11 子息(テイン)
依頼主との軽い面談の後に再び案内される事となったギラム達一行は、再び自身の前に現れた使用人に案内されて屋敷内を移動していた。一階の応接室から移動したのは五階であり、階段を利用して一つ一つ階層を越えて一同は『子息』の元へと向かった。面接中のやり取りで少々腑に落ちない様子を見せるグリスンが隣を歩く中、ギラムはフィルスターを定位置である肩の上に載せたまま移動していくと、彼等は目的地である部屋の前へと辿り着いた。高級感溢れる内装と同じ色調の扉の色とは少し違い、今の彼等の目の前には立派な面構えを見せる濃い緑色の扉が彼等を待っていた。
部屋へと案内し終えた様子でメイドが再びお辞儀をすると、彼女は静かにこう言いだした。
「こちらが、ぼっちゃまのお部屋です。それでは、よろしくお願いします。」
「え? ……なぁ、声をかけなくて良いのか。」
「……ッ、すみません……! 私はこれで……!!」
パタパタパタッ……!!
そう言い残してメイドは早急に立ち去ってしまい、残されたギラム達は棒立ちする勢いで唖然としだした。つい先ほどまでの冷静な素振りは無く何故そこまで恐れる勢いで去って行ったのかは不明だったが、改めて彼等は扉を目にしその理由を理解する事が出来た。
「……なあグリスン、この扉どう思う。」
「うん、何となく言いたい事は解るよ。コレ『元々あった扉』じゃないね。他の扉とは別の木材で出来てる。」
「こんな豪邸内でココだけ違うって言うのは、妙だよな。……一体どんな子息が居るんだ……?」
「キュキュッ」
彼等の前に構える扉は他の茶色を基調とした物とは違い、明らかに後で設置し直された雰囲気が出ていた。色合いから想定出来る部分もあったが、グリスンが告げた通り『木材』も別の物が使われており、何度も付け直されたのか近くの絨毯も擦ったかのような妙な筋が幾つも入っていたのだ。普通に考えれば絨毯そのものを全て取り換えてしまえば良い話なのに対し、どうしてそれを行おうとはしなかったのか。考えれば考える程に様々な推測が幾つも飛び交う中、彼等は軽くアイコンタクトを取った後定位置に付きだした。
この後彼等がするべき事、それは依頼主から会う様に告げられた『相手』と面識を持つ事だ。しかしそれにはこの扉を抜けて会う必要がある為、もしもの事を想定し事前に彼らなりの心構えをしだした様だった。扉から数歩下がった場所でグリスンは手元に武器を召喚したまま待機すると、ギラムは合図を送った後扉を数回叩き声をかけただした。
「突然失礼します。軍事会社『セルベトルガ』から来ました『ギラム・ギクワ』です。」
「どうぞ、鍵は空いてますから開けて下さい。」
「はい。 ……行くぜ、グリスン。」
「うん、何時でも良いよ。」
扉の奥からやって来たのは幼い少年の様な声であり、声に応えた後彼等は再び合図をし扉に手をかけた。ドアノブではない取っ手タイプの今回の扉は引くだけで錠が外れる仕様だったらしく、彼が静かに引くと鍵が外れる音が聞こえ出した。
ガチャッ
『……!?』
しかし扉を開けたその直後、ギラムは即座に何かを感じ取り退避する勢いで壁際へと身を隠した。不意に動きを見せたグリスンが再び警戒しながら彼の様子を見た、その直後。
開けた扉に異変が起こった。
ドッゴンッ!!
不意に扉が勢い良く砕かれる音が周囲に響き渡り、木屑と化す勢いで粉砕された扉は煙を上げながらその場で消し飛んでしまったのだ。何が起こったのかと驚く一同を尻目に部屋の奥からやって来た日光に照らされてか、煙の中には一つの影が浮かんでいた。
「……おや、俺の一撃が来ると勘付いて退避したか。お前さん、リアナスだな?」
「ん? この声……」
影の主と思われる相手から告げられた言葉を耳にしたギラムは不意に首を傾げると、徐々に薄れて行った煙の中から現れた相手を視て驚愕しだした。その場に立っていた相手、それは赤い肌が印象的な紫色のポニーテール姿の馬獣人だったのだ。
「えっ、リズルト!?」
「お? おぉ、何時ぞやの虎獣人じゃねえか。……って事は、付添人はあの時の相手か。」
「何でお前が、こんな所に……」
「リズルト― どうしたの?」
「?」
その場で巡り合わせた相手に驚いた二人を尻目に、少しだけ驚いた様子を相手が見せていた時。リズルトを呼ぶ少年の声と共に部屋からやって来る小柄な少年の姿がそこにはあったのだ。
相手の傍にやって来た少年、それは濃い青色の髪の毛に緑色のベレー帽を被った細身の相手だった。ギラムよりも明らかに幼く小さな彼は目は大きく、パッと見た限りでも『幼い』のが良く解る相手であった。
「ぁっ、もしかして軍事会社から来た傭兵さん……? リズルト、知ってるの?」
「あぁ、前に友人に頼まれたって行った時があったろ? あん時の協力主だった相手だ。」
「あー、あの時の。初めまして、傭兵さん。……後、驚かしてごめんなさい。僕の名前は『テイン・ファウン』 ココの家の時期社長子息です。」
『コイツがリズルトの言ってた【契約主】で、今回の依頼中に同行する相手か……』
リズルトの元へとやって来ると同時に彼の背後に隠れた少年を視て、ギラムは一度に二つの事を理解する事となるのだった。
彼の名前は『テイン・ファウン』
ギラム達が依頼の名目でやって来た玩具会社『スターリング・ファウンテングループ』の子息であり、リズルトと共に行動するリアナスの少年だ。アリン達の経営する企業『ルビウス・リアングループ』とは違うジャンルの経営をするもその知名度は高く、指折りの大企業としても知られる場所だ。実年齢は十六歳だが大人びた部分は余り感じられず、ある意味『リミダム』と似たようなタイプと言っても過言では無いだろう。中身は幼くしっかりとした部分はまだ出来て居ない様子であり、リズルトの背後に隠れる部分を視ても『引っ込み思案』な一面がある様だ。
代わってそんな少年と契約をしたのが、今回で二度目の登場となる馬獣人の『リズルト』だ。ギラム達とは認識があるもしっかりとした紹介はまだだった為、今ココで改めてしておこう。
彼はスプリームと面識が有り以前は『仲間』として行動していたが、今回は依頼主の側近の様な立場におり立場は違えど自らが行うべき事がハッキリしている場所に立っていた。グリスンよりも背が高くスプリームよりもガッチリとした体格をしているが、こう見えてギラムよりも背丈は低く何処となく貫禄が有る井出達をしていた。基礎となる筋肉はあれど飾りに成りつつある脂肪もしっかりと蓄えている様子で、服装の着方に工夫をしているのか何処となく厚着な印象があった。後ろ髪として揺れる紫色の髪もまた印象的であり、こちらは今までには会った事のないタイプのエリナスの様に感じられた。
「僕の所にいろんな場所からお母様が『教育者』が来るんだけど、僕そういうの嫌いだから毎回毎回リズルトに脅かしてもらってたんだ。理由もなく現象を起こしちゃえば、大抵の相手は皆逃げちゃってたからさ。」
「まぁ、エリナスは俺等リアナスにしか視えないからな…… 家の人達は、リズルトは視えてないのか?」
「うん、この家には僕しか視えてる人は居ないっぽいよ。……ぁ、立ち話も難だよね。中入って良いよ。リズルト。」
「おう。んじゃま、中どーぞ。」
「ぉ、おう…… お邪魔します。」
「お邪魔しまーす。」
「キュッ」
そんな二人との挨拶を廊下で済ませると、彼等は案内されるがままに部屋へと入り仕事をこなすべく面会を果たすのだった。