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鏡映した現実の風~リアル・ワインド~  作者: 四神夏菊
第五話・想望を託すは双人の富者(そうぼうをたくすは ふたりのふしゃ)
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07 同時多発異動(どうじたはつのいどう)

自身の上司への報告を済ませた彼が向かったのは、総務部からそう遠くは無い入口から近い広々としたロビーだ。普段は社員達が面談や休息を取る際に使用されているこの部屋は、セルベトルガに所属する傭兵達の元へとやって来た依頼書を個人で受注しなかった際に集まる場所としても使われていた。そのため各部署に所属はするも内部での仕事をあまりしない『外仕事』に該当する傭兵達が適度に足を運んでおり、その日もちらほらと制服姿ではない私服姿の傭兵達の姿があった。本部へと赴き依頼書を確認するだけならば私服姿も可になっている為、基本的に外からそう遠くは無い場所に依頼書が集う仕組みとなっているのだった。

そんなロビーへとやって来たギラムを視た他の傭兵達ではあったが、即座に群がるほど彼等は礼儀知らずではない。社内でも有数となる稼ぎ頭の位置に居る彼の存在を知らない傭兵達はほとんどおらず、印象的な井出達も相まって彼を見た瞬間に『仕事がやってきた』と目を輝かせる傭兵達も少なくは無いのだ。若きホープとなる傭兵達は基本的に指名で仕事を請ける事はほとんど無い為、こういったタイミングを掴むのもまた仕事を増やしていく上でのスキルと言えよう。しかし定期的に依頼書がやって来るとは言え彼が張り出すタイミングは不定期の為、その場に巡り合わせる為にたむろしている集団もゼロではない。

運もまた実力の内とは、よく言ったものである。


ちなみ余談だが、彼の元へとやって来た依頼書の受注に関しては『ギラムが依頼料を渡す』という制度は存在しない。何時ぞやのギラムとカサモトの様に『個人間でやりとりされた依頼』に関しては依頼料が発生するも、今回の場合はあくまで『ギラムが向いている依頼』と言うだけであり『本人がやらないといけない仕事』ではないのだ。無論相手を指名して依頼をしてくる企業もゼロではない為、その辺りに対してもセルベトルガは抜かりなく対処しており『相手の都合により請けられなかった』として別の傭兵達が赴く事もある。その際には依頼料が発生しそうにも思われるが、あくまで『絶対にしないといけない仕事ではない』故『依頼料が発生しない』という違いで生じる部分なのである。

何でもかんでも稼ぎ頭の傭兵達に仕事をさせていては『本人達の身体が持たない』が為の配慮として、依頼料が出ない事となっている。この辺りの差で少々の違いが出ているとして、内部と外部の依頼受注関係を認識して頂ければ幸いだ。

そんな救済措置によって無駄な出費をすることなく請けたい依頼のみを請けられているギラムが依頼書をボードに張り付けていると、彼の元に近づく足音が聞こえてきた。

「ギラムさん、お疲れ様です。」

「ん? おぉ、ナサラか。お疲れさん。」

自らの元にやって来た足音と声を耳にした彼は振り返ると、そこには小柄かつふくよかな茶髪の女性社員が立っていた。彼女は以前ギラムの元に電話をかけてきた『購買部』所属の社員であり、その日の職務を片付けロビーで休息を取っていた様だ。清々しい顔と手にしていたポーチから顔を出す電信端末を視ると、リラックスをしっかり終えた様にも見て取れた。

「今月の依頼書貼りですか?」

「あぁ。今回もいろいろ回させてもらったから、他の社員達に貢献できれば嬉しいな。」

新規傭兵(ビギナー)の方々からしたら、絶好のタイミングですからね。既に狩人の眼と化した方々の視線が感じられます。」

「自然とそうなったのが、凄いくらいだけどな。毎回毎回後ろで待っててくれるのが、有難いぜ。」

距離を置いた状態で待機する傭兵達を尻目に話しかけてきた彼女に対して返事をしつつ、彼はボードの隅に置かれていたピン止めを使って、一つ一つ丁寧に留めていった。枚数が枚数のため即座に終わらず、待機する傭兵達がそわそわしながら終了する事を心待ちにしているのはギラム自身にも覚えがある光景だ。

今だからこそ依頼書を張る側ではあるが、勤め始めた当初は彼も依頼書が回りに回って来きたのを請ける側だ。現在も所属している傭兵から引退した傭兵達の依頼書を定期的に身に来るのが日課となっており、自らが請けられそうな仕事と依頼料を視て決める日々は毎回のように存在していた。だからこそ早く終わらせて見せてあげたい部分もあるのだが、こちら側に回ってみればその時間が有する理由が手に取る様に解る。


枚数が多過ぎて一人で張り終えるには、手の本数が足りないのである。


ましてや掲示板に張り付ける『アナログ仕様』なのだから、時間が掛かるのは尚更だ。ちなみに余談だが、電子端末で収まった状態で彼の様に依頼書が回って来た面々もこの作業をしている為、省略する事は不可能である。『電子端末では一度に複数の閲覧が出来ず時間が掛かる』と言う理由から、このような姿を今でも取り続けているのだそうだ。社員間では無駄に機械での処理容量を取らない所も、完全にアナログ離れしないで済む理由とも言えよう。

「……そういえば、今月は少し依頼書が残ってるな。他からも来てた感じか?」

「そういえば、そんな話を少し耳にしましたね。皆さん、お仕事の山なんでしょうか。」

手慣れてはいるが中々減らない依頼書を目にしつつ、彼はふと掲示板を目にしながら質問しだした。彼がその場にやって来る前から数枚程度の依頼書が残っている事は毎月の様にあったが、今月は片手では収まらない枚数の依頼書が受注されるのを心待ちにしている状態でその場に顕在していた。背後で待つ傭兵達を視れば解る通り『仕事が無い』訳ではないと推測出来た為、この光景には少し違和感を覚えた様だ。質問された相手は軽く首を傾げながらその光景に対し改めて目を配りながら、残された依頼書を軽く目にするのだった。

ちなみにどれも比較的シンプルな依頼内容で在り、依頼料も相場に相応する無難な仕事ばかりである。

『……ぁ、そうだ。』


「ナサラ。」

「はい?」

「最近他社で『リストラ』系の話を、聞いたことあるか?」

「リストラですか? ……いいえ、特には。ギラムさんは耳にしたんですか?」

「いや、外部から聞いたわけじゃないぜ。少し気がかりな事があったから、気に成っただけだ。」

「そうでしたか。 ……ぁ、そう言えば。」

そんな過去の依頼書に交じって用紙を追加して行くと、不意に彼女は何かを思い出したかのように彼にある話を持ち掛けだした。

彼女から話されたのは、外部の会社内で『異動』が数多く行われたという話だった。企業では内部環境を一定にする事を望まない一部大企業も数多く存在し、年に数回程社員達が異動する事がザラではない。無論中・小企業の様に『異動先が無い』場合はそのような事柄が行われる事は無いが、前者は別でありこの世界でもよくある行為の一つだ。だが彼女が話に対して気がかりに思ったのはその先であり、それが『複数の企業で同時に起こった』というモノだった。

セルベトルガに仕事を依頼する担当者も例外なく異動となっており、新規となる顔ぶれを目にする事が彼女の知り合いの部署でも話題となっていたそうだ。次から次へと新参者達が会社に集えば、無論違和感を抱くのは当然であろう。

「なるほどな。そりゃ確かに、変に思うな。」

「そうですよね。ココでは希望者だけがそうなるので考えませんでしたけど、他の企業様達は大変そうです。」

「確かにな。……そう言う意味では、ナサラもその人達とは会った事あるのか? 購買部だし。」

「いいえ、私は面会する事はほとんどありませんよ。やってきた話を別の部署で処理して、それを利用しやすくし直してるのが購買部(ウチ)なので。」

「あぁ、そっか。」

「では、私も仕事に戻りますね。お疲れ様でした。」

「あぁ、お疲れさん。」

話題を一通り話し終えると、彼女は時計を視つつ頃合いを見計らってその場を離れて行った。先程から気にしていた傭兵達も先程以上に落ち着きが無くなって来たので、少々居づらくなったのだろう。ギラム本人もそれを悟ったかのように自然な流れ彼女を帰すと、依頼書を全て貼り終え背後で待っていた傭兵達に声をかけた。

すると半ば流れる勢いでやって来た面々を目にしたままその場を離れ、先程の話を思い出すのだった。

『他社で重複する様なタイミングでの異動……か。景気関連も、少し気にした方が良さそうだな。』

その日に眼にした違和感に関連する事柄なのかどうか、ギラム自身には解らず確証と言える事象も存在しない。しかし何かしらの関係性はあるのでは無いかと考える辺り、リアナスに向いていると言われる素質の一つなのかもしれない。

そんな思考回路を巡らせながら彼は持場へと戻ると、事前に分けて置いた依頼書を手にし手続きを済ませて自宅へと帰るのだった。


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