01 強面傭兵(ギラム)
前まで更新していた『初花咲いた戦火の叙景』から、3年が経過した頃のお話です。
隊員としての仕事を止め、傭兵として身を置く事とした彼『ギラム』と、今作のヒロインポジションとなる虎獣人との出会いの物語です。
切欠を知る事になったのは、何処にでもありそうな、ありふれた事象の後。だがそれが、普通とは感じられず、何処か違和感が残り、馴染めないと思う事が少なくなかった。
それは彼が『普通だから』なのか、それとも彼が『普通ではない』からなのか。
それ以上の正解を知るのは、各上の存在でしかない………
自らが創造し、物事全てを創りだす存在。
多くの存在達は、そのような相手の事を一言で『神』と言い、崇める。
普通の生活とは、どのような目線で言った事柄を言うのか。それは誰でも等しく正確な答を告げる事は難しく、誰が普通であり誰が基準なのかによって、返答が変わってしまう。
それでも人々は『普通』を求め続け、その思考に反する人を『普通ではない』と否定する。
どれが正しく、どれが間違っているのか。
その回答へ対する周りの意見は、おそらくこうなるだろう。『神のみぞ知る世界』と………
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ガチャコン……… ゴゴゴゴゴ………
「………」
青空の続く澄み渡った空、昼間の温かい日差しの降り注ぐ、何処にでもあるが、見かける事はないかもしれないその風景。とある施設を利用していた1人の青年が、外と施設内を仕切る自動扉の前で、完全に門が開くのを静かに待っていた。規定された翠色の軍服を身に纏い、自身が跨る大型バイクのハンドルを握っている。
何時でも右手を捻るだけで跳びだせるのか、エンジン音が静かに吹かされる。
「道中お気を付けて、ギラムさん。」
「あぁ、ありがとさん。」
扉を開ける許可を持っていた施設内の兵隊から返事を貰うと、青年は返事を返しつつ額に移動させていた藍色のゴーグルを着用した。日差しによって照り返すバイクの車体は空色に輝き、鈍く周囲に日光を放った後、彼は握っていたグリップを捻った。すると、バイクはエンジン音を周囲に強く響かせた後、青年を乗せて外へと走り出して行った。
金髪のオールバックヘアーを靡かせながら街道を走り抜け、施設を後にした青年。
彼の名前は『ギラム・ギクワ』
街に行き交う仕事を集約し、依頼の集う場所として知られる『軍事会社セルベトルガ』に所属する傭兵だ。印象的な金髪が目立つ彼の肌は健康的に日焼けをしており、傭兵という仕事に相応しい肉体を持ち合わせている。しかし傭兵という名目の仕事はほぼ皆無に等しく、仕事の無い時には先ほど彼が後にした、関係者以外入る事すら許されない領域『現代都市治安維持部隊』の施設を利用しているのだった。
そんな彼が何故、そのような領域に足を踏み込む事が許されているのか。それは、彼が一昔前まではその施設に勤める隊員であり、幾多の部下達を従えていた『准士官』だったからだ。
特例として認められた申請をクリアし、自らの行動と努力を重ね、真面目かつ厳しい鍛錬の日々を重ねる事によって、その立ち位置まで昇り詰める事が出来ていた。だがそれも昔の話であり、今の彼は過去の経歴としてその名札を下げる事のある、一人の傭兵でしかないのだった。
そんな普通では会得出来る事すら難しい経歴を持つ彼のとある一日は、治安維持部隊の施設での『鍛錬を行う』というものだ。施設へ踏み入る際に着用する軍服を纏い、愛車であるバイク『ザントルス』の力を借りて、自宅のあるアパートから施設内の街道を走り抜ける。毎日のように風を身体に感じ、髪を靡かせながら走る一時が、彼は大好きなのだった。
治安維持部隊の施設を後にした彼は、バイクを操縦し街道を走っていると、前方に大きなトンネルを目撃した。丁度大型トラックが双方で行き交う事の出来る広さがあるほどに大きい場所を、彼はバイクのライトを付けながら走り込み、薄暗くも灯火のあるトンネルを、ものの数分と掛からない内に走り抜けた。その先には、降り注ぐ昼間の日差しに照らされたビル街が現れだし、大きな都市内へと入り込んだ事を彼は目の当たりにした。
そこは彼の借家であるアパートを初め、幾多の建物で構成された都市『現代都市リーヴァリィ』と呼ばれる場所だ。整備された道路を走る車達の他、道沿いに立てられた様々な施設やビルが立ち並び、そこに住まう人々によって生活が確立している。企業に勤め個性的な職業をこなす人も居れば、大きな仕事を貰える場へと就職し、その場に貢献するために働く人達も居る。人々は皆『仕事』と呼べる職業を持ち合わせ、友人を作り、恋人を作り、家族をつくりと、忙しなくも平和に暮らしていた。
そんな平和であり均衡の保たれつつある都市の一角に、彼の借りているマンションが立っていた。都市部へと走り込み、街中で規則を知らせる信号を幾つか超えた先、都内に住まう人々が集う区域に、彼の借りている借家がある。
白藍色の外壁が印象的な真新しい造りをしたマンションであり、都市内でも人気の物件として名高い場所に、彼は1人で住んでいた。比較的家を留守にしがちな彼の職業柄でも安心な設備が整っており、彼もまたその賃貸物件の部屋が気に入っており、前職の時代から住んでいたのだ。とはいえ1人暮らしにしては広すぎる場所であり、愛車で到着した彼が手荷物を荷台から取り出した後、オートロックの入口をパスした先に広がるエントランスホールが、その優雅さを物語っている。
大理石の埋め込まれた道の両側には、レンガで形成しカーブを画いた花壇が造られ、様々な木々と草花達が出迎える。ガラス張りで吹き抜けとなっていたホール先の通路を左に曲がり、彼はマンションの東棟へと進んで行く。それぞれの塔は3階建てで部屋が幾つも設けられており、1つ1つの間取りが広く、一般的な家庭が住む分には申し分ないほどの広さ。その内の1つ、東棟一階の突き当たりの部屋が、彼の借りている部屋だ。
マンションに入る際にも使用した本人認証機でロックを解除すると、扉は自動で開き彼を中へと迎え入れた。
玄関先の通路を抜け、最初に視界に入るのはリビングだ。外からの日差しを通す窓辺には鶯色の大きなソファがあり、近くにはガラス製の小さなテーブル、下には大きめのラグマットが敷かれていた。ソファ同様窓辺に置かれている観葉植物は、成長に必要な量の日光を存分に浴びられる絶好の場所に置かれ、部屋の隅には縦長の鏡が立てかけられている。変わって、リビングから隣接する隣の部屋は、同様の広さがあるにもかかわらず、彼が寝るために使用するセミダブルのベットと備え付けのクローゼットしか置かれていない。
比較的家具の少ない彼の部屋ではあったが、とても清潔感溢れる優しい部屋であった。
そんな住み慣れた我が家に帰って来た彼は、バイクと自宅の鍵が付いたキーケースを、キッチンを囲うカウンター脇に置かれた籠の中へと入れ、手にしていたナップサックをその場に下ろした。
「っ、んーーーっ……… ……シャワーでも浴びるか………」
自宅の安心感に包まれ疲労感を感じたのか、彼は呟き混じりに言葉を漏らし、その場で背中を伸ばした。大柄な身体の為部屋の壁に拳がぶつかりそうになりながら伸び終えると、彼は着用していたゴーグルをキーケース同様にカウンターの上に置き、シャワールームへと向かって行った。入口からリビングへと向かう際に通過した通路の間にその部屋はあり、向かう途中で彼は上着を脱ぎだした。同時に服の下に隠れていた彼の肉体が露わになり、鍛え上げられた逞しい腕や肩、浮き上がった胸筋が姿を見せていた。
その後目的の部屋へと到着すると、脱いだ上着を洗濯機の中へと放り込み、同様に廊下では脱げなかったズボンと肌着達も放り込んだ。入れる物を全て入れ終えると、彼は近くに置かれていた洗剤達を適量入れた後、洗濯機に仕事を開始させ、シャワーを浴びに奥の浴槽付きの部屋へと向かって行った。
ガラス扉で仕切られたその部屋には、四つの金色の足が付いた浴槽が鎮座しており、浴槽近くには備え付けのシャワーと鏡が備え付けられ、普段使用するボディソープ達が並んでいた。部屋の床はエントランスホール同様に大理石仕様の防水タイルが張られており、白地を基調としながらも、壁際に翡翠色をしたオシャレな壁と言う、とても素敵な空間が広がっていた。そんな素敵な部屋にあるシャワーを浴びようと、彼は壁際に付いたバルブを捻り、しばし冷たい水が流れた後に温水へと切り替わったのを確認し、身体中に浴びだした。
施設内の様々な機材で鍛錬をしたためか汗をかいた様子で、彼は気持ち良さそうにシャワーを浴びていた。肌に当たった水が彼の首を伝い、魅力的な肉体によって出来上がった曲線を下りながら、温水は静かに流れ落ちるのであった。
そんな彼がこの街やって来たのは、数年前の事だ………
現在リーヴァリィに住んでいる彼は元々この街の出身では無く、街から離れた田舎で生まれ育った。両親と自身の三人家族で生活をしており、父親は軍事会社の役員、母親は専業主婦を営んでいた。
幼い頃の彼は、そんな両親の温かい声に見送られながら、毎日近くの学校へと通っていた。友人は人並みに居た彼は彼等と陽が暮れるまで遊んでおり、時折母親から説教をされた事もゼロでは無い。とはいえのびのび暮らす事だけは両親も望んでいたため、そんな彼がやりたいと言った事柄を学ばせようと、時折旅行へ行く事も少なくなかった。
適度に学び、適度に楽しむ。
彼はそんな家で、やりたい事と毎日を過ごしていた。
しかし、そんな彼の父親は今はこの世には居ない。自身と母親を残して早くに他界してしまい、まだまだ若かった彼は母親と共に家を護らなくては行けない事を自覚した。無論学業は中途半端に終える事となってしまうも、家庭の事情を知った学校側は咎める事はせず、これからの人生をしっかりと生き延びられる様、無事を祈っていたそうだ。
そんな彼がこの街へやって来た理由、それは都内の治安を護るために結成された『現代都市治安維持部隊』の候補生に選ばれるためだ。父親の知らない経歴を知った彼は、父親と同様のチャンスを掴む事に成功し、難が残れど審査をパスし、無事に候補生に成る事が出来た。だがそんな彼も、理想を抱いて入隊した部隊を三年前に辞めてしまい、現在はフリーの傭兵として軍事会社に勤めているのだ。
自らの努力で昇りつめた『准士官』と言う立ち位置を捨ててまで、何故傭兵になる事を選んだのか。
それは彼の身に起こったある事件と共に、ある切欠を獲た事。それこそが、彼が現在の道を歩もうと決めた、切欠なのだった。
ガチャッ……
「ふぅ…… ………さっぱりした。」
そんな傭兵になった彼がシャワーを浴び終えると、脱衣所に纏められていたタオルを手に取り、身体を拭きだした。大きめの真っ白なタオルで身体を包み残っていた水滴を吸い取ってもらうと、彼は使用したタオルを首にかけ、事前に用意してあった肌着を着用し、その場を後にした。
廊下を歩き湿り気の残る髪の毛を拭きながら、彼が向かったのはリビングの隣に隣接するベットルーム。大きなセミダブルのベットのそばに備え付けられたウォークインクローゼットを開けると、そこには少しワイルドさが見え隠れするオシャレな羽織り上着やコート達が姿を現した。無論今の時期で着れる物から切れない物まで顕在しているが、彼のお目当ては足元にある収納箱であり、中から紺色のルームウェア用ズボンを取り出し、着用した。
下着姿からズボン姿の井出達になった彼は、その後も適度に髪の毛を気にしながら部屋を歩きまわり、リビングを通ってキッチンへと向かって行った。
彼のお目当ては、カウンター席に先ほど置いたキーケース達の入る籠とは別で、隣に置かれていた白色の籠。中には白いナプキンの上に置かれたお菓子達であり、適当な小袋を1つ手にすると、彼は袋を開けながらリビングを歩き、そのままベランダへと向かって行った。ガラス扉を開けベランダ用に造られた木製のテラスの上に上がった彼は、そのまま柵の元へと向かい、外の風景を見だした。
外に広がっていたのは、少し小高い丘から見下ろした街の風景であり、点々と立ち並ぶビルと住宅街が一望できる景色。所々に存在する公園や樹木による緑もあり、自然と技術が融合した現代的な都市が広がっていた。テラスの足元には簡単に手入れされた緑の庭園が広がっており、こちらも彼の所有地であり、外履きで降りる事も可能だ。綺麗な景色と共に整った環境が、今の彼の生活居住空間と化しているのだった。
「風が気持ちいいな………」
ベランダの柵に身体を預けながら菓子を口にし、彼は目の前に広がる景色の感想を呟いた。口にしていた棒状のラムネ菓子が何処となく煙草に視え、年相応な井出達ではあるが中身はまだまだ若いと思われる青年。
そんな彼が、この物語の主人公であり。運命を背負う事となる戦いの『憧れ』となりうる、1人の存在だった………