24 窓辺買物(ウィンドウショッピング)
星空の広がるバイクツーリングを双方で楽しみ、夜の内にリミダムと別れた次の日の朝。その日のギラムは私服姿に身を包み、何時もよりも少し遅めに外へと出かけていた。
「……そろそろか。」
自宅を後にした彼が向かった場所、それはショッピングストリートから大通りを一本挟んだ先にあるホテル街。その中の一つである、黒光りした外壁が印象的なホテル『ゴルゴンゾーラ』であった。
有数のホテルが立ち並ぶ通りでも珍しい特徴を持ったこの建物は、土地全てを有効活用するかのように屋上にヘリポートを備えたホテルである。娯楽施設として兼ね備えがちなその場所をわざわざその様に造るのはココだけであり、表からでは入店しづらい富豪達がよく利用するとしても知られていた。余談だが室料そのものも相応の価格が設定されており、普通に泊まる事もだが近隣を散策するのも浮く場所でもある。
そんな場所で彼が待っていたのは、ちょっと変わった相手だった。
「お待たせー」
「?」
ホテルの前で監視を光らせる警備員を尻目に立っていた彼の元にやってきた相手、それは先日から知り合った柴犬獣人のデネレスティであった。いつもと変わらない口調で声をかけながらやって来た相手を見ようと顔を上げたその時、ギラムの目には意外な光景が入ってきた。
目の前に立っていたデネレスティは出合い頭の頃から変わらない井出達ではなく、黒のベストに白を基調としたフォーマルな格好をしていたのだ。しかしスーツとはまた違う彼の恰好は一種のファッションと呼べそうな恰好であり、どことなくお洒落であった。
「……お前、随分と気張って来たな…… どうした急に。」
「えっ、何か変だったか?」
「変ではないぜ、ちょっと意外だっただけだ。」
「そっか。」
不意に告げられた感想に首を傾げるデネレスティであったが、今回の予定を取り付けたのが彼であれば驚いても無理はないだろう。本日の予定はショッピングストリートを中心とした買い物であり、ギラムはその案内役として招集されている。エリナスである彼だけでは何事も調子よく進む保障などない為、依頼で知り合った彼を頼ってきたのだ。
しかし見方を変えてしまえば、ただのデートである。
「…で、今日は何が見たいんだ?」
「リーヴァリィに来たのは初めてだからさ、何があって何が無いのかを知りたいんだ。食品とか、調度品とかな。」
「了解、そしたら行こうか。」
「おう。」
そんな相手からの要望をすんなり聞き届けると、彼等はその場を離れ目的地の広がる通りへと向かっていった。
彼の言う買い物、それは俗にいう『ウィンドウショッピング』と呼ばれるものだった。大型ショッピングモールの様に入口から始まり店内物色に続く行いをし、どんな物がリーヴァリィに出回っているのか、今が旬の食材や服装にはどんな種類があるのか。さまざまな情報を入手し自らの糧にする様に、デネレスティはずっとその行いを続けていた。
その間のギラムは案内役というよりも見張り役に近く、ただ単に相手の好奇心が満たされるまで常に傍にいる形を取っていた。いつぞやのメアン達との買い物に近いが、以前の様に踏み入り辛い店舗はショッピングストリートには無い為、幾分今回の買い物は気楽な様だ。時折声をかけられ商品の説明をする以外は、ある意味傍観者である。
だがそんな買い物を飽きさせない様にと、デネレスティは常にギラムに声をかけるのだった。
「なあ、アレって旨いのか? 視たこと無い銘柄だけど。」
「ん、どれだ?」
そんな彼等が立ち寄った店、それはワインを専門に酒類を取り扱っているワインショップ『翠峰』だ。葡萄をモチーフとした装飾品で飾られた外見は美しくも品があり、店舗内は木材の温かみを感じる造りであった。デネレスティが気にしていたのは、店内の中心に設置された丸テーブルの上に置かれたボトルだ。
小さな白い花と共に飾られたワインは棚に置かれたどのワインよりも違う雰囲気を醸し出しており、高級な物なのかケース内に保管されていた。
「……いや、俺も見た事ねえな。ワインはそこまで飲む方じゃねえから。」
「ギラムは酒とか飲まないのか?」
「しょっちゅうは飲まないな。気分的に飲みたくなったら、外で少し飲むくらいだ。」
「そうなのか。」
「デネレスティはどうなんだ? エリナスで酒豪な話とかは聞いた事ねえけど。」
「んー 俺は嗜む程度かな、会話が弾む為の食前酒がほとんどだけど。」
「そっか。」
物珍しそうに外から眺めるデネレスティに相槌を打っていると、彼は満足したのか次の店を視ようと身体の向きを変えだした。再び歩き出した彼に続いてギラムも歩きつつ、何度も彼の問いかけに応えようと後ろを付いてくのだった。
そんなやりとりを交わしながら買い物を楽しむ二人が最後に向かったのは、ギラムにとって行きつけの場所だった。
「いやぁ、ギラムのおかげでいろんな店が見れて楽しかった。ありがとな。」
「何か買うのかと思ったんだが、そういうのじゃ無かったんだな。」
「まあ市場調査をしたかったのと、この都市近郊の国民達がどんな生活を送っているのか。それを知りたかったんだ。」
「そうだったのか。」
ショッピングストリートを歩き出して約二時間。集合場所から一番遠い位置に立つお気に入りのカフェへとやって来た二人は、休憩がてら昼食を取っていた。馴染みの店という事もあってか、気兼ねなくこれた事とエリナスでもサービスが行き届いている為、この店のチョイスをしたに等しい。
そのため、現在彼等の前には二人分の昼食が並んでいる。
「デネレスティは、リーヴァリィに興味があるんだな。」
「? 何でだ?」
「俺が知ってる限りだと、ここまで興味を示してる奴は一人くらいしか知らないからさ。異国の文化と割り切って、それ以上は考えないのかと思ってたんだ。」
「へぇー ……ま、興味無い奴はそうかもな。俺からしたら新鮮味の方が多かったから、似ただけかもだが。」
「なるほどな。」
ぶらぶらと歩いていた相手は左程気に留める事無く返事を返すと、その場にやってきたホットサンドを口にしだした。綺麗な焦げ目の付いたトーストにサンドされているのはレタスとトマトとスライスチーズであり、隠し味として特性のソースが塗られている。甘くも何処かスパイシーに感じる味わいはギラムのお気に入りのメニューであり、デネレスティも同様に注文していたのだ。
そんなサンドイッチを専用の紙で包まれているのを見た相手は両手で手に取り、軽く口にするように一口噛みだした。味わいを楽しみながら中身を視ていた彼は少しだけ嬉しそうな表情を見せており、何処となく上品な食べ方をしていた。
「………」
「……? どうした、ギラム。」
「……いや、何でもない。口に合ってるか? ココの料理。」
「おう、旨いぞ。」
「そっか、なら良かった。」
しばし食べ方を視ていたギラムは問いかけに対しそう答えると、自身も食事を楽しむようにサンドイッチを口にするのだった。




