05 朝食(ちょうしょく)
現代都市治安維持部隊からの招集に応じ大臣自らの会議に参加した、次の日。その日も天気に恵まれ爽やかな夏の陽気に包まれた、日常的かつ平和な朝だった。
朝から日課のランニングを終えて戻ってきたギラムはその日の予定に沿って進むべく、シャワーを終えて制服に身を包んでいた。今現在の彼が勤める職場『軍事会社セルベトルガ』から支給された白い制服は彼の体格に沿って作られた特注品で在り、濃い緑色のネクタイがワンポイントとして存在する素敵な井出達であった。普段はカジュアルな服装に身を包む彼がフォーマルな恰好をしても違和感がない所を見ると、完全に『出来る漢』という表現が合ってると言えよう。
そんな制服に身を包んだ彼は出勤までの時間を有効活用するべく、寝室に置かれた机に備え付けられた端末を弄っていた。
「お待たせギラム、朝食出来たよ。」
「ありがとさん、グリスン。」
「……? 何見てるの? メール?」
「あぁ、先日のホテルの件でな。マチイ大臣との間で決まった情報が、サインナから送られて来たんだ。一通り目を通しておかねえと、職場で何聞かれるか解んねえからな。」
「そっか。」
同じく部屋で生活をするグリスンからの声を耳にした彼が返事をすると、相手は笑顔を見せながら机の近くへと歩み寄って来た。彼が机に腰かけ作業をしている光景を見るのは毎月の事ではあるが、元よりデスクワークをする事が自宅では無い為ある意味新鮮なのだろう。毎度のことながら端末を弄る姿に興味深々の様である。
そんな彼が朝からチェックしていたのは、現代都市リーヴァリィ内で起こった小規模ながらも組織絡みであったホテル『ツイリング・ピンカ―ホテル』の襲撃事件についてだ。先日の事件の詳細については都市内と外で流通する情報誌に日を多く跨ぐ事無く掲載され、瞬く間に同じ世界に住む人々に知られる事となった。事件に関与した治安維持部隊が中心となった情報の掲載は多く語られる部分も有れど、それでも非公開とされている部分も幾つか存在し、事件に携わったギラム達の名が公開される事は無かった。表向きに言えば『一般人を巻き込んだ』事になるが故の治安維持部隊へ対するリスクを減らす事が重要だが、実際の所は『未解決の事件に別の被害者を発生させない為』というのが大きな理由だった。未解決が故に興味本位で介入する一般人は少なからず存在するのが『人間』であり、それに伴って犠牲者として現実に結果を表すわけには行かないのだ。ましてや事件に関与したギラム自らが解るほどに、相手は『普通の人間』ではないのだからそうするのは当然の事なのである。
それ故に決まった結果と報告を目にすると、ギラムは情報を理解し端末の電源を静かに切った。
「……それにしても、あの時逃げられちゃった人達は何処に隠れちゃったんだろうね。都市内は広いって言っても、変な人影とか見たらすぐに解っちゃいそうな気がするけど。」
「奴等の集団がどんな連中で構成されてるか解らないから、あくまで推測になるが…… 下手すれば『権力』を持って情報を隠蔽してる可能性もゼロじゃないと思うぜ。」
「実は知ってる人が居るけれど、それを伏せられる程の人が組織に居るって事?」
「可能性として有り得る話だが、確信はないぜ。現にこの都市内にはいろんな人達が住んでるし、富豪やグループ絡みともなれば俺達庶民の考えを大きく通り越した行動を起こしてても不思議じゃない。ましてやリアナスとしての力を持っているのなら、その可能性ももっと大きくなるからな。」
「一刻も早く、その人達との繋がりがある相手と接触をして元を断たないと危ないね。ギラムが何時狙われても不思議じゃないんだもん。」
「つっても、もう『狙われた』が正しいけどな。面は割れてるし、その辺は仕方ないさ。」
「それはそうなんだけど………」
椅子に座ったまま話し出したギラムに対してグリスンは心配する様に言葉を続け、一つの節目を迎えるも未解決の事件に対して何が待っているのかが心配でならなかった。彼自身が契約し守ろうと決めた相手は自ら優れている部分を有効活用し結果に繋げる努力をしてくれているが、今の自分はそんな相手の為の補佐をする存在でしかない。もっともっと自分から相手を守れるくらいの力が欲しいと望む一方で、過程を踏めど未来に繋がって行く程に力を強くするギラムがこの先どんな扱いを受け未来に存在する相手になるのか。
幸せな結果に繋がって欲しい、不幸な結果にだけは成って欲しくない。
でもそれを左右出来るくらいの存在に、自分は成る事が出来るのだろうか。
結論の出ない悩みの種があるからこそ、彼はやっぱり自信を持ってギラムを見守る事が出来ずに居る様だった。
「……それに、俺には頼りに出来る相棒が居る。それだけでも十分心強いぜ。」
「相棒……?」
「あぁ。 ……なんだ、自覚ねえのか? グリスン。」
「!! う、ううんっ!! そうだよねっ! 僕がギラムの相棒だもんねっ!! もっとしっかりしなくっちゃっ……!」
「そうそう、お前はそれくらいで良いんだぜ。なあ、フィル。」
「キュッ」
そんな自身を何時だって励ましてくれる相手の声を聴くたびに、グリスンは引っ張られる勢いで返事を返し気持ちを入れ替えられていた。ギラムの持つ素質が経歴によるモノかはさておき、それだけの事をしてくれる相手が今の自分の目の前に存在している。グリスンはそう思えるだけで心配事が嘘のように消えていく瞬間を知れるため、彼の元で役に立てる限りは常に傍に居て何かをしたいと考えてるのだった。
寝室でのやり取りを終えた三人はそれから場所を変えてリビングで食事を取り始めると、ギラムはその日の予定をグリスンに話し出した。元々『サラリーマン』と言える様な職業ではない彼にとってみれば、何時もの予定は何時だってフリーダムで在り決まった仕事内容と言うモノはほとんどあってない様なモノなのである。
「朝飯を食べ終えたら、職場に行って来るぜ。ウチクラから書類のチェックを頼むって頼まれてるからな。」
「書類? 前みたいな『報告書』の奴??」
「んや、今日はそっちじゃないぜ。それなりに幅広く仕事をしてると、外部から『外注』に近い形で依頼が回って来る事があるんだ。そっち関係だと思うぜ。」
「あ、そっか。ギラムは『稼ぎ頭』の位置に居るんだもんね。お仕事のお話がいっぱい来るんだっけ。」
「そう言う事だ。」
「………あれ? じゃあ何で『ヘルベゲール』に出向いて依頼をしに行ったの?? 職場にもたくさんギラム宛の依頼があるんでしょ?」
「あくまで指名であって『強制』じゃないからだな。俺にも仕事を選ぶ権利があるからこそ、受けるも受けないも自由って事なんだ。言ったろ? 割に合わない仕事はしないってさ。」
「ぁー、そっか。依頼する側からしたら、報酬は少ないに越した事は無いんだもんね。」
「ま、報酬額が全部の決め手って訳じゃないけどな。依頼内容もいろいろなんだぜ。」
「そっか。ギラムはいろんな仕事をしてきたからこそ、解る事もあるんだよね。きっと。」
「そう言う事だ。」
代わり映えの無い平和な時間を過ごせる今を感謝しながら食事を進め、グリスンは再びギラムが『凄い人』である事を自覚していた。互いの予定を確認するつもりは無くとも何時しか話し出したギラムを見ていると、同じ都市内で生活する人々とは一味も二味も違う存在である事が目に見えて解る。単にリアナスである事が理由ではないその姿は何処か勇ましく、自らがやりたい事とやるべき事を理解しているからこそ、生まれて来るモノがあるのかもしれない。その結果が今の彼なのだろうと改めて理解すると、グリスンは食事を終えて彼を見送りその日も自分の出来る事をしようと思うのだった。




