35 再臨(きかんしゃ)
騒動によって邸宅内に好ましくない賑やかさが広がる中、彼は人の波を掻い潜りながら中庭を目指していた。エントランスホールから雪崩れ込む勢いでやって来る招待客の波は凄まじくも、近隣で声掛けをしている使用人達によって直ぐに流れが読める波へと変化していた。その中には先程までやり取りを交わしていた『アリン』の姿もあり、彼女もまたその時の行動を全うするかのように動いてくれていたのだった。
「皆様、落ち着いて下さい! 押さずに、駆けずに!」
「一度外へとお出になった後、係の者が案内します! どうか、慌てずに!」
声掛によって平常心を戻しつつある人々の様子に感謝しながら、ギラムはホールを抜け中庭へと向かった。しかしそこには先程まで広がっていた夜光の中庭とは違い、白い濃霧によって視界が最小限にまで遮られた空間と化していたのだ。熱帯夜とまでは行かない気温と湿度の控えめな気候に生じた霧の正体を確かめるべく、彼は霧の中へと突っ込んだ。
『……普通の霧みたいだが、これじゃ全然周りの把握が出来ねえな…… テーブルで足を取られねえと良いが。』
首元まで締めていたボタンを幾つか外し動きやすい様に袖口のボタンを取ると、彼は神経を尖らせ周囲に誰か居ないかと気配を探った。すると微かに彼の左側前方で動く人影を彼は見つけ、相手を確かめるべく移動しつつ、右手でスナップを効かせ手元に拳銃を生成した。久々の魔法戦闘に軽くグリップの感触を確かめながら移動すると、段々と色彩がハッキリし濃い紫色の存在が居た事が分かった。
そしてその色合いの相手に、彼は覚えがあった。
「ん? おぉ、ギラム。無事だったか。」
「ぁっ、ギラム!」
「リズルト、テイン、お前等も無事だったか。グリスンとフィルはどうした?」
「あぁ、二人は恐らく別の場所から様子を伺ってるはずだ。この霧、普通のじゃないのは即座に解ったからさ。」
「僕は霧が起こる直前に、リズルトが助けに来てくれたんだ。こうなるとは分かってたけど、いざ目にしてみると驚いて動けないんだね……」
濃霧の中で合流した二人と軽く状況を確認しつつ、彼等は周囲を警戒しだした。突如発生した天候操作に近い魔法は相手側から仕掛けてきた事は予想出来るも、発生源を断たない限りはその視界が晴れる事は無い。エリナス達の感度を持ってしても大まかな場所は特定出来ない様子で立っていたリズルトを背に、ギラムもまた辺りの気配を辿りだす。
だが簡単に見つけられない所を見ると、彼等の感覚を邪魔する力の持ち主が居る様にも思えた。
「……しっかしまあ、前回もそうだが『領域』へ対する干渉を行う魔法の使い手が多いみたいだな。ザグレ教団とやらは。」
「前回?」
「あぁ、そっか。ギラムは前の戦闘の時は俺等とは別行動だったし、無理もねっか。今回と逆で『暗闇』で特定領域を発生させて、俺達を分離する行動の使い手が居たんだ。今回は単純な視界遮断だが、気候に操作されない分『展開は容易』なんだろうな。」
「そう考えると、水蒸気を一気に発生させてるって考えた方が良さそうだな。」
「そーいう事。」
見当の付く範囲でやってきた原理を理解したギラムは、右手から拳銃を消し別の武器をその場に召喚した。彼が創り出したのは取っ手の付いた『サーチライト』であり、軽く辺りを照らす様に光を動かしだした。突如目の前で行われる行動に二人は不思議そうな目で見ていると、不意にギラムは手を動かすのを止め、左手に手投弾を生成し安全ピンを歯で引き抜いた。
そしてそのまま違和感を覚えた場所に目がけて爆弾を放ると、彼は二人の肩に手をかけその場にしゃがんだ。その時だった。
ドォーンッ……!!
「ッ……!」
「うっひー! 派手だなぁおい!!」
「こうでもしなけりゃ、相手は出てこねえだろうからな…… そうだろ!」
爆風と共に勢いよく濃霧が移動し、彼等の視界は突如として晴れだしたのだ。テインを懐に隠し爆弾の威力に感心するリズルトであったが、そんな二人を尻目にギラムはそう言いつつ視線の先に立つ相手を視た。
するとそこには、流水のヴェールと思われる防御壁を展開した女性修道員の姿があった。
「お見事……と、言うべきでしょうね。まさか『光の屈折』を判断材料に『熱源探知』を行う方がいらっしゃるとは。」
「元よりヘッドライトと同じ、強い光を放てる代物が有れば何処に立とうと対象物に当たるのは確実だ。魔法で創りだした光なら、その干渉力も人一倍だ。」
「なるほど…… 噂に聞き勝る殿方、フォーチュンが逃すのも解る気がします。」
ギラムの行動に賛辞をしつつ、相手は手にしていた水瓶から流れ出る流水を引き戻しだした。あたかも水運びをするかのように華麗な動きで防御壁を解くと、相手は瓶を地面に置き三人の姿を捕えだした。
その時だ。
「……全く、このようなちゃちな場所を襲う羽目になるなんて。良い気がしませんわ。」
「貴女には、既に味噌が付いちゃってるんだものぉ。何を仰っても無駄じゃなくってぇ?」
「仕方ありませんわね、ならば味噌も含め、あの時の汚名返上をなさいませんと。」
「フフッ、中々にゾクゾクする展開じゃなぁい?」
彼等の居る場所に対し、晴れ行く濃霧の中から声が聞こえてきたのだ。恐らく別の教団員だろうと思った彼等は体制を立て直しながら相手の姿を見た瞬間、ギラムは眼を見開きこう叫んだ。
「……!! お前等!!」
「? まぁっ、貴方はあの時の傭兵!? 何故このような場所に!?」
「んなもん、知った事か!」
「その口振りだと、目的は別っぽいな。お前等、今度は何を企んでやがる!」
「ウフフッ、わざわざお答えするとお思いで? 丁度良いわ、貴方を手土産にこんな行い、さっさと片付けてさしあげてよ!」
その場にやって来た相手の一人、それは以前『イオル』と『ヒストリー』が対峙するも領域内から吹き飛ばし、戦線離脱させた教団員『ラバーズ』だったのだ。見慣れたハートの団扇は健在している様子で相手も苦渋そうな口振りを見せる一方、何処か別の目的がある様にも思われる発言を見せるのだった。
並んでその場にやって来たもう一人の女性は新顔であり、こちらは少し大きめの『書籍』を手にしていた。
「あらあらあらぁ。アレが噂の『実験対象』なんですねぇ? 噂に聞き勝る肉体美、エンプレスがまさに喜びそうな相手じゃありませんかぁ。」
「その見解に関しては、私もハイプリースと同意見。ココで仕留めるのは少々惜しいですが、目的は左程変わりなく、つつがなく…… です。」
「ウフフ、あの時のオカルト娘もいらっしゃらない様子。今度こそ私達の勝利を頂きましてよ。」
「チッ、相変わらずの連中だな。」
早々に教団員三名と鉢合わせしてしまったギラムは舌打ちをしつつ、その場にいたリズルトに視線を向けた。すると、相手もその視線に気付いた様子でつぶらな瞳でウィンクを返すと、彼は頷き手にしていたサーチライトを後方へと放り投げた。魔法で生成された機材はそのまま雲散霧消と化して消えると、周囲の霧も徐々に庭園の全貌を明らかにするのであった。
「さぁーて、そうなると連中を確実に締める必要があるか。逃がすとまーた沸いて来そうな訳だし。」
「あぁ、イオル達に被害が及ぶのも避けたいからな。……水との相性は悪い方か、リズルト。」
「熱量なら負ける自信はねえけど、ヒラヒラされると厄介かもな。」
「了解、なら相手にしやすそうな奴を先に取ってくれて良いぜ。残りは、俺が引き受ける。」
「ぉーぉー、強気なこって。」
「ギラム!」
「?」
副数体を相手にするつもりで戦意を高めていたその時、彼の後方から自らを呼ぶ声が聞こえて来た。そこに立っていたのは二人の陰に隠れていたテインであり、手元にヒヨコ型のキーホルダーを手にしながら彼等に向かってこう叫んだ。
「ギラム、僕も戦うよっ! 僕の家をメチャメチャにされたら、また何を言われるかわかったもんじゃないし!」
「でもお前、未経験のはずだろ? 無理に参加しなくても良いんだぜ。」
「ううん、仮に今はそうでも…… 僕はリズルトと一緒に居たい、逃げたくないから!」
「……だってさ。どする?」
「いや、俺に一任するなよ…… お前の相棒だろ。」
「まーそう言わずに。こうまで言うと、相手も引き下がらないぞ? 血は争えないみたいだしな。」
元より参戦させるつもりは無かった彼にとって、テインからの申し出はとてもありがたい部分はあった。しかし相棒からの意見もあったが故に初参戦の彼を巻き込むのは申し訳なく、怪我でもすれば追々どのような工作をしなければならないか解ったものではない。だがそれでも彼には背負わなければならないリスクも存在する上、ギラムからすればその感覚には覚えがあったのだ。
それは自らが初めて創憎主と戦った時、前線に立って自らの代わりを担う勢いで戦っていた『グリスン』だ。彼は全てを引き受けられる程の力量も度胸も持ち合わせてはおらず、最終的には二人で相手を鎮め事を終える事に成功した。今のギラムが行っているのはまさにグリスンと同じであり、テインもまたあの頃の自身と同じ感情を持っているのではないか。
そう思えば思う程、彼の好意を無下にするのはどうにも惜しい気がしてならなかったのだった。
彼はそんな眼差しを向ける少年の想いを、簡単には断りたくはなかったのだろう。どんなに解らない事が多くても、どんなに辛い事が起こったとしても、それでも逃げる事は選びたくない。現実では起こりえない事を起こすかもしれない魔法のぶつかり合いで、彼は『戦いたい』と言うのならば。
ギラムはそんな少年を護れるくらいになってみたいと、ほんの少しでも思うのだった。
「……わかった、ヤバイと思ったら即退けよ!」
「うんっ!!」
自身の士気が完全に高まっている事を理解したギラムはそう叫ぶと、庭園内に居た存在達の戦いが開始されるのだった。