13 柴犬獣人(デネレスティ)
テイン達とのやりとりを終えたギラムは一足先に外へと移動し、肩に乗ったままのフィルスターと共に『都市中央駅』へと向かって行た。彼が次に会うべき相手は『リブルティ』の依頼を請けた際に告げられた『ある方』であり、詳細は告げられなかったが彼自身が何処へ行けば会えるかは密かに告げられていたのだ。今現在彼が身に着けている衣服の上着ポケットに静かにそれは忍ばれており、ネームプレートと思われる代物に告げられていた場所が集合場所となっていた。
相手に指定されてた場所、それは都市中央駅の最上階にある関係者しか立ち入れない『時計塔』であり、時計塔内部では無く『外』で待っているという内容だった。とても一般人が要因に入るどころか居座る事すら怪しい場所を指定された際には彼も驚いたが、よくよく考えればそんな場所に待っていられる相手は『限られた相手』という事になる。ギラム自身を外からの眼を避けた場所で会う様に相手が配慮した所を視れば、それだけ大きな依頼と頼れる『相棒』が待っているという事になるのだ。
一体どんな相手が待っているのだろうかと言う内心のワクワクが止まらない中、ギラムは周りの目に気を配りながら上層階へと向かう階段を上り、立ち入り禁止のプレートを無視してそのまま上へと向かって行った。レンガ造りで外部からの光が殆ど入ってこない場所に入った彼はフィルスターに一声かけた後、手荷物の中に忍ばせていたペンライトを使い足元を照らしながら再び上へと向かいだした。先程から鳴き声一つあげずに大人しくしているフィルスターに感謝しながら階段を上ると、その先には時計塔の内部に通ずる重々しい扉が彼等の前に現れた。灰色の扉は何処となく錆び付いた雰囲気があるも、誰かが最近通ったのか足元の床に妙な擦れ跡を残しており、ギラムは間違いなく『誰かがこの先に居る』事を確信し静かにドアノブを捻り扉を押し開けた。
彼等の先に広がっていたのは時計塔の心臓部に値する幾多もの仕掛け達が噛み合った一部屋であり、半ば賑やかに歯車達が稼働する音がやって来た。都市中央駅内の騒がしさを諸戸もしない音を耳にした彼は静かに扉を閉めると、辺りを見渡し外へと出られる場所は無いかと探しだした。すると彼の視界に入った一つの窓が開いている事を目にすると、彼は足元と頭上に気を付けながら進みだし、窓から外を覗き込んだ。
彼等の視界に広がったのは、高い場所に位置する時計塔から見渡せる現代都市リーヴァリィの姿だった。何時もならば高いビルから望める展望階からしか拝めない光景がそこには広がっており、先程自分達が居たテインの家を始め様々な施設達を一望出来た。軽くその景色を視て圧倒されていたのも束の間、彼はふと目的を思い出し首を左右に動かし誰かが居ないかと確認しだした。
まさにその時だった。
「おーい、こっちだこっち。」
「ん?」
辺りを見渡していた彼に対しての声だろう、何処からともなくギラムを呼ぶ声がしたのだ。一体どこから聞こえて居るのだろうかと再び顔を動かした彼は不意に上空を見上げると、そこには彼を見下ろすかのように顔を出す一匹の犬獣人の姿があったのだ。顔の背後には灰色のマントと思わしき物が風で靡いており、どうやら自身が合うべき相手は彼である事を知るのだった。
「よっ お前か? 姫の依頼を請けた『ギラム・ギクワ』って相手は。」
「お、おう。その様子だと、お前さんが『手を組む相棒』か?」
「ご明察。今そっち下りるから、顔引っ込めてくれてて良いぞ。」
「了解。」
自身よりも明るい声色だが立派な青年を思わせるイケメンボイスで告げられた言葉を理解してか、ギラムは静かに顔を引っ込め相手が下りてくるのを待ち出した。すると即座に振って来る影と共に数十センチ程しかない出っ張りに降り立った犬獣人の姿を目にし、彼は軽く驚きつつもそこから部屋へと入り込む相手の姿が目に映るのだった。改めて良く視ると、相手はギラムよりも背丈は低く濃い焦げ茶色の犬獣人であり、緑色の整えられた髪が少し印象的な相手であった。グリスン程では無いが眼も大きく綺麗な橙色と黄緑色オッドアイであり、その眼の色には何処となく見覚えのある色合いだった。
「……ん? どうした?」
「あぁ、いや。その眼の色、何処かで視た覚えがあると思ったんだが……… 何処だったかなって、思っただけだ。」
「オッドアイって結構俺等の所では珍しい方なんだけど、そう思うって事は何処かに居るのかもな。似た目をした相手がさ。」
「そっか。改めて自己紹介しとくぜ、俺は『ギラム・ギクワ』 今回の依頼を請けた軍事会社セルベトルガの社員だ。んで、こっちが今回急遽顔出しする事にした『フィルスター』だ。」
「キュッ」
「姫の話だと俺等二人って事だったが、その様子だと『置いておく訳にはいかなかった』って事だろ? そっちも大変だな。」
「ん? 何か知ってるのか、こっちの事情を。」
「そりゃあもちろん、お前みたいな漢が『訳有』じゃない訳が無いって意味だよ。こっちの伝手で聞いてた話も合ったから、その様子だと『依頼』も大事だが『仲間も大事』って事だろ? それなら気にしないからさ、別に良いぞ。」
「そっか、そう言ってくれて助かったぜ。フィルにも今回の事は相棒には話さない様にしておいて欲しいって、言っておくつもりだ。」
「主人思いっぽいしな、平気だろ。ぁ、俺の名前は『デネレスティ』だ。よろしくな。」
「よろしく、デネレスティ。」
そう言いつつ相手はフィルスターの頭を軽く撫でた後、自らの名を述べるのだった。
彼の名前は『デネレスティ』
リブルティの声によって参上した、今回の仕事をギラムと共に完遂させるためにやって来た柴犬獣人だ。焦げ茶色の体毛と真っ白な体毛が特徴的な彼は深緑色のズボンに灰色のマントというシンプルな井出達であり、自らの肉体美を魅せつけるかの様に上着を一切着ていなかった。胸板は厚いが腹筋はうっすらと盛り上がっただけだが引き締まった身体をしている為、世の女性達を虜にしても不思議ではない美しさを放っていた。
右胸と左脇に入っていた古傷と思わしき傷跡もまた、その魅力を引き立てていると言っても過言では無いだろう。ましてや相手の配慮も出来る所を視てしまえば第一印象は完全に『イケメンわんこ』であろうと、著者の単純な見解で紹介を終えておこう。
「それでデネレスティ、こっちの依頼はボディガードって話だったが。何処の『姫』を護衛すれば良いんだ?」
「あれ? そっちの話は聞いて無いのか?」
「え?」
「……ま、姫っぽいな。さっきから俺が言ってる通りだから、それなりに予想は付くだろうけど。」
「……… ……え!? もしかして護衛の相手って……リブルティか!?」
「おー、新鮮な反応。変だと思わなかったのか? あんな美人が『ドレス』で依頼の内容を話しに来たんだぞ。」
「なんかそう言われると、完全に鈍感な気がしてならないな……… 依頼主を幾多と視て来たつもりだったんだが………」
「それが姫の言う『魅力』って奴だからな。それでも姫に手を出さなかっただけでも、十分凄いと思うぞ。」
「そう言えば、本人もそんな話をしてたな……… 魅力的な女性だとは確かに思ったが、理性が保てなくなる男共もどうかと思うんだがな。男の俺が言うのも変だが。」
「ギラムは『リアナス』だから、それなりに免疫はあったって事だろうな、きっと。その辺のヴァリアナスの連中だったら、ほぼ九割九分は堕ちるぞ。」
「そんなにか……… そしたら、今回の俺等以外のボディガードも危ねえんじゃねえか?」
「その辺は配慮済みで、そうならない様にって姫自身が作った『特注品のお守り』が有るから大丈夫。俺もそっちの経験はあるから、相互で相殺し合ってるらしくて特に影響も無し。そう言う意味での人選だったんだろうな。」
「そうなのか………」
そんな今回の相棒から説明された依頼内容を聞き、ギラムは改めて昨夜の美女が『普通の相手ではない』事を知る事となった。彼女自身が気にする体質の話も彼から聞く事となったが、ギラム自身も何かしらの推測は立っていたのかそこまで驚く素振りを見せなかった。しかし依頼主が護衛主である事には驚愕している所を見ると、そちらは眼中に無かったと言えよう。
彼等の身の回りで起こる依頼は多岐に渡る為、一重に『護衛』と言っても内容はバラバラだ。今回の様に要人を護衛する事も有れば物資を護衛する事もあり、生き物からそうでないモノまで彼は護衛をしている。だからこそ名の知れた相手を護衛すると思っていた為、まさか直談判の如く依頼主が赴き遠回しにだが『守って欲しい』と言って来るとは思っていなかったのだ。
しかもデネレスティの話を聞けば、リブルティは『諸国の姫』と言うのだからまた驚きである。
「ちなみにだが、男のギラムからしたらどう思う? 俺。」
「どうって…… 何がだ?」
「ぉー、こういう反応と来たか。どーりで誰これ構わず女を手玉にしないわけだ。」
「……何か無駄にイラっと来る発言だな。普通そうじゃねえのか? 好きな相手とするもんだろ。」
「ま、それが俗にいう『普通』ならな。世界は何時だって均衡を保ってる様で、そうじゃないんだよ。どこかしらがアンバランスになれば、それを保とうとしていつもなら平気のはずの部分が崩壊するんだ。だから世間から『犯罪』が消えないんだよ。」
「何時までも保たれるモノはあっても、それでもそれを乱そうとする連中は居るってわけか。……そうだな、そうでなければ創憎主は生まれなかっただろうしな。」
「そーいうこと。だからギラムが言う普通は、世間じゃ通用しないってわけだよ。」
「なるほどな。」
依頼の話を簡単に終えたその後、デネレスティは不意に謎めいた質問をギラムにしだした。意図が掴めない様子で答える彼に対してデネレスティは説明を入れると、彼自身も違和感を覚えていた部分が世界に滲みだしている事を理解した。
何時しか均衡が保たれていた世界は何処かでバランスを崩し、その乱れで均衡を保とうとしている事。乱れによる影響で普通となって行ったルールそのものを創り返ようと、混沌の為に動き出す者達が後を絶たない事。そしてそんな混沌を鎮め元の近郊に戻そうと努力する、純粋な真憧士達。
少なくとも今のギラムは、そんなリアナスの一人と言えよう。
「ま、そんな普通のギラムだ。姫の護衛を適度にする分には申し分無いだろ。」
「リブルティは何しにリーヴァリィに顔を出してるんだ? 諸国の姫って話だったか、貿易とかか?」
「まぁその辺の国家レベルの話し合いも確かにあるが、大きな裏の問題を解決する事も視野に入れてるんだと。」
「『創憎主』か。……プラス、こっちには最近面倒な連中も動きを見せてるが。そっちは知ってるか?」
「あぁ、話は聞いてる。ザグレ教団とか名乗ってるらしいな、ギラムのクローバーを盗んだ連中だっけか?」
「そこまで知ってるなら話が早いな、今回フィルを同席させたのもそいつ等に狙われるリスクを減らすためだ。グリスン自身も確かに心配な部類には入るが、それでも俺はアイツを信じようと思う。だから同席させなかった。」
「そっか。ま、連中がリアナス付きのエリナスを狙う事なんてほとんどしねえから心配いらないぞ。大体野良とか既存の契約済みの連中を引き込んで糧にしてるらしいから。」
「そうなのか……… 利用されてる連中が居るなら、そいつ等も助けてやらないとな。奴隷何てさせるモノじゃない。」
「……そうだな。とりあえず仕事の話に戻すが、良いか。」
「あぁ、良いぜ。」
そんな他愛もない話も束の間、彼等は再び依頼の話をしだした。
基本的な流れはギラムの想像通りであり、リブルティを護衛するSP達とは別の防衛ラインとして行動するというモノだ。無論接触する前に対象を排除する仕事も例外なく付いているが、基本的に野蛮な事はギラムはせずデネレスティ本人が抑えるというモノだった。彼自身はそれなりの腕が有ると言う話を聞かされた際には軽く驚くギラムであったが、何となく想像は付いていたのか大きく驚く事は無かった。
ギラムはそんなデネレスティと行動し、危険人物の特定から最悪の想定が起こった際に手を貸してもらうと言うモノだ。リアナスとしての力を用いて創憎主が現れた際には対抗し、リブルティを護る行いをする。そしてあわよくば、先日対立した教団から『エリナス』を助け出す。
誰の血も、誰の涙も流したくない。
そんなギラムらしい、顔に似つかわしくない優しい考えがそこにはあった。
「そしたら、3日後にこっちに来るからその時からしばらく護衛の仕事な。影の隠密だから下手に表には出ないから、特に気にせず依頼に励んでくれて良いぞ。」
「了解。並行して別の仕事もしてるんだが、そっちもしてて平気か?」
「あぁ、四六時中居るとかえって怪しまれるからな。その方がこっちとしても都合良いと思う。2,3日に1度、こっちに来てくれればいいくらいだ。留守中は俺が視てるからさ。」
「頼むぜ。リブルティが命がけで表に立ってるんだ、俺等が頑張らねえとな。」
「そうそう。 ……しっかしそういうイケメンな台詞を平然と吐くんだな、ギラムは。」
「え? ……変か?」
「んや、全然。むしろカッコいいなって思っただけ。同じ事を言われた事、ねえ?」
「……… ……まぁ、変わった言葉を使ってるって言うのは時々言われるな。人間側でも、獣人側でも。」
「あ、やっぱこっち側にも言われたのか。どんな奴?」
「灰色の狼獣人。」
「そか。……そいつとは、下手すれば仲良くなれそうだな。」
「なんの話だ?」
「んや、こっちの話。」
依頼の話を終えた二人はそんな話をした後、再び合流する場所を確認しお開きとなった。新たな相棒として行動してくれるデネレスティはその場から外へと移動すると、その場から飛び降りる様にしてその場を去って行った。




