15 想望成長(そうぼうのせいちょう)
クーオリアスでの会合が終了したその頃、ギラム達が住む世界リーヴァリィでは新たな朝を迎えていた。その日から二つの依頼を掛け持ちする事を決めていたギラムは仕事着ではない普段着に身を包んで朝食を取っており、食卓に並んだ食材を口にしていた。
本日のメニューは『フレンチトースト』であり、甘味料を抑えながらも甘さを引き立たせた美味しいブレックファーストである。適度に焦げ目を入れたパンからは香ばしさが漂う中、窓辺から入り込む太陽光で照らされたハニーシロップが輝かしい朝食であった。
そんな食事を一人の虎獣人と幼いドラゴンと共に口にしていたギラムは食事を終え、グラスに注いでいた牛乳を飲み干し静かに合掌した。
「ごちそうさまでした。」
「はい、お粗末様でした。」
食事を終えた家主の言葉に反応してグリスンが笑顔で返事を返すと、彼は静かに席を立ち食事に使用していた食器を片付け始めた。比較的何時もと変わらない朝を迎えた彼等はいつも通りの日々を過ごしているかのように見えるが、実際の所少しだけ違っている部分が存在していた。
「……… そういやフィル、お前少し大きくなったか?」
「キュ?」
使用済みの食器をシンク内で流水に晒していたギラムは静かに口を開き、同じ食卓を囲んでいた幼い龍に話しかけだした。同じ食事を口にしていたフィルスターは素手で食事をしていた事もあってか、爪先と口元が蜂蜜でベタベタになっており地肌の鱗の輝きなのか解らない状態と化していた。
そんなドラゴンの顔を見た二人は軽く苦笑しながらグリスンが濡れ布巾を手にして相手の口元を拭うと、フィルスターは煩わしい感覚から解き放たれたかのようにスッキリとした表情を見せていた。最近は毎食スープでは無くしっかりとした食事を取っている事もあるのか、彼は確かに一回り程大きく成っていた。
「ドラゴンは『自分が成長したい』って思うと大きくなるって聞くけど、フィルスターもそれが適用されるのかな。」
「へぇ、俺等みたいに『過程を踏んで成長する』とかじゃねえのか。」
「僕も龍人達との交流は多い方じゃないから良く解らないけど、そう言う話はよく聞くよ。ましてやフィルスターは本物の『ドラゴン』だからね。そっちが強いのかも。」
「なるほどな。」
相棒からのちょっとした話を聞いたギラムは感心しながらフィルスターの頭を撫で、彼の細部がどのように成長しているのだろうかと観察し始めた。
基本的に毎日接している事も有ってか細かな成長を全て把握する事は出来ない彼だが、数日前から相手の成長に対して気にかかっていた部分が存在していた。食事をスープから普通の食事に変えようとしたのも理由の一つであり、何時しかスープでは物足りず自分達の食事を口にしたいとせがむ様になってきたのが始まりだ。出会い頭の頃はスープを二杯程飲めば満腹になり大きくなったお腹を突き出して大食漢をアピールしていたが、今ではそれよりも多い食事量を平然と食する様になっていた。主人のギラムには及ばないがグリスンと並ぶ程の食事を普通に食べる辺りからその兆しは出ており、最近では彼用にと用意したタオルケットから尻尾がはみ出す始末である。いつぞやの留守番時に成っていた『ドラゴン大福』の頃とは完全に代わっている為、相手もまた自身達と同じく成長していると感じていたのだ。
ちなみに先程使用した『ドラゴン大福』に関しては完全に『自称』の為、世間では通用しない事を補足しておこう。
「フィルも俺達と同じで、ゆくゆくは大人のドラゴンに成る訳だ。お前も、やっぱり俺等みたいに体格が大きいドラゴンに成りたいって思ってるのか? 翼があるから『飛竜』って言った方が良いのかもしれないが。」
「ンキュ?」
「良く分からないって顔をしてるけど、そうなんじゃないかな。ねぇフィルスター、ギラムみたいに大きくなりたいって思ってる?」
「キュッ キュッキ、キキキュッキュン。」
「首を横に振ってるけど、何だって?」
「『ギラムみたいに成るんじゃなくて、補佐が出来る存在になりたい』って。だからギラムよりも大きくは成りたく無いけど、もっと大きくは成りたいみたい。」
「そうなのか。ありがとな、フィル。心強いぜ。」
「キューッ」
相手の望む成長図を少しだけ見られた事に満足したのか、ギラムは笑顔になりながら相手の頭を撫でだした。優しい撫でを受けたフィルスターは満面の笑みでその撫でを堪能しており、今日もまた主人の為にと成長する意気込みを固める様子を見せだした。元より逞しい腕でガッツポーズをする様は、何処となく主人そっくりである。
そんな小さな相棒の姿を見て満足したのか、ギラムは食器を洗うべくシンクへと移動した。
「そう言えばギラム、今日からお仕事だっけ。リズルトの所で。」
「あぁ、今日からしばらくな。連日そっちに行く訳じゃねえけど、しばらくは休み無しで動くつもりだからさ。お前も、気楽に過ごしてくれて良いからな。」
「うん、解った。 ……でも、連日仕事って言うのも凄いね。ギラムの仕事はフリーな感じがしてたから、もっと休みとか気軽に取れるのかと思ってたけど。」
「今回は『掛け持ち』だからって言うのもあるが、仕事内容によってはこんなもんだぜ。場合によっては泊まり込みもあるらしいからな、同僚の話だと。」
「そうなの?」
「だからかな、逆に『住処を持たないで仕事をしてる奴』も中には居るぜ。そう言う仕事ばかりを逆に選んで、家賃を払わない方法を選ぶって言うのもあるんだと。幸いリーヴァリィにはホテルも温泉施設もたくさんあるから、傭兵としての名義をセルベトルガで貰えている以上、暮らし方は人それぞれなんだと思うぜ。」
「へぇー そういうタイプの人も居るんだ……… って事は、やっぱり『お金を貯めたいから』そう言うのを選んでるのかな。」
「聞いた限りでは、その線が多かったぜ。俺はそこまでする理由が無かったのもあるし、セルベトルガよりも前からこの借家に住んでるからな。そうする理由が無かったんだ。」
「なるほどね。」
その後遅れて食事を終えたグリスンが食器を持ち込むと、ギラムは並行して彼が使用した食器も纏めて洗いだした。居候と言えど全ての家事を彼に任せているわけでは無い為、こういうシーンも例外なく挟まれるのは彼の望む生活スタイルに近いのかもしれない。役割を担うのは確かに当然の流れではあるが、それでは片方が欠けてしまった時に不都合が生じるが故に、彼が選んだ方法の様にも思えた。
そんな生活スタイルが既に馴染んでいたグリスンは食後にするべき事をし始めた頃、ギラムの食器洗いは終了した。
「んじゃ、俺そろそろ出かけて来るぜ。留守とフィルの事、よろしくな。」
「うん、任せて。ギラムも気を付けてね。」
「キュキキュッ」
「あぁ、ありがとさん。行ってきます。」
「行ってらっしゃーい。」
その後相棒達に見送られながら彼は手荷物を手にし、家を後にして行った。家主が出かけたグリスンはその後ろ姿を見送りながら軽く手を振り、玄関の扉が締まるのを見届け静かに腕を下した。
「……さってっと、そしたら僕も次の行動をしなくっちゃね。」
「キュ?」
「ん? ……あぁ、ギラムの為にって言うのも有るんだけど。それよりも別で、やりたい事があるんだ。」
「キキキュウゥ?」
「そ、やりたい事。」
家主が出かけると同時にグリスンは独り言を呟きつつリビングへと戻ると、彼の後を追うようにフィルスターはぽてぽてと歩き出した。一体何を考えているのだろうとフィルスターは首を傾げているが、先程から笑顔を浮かべているグリスンの表情を見る限りでは『決して変な事ではないのだろう』と、彼は静かに悟るのだった。
そんな幼き龍の眼差しを感じたグリスンは表情を元に戻すも、再び笑顔を見せながらテーブルの上を拭き出すのだった。
『ギラムがしばらく依頼で出掛けてるって事は、昼間の間は留守って事だもんね。連日留守にするって言ってたから、絶好のタイミングかも。 ……ギラム、喜んでくれるかな。』
とはいえ何かを企んでいる事には変わりない様子の相棒は行動を行いつつ、どんな風に喜んでもらおうかと空想を巡らせるのだった。




