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鏡映した現実の風~リアル・ワインド~  作者: 四神夏菊
第五話・想望を託すは双人の富者(そうぼうをたくすは ふたりのふしゃ)
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31 理髪店(りはつてん)

依頼を掛け持ちしていた彼の依頼先に接点が生じた直後、彼等の動きは迅速に行われだした。デネレスティ達の許可を得たギラムは、相棒のグリスンに事の次第と状況を説明し協力を仰ぐと共に、当日身に付けて行く衣服の用意と自らの身嗜みを整えるべく、通いなれたクリーニング店と彼行き付けの『理容室』へと赴いていた。

彼が馴染みの店として利用している理容室はショッピングストリートには無く、ビル街の手前に位置する住宅街の中にそれはあった。風貌からすればただの一軒家に等しいその店は、彼が治安維持部隊へと所属した後、探索も兼ねて一人で都市へと赴いた際に見つけた店だ。店名の書かれた分かりやすい看板も斜めに三色入ったバーバーポールも無いその場所は、ある意味『偶然』遭遇したとも言える為なのだろう、彼は常に赴く際には電話をし『予約』を取った後に訪れていた。

そんな店へと向かっている今日は、クリーニング店を寄った足でグリスンと共に向かっていた。


「当たり前なんだけど、ギラムも散髪するんだよね。前髪が何時も後ろ側にあるから、長さとかあんまり考えたこと無かったけど。」

「まあ、人並みにはな。リーヴァリィに住む様になってからは実家に帰る度に切ったんじゃ追い付かなくてさ、いろいろ探したらココに行き着いたんだ。ちなみに今の俺の髪型に初めてやってくれたのも、その店だ。」

「あれ? ギラムの髪型って、ギラム本人が作ったんじゃないの?」

「そういうセンスは無いって、前にも言ったろ? 服も貰い物が多いぜ、俺は。」

「『貢がれてる』感じ?」

「ある意味な。礼はしてるぜ、一応さ。」

「うん、それは知ってる。」

目的の店へと移動する道中、彼は相棒と交わす他愛の無い会話を楽しんでいた。天気の良い日中に留守番させる気も無く、たまたま彼もその場所を見せておきたい部分があったのだろう。

『珍しくギラムに誘われた』と、相手も上機嫌で同行していたのだった。

「そう言えばギラム、さっきから気になってたんだけど……」

「ん?」

「手荷物のその包み、中身何?」

そんな目的地へと辿り着く道中、グリスンは玄関先からずっと気になっていた事柄を彼に問いかけた。現在のギラムは肩掛けタイプのリュックの他に、普段では見慣れない小さな風呂敷を手にしていた。古代から存在しそうな唐草模様の代物であるが、中身は見えず結び方一つで取っ手を備えた『簡易式バック』へと姿を変えて携帯されていたのだ。

ちなみに中身は完全に真ん丸の物体の様であり、西瓜スイカが一玉入っていそうな大きさの容量であった。

「コレは今回の『手土産』だな。何時もあの場所に行く時は何かしら頼まれるから、風呂敷もついでに貸し出されてるんだ。」

「依頼みたいな感じ?」

「それよりも簡易だな。普通の『お使い』だ。」

「へぇー」

理由を聞かされたグリスンは何時も通りの返事をすると、何故その様な経緯に至ったのかを彼は教えてくれた。

切欠は本当にシンプルなものであり、ギラム自身も流れでなければここまでする事も無かっただろうと考えていた。彼の髪を整えてくれた相手は何処にでも居そうな『普通の老婆』であり、青年であるギラムの髪型を個性的かつ世代に合う井出達に変身させた張本人だ。身寄りは母国に住んでいるため独り暮らしなのだが、趣味で散髪をしながら日々を満喫していた際、ギラムと知り合ったのだ。

たまたまその時も髪を切れる場所を探していた事もあり、ある意味グッドタイミングだったそうだ。

「大体いつもは日用品なんだが、今回は『珍しいモノを持って来て欲しい』って頼まれてな。久しぶりに『曾孫』が来るとか、言ってたな。」

「へぇー じゃあお孫さん用のお土産かな。」

「かもな。」

そんな会話をしながら目的地へと到着すると、彼はインターホンを鳴らしそのままフェンスを押し開けた。二人が敷地内に入りフェンスを閉じると同時に、後方からドアの開く音が聞こえてきた。

「よぉ来たねぇ、ギラム君。待っとったよ。」

「御無沙汰してます、ルミナリさん。」

不意にやって来た声に応じるかの様にギラムは返事をすると、そのまま相手の元へと趣きお辞儀をしだした。中々見る事の出来ない彼の行いを目にしたグリスンが軽く目を丸くさせる中、二人は軽く談笑しつつ中へと入っていくのを見て、慌てて後を追うのだった。



家の中にお邪魔した二人は、案内されるがままに一階にある『理容室部屋』へと通された。六畳程の部屋の中央に置かれた一脚の椅子の側には、髪を切る際に使う道具一式すべてが積まれたカートが置かれており、部屋の隅には髪を洗う為の洗面所まで完備されていた。無論蛇口式ではないシャワーノズル付きの代物であり、ちゃんと温水で洗ってくれるのだそうだ。

「わぁー… 本当に『お店』みたい…!」

「それじゃあ、何時も通り切らせて貰うよ。それとも別の髪型にするかい?」

「いいえ、何時も通りでお願いします。」

「あいよ、任せんしゃい。」

内装に軽く驚くグリスンを余所に、ギラムは慣れた足取りで部屋に置かれた椅子に腰掛けた。背丈の高いギラムでも座ってしまえば人並みとなる為、相手も踏み台無しで作業に赴ける様だ。無論髪を洗う作業の際には移動を伴うものの、その辺りは慣れれば何て事の無い動作に過ぎないのであった。

慣れた手付きで老婆はギラムの首にタオルを添えると、広げた純白のクロスで彼の身体を包みだした。肩幅の広い彼でも余裕で包み込んだ布地は男らしい曲線を描く中、相手は櫛と霧吹きを手に作業を開始した。


彼の散髪が始まると、グリスンは部屋の隅に置かれたスツールの上に腰掛け、作業の成り行きを見守っていた。ゆったりとした動きの中で行われる散髪は、外で流れる時間とは別空間を構築するかの様に彼等を別次元へと誘っていた。彼の足元に少しずつ貯まっていく金色の髪の毛は、太陽の光を浴び稲畑の様に輝かしく煌めいており、そのまま捨てられてしまうのが惜しい様にも思わせる美しさを放っていた。

しかし事実彼の髪の毛はそのまま捨てられてしまう事には変わり無く、エクステの素材等に成る事無く、密かに処分されるのであった。


まったりとした時間の中で散髪を終えると、井出達そのままに彼はシャンプーをされ始めた。水差しと共に注がれる液体によって生じた泡は徐々に彼の頭を包み込むと、相手は綺麗に成る様望みつつも手早く洗い、彼と共にその場を歩き出し温水シャワーで綺麗に洗い流すのだった。軽く中腰かつ膝を曲げた体制が辛そうなギラムを余所に洗い終えると、相手はそのまま棚から新しいタオルを手にし、水気を帯びた彼の髪を優しく拭き始めた。

しばらくすると彼の綺麗な金髪がタオルの間から姿を表し始め、あっという間にサッパリとした雰囲気を醸し出す凛々しい青年が出来上がるのであった。心無しかシャンプーでリフレッシュした為か、ギラムの顔付も何時も以上に凛々しく見えた。



その後仕上げとばかりに二人は髪を切る際に使用した席へと戻ると、老婆はカートに積まれた道具の中から一本の櫛を手にした。見た目は普通の木櫛だが異国風状漂う代物であり、掘られた『蝶』の模様が美しいそれを用いて、相手はギラムの『特殊な髪型』作りを開始した。

作業台の前に鏡が無いギラムにはただ髪を梳かしている様にしか思えないが、近くで見ているグリスンにはその動作がしっかりと眼に焼き付けられていた。大まかに前髪を後ろへやる動作そのものは特に違和感が無かったが、老婆はその作業を合わせながら空いた右手でワックスを付けるかの様に五本の指全てを使って何やら形作っていたのだ。

あたかも指先で弦を弾くかの様な繊細かつ柔らかな動きで徐々に見慣れた彼の髪形が完成していくのを見て、グリスンは一目で相手がどんな相手なのかを理解した。

『……この人、普通の人じゃない。元々『リアナスだった』人なのかも。』

しかしその動きを視ながらも彼は特にその場から動く事無く、ただ静かに作業が終わるのを見詰めていた。



「お待たせ、ギラム君。」

しばらくして髪形が無事に整うと、老婆は声をかけつつ彼の身体に掛けていた布地一式を取り払った。身軽になった彼は静かにその場に立ちあがると、近くに掛けられた鏡の元へと赴き自らの姿を目にして笑みを浮かべていた。鏡に映ったのは強面な風貌漂う青年に変わりは無いが、それでも清潔感溢れる凛々しい青年が眼を輝かせて立っていたのだ。

髪の量が減り身軽になった頭部に好感を覚えながら、ギラムは振り返り老婆にお礼を言った。

「ありがとうございました、今日のも凄い気に入りました。」

「そう言ってもらえて良かったよ、また何時でも来んしゃい。」

「はい。……ぁ、そうだ。」

作業が無事に終了し彼はそう言った後、荷物置き場として設けられていた籠の元へと赴き、例の『風呂敷』を手にして戻ってきた。軽くやり取りを交わしたあとに彼は老婆に風呂敷を手渡すと、結び目を静かに解き中身を見せた。風呂敷の中に入っていた物、それは黄緑色のグラデーションが掛かった美しいタマゴの殻であった。

中身を眼にしたグリスンは軽く目を丸くした後、そのタマゴの殻が何なのか直ぐに理解した。

『あれ、フィルスターのタマゴだ。』

「俺の家で生活してる、幼いドラゴンが入っていたタマゴの殻です。コレで如何でしょうか。」

「おぉおぉ、これはこれは…… とっても珍しいモノだよ、ありがとうギラム君。」

「いいえ、喜んでもらえて良かったです。お孫さん、喜ぶと良いですね。」

「きっと……いいや、絶対喜ぶよ。貰っていいのかい?」

「はい。フィルにはちゃんと断ってから持ってきたので、大丈夫です。……ぁ、フィルって言うのは」

「『新しい家族の名前』 でしょ?」

「俺の…… はい、その通りです。」

やり取りの後二人は苦笑しだすと、ギラムは心底嬉しそうに話しつつ散髪の代金を別途で支払った。本当にお使いだった事を知ったグリスンは不思議そうにその光景を眼にした後、二人は店を後にして行った。



「……それにしても、あの人凄いね。ワックスとか使わないでギラムの髪形が作れちゃうんだもん。ビックリしちゃった。」

「何時も何時も決まった髪形にしてくれるから、俺も凄い気に入ってるんだ。中々良いだろ? この髪形。」

「うん、ギラムらしくて僕は好きだよ。」

「ありがとさん、グリスン。」

再び自身が契約した逞しいリアナスの青年の姿を目にして、グリスンは嬉しそうに隣を歩くのだった。


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