03 報告(ほうこく)
現代都市治安維持部隊の施設から続く道路を走った先、トンネルを抜けた先に広がるのは部隊が護るべき対象である『現代都市リーヴァリィ』だ。薄暗く必要最低限の光量で照らされた坑内を抜けた先に広がる都市の光景を始めて視た者ならば、感嘆の声を漏らしても不思議では無いくらいの様変わりする光景と言えよう。灰色を基調とした様々なビルが立ち並び、大きな建物から小さな建物まで道沿いに幾つも連なって立っており、中央都市と言えるべき風景と言って過言ではない。そんな都市内に入り込んだ彼等はバイクで車道を走りながら道を進み、数本の標識と路地を曲がった先にある彼等の住処に向かって行くのだった。
本来の賃貸契約主であるギラムと居候のグリスンが生活しているマンションは、現代都市の中央部から少し西へと向かった場所にある小高い丘の上に建っている。元々が山々と荒地であった地域を利用して整備した建てられたその場所は、都市内でも少々目立つ程に高低差がある場所だ。その為中央部に立つビル型マンションの上層階とほぼ同じ目線と言える為か、彼の借りている部屋には都市内を照らす太陽が一番早く光を届ける場所とも言われていた。ちなみにそんな彼が住んでいるのはマンションの東棟、一階の角部屋に位置する箱庭付きの人気物件の一室なのだった。何故そんな場所に若い彼が住めているかと言う質問に関しては、どうぞ執筆済みの既存巻を参照の上お察し下さい。
そんなマンションに住まう彼等が帰宅したのは、治安維持部隊の施設を後にして一時間程経過した頃だった。眼をカバーするべく装着したゴーグルを額へと戻しながらギラムはバイクのエンジンを切ると、一緒に乗車していたグリスンは邪魔にならない様に手際よく下車し彼が駐輪場へと運んで行くバイクの姿を見届けるのだった。
比較的見慣れた光景とも言える風景ではあるが、ココで少々余談を挿んでおこう。
バイクを操縦していたギラムの後方に乗っていた彼、虎獣人の『グリスン』は誰もが認知出来る存在ではない。彼等は自らの事を『獣人』と呼び、今現在彼が立っている世界『リヴァナラス』とは別の世界から来た存在なのだ。簡単に説明すると『異世界人』と言えば推測が付きやすいと思われるが、ただの異世界人ならば『認知出来ない』とまでは中々いかないだろう。そうなってしまった経緯は今から時代を遡る必要がある為、少し長くはなるが要約しながら話すとしよう。
ギラム達が今居る『現代都市リーヴァリィ』は初めからその場に都市として存在していたのではなく元々は四つの国々に囲まれた地域に顕在していた。そんな国々は独自の文化と時代を超えて栄えてきた部分もあったが、とある切欠によって仲違いし争われていた時代が約三〇〇年ほど前に存在していた。国々の名前はそれぞれ『ヘレント・ケーゼ・ザッハ・リンツァー』と呼ばれ、その時代に起きた戦争を『エンツィアン戦争』と呼ばれていた。それによってある国が敗北し他国に吸収され、またある国が降伏した事によってとある国の下僕として扱われて来た。生き残った二つの国々による戦争は長くに渡って続き早々に決着が付く事は無く、両者共に疲労困憊となってしまったのだ。
それから時が流れる事、約『二〇〇年』
両国の総代表による話し合いの後にエンツィアン戦争は終息し、戦争の経験を生かした部分によって再度争いが起きない様、今の『現代都市治安維持部隊』の前の姿とされる『治安維持部隊』が設立された。また部隊の設立と同時に部隊員ではない残された人々が安全に住める場所を造ろうという計画も同時に立案され、それによって出来上がったのが『現代都市リーヴァリィ』なのだ。多くの犠牲によって世界に存在する人間達は様々な感情を抱き記憶を覚え、平和だった時代から戦争に移行するにあたって人間の『温情』や『思考』も目まぐるしく変化して行った。それによってエリナス達は大きな節目を迎える事となってしまい、今現在の様に『認知出来る人』が少なくなってしまったのだ。
しかしそんな中でも彼等を認知出来る者達は少なからず居るのも事実であり、ギラムを始めとした幾多の人間達は『リアナス』と呼ばれ彼等を認知出来るのだ。どのような理由からそうなったかは正確な根拠や理論を上げる事は出来ないが、それでも共通している部分が一つだけあり『彼等は普通の人間達とは違った思考を持ち合わせている』と言う事だけだ。誰もが当たり前と思ってやっている事、誰もがそうであるべきだと思ってやっている事は幾つもあり、それに反する動きをする者達も少なからず存在する。だが彼等はその『両方』に該当しない変わった考えを持ち合わせている事例が幾つも確認されており、そう言った観点からリアナスとしての存在理由を得たとも考えられていた。遺伝子的なモノに対しては特に類似性は認められていない為、科学的な証明は出来ないと言えよう。
ちなみにリアナスとエリナスの関係性について『誰が調べたのか』と言う質問に対しては、丁度良い回答を持ち合わせた相手がそこには居た。
「……ぁっ、帰って来た。お帰りぃ~」
話の場を戻してギラム達の住まうマンションの入り口、エントランスホールへと続く扉の前に立つ一人の存在の姿がそこにはあった。バイクを定位置に戻したギラム達がその場へと向かった時、彼等を呼ぶ声が聞こえ近くに歩み寄って来る相手が居た。
翠色を基調とした装束を身に纏った、幼くも可愛らしい外見が特徴的な灰色の猫獣人『リミダム』である。
「おぉ、リミダムか。予定よりも早いな、こっちに来るのが。」
「まぁねぇ~ ……って言っても、今来たのはギラム達が求める情報とは違う情報~ 経過報告って所かなぁー」
顔見知り同然の様に話し出した三人は入口から少し移動し、入口の脇に生える植え込み付近で立ちながら話をし始めた。周囲の人々から見ればギラム一人が喋っている光景になっている為、彼はズボンのポケットから小さな携帯端末『センスミント』を取り出し、あたかも通話するかのような仕草を見せながら会話をし始めた。この辺りを配慮しながら話す光景を見て頂ければ、彼が彼等の様な存在とどれくらいの時間を過ごして来たかが、お判りだろう。
そうでなければ、周りから白い目で見られながら変な噂が立つのが関の山である。
「案の定って言って良いか解らないけど。ギラム達が止めてくれた奴等の機材に使われていた液体、あれって元々『オイラ達』の方で使われていたモノとサンプルが一致したよぉ~ あれって『盗品』を『培養』して増やしたみたい。」
「横流しとかの可能性は無いのか? 疑う様で悪いが。」
「その可能性もゼロじゃないけど、今の状態だと『どの世代で接触したか』って言うのが不明なんだよねぇー ギラムと行動してる子が送られたタイミングを『1世代』って考えても、膨大な機会とタイミングがあるからさ~ そこを漁って犯人を見つけるにも、オイラ達の居る『輸送隊』じゃその場所の推測は出来てもヒトは出来なーい。」
「君以外の所属場所なら、出来るって言うの?」
「少なくとも、オイラの知り会いの居る部隊なら可能かなー でもその子、今こっちの世界に居るから干渉出来ないんだよねぇ~ オイラ達の方に戻ってきてくれれば話せるタイミングがあるけど、今はナッシングッ!」
「そうなると、リミダムから検索を掛けるにもかけられないってわけか…… まぁ、下手に粗捜しして面倒なのに目を付けられるよりかは良いんじゃねえか? お前等も危険を承知でやってるんだろ、サントス曰く。」
「そうだよぉー レーヴェ大司教もそんな事言ってたから、多分ギラムと同意見だと思う。」
「了解、どちらにせよあの機材で使われていたモノがそっちの物体だって分かっただけでも十分だぜ。引き続き解った事があったら、可能な限り教えてくれ。」
「りょうかぁーい。」
何やらやり取りが良く解らないと言う人からそうでない人も居ると思われるが、彼等からすればそのやり取りが『普通』なのである。一つの事件を節目に新たな時間が流れだしたと言っても間違いでは無いが、彼等にとっての日常がこんな感じで送られているのだ。
『都市に住まい行動する都民達が知らない所で行われているやり取り』と言った方が納得がいくかもしれない。しかし暗躍しているとかでは無い為、そう言ったダークではないライトなやり取りである事を補足しておこう。
楽し気に話し出すリミダムを視ながらギラムは相槌を打っていると、不意に彼は何かを思い出したかのように会話を終わりへと向けだした。
「長話もいーっぱいしたい所だけど、オイラしばらく忙しくなっちゃいそうだからク―オリアスに帰るねぇ~ バイバーイ。」
事前に断りを入れながら彼はそう言うと、大きく右手を振りながら挨拶をし何処かへと向かって駆けだした。ギラム達がマンションへとやって来る際に使用した道中を走って行くと、次第に後姿が見えなくなり坂を下る頃にはその姿も見えなくなってしまうのだった。彼等の言う『クーオリアス』へと向かう扉が何処にあるのかは不明だが、リミダム達からすれば『遠い様で近い場所』にあるのだろう。気付けば扉を通ってやってくるところが、何よりの証拠である。
そんな彼が去って行った光景を見てか、ギラムは端末を再びポケットへと戻しエントランスホールへと向かって行った。彼を追うようにグリスンも続いてホールへと入って行くと、少し歩調を速め彼の隣を歩きながら声をかけだした。
「これからどうしよっか、ギラム。とりあえず日常生活に戻る?」
「そうだな。とりあえず今日動くのはこれくらいで良いとして、明日からどうするかを考えようか。お前に頼んでおいた事も含めて、いろいろ話し合っておきたいからさ。」
「うん、解った。」
数日前の事件を忘れる様にか、それとも自らが普通の存在である事を改めて理解する為なのか。彼等は日常の生活に戻る様に言葉を取り交わすと、通路を移動して帰路に付いた。