25 野次馬(やじうま)
食事をとり終えた二人はその後外へと出ると、再び散策を開始しようかとギラムは提案しだした。提案に対しデネレスティは同意しながら外の空気を堪能すると、雲間に隠れていた日差しが静かに彼等の元へと降り注いだ。
「一応希望を聞いておくんだが、午後は何か視たいモノとかあるか?」
「んー 市場調査は一通り済んじまったし、特には無いな。何かおススメの場所とかあるか?」
「おススメか、了解。何か探してみようか。」
「よろしくな。」
提案された事に対し彼は返事をすると、その場でセンスミントを取り出し何かいい場所は無いかと探し始めた。そんな様子を見たデネレスティは密かに笑みを浮かべながら辺りを見渡しだすと、不意に何かを見つけた様子で視線を別の方角へと向けだした。
彼が視ていた場所、それは向かいに並ぶ店舗沿いに立つ一軒の洋菓子店の上だった。可愛らしい白のデコレーションケーキをモチーフとした店のイチゴの隣に、その存在の姿はあった。
「なあ、ギラム。」
「んー?」
「アレって、お前の知り合いか?」
「え?」
問いかけに対し軽く返事をした直後、やってきた言葉に対しギラムは軽く驚きながら視線を向けた。デネレスティは先ほどから視線を向けていた店の屋根を指さしており、そこには彼の見知った相手がクリーム型の屋根の上に腰掛けたままこちらに視線を向けていたのだ。
しばらくすると相手は屋根から飛び移り、自身の近くへと移動するように屋根の上を移動しながらやってきた。
「よぉ、視ない相手とつるんでるな。浮気か。」
「『浮気』って何だよ。同業の相手、エリナスのな。」
「ほー ……なかなかの美形だな。」
「よろしくな、狼さん。」
「ん、よろしく。」
初見の様子で互いに挨拶し合う二人を視て、ギラムは改めて自身の周りに獣人達が溢れているのだと自覚した。見渡す限り人間達しか居ないはずのこの世界に立っていながら、気づけば自分の周りには彼等の様なヒトではない存在達が集っている。自分よりも目指すべきモノをはっきりと持っているが、それでも自らの理想へは何処かズレていると思っている。
正確性があるようでない彼等を視ていると、不意に彼の近くに駆け寄ってくる存在の声がやってきた。
「待ってぇー 足長お兄さーん。」
「ん?」
声がしたのはノクターンの後方からであり、一同は視線を向けるとそこには見慣れない少女の姿があった。桃色と白色のワンピースに身を包んだ金髪の少女であり、顔立ちが整い過ぎている為か『人形』の様にも視える愛らしさがあった。
良く見ると手にはイチゴのクレープが握られており、どうやら独り店舗に並んで購入していた様だった。
「もぉっ、チェリーを置いて行かないでって何時も言ってるじゃない。置いて行く何て酷い……」
「悪ぃ悪ぃ、気にかけてた野郎の近くに見慣れない奴が居たんでな。そっちの方が気になった。」
「? ぁっ、金髪のお兄ちゃん。」
「ん? ……あっ、お前さんあの時の。」
やってきた相手から向けられた視線と記憶がリンクしたのか、ギラムは不意に少女を思い出し目線を合わせるかのように膝を曲げだした。
彼等の元へとやってきた少女の名前は『チェリー』
ノクターンと共に行動する事を望んでいる幼い少女であり、ギラム達と同じくリアナスの女の子だ。ヒストリーやリミダムと並ぶくらいの背丈の相手は、さながらドール人形の様でありとても綺麗な眼を見せていた。レースの入ったワンピースの裾を靡かせているところを見ると、中身も幼いのだろうと思わせる愛らしさがあった。
「チェリーの事、覚えててくれたのね。嬉しい。」
「まあ、目立つ容姿してるしな。ノクターンのリアナスだったのか。」
「まぁ、そんな所。」
「チェリー、クレープが食べたかったから連れてきてもらったの。一人じゃ行かせてくれないから。」
「そうだったのか。優しいんだな、ノクターン。」
「痒くなるから止めろ。」
珍しく照れているのか難しそうな表情を見せるノクターンを視てか、ギラムは軽く苦笑し根は悪い奴ではないのだろうと改めて理解した。元より謎の多い狼獣人の彼は素性を一切見せる事無く相手を視ている為、干渉しようにも出来ない場所に常に居た。しかしそんな彼でもグリスン達同様に表情が豊かな部分がある事を知れる度に、彼等も同じ『存在なのだ』と改めて思うのだった。
同様にその場にいたデネレスティも軽く笑みを見せているところを視ると、自身の感覚は間違いではないのだと知るのだった。
「んで、何処行くか決めたのか。」
「あぁ、いっけね。」
「何処か行くの? お兄ちゃん達。」
「ドゥェートだと。」
「どえーと?」
「違えって言ってんだろ。」
そんな自身に対しての腹癒せなのだろう、中々に難しそうなニュアンスでノクターンはギラムを弄りだした。改めて否定しつつも再び目の前の作業に目を向けた彼に対し、チェリーは不思議そうな眼差しを見せながら彼等に『具体的に何をする事なのか』と質問し出した。
質問に対しギラムは応えると、チェリーは考える様に指を唇に触れながらこう言いだいした。
「チェリーだったら、海のお魚さん達に会える場所が良いな。視ててとっても綺麗だから、楽しい気分になれるの。」
「『水族館』か……悪くねえな。どうだ、デネレスティ。」
「おう、俺は構わねえよ。近くにあるのか?」
「ショッピングストリートの出口から出て、少し行った場所にあるぜ。」
「あいよ。」
「んじゃ行こうか。ありがとな、チェリー ノクターン。」
「どういたしまして。」
「んー」
すんなり目的地が決定したと同時に彼等はその場を去ると、残された二人は軽く手を振りつつ二人の後姿を見送り出した。なんてことの無いショッピングから続く観光巡りは何処か楽しいのだろう、楽し気に話すデネレスティに対しギラムはいつも通り相槌を打つのだった。
そんな彼等を視ていたノクターンは不意に口を開き、隣に立つ少女に聞こえるかどうかの声量で言葉を呟いた。
「……… アイツ、ぜってぇ気付いてるな。」
「? 何の話?」
「なんでも。……ってか、さっきから旨そうだな。俺にもくれよ。」
「良いわよ、チェリーがご馳走してあげる。」
「金は俺が出した様なもんなんだけどな。」
そう言いつつ彼は軽く屈みながら口を開け、クレープを口にする。すると綺麗な歯型がついたクレープの後を視て、口を動かしクレープを堪能するのだった。