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鏡映した現実の風~リアル・ワインド~  作者: 四神夏菊
第五話・想望を託すは双人の富者(そうぼうをたくすは ふたりのふしゃ)
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04 銀龍長杖(フィロールレッシア)

帰宅直後のやり取りを終えて通路を移動した先、彼等の進んだ先はマンションの東棟最奥の部屋。現代都市リーヴァリィに昇る朝日を早くに拝めるその部屋は、いわゆる『角部屋』と呼ばれる場で在り一階故の箱庭付きの場所だ。そんな部屋へと入る為の扉のロックを解除した後、彼等は部屋へと入り帰宅するのだった。

扉の先に広がるのはリビングに通ずる廊下であり、外からやって来る陽の光で部屋は明るく照らされていた。そんな部屋へと向かう手前で靴を脱いでいると、彼等の元にぽてぽてと歩み寄って来る小柄な緑色の幼龍の姿があった。

「キュキキュッ キッキキュッ」

「あぁ、ただいまフィル。留守番ありがとな。」

「キューッ」

フィルと呼ばれた幼龍は嬉しそうに鳴き声を上げながら主人の腕に掴まり、そのまま抱えられてリビングへと向かって行った。幼いドラゴンは『フィルスター』と呼ばれており、彼等にとって大事な家族の一員であった。数ヵ月前に彼等の居るこの街で生まれ、縁あってギラム達と暮らしているのだ。

そんな幼い彼でも本物のドラゴンと思わせる強力な『氷の吐息(ブレス)』を放つ事が可能であり、見かけに騙されると手痛い一撃をお見舞いされる程の力を持っている。ましてや主人であるギラムが大好きな一面があるのだから、彼に害を成す輩であれば氷漬けにされても不思議ではない。成長途中の彼がそれだけの力を有していると、大きく成長した際にはどんな姿に成るのか、中々に楽しみな部分もある。本来一人暮らしであるギラムの元に集った虎獣人と幼龍が、今現在の彼のパートナーである。


「……それにしても、あの時のギラムの魔法は凄かったね。僕もビックリしちゃったよ。」

そんな可愛らしい出迎えをしてくれたフィルスターと共に部屋へと戻った二人は、手洗い等を済ませ束の間の休息を取っていた。ギラムお手製の淹れたて珈琲の芳醇な香りが室内に漂いながら、ソファ前のラグに腰を下ろしていたグリスンはフィルスターと共にギラムの帰りを待っていた。ちなみにフィルスターはグリスンの膝の上に座っており、身体を左右に振りながら主人が戻るのを待っていた。組み合わせ的に想像するだけでも可愛らしいのだから、その手の趣味がある人からすれば十分過ぎる絶景であろう。

だがしかし、ギラムにそんな趣味は無い。

「俺も何かを考えてあーなったとは思ってるんだが、正直言うといろいろ夢中になって放ったに等しいからな。詳細とかは良く解らないんだ。」

「うん、何かそんな気がしてたんだ。ギラムがそれくらいの事をしてるって、何となくだけど解ってたから。」

「そうなのか?」

「えっ、だってそうでしょ? 一時的にとは言え、クローバーの形を変えちゃったんだよ?? それって原点を大きく変えた力だと、僕は思うよ。」

「ぁー……… 確かにそうだな。」

「そうだよ、ちゃんと自覚しなくっちゃ。」

「悪い悪い。」

香しい珈琲が入ったカップを手に二人の待つ場へと戻ると、ギラムはその場に腰を下ろし淹れたての珈琲を口にしながら返答しだした。つい先日起こった出来事に対する経験と反省をする彼ではあるが、元よりこんな事件に遭遇する程に非現実的な暮らしを平然とこなしてきたわけではない。数か月前までは都市内に本部を構える軍事会社に勤める若き稼ぎ頭である以外は、ちょっと変わった経歴を持つ強面の青年でしかなかった。だがその現実が何時しかグリスンとの出会いによって少しずつ変わり始めており、フィルスターと出会った切欠もある意味偶然とは言い難い部分も少なからず存在していた。

関わらなければ何も変わらない現実が待っていたのかもしれないが、実際には逃れられない運命がその時点で決定していたのかもしれない。ギラムからすれば人生最大の決断とも言えるべき接点がその時には存在していたが、今となってみれば『こんな暮らしも悪くない』と考えられる程に現実が既に身体に馴染んでいる様だった。

そんな彼に受け入れられたグリスンもまた、己が成すべき事とやるべき事を全うするべく彼の元で居候生活を送っている。しかし実際には役に立てる部分は何処か限定的な一面もある為、まだまだギラムには敵わない部分が多いのであった。

「まぁでも、クローバー自身も『生きてる』って言うのはちょっと驚いたな。俺の手元に収まるくらいの物体でしかないと思ってたのに、特定の過程を踏むとあんな変化が起きるんだからさ。」

「そうだね。もうちょっと良く視ても良い?」

「あぁ、頼むぜ。」

とはいえ、それもまたつい先日までの事。今のグリスンはギラムが頼る程に解らない事象と直面しており、手にしていたカップをテーブルの上に戻しつつギラムに預けていた『クローバー』を手にするのだった。

ギラムが非現実的な生活を送る事が決定し魔法を使用する際に必要とされる物体、彼等はそれを総称して『クローバー』と呼んでいた。物体そのものは固有の形も材質も持ち合わせておらず、互いに契約した者達が望む姿となって降臨し手元に存在している。創造の元となる体内物質を吸収して現象を発動する為に大事なモノだが、ギラムの手元にある物体は『銀色の龍形アクセサリー』以外にも別の形態をとる事が先日確認出来た。その姿は一言でいえば『長杖(ロッド)』であり、銀色の光沢感が美しく投身の長い龍の様な井出達をした代物だ。先程の発言の通り、所有者であるギラムですら『何故そのような形を取ったのか』が解らず、直後に放った魔法の大きさから壮大な力が秘められていると視ても間違いは無いだろう。だがその姿を取るのはギラムが望んだ時だけであり、今だからこそ自由に変形出来るが解らない部分の方が多いのである。

ちなみにこんな事例が過去に存在したかと問われると、グリスンが知る限りでは『無い』と言うのが回答である。

「んー…… やっぱり、僕が創ったクローバーと素材や見た目は同じだけど……パワーが上がってるって感じなのかな。ギラムの力が一番発揮しやすい形に成ったのが、この杖なのかも。」

「俺が発揮しやすい形? 拳銃じゃなくてか?」

「あくまで僕が思った事を言うと、ギラムの考える拳銃って『武器』ではあるけど『魔法』とはちょっと違うんじゃないかな。ギラム本人が『加減しやすいから』って意味で使ってる、魔法で調整出来るからっていう部分が理に適ってるけど。根本的な部分は『現実寄り』だから、空想のカテゴリーからは少し外れてるんだよ。」

「ぁー……… そう言われてみると、確かにそうかもな。武器としての強弱はしているが、魔法って言われると弾丸にしか影響してねえし…… グリスンに武器を借りて放った奴と比べたら、そっちの方が魔法っぽかったもんな。」

「その人その人によって放てる魔法の限度があるし、ギラムのクローバーは本人の意思を組み込んで『もっと力を発揮出来る状態にしたい』って想ったのかもね。手元に造る形では無くて、自らその形に成るって事を選んだのかも。」

「そういう事か。 ……そう考えると、やっぱりお前はただの『物体じゃない』んだな。改めて生き物みたいに思えて来たな。」

自らが初めて遭遇している事例に対して正面から向き合うように答えると、ギラムは改めて武器を回収しその姿をしっかりと見つめだした。

太陽の光を浴びれば反射する勢いで輝く杖は美しく、下手に触っては指紋が残るのではないかと言わんばかりの井出達であった。顎元と両手で抱え込まれている水晶体は覗き込むと引き込まれてしまいそうな透明感であり、杖の頂点に構える龍は眼光が鋭く威嚇と言わんばかりの目付きが印象的だ。座っている状態の彼でも手軽に扱えるほどの重量であるところを見ると、小さい形態の時の状態と物体の質量は変わっていないとも思えた。単純にギラムの腕力が強いから手軽に扱えている部分もあるが、それでも見た目とは裏腹に比較的扱いやすい部分が多い様にも感じられる。

グリスンの考えの通りであるならば、クローバー自身が『ギラムにだけが扱える姿に成りたい』と望んだというのも強ち間違いでは無いのかもしれない。

「ギラムは順応性が早いね。大人なら『そんな馬鹿な事あり得ん!』的な事を言って現実逃避しそうなのに。」

「一般人みたいに大学までの勉強過程を行ってないからな、そういう意味では少し頭の作りが柔らかいんだと思うぜ。」

「そっか。」

そんな一通りの観察を終えると、ギラムはクローバーを元の形態に戻し普段から装着しているゴーグルのバンド部分に当てがった。すると物体の背後から金具のような物が勝手に伸び始め固定されると、彼は定位置である籠の中へとゴーグルを戻すのだった。


そんな時だ。

「……… キュー」

「ん? どうした、フィル。」

再びグリスン達の居る場へと戻ったギラムを視てか、不意にグリスンの膝の上に座っていたフィルスターが鳴き声交じりに呻りだしたのだ。心無しか表情そのものも不服そうであり、何処か不機嫌なオーラを放っている様にも見て取れた。そんな幼龍を視たギラムは首を傾げながら腰を下ろすと、相手は顔をそっぽに向けながら不貞腐れだした。

「……… キュッ」

「? 何だって、グリスン。」

「『もっと自分を視て欲しい』みたいな鳴き声だったよ。妬いてるんじゃないかな。」

「そうなのか。悪い悪いフィル、ちょっとこっちに対しての理解も追いついて無くてな。寂しかったか?」

「キュー」

「そっかそっか。お前もあの時は頑張ったし、留守番もしてたもんな。ご褒美くらい欲しいか。」

「!! キキキュッ!」

だがそんな不機嫌も何処へやら、ギラムの言葉を理解した彼は即座に跳び出し彼の腕の中へと飛び込みだした。突然の事に驚いたギラムは軽くのけぞりながらも相手を抱きかかえると、フィルスターは主人の鍛え上げられた胸筋に顔をうずめる様に懐き出すのだった。妬いていた部分もあれば即座に懐くのだから、これがいわゆる『ツンデレ』と言うやつなのかもしれない。

「お前がっつき過ぎだって。」

「キュウーーッ!」

「解りやすいね、フィルスターは。」

そんなドラゴンの可愛らしい一面を見た二人は苦笑する中、ギラムは優しくフィルスターの背を撫で満足するまで甘えさせだした。それを視たグリスンは珈琲を飲みながら光景を静かに見続け、再び続く平和な日常が長く続いて欲しいと心の中で願うのだった。




そんな3人が一室で平和な日常を送っているその時。


彼等の住むマンションの一室が覗けるも彼等の視界に写らない上空、都市内に足場が存在しないその場所で停滞する様に飛びながら彼等を視る二つの影があった。一人は背中に大きな白い羽を従えて飛んでおり、もう一人は相手に腕を掴んで貰いながら部屋の様子を見ていた。影達から向けられている視線はギラムであり、お目当ては彼の様であった。

「……へえ、アレがそうなのか。」

「そうだよ。君が考えている事をこの都市内で叶えてくれそうなのって言ったら、彼くらいしか居ないって自分は思うよ。君の好みにはどうかな?」

「あぁ、見た目通り美味そうな奴だと思うな。雄々しい奴だからこそ、姫の魅力に憑りつかれないかが心配だけどさ。」

「確かに女性好きではあるけれど、彼なりに好みがキチンと決まってるみたいだったかな。少なくとも、自分と行動してる子の体系はタイプでは無かったみたいだからね。」

「えっ? それマジか。」

「マジだよ。」

誰もがその場に居るとは思わない場で話しながら様子を見る二人は軽く会話を交わしつつ、フィルスターがじゃれつくギラムの様子を見ていた。気付けば相手は珈琲が冷めた事に気付いて飲料を一気飲みしており、その後の食事を取るべくキッチンへと向かう姿が確認出来た。常に向けられる視線に気づいては後々に支障が出ると思ったのだろう、飛んでいた影はその場から移動する事を告げつつ別の場所へと向かって飛び出した。

「……わっかんねえもんだな。男は皆『おっぱい星人』何て単語を聞くぐらいだったから、デカければ良いんだと思ってたんだけどな。」

「逆に君の好みで考えたら、どうかな?」

「俺の好みは全体図と部位が基本だから、やっぱりちょっと解んねえな。……ま、そうなると本人からの直接アプローチが一番手っ取り早いか。」

「そうだね、恐らくそれが一番だと思うよ。」

「そうだろ? 俺の相方は考えの理解が早くて助かるぜ。」

「君だからこそ出来る事でも有るんだよ、自分からしたらね。」

そんなやりとりを交わしながら影達が移動すると、建物の暗がりから陽の光が浴びられる場へと飛んだ時に彼等に色彩が入り込んだ。翼を従えていたのは白色と灰色の体毛が印象的な犬獣人であり、良く視るとギラムの知り合いである『トレランス』である事が確認出来た。そんな彼の事を『相方』と呼んでいたのは、焦げ茶色の体毛と緑色の髪の毛が印象的な凛々しい顔付の柴犬獣人なのだった。



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