21 猫人便(でんたつがかり)
同じく生活する世界でのやり取り、世界を跨いだ場でのやり取りと日々進行する時間の流れが経過するその頃。ギラムは久々の休暇を自身の私生活に当てながら、その日を過ごしていた。
「……さってと、買い物はコレで全部だな。」
完全なるオフの日となったその日の彼は、定期的に行っている銀行周りを始め私生活に必要な食糧や備蓄品を購入していた。その日はグリスンとフィルスターを自宅に残しザントルスと共に買い出しに出ていた事もあり、何時ぞやの変化が生じた日常が無かった頃の時間を過ごしていた。
彼が完全なる一人暮らしを行っていた頃の買い出しは、基本的に足であり相棒でもあるバイクの『ザントルス』と共に行ってた。近場で購入が可能となる代物でも量が重なれば結構な重量となる為、食料以外の買い物をする際は常に彼の傍には青みを帯びつつも銀色に輝く相棒が彼の傍には居た。排気量の多い大型二輪車は背後に幾多の荷物を背負わせても諸共せず、彼の移動を常にサポートし続けていた。その活動振りは数年経った今でも健在であり、定期的にメンテナンスしている事もあってか現役バリバリである。
ギラムの所望する買い物を終えて帰路に着くと、定位置と化した駐輪場にバイクを止め荷物を降ろしだした。そんな時だ。
「ギラムぅ~ やっほぉ~~」
「?」
両手にいっぱいの荷物を担いだ彼の近くで、自身を呼ぶ声が聞こえてきた。声を耳にした彼は辺りを見渡し声の主を探すと、駐輪場からそう遠くはない木陰から翠色の装束を纏ったリミダムが手を振っていた。都市内の暑い気候を諸共しない格好で居る事も凄いが、相変わらずのテンションもまた凄い。
「リミダム、久しぶりだな。元気にしてたか?」
「うん、してたぁー ギラムは相変わらずっぽいね~ 元気いっぱい、精力いっぱいっ」
「何か下手な意味が込められてそうなコメントだな……… それで、今日はどうしたんだ?」
「前々からの報告と、レーヴェ大司教に頼まれてたモノを伝えに来たぁー まーまー、お宅にあげて下さいな。」
「図々しいくらいにストレートだな。良いぜ。」
「お邪魔しまぁ~すっ」
以前から何も変わらない様子を見せるリミダムに感心しつつ、二人はエントランスホールに通ずる入口を抜け、ギラム達の生活する借家のある部屋へと向かって行った。
部屋へと向かう際中、リミダムはギラムの前を歩きながら両手に荷物を大量に抱えている理由を話のタネに持ち出していた。何時もと変わらない様子で相手が答えると、彼もまた代り映えの無い反応を見せており、何時だって笑顔を絶やさない部分を見せていた。それが素のリミダムなのか営業スマイルなのかはギラム自身にはよく分らなかったが、変わらない部分を持ち合わせる獣人達はやっぱり一人の存在として捉えるしかなかった。故に彼等を道具の様には扱おうとは思わず、彼等を捉えているであろう敵達を早く仕留めてしまいたいと思うギラムなのであった。
そんな彼等がやり取りを交わしていると、帰路も早く着くと言ったものだ。角部屋に位置するギラムの部屋でもあっという間に到着し、二人は自宅へと上がるのだった。
「ただいま。」
「おっじゃましま~っす。」
荷物を持ったままのギラムに代わってリミダムが施錠を解除すると、二人は扉を抜け自身が履いていた靴を脱ぎ始めた。両手が塞がった状態のギラムであったが慣れた様子で靴を脱ぐところを見ると、いつもこんな感じの買い物をしてくるのだろう。変わってリミダムはサンダル履きの為、脱ぎ捨てる形で脱いでいた。
「ぁっ、やっほぉ~ 元気ぃ?」
「あ、いらっしゃいリミダム。……ってか、何でそんなに上からな感じの物言いなの?」
「うにゅっ? そんなつもりは無いよぉ~ 変に気にし過ぎ。」
「そ、そうなのかな………」
「単純に口調から感じる圧みたいなもんじゃねえか。俺も良くあるぜ。」
「ギラムも?」
「ギラムの場合、大半が雰囲気でしょ。言葉じゃなくて。」
「五月蠅い。珈琲飲めるか?」
「オイラ甘いのが良いから、ミルク多めで~」
「はいはい。」
買い物で仕入れた品々を適当な位置に片付けると、ギラムは手慣れた様子で珈琲を淹れ始めた。なんだかんだで客人に対する配慮と言えるが、本日のお客人は常にマイペース。細かな注文を受けながら彼は三人分の珈琲を淹れ、その内の一つにはポーションミルクを普段よりも多く入れるのだった。
「キュッ」
「あっ、久しぶりフィルスター ちょっと大きくなった~?」
「キキュッ キキキュッ、キュンフキュッ」
「そっか~ ギラムが大好きなんだねぇー でも、ギラム越す程大きくなる予定だったりするぅ?」
「キュッ」
「ぁ、それは望まないんだねぇ。肩乗りサイズかなぁ、そうなると。
「フィルがどうかしたか? はい、カフェオレ。」
「ギラムの為に大きく成るって言うけど、ギラムを乗せて飛ぶくらいは大きく成るつもりは無いんだってさ~ ありがとー」
「そうなのか。……そんなに急がなくて良いからな、フィル。」
「キューッ」
淹れたてのドリンクを手にしたまま彼は二人の元へと向かうと、普段はあまり聞かないフィルスターの考えを耳にする事となった。
彼が築港岬で良く見かける事のある恐竜もさる事ながら、この世界に健在するドラゴンの成長はまちまちだ。本人が望めば早急に大きく成るという話もあれば、はたまた生活環境に応じた適応性を見せるという学術書もゼロでは無い。現代に存在するドラゴンが居ない事も不明確な部分と言えるべき点だが、実際の所フィルスターもその常識に当てはまる存在なのかすら不明なのだ。
確かに見た目はドラゴンであり卵から産まれた幼龍だが、親が誰かすらも解らず譲渡された部分もある為、彼のルーツを辿る事が出来ない。故に、獣人達が適度なコミュニケーションを取り仕入れた情報で分析するしか現状は出来ないのであった。
だが仮にフィルスターがちゃんとした言語を喋る事が出来たとしても、過去は辿れないので同じとも言える。
「それで、話ってなんだ?」
「あぁ、そうだった。前回逃した人達の足取り、ちょっとだけど痕跡が見つかったからその報告ー 脱出後に南側に位置する『ザッハ』って地区に逃げたっぽいんだけど、そこからはちょっと足取りが掴めなかったんだぁ~」
「……って事は、そのままホテルを出てリーヴァリィを脱出したって事か。」
「そゆことー 構成員に関してもあんまり足取りは掴めてないけど、近々また接触する可能性は高いんじゃないかな~ 現に五人と二人を退けたわけだしぃ。」
「後もう一人も居たしね、途中で退却しちゃったけど。」
「そうだな。デッキの半分とまでは行かないが、構成員の奴等からしても認知度が高く成ってても不思議じゃない。」
「それで、レーヴェ大司教に頼まれた方って言うのが別であってぇ~ ……んーっと、何処しまったっけ。」
カフェオレを堪能していたリミダムは問いかけに対しそう答えると、何かを探すように装束の上着を捲り出した。彼の身に着けている装束は上下が分かれた衣装とマントの様な形を取ったボレロで一式であり、更にその下に肌着を着ている事が多い。現にリミダムもシャツとパンツを着用している為、見た目に合わず厚着とも言える格好をしていた。
だがそんな恰好の下は各々でアレンジする事が可能の様であり、リミダムは装束のあらゆる所に取り付けたポケットを漁り出していた。ズボンはもちろん、シャツには胸ポケットもあればボレロの下にはポケットのオンパレードであり、ある種の『仕事人』の様な造りが広がっていた。
「……案外しまう所あるのか、その装束。」
「結構いろいろ入るよぉ~、三次元のポケットだけど。……ぁっ、あったあった。」
彼等の知られざる恰好の内側を目にしたギラムはぼやく様に感想を呟くと、リミダムは探し求めていた品を見つけた様子で高らかに手を掲げ出した。手にしていたのはひし形をした水晶体の様な物体であり、彼の掌に収まる程のとても小さな代物だった。彼等曰く『情報量に応じて質量が増す』と言う話だった為、どうやらクーオリアスでは一般的なメモ用紙だという事をギラムは理解した。
「えーっと。『これからギラムはリミダムを含め、他のエリナス達とも接触する機会は増えると思う。それでもギラムはいつも通りで居てくれて大丈夫な段取りは出来たから、思う存分創憎主達と戦ってくれ。』だって。」
「段取り?」
「とりあえず今の所、例のザグレ教団を片付ける事が最優先事項に決まったっぽいんだ~ それに関しては、オイラやレーヴェ大司教も含めた他のエリナス達も協力する形に取り付けたから、前に言ってた話は気にしなくていいよぉーって事。今後もオイラはギラムの手伝いをする予定だから、よっろしくぅー」
「あぁ、そういやお前等は敵側だったもんな……… 言うほど心配はしちゃいねえが、リミダムやサントス達とは違う考えを持ってるエリナスも居るわけだろ?」
「そうだよぉ~」
「その辺りの線引きは、何か助言的なのはあるか?」
「んーっと……… ……ううん、無いっぽーい。ギラムの直感で良いんじゃないかなぁ~」
「また適当だね……」
媒体に刻まれていたメモを読み上げ終えると、リミダムは再びメモを装束に終い何事も無かったかのようにその場に立ちだした。元より伝達の為に来たこともあったのだろう、用事が済めば普段通りの彼であると言ったところだ。ギラムと同様に首を傾げるグリスンも居る為、彼の様子が『当たり前』では無いことを改めて告げておこう。
獣人達は皆『個性的』なのである。
「単純な問題だとオイラは思うよぉ― 現にギラム、危険な人はすぐ解るっぽいしぃ。」
「それはまぁ、否定しないけどね。」
「おいお前等、勝手に話を進めるな。」
「にゅーっ、ギラムが怒るぅ~」
だが実際の所、年齢的な部分で態度が気にくわない人もゼロでは無い。左程気にしてはいないギラムでも軽く怒る場面がある程、何時だってリミダムは自由人なのであった。
彼等のやり取りは常に新鮮であり、同じ世界ではない異世界に住む獣人達でも『一人の存在』だという事実は変わりない。しかしそれを受け入れられる人がどれくらい居るのかは不明であり、下手をすれば10割の内9割近くは否定する者が現れるかもしれない。誰だって遺物は好まず、既に確立した世界を乱す存在が現れれば反発したって不思議ではないのだ。
だからこそギラムは、彼等に対しても同じ感覚で手助けをしたい。囚われている者が居るのならば助けだしたいと、真摯に思うのだった。
「……って事でぇ、オイラ共々他のエリナス達もよろしくねぇ~ ついでにザグレ教団に掴まったエリナス達を救ってくれたら、オイラもーっと頑張っちゃうから。」
「やっぱり居るんだな、何人かは。」
「現に行方不明者が居るっぽいしねぇー そっちもよろしくぅ、ギラム。」
「はいはい、やれるだけの事はやってやるよ。俺も『捕虜扱いをしている奴等』は気に食わないからな。全力で行かせてもらうぜ。」
「お願いねぇー」
改めてリミダムが味方側である事を認識すると、二人は手を取り合い互いに共闘する事を約束するのだった。例えクーオリアス側から視てリミダムが仲介役のスパイに近い存在だったとしても、決してギラムは恐れたりはしないだろう。何故なら、それはリミダムの事を既に信用しているギラムがそこに居るからだ。
裏切られるその時までは、彼等獣人達は常に仲間なのである。
「……ぷはっ! ご馳走様ぁ~」
「もう帰る感じか。飯くらい食って行っても良いぞ。」
「ん~ じゃあ今日は食べて行こっかなー ギラムのエプロン姿も拝んでおきたいしぃ。」
「ギラムは『腰巻きエプロン』だから、エプロン姿は拝めないよ。」
「えー、裸エプロンしないのぉ~? 肉体美なのにぃ。」
「需要ねえだろ、そんなもん。」
「むっきむっきぃ」
「誰得だよ。」
そんな自由人を自宅に招いたまま、彼等はその日の午後を過ごすのであった。




