02 相棒(パートナー)
現代都市治安維持部隊を治める大臣の元を後にしたギラムはそのまま歩を進め、彼が以前活動していた部隊が行動する同施設内にある北側の建物へと向かっていた。四階構造の灰色の建物の前には大きな石造りのオブジェが置かれており、その場で行動する部隊の象徴である『椿』をモチーフとした文様が彫り込まれいた。部隊を離れた彼ではあったが、その場には適度に足を運ぶ事が多く懐かしさ等を覚える間もなく、彼は建物の中へと入って行った。
建物内に置かれた見取り図を横目に彼はフロア内を歩き続け、階段を昇った先にある一つの部屋へと向かっていた。その部屋には部隊員達を束ねる長として行動する者が日中在室している場所で在り、彼が再度会うべき相手が居る場所として彼は認知していた。目的の部屋へと到着した彼は静かに右手を伸ばし、軽くドアをノックした。
コンコンッ
「サインナ、俺だ。ギラムだ。」
【鍵は開いてるわ、入って頂戴。】
扉の先に居る者へと声をかけたその直後、部屋の奥からやって来た声を耳にしたギラムは扉に手を掛け、静かに押し開けた。部屋の先に広がる紅色の絨毯が視界に写る中彼は入室すると、その先にあるデスクを越えた先にある椅子に腰掛けるサインナの姿と、その場には少々似つかわしくない二人の存在達の姿があった。その場に集う者達が視に付ける制服を纏わない、人間の様な体格をするも動物の顔付を持ち合わせる存在達。彼等は『獣人』と呼ばれる存在達であり、彼等の行動する世界とは異なる場所で行動する者達であった。
そんな二人を目にするもギラムは左程驚いた表情を見せる事無く、彼女の待つデスクへと近づいて行った。
「お帰りなさい。マチイ大臣との話は終わった?」
「あぁ、今後の情報開示についての相談だ。サインナにもその点には関与してもらう事になったから、公開範囲が決定次第俺の所へ連絡してくれ。」
「解ったわ。」
「それで、そっちはどうだった。グリスン。」
最初に報告するべく相手に言葉を告げたその後、彼は窓際に立っていた虎獣人の青年に対して声をかけた。声をかけられた相手は静かに頷きながら彼の元へと近づくと、ギラムがその場に居なかった間に決めた事に対しての報告を行い、最終的に『ギラムと同じ行動をする』事を告げるのだった。
そんな彼はギラムと共に行動する事を選んだ『相棒』であり、今作のもう一人の主人公と呼べる存在であった。
「敵側の人達の話とスプリームの意見を踏まえると、上位存在達の事を総称して『デッキ』と呼んでた所から推測。知識と総合してまだ確保出来て居ない人達は少なくとも『十七人』は居る、あの人達はそのうちの極一部に過ぎないって、言ってた。」
「そうなると、まだまだ都市近郊だけでも守りを強化しても足りないくらいの危険性があるってわけか。」
「少なくとも、前回逃した二人を消した『フール』と呼ばれた存在は不明の点が多いわ。私達も用心するけれど、貴方も今後は気を付けて頂戴ね。ギラム。」
「あぁ、了解。」
一通りの事件が終了するもまだまだ完了するとまでは行かない現状に対して、サインナは静かに視線を送りながら彼に対してそう言うのだった。普段から凛々しく部隊員達に対して鋭い眼光を送る事が多々ある彼女であったが、今現在向けている眼差しは何処か優しく、相手の事を心配している様な視線でもあった。無論そんな視線に対して無下にする事なく彼は返事をすると、サインナは何処か嬉しそうにルージュを引いた唇を引き上げ笑みを浮かべるのだった。
「そしたら、一回俺達は退散するぜ。何か分かったら連絡してくれ、サインナ。ラクト。」
「了解した。」
「僕達も何か気がかりな事とか見つけたら、お互いに共有するよ。まだあの子からの連絡も無いし、来るとしたらギラム側の僕達の方だと思うから。」
「えぇ、正直その線の情報も解らない部分が多いわ。子猫から出来る限り搾り出してきて頂戴。」
「う、うん…… 解った。」
グリスンに対して反対の壁際に立っていた鮫魚人の青年に対しても声をかけると、二人はその場を後にし今後の情報も共有する事を約束するのだった。ラクトと呼ばれた青年も静かに首を縦に振り了承すると、二人が退室する様子を目で送り自身が行動を共にするサインナの元へと近づいて行った。ギラムよりも低くグリスンよりも背が高い彼ではあったが、傍に立たれると普通に威圧感のある井出達である。
ましてや彼は鮫だ、眼光は常に鋭いと言って良いだろう。
「……… それにしても、まさか真憧士側の『敵』が存在するなんてね。ギラムを狙ったのが運のツキなのか計算の内なのか、読めないわ。」
「お嬢達へ対する危機とは類似する部分は有るが、異なる部分の方が多い。奴等が何時『創憎主』に堕ちるかも解らない上に、力を暴走させれば世界を創り返ても不思議じゃない。これからもギラム達には、可能な限り助力を得る必要があるな。」
「そうね。貴方も、これから外へ出向く際には用心して頂戴。心配は無用だとは思うけれど、油断は駄目よ。」
「あぁ、留意しておく。お嬢も気を付けろ。」
「えぇ、留意しておくわ。」
お互いの身を案じる程にイレギュラーな騒動が世界の知らない所で起こっている事を改めて自覚すると、二人はそう言いそれぞれの行動を取るべく動き出した。サインナはギラムの報告に合った通りの行動をするべくその場に電子盤を立ち上げ、マチイからの報告が有り次第即座に動けるように文書を作成しだした。代わってコンストラクトは窓際へと移動し静かにガラス戸を開けると、外へと移動し戸を締めた後、外の世界へと跳び出していくのだった。
部屋を後にしたギラム達一行が治安維持部隊の施設を後にしたのは、それから十分も経たない内だった。
コンストラクトが出かけた事を知らないまま二人は施設内の駐輪場へと向かい、ギラムが愛用する二輪車のエンジンを掛け二人は車に乗車した。この場へ赴く際には常に使用している彼の愛車は、空色を基調としたメタリックなボディが印象的なバイクであり、オーダーメイドの品なのか都市内近郊を走る二輪車とは外見が異なる代物であった。陽の光を浴びると白く輝き周りに停車するバイクを諸戸もしない美しさを放っているが、実際に乗ってみると光量に応じた車体の熱さはほどんどなく、至って普通のバイクとして彼は愛用していた。
ちなみに彼のバイクである『ザントルス』は治安維持部隊を離れる前、彼が『准士官』として行動する事が決定した際に購入した物だ。上位の者として行動する為の肩書と住処を得る事と成った際、施設へ赴く際の足として購入しており、都市中央部から少し離れた場所にあるバイクショップを訪れた時に出会ったのだ。補足として付け加えるとその店自体を彼が知っていたわけでは無く、彼の上司であるマチイ直々の紹介で店の存在を知り、見に行った際に紹介された代物が『ザントルス』だった。しかし始めて店に訪れた際には製作の最中だった為完成体では無かったが、時を重ねる度にその原型は今の姿に近づいて行き、彼は必要な費用を支払った後手に入れたのだ。
そんな出会いを果たしたバイクは今では彼の頼もしい足代わりとして行動してくれており、先日の事件同様に都市内で起こった事件に対しても活躍してくれていた場面があった。都市内を半ば暴走する勢いで走るトラックを追いかける際に彼は乗車してカーチェイスを繰り広げ、無事に終息するまで常に彼と行動してくれていたのだ。追いかける際にハンドル操作を誤り道路をスリップした事も有ったが、その際の傷に対しては既に専用のコーティング剤で処置している事もあり、今ではその名残すらも気付かないくらいに元に戻っているのだった。愛車に必要な資材や手入れに対しては彼がバイクを貰った際にいろいろと仕込まれた事もあり、今では他人に見せる事無く一人で手入れをする事がほとんどだ。
だが正確に言えってしまえば、彼がそうする事を選んだ切欠に対しては『手入れをしてくれる店が今は無い』と言った方が正しいだろう。その辺りの話に関しては、また場を変えていずれ話す事としよう。
「グリスンはどう思う、今回の現況。」
「んー…… あの人達にはあの人達なりの理由や経緯があって、今の組織を造るくらいの集まりになったって考える方が自然なのかな。誰でも切欠無しに行動するって思えないし、そもそも『真憧士』としての資格を持ってる人達ばかりなら彼等と契約した『エリナス』が今どうなってるのかも気になるんだよね。」
「だな。奴等はグリスン達の事を『糧』って言ってたくらいだから、何処かに監禁されてるって考えておいた方が良いのかもしれないな。お前等は物体に干渉出来ないって言ってたが、建物は例外だったな。」
「正直に言っちゃうと、もうリヴァナラスにあるほとんどの物質に僕達は干渉出来るって思ってくれて良いよ。僕達が今の世界に行く前はこちらの世界に住んでいたから、むしろ干渉出来ないモノがあるのが異例なんだよ。スーパーで買い物した時のアレも、触れなかったのがビックリなくらいだったし。」
「……そう考えると、俺達が出会い頭にあった現実と今の現実がほとんど変わっちまってるって事になる訳か……… 良い所もあるにはあるだろうけど、悪い所も下手すればあるだろうしな。一重にどっちとは言えないな。」
「そうだね。」
バイクを操縦し施設を仕切る扉を抜けた大通りを走り抜けながら、ギラムは自身の後方に座りながら同席するグリスンに声をかけだした。彼自身はバイクに乗らずに走って追いかけても良いくらいの体質は持ち合わせておらず、どちらかと言えば獣人内でも『基礎スペック』は劣る方と言っていいだろう。元々が虎獣人と言う事もあり陸上での身体能力は優れている部類に入る方なのだが、何処となく苦手分野が多い様子であり疎い部分もゼロでは無いのだ。
そのためギラムがバイクで移動する際には同席して彼の腰に手を回して落ちないように移動するのが、今では普通となっているのだ。
「……そう考えると、今俺達が出来るのは『奴等の行う行動の阻止』と『捕らわれている可能性のあるエリナス達の救助』って所か。」
「要救援者が居るかどうかは調べないと分からないけど、恐らくそれで良いと思うよ。もちろん僕はギラムの協力をするつもりだから、遠慮なく頼ってね。」
「あぁ、頼りにしてるぜグリスン。」
「うんっ」
道路を走りながら彼等はそう話すと、目の前に迫って来たトンネルを潜るべく中へと入って行った。