26 水族館(ロイヤルアデリー)
ショッピングストリート内で遭遇したノクターンとチェリーのアイディアを参考に、ギラムとデネレスティは車道脇に整備された歩道を移動していた。目的地となる水族館『ロイヤルアデリー』は現在地からそう遠くはない東方に位置する場所に立っている為、彼等は徒歩での移動を選んだのだ。
定期的に車道を走行する車以外は比較的静かな道路であり、密集はするも点々と立ち並ぶ家が特徴的な道中であった。
「デネレスティもそうなんだが、クーオリアスには『水族館』ってあるのか?」
「おう、行った事はねえけどあるっぽいぞ。確か『ネプトラグーン』って地域だったかな。」
「名前からして『海辺』近辺なのか、やっぱり。」
「多分な。」
「そっか。 ……ん?」
他愛もない雑談を交わしながら道中を進んでいると、不意に彼等の視界に映る白い影があった。
その場に居たのは道の外れで止まっている一羽の鳩であり、軽い鳴き声を放ちながら周囲をトコトコと歩きながら移動していた。何処から視てもありふれた光景ではあったのだが、彼等が異様に思ったのはその井出達だ。普通の鳩は灰色なのに対し、目の前に居たのは純白の鳩だったのだ。
あたかも眩い光を放つくらいに真っ白が、実際には陽の照り返し以外は放っていない。
「なんかすっげえ白い鳩が居るな…… 珍しい。」
「確かにな。ギラム、ここら辺でこういう色の鳩って見た事あるか?」
「いや、初めてだな。大体グレーだ。」
「だよな。」
そう言いつつ彼は鳩を横目に道を行くと、ギラムも同じく横を通り過ぎて移動した。彼等が近づくに連れて横道に反れる鳩を横目で二人は追っていると、鳩は再び元居た場所へと戻る様に移動するのだった。
そんな奇妙な出会いをよそに、彼等は目的地である水族館『ロイヤルアデリー』へと到着した。
定番とも言えるべき光景と言えるだろう、施設の入り口を飾っていたのはイルカとペンギン達を象った看板だ。白と青を基調とした浮き輪に寄り添う形で造られたゲートには幾多の来訪者達の姿が有り、各々が中へと向かうための手続きをしていた。ギラムとデネレスティも同様に入場券を買うべく順番待ちを行い、ものの数十分で中へと入る事が出来るのだった。
まず初めに彼等の視界にやってきたのは、浅瀬の海岸をモチーフとした展示スペースだ。そこには色とりどりの貝殻と共に生活する蟹や小魚達が生活しており、ガラス張りの壁には個体名が書かれたカードが張られていた。物珍しそうに展示スペースを視て歩くデネレスティに続いて、ギラムも同様に水族館を満喫するのだった。
「こういうところ、結構久々だったりするのか?」
「どっちかっつーと、初めてだな。名前と詳細だけ知識にあった感じだ。」
「そうなのか。」
興味津々と言わんばかりに展示スペースをチェックする犬獣人に対し、ギラムは少し意外そうな返事を返していた。彼からすれば記憶として留められている水族館は幼少期の頃から体験しており、両親と共にやってきたのが切欠だ。その際に赴いたのは今居る水族館とは別の場所ではあったものの、展示されている生き物達に対して似たような反応をしていたと考えていた。 だがそれはあくまで『子供の頃』の話であり、自身と同様に成人した彼がそんな反応を示すとは思ってなかったのだ。
知識では知るが、実際に赴いたことのない世界。それを改めて知った彼は何かを納得した様子で静かに頷き、満足するまで付き合おうと心に決めるのだった。
海岸ブースを見終えた彼等が次にやってきたのは、他国でも有数とされる熱帯魚を展示したコーナーだ。円柱型の水槽の中に設置された色とりどりのライトに照らされた魚達はどれも美しく、ついついその姿に魅了されてしまいそうな光景が広がっていた。雰囲気作りとして設置されている海藻や珊瑚も良い仕事をしており、水槽作りに気合を入れたのが良く分かる場所であった。
そんな熱帯魚に対してデネレスティは再び興味を示しており、その場でぐるぐると回る勢いで周囲から何度も何度も魚達を視るのだった。心なしか尻尾も上下に振られている所を視ると、本当に楽しんでいるのが良く分かる光景であった。
仕事の間限りの相棒の姿に軽く苦笑しながらブースを視ていた、その時だった。
「……あれ? ギラム?」
「?」
何か所にも設置された水槽に釘付けとなるデネレスティとは別の方向から、自身を呼ぶ声が聞こえてきた。声を耳にした彼は静かに振り返ると、そこには最近知り合った制服姿の友人が立っていた。
「ぁっ、やっぱりギラムだ。奇遇だね、こんなところで。」
「テイン? お前さん、なんでこんなところに居るんだ?」
「今日は『勉強』の名目で外へ出て来たんだよ。ギラムは仕事? 気分転換?」
「両方だな、ちょいと案内を頼まれてな。」
「そうなんだ。」
立っていたのはテインであり、校外学習の名目でやってきていた事を話し出した。彼の邸宅内で見かけた姿とは今は少し違っており、紺色をベースにワインレッドの刺繍が入れられた高級感漂う制服を身に纏っていた。身に着けた際の綺麗なネクタイ姿の彼を視ると、本当に学生であり富裕層のお坊ちゃまである事を改めて知るのだった。
ちなみに普段は上着は一切身に着けておらず、白のワイシャツに深緑色のズボン姿である。
「……やっぱり動物とかお魚を視てると、気分が落ち着くなぁ。家に居ても息苦しいだけだし。」
「家庭教師と勉強詰めだもんな。俺の知らない世界で生きてるんだなって、常々思ったぜ。」
「やっぱそう思う!? 周りの皆も似たような階級の人達だから何とも思われないから、僕が変なのかなってずーっと思ってたから……ちょっと嬉しいや。」
「そこまでなのか…… だが、俺自身が庶民レベルだから当てにはならないぜ?」
「良いの良いの、そういう人達を将来的に僕も視ていかないといけなくなる事は解ってるから。ギラムの話は新鮮で、いつも楽しいって思えるんだ。だから、ありがとうギラム。」
「そっか。どういたしまして。」
そんな少年の自由行動時間を使って喋っていると、不意に彼は食らい付く勢いで反応を示しだした。よっぽど自宅での勉学の時間が嫌なのだろう、周囲との自宅環境に馴染めない様子で口々に言葉を出すのだった。しかしそれでも子息である身分は弁えている様子であり、何処かしらに彼の両親に似た考えを持っている事を示すのだった。
血は争えないと言うべきかは不明である。
「そういやテインは、何の生物が一番好きなんだ?」
「僕は断然『ヒヨコ』だねっ あのふわふわ感と愛くるしい姿が、視てて落ち着くんだ~ ……でも飼わせてくれないから、隙を見てリズルトにペットショップに連れてってもらってるんだ。」
「へぇ、鳥が好きなのか。」
「ギラムは? やっぱり『ドラゴン』?」
「あんまり考えた事ねえけど…… ………そうだな、恐竜は好きだぜ。草食系は大人しいからな。」
「良いね。ギラムの隣にドラゴンが居たら、スッゴイ『使役してる』感がありそう。」
「使役出来るか分からねえけどな。」
「そう? 僕は出来ると思うよ?」
楽し気に話していた彼は苦笑するギラムに対し、不意に正反対の意見を述べだした。どのような根拠を持って言い出したのか分からず首を傾げていると、純粋な眼をした少年はこう言い出した。
「動物は僕達の心を見透かしてるって良く言うし、感も良いからスッゴイ優れてる部分が多い。でも環境を自分好みに変えつつあるのが人間だから、その世界に馴染めてない現状がそうは見せてくれないだけ。仮にもしそれがなくなったとしたら、どっちが勝つと思う?」
「……まぁ、無難に考えたら『動物』だろうな。本能では俺達の方が不利だろうし。」
「でしょ? でもそんな状況下であっても、僕達を信用して行動してくれる相手が居たとしたら…… 僕はきっと、ギラムの手助けをしてくれると思う。」
「テインがそっち側だったら、そうするから……か?」
「うん。……って言っても、僕がドラゴンに成れるわけ無いんだけどね。あんまり説得力無いかも。」
「いや、そういう言葉が俺にとっても励みだし力に成ってると思うから良いぜ。正直言って、今の話を聞いて俺も『出来そう』って思えたからな。」
「なら良かったっ」
意味深な考えを示す彼の言葉にギラムは肯定すると、相手も嬉しそうに笑顔を見せだした。確かに動物達は食物連鎖と自然災害以外に世界の脅威は薄く、自分好みに変える傾向のある人間よりも適応力が高いと言えよう。何でも造る事が出来ても常に活かし続ける事が出来ない人間に対し、生み出す事は限られても世界に馴染む事が出来る動物達。
彼等は人間達が居なくても生活は出来るが、逆の事はあり得ない。人間の序列が上から下へと転落したらどのような変化が起こるだろう、そんな考えもテインは魅せてくれていた。助力してくれる種類が一部居たとして、その一部がどのような人間の為に力を貸してくれるだろうか。まさしく『リアナス』と『エリナス』の事を得た様な話であり、少なからず自分達にも当てはまるのだろうと思わせる内容であった。
事実使役するギラムに違和感があるかと問われれば、否と答えるヒトはどれくらい居るだろうか。是非とも調査してみたい内容である。
「……あぁ、そうだ。鳥繋がりでの話が一つあるんだが、ココへ来る途中で『真っ白な鳩』を見かけてさ。ちょっと驚いたぜ。」
「真っ白い鳩? どれくらい?」
「そうだな……… 『雪くらいに』でも良いんだろうけど……なんかこう、もっと良い表現がありそうなんだよな。」
「『純白』とか?」
「あぁ、それそれ。……って、いつの間に戻ってきてたんだ。」
「さっきから居たぞ。白鳩の話も聞いてたし。」
「マジか。」
そんな意味深な話から別のネタを提供していた時、彼の背後には何時しか見物を終えたデネレスティが戻ってきていた。背丈差を気にする事無く彼の肩に顔を乗せている所を視ると、何処となく構われずに退屈している柴犬の様にみえなくもない。事実彼は『柴犬獣人』だが、突っ込むところはそこではない。
「………」
「? どうした、テイン。」
「ぁ、ううん。確証は無いんだけど…… ギラム、1個頼んでも良いかな。」
「あぁ、良いぜ。何だ?」
「その鳩の居た所、ちょっと念入りに見て来て欲しいんだ。鳩って『平和の象徴』ってされてるけど、それはあくまで『普通の鳩』の話。ギラムが視たのって、凄く珍しい色だったんだよね?」
「あ、あぁ…… 見かけない位に真っ白だった。」
「リズルトに聞いた事あるんだ、鳥は『天の使いだ』って。純白の鳩が仮に平和や天からの使いだとしたら…… それって。」
「天からの……」
「導き……?」
「僕の気のせいなら良いんだけど、ちょっと気になるんだ。お願い、ギラム。」
不意に話した話のタネが妙な芽吹きを見せる、その日の午後であった。