36 女教皇和節制(ハイプリースとテンペランス)
「そーんじゃま、手堅い個所を狙わせてもらうとするかぁあ……!!」
お互いの所存を把握したのも束の間、一足先に行動したのはリズルトだった。相棒を託せる相手に任せて、炎と共に突撃を行うかの如く相手の懐へと突っ込んだのだ。彼の定めた相手、それは三人の内の中央に立っていた相手だった。
「おらぁああ!!」
ドンッ!
「ッ!!」
「オメェの相手は俺だぁあ! 今度は逃がしゃしねえぞ!!」
「良い度胸ですわ……!! お受けしましょう!!」
対象を捕らえやすく、防御の取りやすい行動をした事もあったからなのだろう。団扇を中心に防御壁を展開した『ラバーズ』を遠方に弾き飛ばすと、彼はその場を跳び出し相手を追って行った。
余程前回の戦いで暴れたりなかったのか、真っ先に対象を定めていた様な動き方であった。
「あらあらあらぁ、ラバーズが綺麗に持って行かれちゃいましたねぇ」
「『過去の清算』……と、考えるのが妥当かと。こちらとしてもそのお考えの様でしたし、特に構いません。」
「ではではではぁ。 私達は『観察対象』を捕らえる事に致しましょうかぁ~」
「それが宜しいですね。それに。」
「………」
「向こうも既にお待ちのご様子。殿方を退屈させるのは、些か引けます。」
「ですねぇ。お荷物片手にどこまで学ばせて貰えるのでしょうかぁ?」
お互いに一人ずつ戦場を離脱したのを視ると、ハイプリースとテンペランスは残されたギラムとテインを見比べだした。一方は完全に引き気味な初心者の真憧士なのに対し、もう片方は教団員全体が認知する程の強者真憧士。下手な動きをすればその差を埋められてしまう事も視野に入れないといけない為、彼女達からしても容易に動く事は望んではいないようだった。
そんな彼女達の様子を見ていたギラムは動きが無い事を察すると、静かに視線をずらし隣に聞こえるかどうかの声量で言い出した。
「……テイン、お前は出来る事を考えてくれて良いぜ。」
「えっ?」
「俺も初めはそうだったし、皆もそうだったはずだ。出来ない事よりも、出来る事をやってみてくれ。 良いか?」
「う、うんっ ……分かった。」
「よし、良い返事だ!」
相手の意思を引き出す様に一声かけると、彼は一歩前へと移動しつつ手元に拳銃を創り出した。そして武器を背後に隠すかのように右足を引きながらその場に立つと、相手に対し質問をしだした。
「お前等に確認しておきたいんだが、良いか。」
「? 何でしょうか。」
「『ビギナー』に対しての扱いは、どう心得てる。」
「………とてもシンプルな質問、痛み入ります。私達は優先対象を排除する為ならば、どのような手も望みましょう。……しかし。」
「こちら側の戦闘に対する思考判断はぁ、基本的に『一存』による傾向が大きいんですよぉ。 なので『どちらを捕れ』と言われたら、私は迷わず『強者』を倒してみたい気がしますねぇ。踊り狂う様を視るのは、大好きなんですよぉ。」
「……中々の趣味だな。」
「私は特に趣味嗜好を戦いに入れるつもりはございませんので、ハイプリースのご意向に賛同します。元より権限は低いので。」
「なら、遠慮なく動かせてもらうぜ。お前等からしても、俺は結構な『邪魔者』なんだろうからな……!」
「否定は致しません。」
「ですねぇ!」
軽めのやり取りの後に自ら動きを見せると、二人はお互いに使用する武器を手元に構え迎え撃つ体制を取り出した。例え仮初の意思確認だったとしても、相手からすれば下手な隙を見せる事は望んでおらず、その考えを変える時は状況が変わってから。戦闘経験を元に創り出した経験を元にギラムは動いた様子であり、テインから軽く離れつつも相手を捕らえるつもりで動いていた。
始めに先手を打ったのはギラムであり、走り込んでいた最中であったが双方に向かって発砲した。狙いを定めつつも動きを止められる『足元』に狙いを定めて撃ち込むと、相手はそれぞれ可能な手段で防御を取り出した。一方は分厚い本の厚みを利用して弾丸を防ぎ、もう一方はあたかも柵を跳び超えるかの様な華麗な動きで攻撃を避けたのだ。
それぞれの戦い方の趣向の一つを理解したその直後、相手からの反撃が始まった。
バサバサバサ……!
「さあさあ楽しませて下さいねぇえ! 簡単な圧死ではつまらないですからぁあ!」
「うわぁあ、本が……!!」
「無論、その程度でやられるつもりもねえよ!!」
攻撃を先に防ぎ動きを見せたのはハイプリースであり、手にしていた本を宙へと放り、そのまま空中で幾多も本を生成しだした。重力によって自らの元へと降り注ぐ攻撃を視ると、テインは慌てて後方へと移動し、ギラムは再び拳銃で本を弾き飛ばす様に発砲した。弾数に制限のない魔法の拳銃から繰り出される弾丸は、当たり所によって本を弾き飛ばし、隣接する本を次々と外部へと移動させだした。
無論弾いた拍子に戻って来る本も幾つか確認されると、彼はその場で左足に重心を傾け、そのまま回転し右足で蹴り落してしまうのだった。攻撃を見事に防御した彼は一瞬勝ち誇ったかのような表情を見せており、本人からしても満足の動きが出来ている様であった。
「お見事ぉお!」
「では、今度はこちらの番です。避けられますか?」
彼の動きを視て称賛を交えた声が聞こえたのも束の間、再び動いたのは相手側だった。両手でそれぞれ水瓶を手にし中から流水が放たれると、ギラムは後方へと下がりつつテインを小脇に抱え攻撃に備える様に動き出した。
あたかも水龍の如く不規則な動きで自らに迫り来るのを確認すると、彼はそのまま小刻みに左右に揺れながら回避し、必要最低限の動きで脅威を退けるのだった。
「軽い軽い!」
「濡れるぅうー!!」
しかし自ら動かずに抱えられているテインからすれば、目の前で勢いよく流水が流れ去るのは中々に脅威だろう。軽い水飛沫を浴びながらも避け終えると、ギラムは即座にテインを離し、動きに出た。
「今度はこっちの番だ! 行くぜっ!!」
再び右手に生成した拳銃を片手に彼は弾丸を装填すると、相手に狙いを定め発砲した。迫り来る弾丸を避ける様に相手側は双方に移動すると、ギラムは動きを見定めていた様子でハイプリースの方へと駆けこんだ。猛進する勢いで迫ってきた彼を視た相手は手元に本を生成し、身体の前で背表紙を盾に防御する体制を取った、その時だ。
「ふんっ!!」
「あらぁ~!」
ギラムが狙いを定めたのは相手の腹部では無く足元であり、相手の防御を諸共しない勢いで足払いをかけたのだ。自身よりも軽い相手を簡単に横転させると、彼はそのまま体重をかけていた右足に力を込め、そのまま回し蹴りを放った。
バランスを崩した相手をそのまま蹴り飛ばす勢いで放たれた一撃は、とても重く簡単に戦線復帰とまで行かないものとなる。はずだった。
カスッ……!
「! 消えた……!?」
「ギラム! 後ろっ!!」
「!」
しかし彼の一撃は命中する前に空振りとなり、つい先ほどまで居た相手は突如として姿を消してしまったのだ。消失した相手に動揺していると、彼の走り込んできた方角から一声が聞こえ、彼は振り返った時だった。
気付くと彼の後方には、大きな一冊の本が振り子のように彼の背後目掛けて襲い掛かって来ていたのだ。あたかも空から糸で結ばれているかのようにやってきた攻撃を視ると、彼は瞬時に両腕を身体の前で交差させ、攻撃を防ぐ体制を取った。身体に直撃する事は免れたものの、両腕に鈍痛が襲来し、彼は飛ばされた勢いで後方に滑りつつ、再びやって来る本を蹴り倒した。
そして辺りを見渡し消えた相手を探すと、手を出さなかったもう一人の元に探し人が立っていたのだった。
「残念ですねぇ、それくらいでは当たりませんよぉ?」
「元よりこの場は私『テンペランス』のフィールド。私を放置では、攻撃は入りません。」
「チッ、中々手応えのある事をしやがる……!」
ひとまず難を逃れると同時に彼は両腕を軽く振り、痛みを忘れる様に体制を取り直した。自らと同じく魔法と共に行動を可能とする集団を相手にするのは幾度と経験したが、攻撃が完全に命中しなかった事は一度も無かった。その場から姿を消して瞬時に移動する事は予想だにしていなかった様子で、彼の表情にも焦りが出ていた。
無論彼が感じている事は相手も同じと言えるこの状況下だが、相手側は人数でその不利を凌いでいる様にも見て取れた。
そんな1対2という状況を遠くから視ていた少年が動き出したのは、まさにその時だった。
「だったら、僕から行くまでだ! お願いします……! 僕の『インドラ』!」
先程までどう動くべきかと迷っていたテインは声を放った直後、その場で両手を組み地面に片膝を付けだした。あたかも祈りを捧げるかの様な体制を取り何かを叫んだその瞬間、彼の前方に光が収束し、その場には居なかったはずの存在が姿を現したのだ。
その場に姿を現した相手、それは細い鬣で首元を覆った土気色のライオンだった。
「ライオン……!?」
「お願い! 僕とギラムの為に手伝って!!」
《ガァアアーーー!!》
突如として現れた創誓獣は彼の声を聞いた直後、周囲に轟く鳴き声を放ち地面を蹴った。前後の両足を使って瞬く間に接近してくる脅威を見かね、相手は驚きつつも反撃する体制を取り出した。
「『召喚系』魔法ですか……!!」
「無駄です、無駄無駄ぁあ!」
バンッ!
《ガアッ!!》
迫り来る野獣を見かねたハイプリースはその場に大きな本を創り出すと、あたかも対象を弾き飛ばす様に本を振るった。軽く跳躍し対象を襲おうとしていた創誓獣はその勢いで進行方向とは違う場へと弾き飛ばされると、地面を転がり怯んだ様子を見せた。
「動物の動きは単調なんですからぁ、当たりませんよぉお!」
「単調だって、馬鹿にしてたら痛い目に合うからね……!! インドラ!!」
《!! ガァアア!!》
だがしかし、相手が高らかに反撃出来るほど軟な魔法でも無いのは事実だ。痛恨の一撃を受けるも消え去る事の無かった創誓獣は再び地面を蹴ると、右前足を振り上げ対象の装束を切り裂いた。
ザシュンッ!
「!?」
「そのままライトのストレート!! ダブルでハイキック!!」
《ガァアアアッ!!》
「クッ!」
攻撃が命中し怯んだ隙を付いてか、テインは立て続けに声を張り上げ具体的な動きを指示する様に叫んだ。すると、インドラと呼ばれた創誓獣は解釈の暇すら無い【自らの意思】で動いているかのように、的確な行動を仕掛けだしたのだった。
始めに襲い掛かったテンペランスを立て続けに襲うかのように、インドラは視線をそのままに大きく右へと回り込み体当たりを放つ。そして相手を突き飛ばした拍子にその場で跳躍し、あたかも跳び蹴りを放つ様に両後ろ足で蹴り飛ばすのだった。猛烈な一撃を受けて地面を転がったテンペランスを庇う様にハイプリースが動くも、生成した本で防ぐのがやっとなのであった。
「……初心者、と言う話ではありませんでしたか? ハイプリース。」
「驚きを通り越してしまいそうなくらいですよぉ。 やっぱり子供相手は怖いですねぇ。」
「同意せざる得ません。しかし…・・・!」
「余所見はさせねえよ!!」
ガスンッ!!
「ッ……!! ビギナーよりも、手強い相手がココに居らっしゃるのですから……!!」
気付けば防衛の一方を辿っていた彼女達を負かすべく、間髪入れずにギラムは壁と成っていた本を蹴り飛ばした。あらぬ方向から受けた力量によって簡単に防御が無くなった隙をつく様に創誓獣が襲い、そしてまたギラムがその隙を縫うように援護する。何時しか対等な立場で戦っているかのように、戦況が変わり彼等が有利と成っていたのだ。
油断していた相手が突如として化ければ、誰だって驚いても不思議では無い。しかしそれよりも、彼女達が驚いたのはギラムの動きの方だ。
元より援護を任せる形で戦う傾向があった彼が、主力を任せそれを担うかのように今は動き戦っている。本来の素質からすれば見慣れない光景だったのにも関わらず、何故そこまで動く事が出来るのだろうか。彼女達にはそこが、一番不可思議な点だったようだった。
「少しだけ計算外かもしれませんがぁ、まだそれも予測の範囲内ですよぉ。 それぇえ!」
「!! テイン!!」
「うわぁあ!! インドラぁあ!!」
《ガァアア!!》
だがそれでも、焦らずに対処するのは彼女達の経験とも言えるだろう。やってきた攻撃を防いだ瞬間を狙って、ハイプリースは再び宙に幾多の本を生成し、ガラ空きとなっていたテイン目掛けて強襲をかけだした。突如として襲われる対象となった彼を視たギラムは慌てて後方に下がり彼を庇うと、遅れてやって来たインドラが幾多の本から創手を護るように盾となったのだ。
背後からやってくる強烈な攻撃を何とか身一つで守り通すと、創誓獣はそのまま地に伏せ光と成って消失してしまった。
「………うぅっ、消えちゃった……」
「召喚系は『術者』のテリトリーが手薄になるのが弱点。幾多も出せるモノではありませんから、そこに勝機はあります。」
「ですねぇですねぇえ! まだまだ踊り足りないですよぉお!」
「こりゃまた厄介な連中だな、ザグレ教団の他のメンツ達も。」
「ぁ、ありがとうギラム……」
「大丈夫だ、まだ負けちゃいねえからな。」
名誉挽回とまで行かず、最終的にお荷物になってしまった事が悔しかったのだろう。テインは残念そうに詫びを口にするも、ギラムは気にする事無く彼の頭を撫でた後、再びその場に立ち上がった。
 




