03 治安維持部隊(ちあんいじぶたい)
公園内で偶然遭遇した謎の存在との軽い接触後、彼は電話の催促に応じ、都市から少し離れた位置に顕在する『現代都市治安維持部隊』の施設へと向かっていた。バイクを停車させていたマンションへと戻った彼は、自室に置いてあったバイクの鍵を回収し、愛車を走らせ道中を進んでいた。しかし催促されたはずの彼は左程急いでいる様子は無く、バイクを操縦する手は普段通りの動きを見せていた、
何故平然とした様子を見せていられるのかと言うと、それは先ほどの電話の相手が彼の『知人』だったからだ。催促と言うよりも『安否確認』に等しい電話だったため、彼は焦ること無く、慣れた速度でバイクを走らせることが出来ているのだった。そんな彼が道中を走り続け、地層の低くなったトンネルへと走り込んだ。
唯一車道と外を繋ぐそのトンネルは都市の外へと通ずるパイプラインであり、彼が施設へと向かう際に利用する道の1つだ。トンネル内を明るく照らすライトを横目に、彼は走り続け、トンネルの外へと出ていった。再び日光に照らされた屋外へと出た彼は、通りすぎる風に髪を靡かせながら、再び部隊の施設へとやって来た。
白色のセメントで塗り固められた分厚い壁に囲まれたその場所は、一般市民の立ち入りを許さない確固とした国家の領域だ。壁の上には高圧電流を流しているであろう刺付の針金が取り付けられ、鳥すらも寄り付かせない強固な対応。その壁の向こうに広がるのが、『漢の世界』とも呼ばれかねない都市の防衛組織である『現代都市治安維部隊』の敷地なのだった。
そんな場所に対し、彼はなんの躊躇いもなく近くに居た監査に声をかけ、先ほど電話で使用した『センスメント』を提示した。すると即座に提示した器機に対する認証チェックを行われ、彼が施設の関係者であることを確認された。
「お待たせしました、ギラムさん。 どうぞお通りください。」
「あぁ、ありがとさん。」
ガチャンッ……
相手が彼を迎えるように言葉を発すると、道と組織内を閉ざしていた門が開かれ、彼の侵入を許した。門が完全に開いた事を確認すると、彼はバイクを走らせ、施設内へと足を踏み入れるのだった。
施設内へと入り込んだ彼は、バイクで整備された車道を走り、近くの駐輪場へと向かって行く。彼の様に外部から『二輪車』でやって来る関係者は少なくなく、施設内ではキッチリ管理された場所に駐車することが義務付けられている。 半ば定位置と化した位置にバイクを停めると、彼は装着していたゴーグルを額へと移し、辺りを見渡した。
人工物で出来たその領域内は、コンクリート特有の『灰色』を主体とした世界が広がっていた。点々と顕在する建物は大きく、まるで集合住宅を並べているのでは無いかと思われる造りで、何処からともなく聞こえてくる雄々しい声が、その世界で生きる人々の勇敢さを演出していた。道路ではない敷地内に生え揃えられた人工芝と木々は、灰色で包まれた世界に彩りを加え、何処か自然を感じられる明るさを造り上げていた。
そんな過去の懐かしさを感じながら、彼はバイクに鍵をかけ、頼まれていた荷物を手に歩き出した。歩行者用の沿道を歩きながら、彼は目的の場所を目指すのだった。
彼が向かったのは、施設内の北側に位置する4階建ての灰色の建物。他の建物同様の造りではあるものの、建物1つ1つに所属する団体の鍛錬の場があり、彼が向かったのは『陸軍治安部隊』と呼ばれる場所だ。建物の入り口近くには大きな石造りのオブジェが置かれ、部隊の象徴である『椿』をモチーフとした文様が彫り込まれており、所属する隊員が集う場所である事を意味している。関係者でなければ花の意味すらも解らず、単なる飾りとして見過ごされがちなオブジェであった。
そんな隊員の集う建物の入り口をくぐった彼は、建物内の見取り図を把握している様子でフロアを歩き出し、階段を昇り始めた。今回の依頼主はこの部隊の『陸将』を務めている相手であり、普通であれば面会すらも拒まれてしまいそうな立ち位置の存在だが、彼に対し依頼を頼んでくる事がある。それは、彼とその存在との間に『縁』があるからだ。
階段を昇り目的の部屋の前に立つと、彼は荷物を左手に持ち直し、右手で扉をノックした。
コンコンッ
【はい、どなた?】
「サインナ、俺だ。 ギラムだ。」
【鍵は開いてるわ。 どうぞ。】
扉の奥から聞こえた凛とした返事を聞くと、彼は相手の名前を呼びつつ自身の名前を名乗った。すると相手から扉が開いている事を告げられ、彼はゆっくりとドアノブを捻り、中へと入室した。
扉を開け彼の最初に目に映った色彩、それは大人の色を感じる『深紅』だった。色の正体は部屋に敷かれた絨毯であり、右側から差し込む窓辺の日差しが、より美しい色味を演出していた様だ。窓辺付近には黒光りする大きなソファが二脚配置され、間にはガラス張りのローテーブルが置かれ、軽い応接スペースの様な空間が出来上がっていた。
そんな出迎えの空間の先にはこれまた大きなデスクワーク用のテーブルが置かれており、声の主と思われる女性が椅子に座ったまま、こちらを視つつ微笑んでいた。背もたれの付いた社長椅子と呼べそうな立派な椅子であり、相手の立ち位置が解る立派な造りの物であった。
「お帰りなさい、ギラム。 依頼の品は頂けたみたいね。」
入室した彼を見た女性は声をかけつつ立ち上がり、デスク脇を優雅に歩きながらこちらへとやって来た。
彼女の名前は『サインナ・ミット』
現代都市治安維持部隊の北側、通称『サンテンブルク』と呼ばれる陸軍治安部隊の『陸将』を務める女性だ。背後で揺れる緑色のポニーテールが印象的な相手であり、透き通った白い肌に赤いルージュが良く似合っている。陸軍の隊員である事を意味する『紅色』の部隊礼装を身に纏い、所々に金色のロープ状の装飾が施され、華美な井出達が立場を象徴していた。腰元に下げられた蛇腹状の空色の物体が眼を引く、美麗な美しさであった。
「あぁ、ちゃんと持ってきたぜ。 悪かったな、わざわざ電話させちまって。」
「良いのよ。 企業側との何らかのトラブルがあったら、貴方は被害者に過ぎないわ。 本来の依頼側は私であり、貴方はその間を引き受けた傭兵。 気にしなくて良いわ。」
「了解。」
彼女からの問いかけに答えながら、彼は手にしていた荷物を手渡した。手荷物を受け取った彼女は中身が間違っていない事を確認し、彼の御足労へ対する気持ちを言葉にしていた。
「……それにしても、まさか私が貴方に依頼をする立場になるなんてね。 思いもしなかったわ。」
依頼品を手にした彼女は紙袋を手にしたまま、軽く顔を上げ言葉を口にした。言葉を耳にした彼は少し首を傾けながら不思議そうな顔をしており、問いかけの理由が解らない様子を見せていた。
「そんなに意外だったか?」
「えぇ。 経緯や事情は大臣から聞いてるから、特に問いただす事はしないわ。 貴方が座っていてもおかしくない場所に、今の私は座っている。 そして、貴方は貴方の望んだ事をするためにそこに居る。 ただ、それだけだもの。」
「何かと苦労をさせてるみたいだが、俺はサインナの方が今のポジションは適任だと思うぜ。 元より治安維持部隊の方針でミスマッチな所が多々あったし、いずれ何処かで離れていただろうからな、俺は。」
「フフッ、相変わらず容姿と似合わない優しい心を持ち合わせているのね。 その言葉を聞いて、安心したわ。 私の信頼する元准尉が、ココに居る。」
疑問を抱いていた内容を聞かされた彼は、彼女に何かと苦労をさせているのだろうと理解していた。
彼女の言う通り、確かに彼は陸軍治安部隊の准士官に短期間で上り詰め、彼女を含む幾多の部下達の教育を行って来た。だがそれも三年前の話であり、今では上司と部下と言う関係性は無く、普通であれば依頼主にタメ口を聞くなどありえない所存である。しかしそんな口振をした所で彼女は怒る素振りを見せる事はなく、むしろ今まで通りの彼が居ると心の中で安心している様だった。
「よせよ、恥ずかしいだろ?」
「あら、つい口が滑っちゃったみたいだわ。」
そんなやり取りを交わしながら彼女は微笑み、漢の園で陸将を務めているとは思えないほどに綺麗な笑顔を見せていた。
元より信頼していた上官に依頼をする事は少し引け目を感じるも、彼ならば確実に依頼をこなしてくれるであろうという安心感も同時に存在していた。経緯や事情はどうであれ、どんな時でも自分の大切な上司であった事に変わりなく、場を離れても気遣ってくれる優しい彼が居る事に嬉しさを覚えている様だ。今回も無事に依頼を完了してくれた事を思い、彼女は深くお辞儀をするのだった。
「今回の依頼料は大臣が直々に運んできてくれるそうだから、少しだけ待ってて貰っても良いかしら。」
「あぁ、構わないぜ。」
その後依頼料を運んできてくれる相手が到着するのを待つ事となり、彼は近くのソファに腰を下ろし、しばしの休息を取り出した。そんな彼の様子を見た彼女は少し口元に笑みを浮かべた後、受け取った依頼品をデスクの上へと置いた。
その時だった。
ガチャッ
「失礼いたしますっ!」
突然扉が開く音と共に、部屋主であるサインナに対する挨拶が飛んできた。やって来たのは同じ部隊の部下と思われる青年であり、小柄だが体格の良い若人だった。
「コラ貴方!! 部屋に入る時はノックする様にと、何度言ったら解るのかしら!?」
「も、申し訳ありませんっ……!!」
しかし相手の挨拶を書き消す様に彼女は怒鳴り、その場に立ち上がり、苛立ちを露にするかの様に靴音を響かせながら部下の元へと歩み寄った。上司に無礼を働いた事を悟った相手は恐縮し、深々と頭を下げるも、時すでに遅し。彼女の手には背後で控えていた蛇腹状の厚紙が握られ、相手を捉えるかのように彼女は目を光らせていたのだった。
「後ろを向き、なおりなさい。」
「!! ………」
静かかつ冷酷な一言を告げると、部下は顔を真っ青にしつつ背を向け、その場で軽く頭を下ろした。その時だった、
「ハァアアアッ!!」
スッパアァアンッ!!!
「っーーーぁあっ!!!」
手にしていた厚紙は相手の臀部を捉え、見事な一撃を相手にお見舞いした。爽快かつ乾いた音が周囲に響くと同時に、部下は海老反りになりつつ両手で尻を抑え、壁際に寄りつつ必死に声を殺していた。補足で付け加えると、彼女が使っているのは市販の紙で作られた、ただの『ハリセン』である。
「………で、要件は何かしら。」
部下へ対する渇が入るも、彼女は未だに不機嫌そうな顔を見せていた。彼女の言葉を聞いた部下は慌てて表を向け、軽く苦悩しつつ報告を述べた。
「お、恐れながら…… サインナ将の考えました練習メニューを、終えた事へ対する報告に上がりました。」
「終わったのね。 ……でもその様子だと、まだまだ体力が余ってる様にも見えるし。 追加でもう1セットやってきなさい。」
「ぇっ! で、ですが」
「問答無用! 早く行く!」
「は、はいぃっ!!」
報告を聞いた彼女は軽く相手の様子を見た後、練習メニューを追加でこなしてくるよう命じた。それを聞いた部下は焦りながら言葉を口にするも、即座に叩きつけられた発言に恐れをなし、身を翻す様にその場を走り去っていった。無論扉は開けっぱなしのため、彼女は呆れながら扉に手を添え、静かに閉めるのだった。
「まったく、今期は仕えない輩ばかりで困るわ。 指導に拍車はかかるのだけれど、疲れるわ。」
その光景を目の当たりにしたギラムは言葉を失うも、愚痴を零しつつ席に着いた彼女を、静かに見ていた。自分が居なくなった事による穴埋めを行っているためか、想像以上に彼女の仕事が増えている事実を知った。しかしすでに彼はその場に居ない人間であり、経緯とお零れによる仕事を受けている相手に過ぎず、口出しも方針へ対する小言もしない。
とはいえ、彼女はすぐに表情を戻し、彼の前で笑顔を見せていた。
「悪かったわね、説教風景なんて見せて。」
「いや、それは構わないんだが…… また厳しくし過ぎて、反感を買うようなことをするなよ? サインナが正しい事を言ってるのは、分かってるんだけどさ。」
「貴方だけよ、そう言ってくれるのは。 心配ないわ、反感が来る事を恐れて指導を行うほど、この場所は生易しくないだけ。 それに、私の指導に付いてこれないくらいなら、この仕事は任せられないもの。」
「なるほどな。」
詫びの言葉を受けた彼は返事をしつつ、部下へ対する接し方で反感を買っていないかと心配しだした。彼の優しさは彼女にとって嬉しい言葉であり、自分の方針に対する理解がある相手だと、改めて敬意を露にしていた。
元より気の強い彼女は敵を作りやすく、彼が指導をしていた時も、目立った友人はごく少数だった。しかし彼とは違った素質を兼ね備えており、部隊の上司からは様々な言葉を貰うことが多く、彼女自信もそれを誇りにしていたのだ。ましてや元上司のギラムからの言葉ともなれば、嬉しさはまた違ったものなのかもしれない。
「………あぁ、そうだ。 余談なんだが、1つ聞いても良いか?」
「あら、何かしら?」
それからしばらくして、ギラムは依頼へ対する報酬が届くまで、用意された珈琲で休息をとっていた。飲んでいるのは缶珈琲であり、たまたま用事で顔を見せた部下に買い出しを頼んだ代物で、近場の自販機で購入したものだ。砂糖もミルクも使用していない珈琲の味を楽しんでいたその時、彼はふと頭に浮かんだ質問を彼女に投げ掛けた。
「馬鹿げた事を聞く様で悪いんだが。 サインナって、人の姿をした動物って見た事あるか?」
「人の姿をした動物? ……例えば、どんな感じなのかしら?」
「例えば……… 俺みたいな体格をしていて、首から上が虎の顔をしてて、背後に尻尾があるんだ。」
「顔が虎で、尻尾持ちのギラム…… 何かイメージが沸かないわね………」
質問へ対し彼女は情報を求めると、彼は見かけた存在に関する情報を伝え、どういった存在なのかを知ろうとしていた。
しかし彼には『画力』は無く、口頭で伝えるのが精一杯のためか、上手に彼女に伝えることが出来なかった。それもそのはず、顔だけ虎のギラムと言われ思い浮かぶのは『覆面』であり、尻尾を生やせば『仮装』にすぎない。
「だよな……… 悪いな、伝えるのが下手で。」
「違うわ、私の想像力が低いのよ。 戦場での経験なら、貴方に劣らないくらいのシュミレートが出来ると思うのだけれど………」
「それはそれで凄いと思うぞ。」
「? あら、ありがと。」
どうやら彼女は『空想』というものが苦手らしく、実践による作戦ならば彼の手助けになるだろうと呟きつつ、珈琲を口にした。仕事柄と言えばそれまでだが、普通に凄い特技である。そんな他愛もない話をしていた、その時だ。
コンコンッ
「? はい。」
不意に2人の居た部屋の扉がノックされ、部屋主が在席かどうかを確認してきた。音に対し彼女は返事をすると、扉の元へと歩み寄り、扉に手を触れ外の動きを伺いだした。こういうところも、職業柄と言えよう。
【私だ、サインナ将。】
「マチイ大臣。 お待ちしてましたわ。」
扉の向こうからやって来たのは、ギラムよりも低く、貫禄のある声だった。声の主を理解した彼女は体制を直し、扉に手をかけ、中へと招き入れた。
やってきたのは彼女と同じく紅色の豪華な衣服を身に纏った老人で、右手に木製の茶色い杖を手にしていた。しかし杖を地面に付くほど年老いた雰囲気は無く、背筋もしっかりと伸び、とても元気そうな叔父様であった。
彼の名前は『マチイ・ルイーネ』
現代都市治安維持部隊に勤める隊員達を束ね、彼等を指導する組織の将達。そんな将達ですら頭が上がらない、彼等の上に立つ存在である『大臣』と呼ばれる相手だ。見た目は初老の紳士だが、実力と権力を兼ね備え、現代都市の祭典に招待される事のあるほどに有能な人材と言えば、説明が付く一流の紳士である。
陸将であるサインナが彼を部屋に招き入れる際に注意を払うのと同時に、部屋に居たギラムもまた、彼に対し深々とお辞儀をしていた。元々彼の上司でもあるため、礼儀はわきまえているのだ。
「今回も依頼を引き受けてくれて、ありがとうギラム元准尉。君に頼んで運んでもらうのが、一番信頼出来て安心だ。」
「マチイ大臣にそう言っていただけて、光栄です。 大臣が自身を気遣い、依頼を用意してくださるからこそ、俺は自由に行動できるようなものです。」
「お世辞が上手になったな、君も。 では、これが今回の依頼料だ。 後で換金してくれたまえ。」
「はい、ありがとうございます。」
にこやかな表情と共に挨拶をしてきた相手を視ながら、ギラムは礼を言い気持ちを素直に伝えだした。
元の職場を捨て外へと出たまでは良かったが、それから先が安定するまでは彼にとっても苦難の道だった。普通の仕事からそうでない仕事まで様々な依頼を彼は経験し、今は元職場の慈悲を受ける事も少なくはなかった。大臣にとって彼は大事な隊員の1人であり、例え経歴が『元准士官』であっても、まるで自身の息子の様に気にすることがあるのだ。
そんな賛辞と共に来たお礼の言葉をしっかりと受け止め、彼は手にしていた白い封筒をギラムに手渡した。中身は今回の依頼へ対する賃金であり、後程彼が使いやすい様換金できる物となっていた。その辺りの説明も、また後ですることにしよう。
「仕事の方はどうかな、大分波に乗れたかい。」
「はい。 おかげさまで、依頼をこなし安定した生活を確立する事が出来ました。 借家も今まで通り貸していただけて、本当に感謝しています。」
「なに、これくらいどうと言う事はない。 あの部屋は君のために用意した物であって、今は我々『治安維持部隊』の所有物ではない。 存分に使ってくれて構わないよ。」
「それでも、感謝の気持ちだけは述べずにはいられません。 ありがとうございます、マチイ大臣。」
「それはそれは、中々に嬉しい言葉だ。」
受け取った封筒を上着の中へと仕舞うと、彼は仕事の現状について経過報告を質問された。質問に対し彼は簡素に結論を述べ、退職後の不安定な時期からは脱した事を伝えた。
仕事を捨てた結果、彼は今まで通りの安定した資金を得られる伝手を亡くしていた。遠い土地で暮らしている家族も。心配して送金をするかどうかを話した事があり、彼自身も最初の間だけ世話になっていた時期があった。しかし今ではその必要もなくなり、感謝と礼を込めて、送って貰っていたお金を少しずつ返済しているそうだ。
顔に似合わず、中々にマメな男なのが『ギラム』である。
「では、あまり君の足を引き留める事は無礼になるだろうからな。 私はそろそろ失礼するとするか。」
「ぁっ、大臣。」
「ん、なんだね。」
そんな彼からの報告を聞いた大臣は納得した様子で、その場を離れようとした。しかし大臣を引き留める声が後方からやってくると、彼は足を止め再び部屋の中へと振り返った。するとそこには、先程から変わらない体制で立ち続けるギラムの姿があった。
「忙しい中、お時間を割いて頂いた大臣に余談を持ち掛けてすみませんが、1つだけ伺ってもよろしいですか。」
「許可しよう。」
「ありがとうございます。」
相手を引き留めた彼は恐縮そうに言葉を纏め、質問をしても良いかと問いかけた。問いかけに対し相手の許可が降りると、彼は感謝の言葉と意を証するのだった。
「……ふむ。 それはもしや『獣人』ではないかな。」
「獣人………ですか?」
その後部屋の窓辺へと移動した大臣が受けた質問、それは先程サインナが受けたものとまるっきり同じものだった。
身体つきは比較的強固であり、例えるならば自分の様な肉体の持ち主。しかし顔は自分とはまるで違う動物の様な顔つきであり、体毛も生え、背部からは尻尾の様な姿もあった事。公園で出会った謎の虎の存在の事を、一刻も早く理解したかったのだろう。
何処となく、実証と空想が入り混じる質問であった。
「獣でありながら人と似た姿を持ち、固有の特性を持つ優良主だという話を聞いたことがある。 しかし実在した姿を視た者はおらず、空想の世界でのみ生きると聞いたことがあるがね。 私もその存在を知ったのは、最近読むことが増えた『書籍』の影響だ。」
「そうだったんですか…… 貴重な話を、ありがとうございました。」
質問に対する回答を聞けた彼は少し頭の整理が出来た様子で、納得し再び頭を下げた。彼の動作と返答を見た大臣は軽く頷き、彼の求める回答を述べられたのだろうと満足そうに笑顔を見せていた。
とはいえ、相手にも少し気がかりな部分があった。
「ちなみに君は、その存在を何処かで視たのかね?」
「ぁっ、いえ…… これと言った経緯は無いのですが、少し小耳に挟んだもので……… どんな奴だったのかって、気になっていたんです。 すみません、根拠のない話を持ち掛けて。」
「いやいや、謝ることなど無い。 君は優秀で、昔から私は気に入っていた。 今後も、好きにこの施設を利用してくれて構わないよ。 日々、鍛錬に臨むと良い。」
「はい、ありがとうございます。 マチイ大臣。」
彼の質問には奇妙な部分がいくつか存在し、大臣はそれを逃すことなく捉えていた様だ。予想外の質問を受けたギラムが動揺するのがその証拠であり、相手もまたそんな彼の様子を見て、何処となく理解するように納得していた。
何か経緯があるも、それを説明する術がないのかもしれない。
ゆえに、あまり深入りしてはいけない領域なのだろうと相手は判断した様だ。早急に話の路線を変え、彼に対し逃げ道を用意する形で、談話を終える事となるのだった。
その後陸上部隊の施設を後にした彼は、元来た道を歩き愛車の元へと戻って来た。大人しく主人の帰りを待っていたバイクは、黄昏時の太陽に照らされ、周りのバイクをもろともしない煌めきを放っていた。そんなバイクに跨り鍵を掛けエンジンを吹かした後、彼は再び外へと出るための門の前で待っていた。
ガチャコン………
『獣人か…… さっきの奴も、もしかしてその種族の一種か………? でもなんで、あんなところに座っていたんだ………』
施設内を仕切る門が完全に開くのを待つ間、彼は先程出会った存在が何をしていたのかを考えていた。
空想の世界で生きているであろう相手が現実の世界へと足を運び、一般人しか居ないであろう公園の端の花壇の上に、まさか腰掛けているとは思いもしないだろう。誰もが目につきそうな場所で目視できない相手がしていた事に対し、彼は奇妙な違和感を覚えていた。
破壊目的か、それとも勧誘目的なのか。どちらにせよ、言葉を交わさないと解らない存在理由だ。
そんな事を考えていた、その時だった。
「?」
「ぁ、あのー…… えっと………」
彼が開くのを待っていた門の壁際付近で、先程遭遇した『虎獣人』と思われる相手が彼を視ようと顔を出していたのだ。まさか二度も遭遇するとは思っていなかった彼は軽く驚くも、何を言いたいのだろうかと軽く首を傾げていた。
その時だ。
「どうしました、ギラムさん。」
「あぁ、すまない。 少しボーっとしててな。 またな。」
「お気をつけて!」
門が開いたのにも関わらず発進しない彼を見て、門番が不思議そうに声をかけてきたのだ。相手の声を耳にしたギラムは我に返り、軽く理由を述べた後、軽く手を振りゴーグルを装着した。返事を聞いた門番は礼儀である構えを取り、外へと出て行く彼を見送って行った。
「あっ……行っちゃった。 ……でも、僕が見えてた。 諦めちゃ、駄目………だよね。 うん。」
すれ違い様に目視していたギラムの後姿を見ると、相手は軽く残念そうにしながら相手の姿を眼で追っていた。
バイクが横を通り過ぎ、同時にやって来た風が軽く彼の着用するローブの裾を靡かせるその姿は、本当に独りの存在と思えるほどに自然体の存在だった。少し大きめの瞳が印象的な、黄色の体毛の虎獣人。
彼はまた、話しかけられずにいた相手の事を追うのだった。




