うぜ。 ……おらぁああっ!!」
そんなやり取りを交わしていたのも束の間、先に先制攻撃を仕掛けたのはリズルトだった。軽くその場で右手を開いた後、彼は火球弾を掌に生成し、そのまま相手に投げ放ったのだ。放物線を描きつつも投球された攻撃はそのまま相手に向かって到着するも、ラバーズはそれを団扇を使って軌道を反らし、自身の後方地域で爆発させるのだった。
爆炎と共に火柱が立ち上るも、彼の放った攻撃で周囲が燃える事は無かった。恐らくその辺りはリズルトの意思でどうするのか、決定出来るの様にも思われた。
「どうしたどうした!! 守ってるだけじゃあ勝てねえぞ!!」
「ゴリ押し戦闘主義に、言われる筋合いはありません事よ……! 幾らエリナスと言えど、体力に底が無い訳ではありませんから……ねっ!!」
迫り来る攻撃の内の一つを弾き返したその瞬間、ラバーズはその場を駆けだし右側へ向かって団扇を振り払った。すると彼女の前方で投身よりも大きな周囲を巻き込む『竜巻』が発生し、リズルト目掛けて突撃を開始したのだ。
攻撃の合間を縫ってやって来た魔法を見かねた彼は軽く後方へ下がった後、両手で拳を作ったその瞬間、軽くその場で腰を引き勢いよく右手で竜巻目掛けて殴り掛かった。
「ぶっとべぇえええーー!!」
パァーーンッ!
「!!」
「ちんたらやってんじゃねえんだよ、こっちはなぁあ!!」
炎を纏った拳骨を受けた竜巻はその場で熱風を浴びたその瞬間、異なる風向きの力によって威力が弱まり、魔法は胴体を掻き消されるかの様に真っ二つに引き裂かれてしまったのだ。これには驚きを隠せなかった相手は驚愕すると、リズルトはその場で吠え出し殴りかかった。
打撃を交えた特攻を再び正面から受け止める体制に持ち込まれたラバーズは団扇を盾に防ぐも、その勢いは止まらず抑えるので手一杯となっていた。
「クッ!!」
「こちとら全力で戦いに挑んでんだ!! 勝つ気があるのかどうなのか、ハッキリしたらどうだ!!」
「な、何を根拠にそんな事を……!!」
「お前等は魔法の力を利用するために俺等を出汁に使ったのかも知れねえが、俺等はそんな目先の利益だけで死闘を行いに来た訳じゃねえんだよ!! リアナスの可能性を秘めた奴等がどうなるのか、お前等には解んのかぁあ!!」
相手の振る舞いを視た彼がそう言い放った直後、相手を再び熱風で吹き飛ばしリズルトは跳躍し強襲をかけだした。再びやって来る巨体を目にした相手は即座に左へ転がって回避し反撃を試みようとするも、相手の動きは早くも重く、即座に腕が上がらない程にまで彼女は身体に疲労を感じていた。
数十回程しか攻撃を反らしていないのにも関わらず、何故そこまで身体的な負荷がかかっているのか。ラバーズには理解出来ない状態となっていたのだ。
「……どういう話かは知りませんが、私達はそんな与太話を鵜呑みにするつもりなどございませんわ。理想は私達自身で築き上げるモノなのですからね!」
「だったら、今のお前の身体に掛かってる負荷は何を意味すると思ってんだ。」
「何ですって……?」
「確かに俺の腕力や火力はズバ抜けてるが、その程度なら魔法で創り出した武器で反らせば致命傷になる事もない。現にお前の身体には不要な乱れはねえし、俺も焼却処分するつもりもない。」
「………」
「だがな、契約からの創憎主との戦闘で……お前等は知っているはずだ。その力を悪用すればする程、世界の均衡は崩れてお前等の精神を初め、身体も持たなくなる。現に兆候は出てるはずだ。」
『まさか、頻度の多い戦闘のせいで……!? そんな事、一度もありませんでしたのに……!!』
突如として告げられた発言を耳にしたラバーズは驚愕しつつ、相手との距離を取りつつ自らの両手を視た。右手に握られた団扇は常に顕在しているのに対し、気づけば両腕は微小ではあるが痙攣しており、身体が違和感を覚えている事が解った。
今まで教団員として行動し戦闘を繰り広げていた際、彼女は今回の腕の重みを感じた事が無い現象の様に考えていた。しかし切欠が何であれ、異常を来しているのは目に見えており、このまま戦闘を続ければ彼の言う『精神に異常を来す』事に繋がりかねない。
自らは『真憧士』であって『創憎主』ではない。
高らかに掲げていた教団内の発言に、綻びが生じている様にも感じられた。
「……それでもお前等が戦うって言うんだったら、俺は遠慮なく叩き潰す。テインにそんな結末、与えるわけにはいかねえんだよ!!」
「ッ!! 無駄な戯言は聞き飽きましてよ!!」
しかしどんな現状から未来が導き出されたとしても、ラバーズには選択肢が無かった。既に起こってしまった敗北を重ねる事は真意に反し、教団員としての立場も失う事に繋がりかねない。自らと共に行動していたエリナスはその場にはおらず、自らその選択を選んでいる。
ならば、戦うしかない。
そう感じ彼女が団扇を振り上げた、まさにその時だった。
「無駄かどうか、それは貴女がお決めになる事ではありません。」
「!?」
バシュンバシュンバシュン!!
「んなっ!! 裾がっ……!! 何者ですの!?」
再び竜巻を発生させ相手の動きを阻害しようとした瞬間、彼女の動きは自らが纏う装束によって阻まれた。突如として聞こえてきた声と共に腕が上げられなくなったのを視ると、ラバーズは声の主を探す様に辺りを見渡した。
すると、彼等から視て最も近い位置に立つ街灯の元から、一人の美女が姿を現した。手元には自身の半分程の大きさを持つ、空色の『弓』が握られていた。
「貴女に対し、私から名乗る必要性は感じませんので割愛させて頂きます。……ですが、対応は必要と感じましたので行わせてもらった次第です。」
「!? 王女が何故ココに……!? 貴女は別の場所で隔離されてるはず」
シュンッ!
「そーんな見え透いた罠、お嬢に効くわけねえだろ。」
「でしてよ…… ……!」
突如として現れた相手を目にしたラバーズは再び驚愕するも、抗う事を止めず彼女に対して魔法を放とうとした時だ。自らの耳元で囁くクールかつ甘い声と共に、自らの首元に冷たい刃先が触れていたのだ。
様々な衝撃と共にラバーズは事実確認をすると、自分が声の主に片手で両腕を掴まれていた事を悟った。
抵抗しようと両手を動かすが、女性の力では雄獣人の力には敵わない。
「ほー ……って事は、アレが噂の『片割れ』か。」
「それにつきましては、後程。デネレスティは望んで自ら世界に足を踏み入れ、そして洗いました。私達が思っている以上に、彼等は優れ世界に適応しているのです。危険因子である貴女方を、私も野放しには出来ません。」
「ッ……! 自らの世界を構築して、何が悪いって言うのかしら!? 世の中のゴミ共に対する制裁が人間にしか行えないのなら、そんな連中を根絶やしにする世界を構築してはいけない理由など無いわ!! 勝手な行いでルールを形成して、それに振り回されているのは私達の方なんだから!!」
「それにつきましても、お答えしかねます。確かにそのルールを創っているのは私達。」
「だったら……!!」
「ですが。」
相手を拘束するデネレスティの動きにリズルトは感心するも、リブルティは淡々と言葉を放ち近付きだした。ドレスに身を纏った美女が大きな弓を片手に近づく姿は美麗ではあるが、その弓を向けられる対象となっているのならば話は別だ。
軽く激怒し自らの考えを述べる相手に対して、彼女は言葉を告げながらその場に立ち止まった。
「一声を放ち即座に適応する事など、世界を始め人間には無理なのですよ。誰しもが感じている事を己のみと感じてしまうのが、私達人間の大きな過ちなのですから。」
「!!」
「ネガティブな発想に身を染めてしまった事、それこそが最大の過ちと私は言いましょう。デネレスティ。」
「あいよ。」
「ヒッ!!」
そして放たれた言葉と反応する言葉を耳にした瞬間、ラバーズは恐怖を感じ身を強張らせた。首元に当てられていた短刀と共に自身の首が弾け飛び、意識があっという間に飛んでしまう。
まさに『死』を実感させられる様な体験を、彼女はするのだった。
一通りの戦闘が終了し、少しだけ時間が流れた時だ。
「……ン”ー!!」
「手際が良いな、マジで。……ってか、殺すのかと思ったけど違うのか?」
「お嬢が言ったろ、そっちの業界は『足を洗った』ってな。特技は活かすけど、殺るかどうかは俺達次第ってやつさ。」
「ぉー怖。」
遠くからやって来る現代都市の建造物と街灯の明かりが照らす、リズルト達の居る空き地。その場にはロープでぐるぐる巻きにされ、口元に布を噛まされたラバーズの姿があった。
実は先程までの流れはただの心理戦であり、油断した瞬間にデネレスティが仕留める手筈となっていたのだ。あからさまに流血沙汰を覚悟していたリズルトからすれば、少々呆気ない終わり方であった。
「先に片付きましたお相手に関しては、デネレスティにお願いします。私達はギラムの方へ参りましょうか。」
「あいよ。……ところで、アンタ誰?」
「ご挨拶が遅れましたね。『リブルティ・インターン』と申します、リズルト。」
「ぉ、おう。……んで、そっちが『デネレスティ』だっけか。」
「あぁ、よろしくな。」
そんな突如として現れたギラムの掛け持ち相手達を目にし、リズルトもまたギラムと同様な返事をするのだった。