38 運命和正義(フォーチュンとジャスティス)
「さぁさぁ、いらっしゃい! 切り刻んで差し上げますわ!!」
教団員の一人である『ジャスティス』と戦闘を行っていたアリンとスプリームは、打ち合わせの通りに動くかの如く前衛と後衛に分かれて戦っていた。相手の攻撃役を一手に引き受けながら自ら壁役として立ち回るスプリームの陰に隠れながら、アリンは適度に隙をついて遠距離からの魔法攻撃を放っていた。後衛を崩そうにも前衛が華麗な身のこなしで攻撃を避けたり受け流したりするためか、ある意味相手にしていて一番厄介な戦い方とも言えよう。
互いの得意分野を把握した上で戦う二人が応戦していると、相手は手にした剣を不規則ながらも決まった軌道を描く様に振り回しながら突っ込んできた。
「それくらいで切り刻むなんて言葉、言わないで貰いたいな……! こうやるんだよぉお!!」
しかしそんな攻撃すらも冷静に対処するべくスプリームは武器で受けると、そのまま弾き返し左手で服の裾を掴み、相手との距離を取るべく振り回す様にして遠方へと投げ飛ばした。強靭的な腕力で綺麗に飛ばされながらも、相手は体制を整える様に空中で軽く回転し地面に足を付けられる状態を取るのだった。
そんな攻撃によって距離を取ったのを確認したアリンは、手にしていた日傘を掲げその場で魔法を放つように叫んだ。
「援護します! ……ブリザード!!」
投げ飛ばすと同時にアリンが魔法を放つと、相手の上空に突如として大きな氷の塊が幾つも固まった状態で凝固し一気に降り注ぎ出した。しかし相手はそんな攻撃を払うかの様に剣先で攻撃を切ると、あたかも一刀両断したかのように綺麗な断面図を見せた状態で地面に落ちてしまうのだった。これには驚きを隠せないアリンであったが、前方に立っていたスプリームは左程驚いていない様子で二人の間に移動し立ち塞がった。
「やっぱりな。ただの剣な訳が無いとは思ってぜ、その切れ味。」
「お褒めに預かり、恐縮ですわ。」
「スプリームさん、どうしたら……」
「慌てなくて良いぜ、アリン。奴の剣は魔法で応戦した方が不利にする鈍の剣だ。だからこそ切れ味が無いんだが『視かけ騙し』って言った方が良いかもな。」
「ですが、彼女はリアナスですよ。そんな概念は覆せるのでは……?」
「確かにその考えはゼロじゃないが、弱点はそこにあるんだ。そう思わせる『必用』があるんだろ、その剣は。」
お互いの攻撃を無力化した状態で軽く言葉を交わした後、相手に確認を取る様にスプリームは言葉を放った。すると相手は笑みをこぼす様に肩を竦めながら右手を唇にそっと触れると、何やら嬉しそうな様子で返事を返すのだった。
「……あらあら、やっぱり私の見解通りの方でしたのね。もう私の魔法のトリックに気付かれるなんて。お早い事。」
「お前等の呼名には、ちょっとばっかし所縁があるんでな。『ジャスティス』とは『正義』の意味、そしてお前のそばに居た『フォーチュン』とは『運命』とくれば。それはつまり…… 『タロットカード』だろ、お前等の名前の由来は。」
「タロットカード? 占いに使う、あれですか?」
「そうだ。正義は均衡を重視して、自ら何かを求める事は出来ない代物。だが奴は力の元となる『良い部分』だけを算出して、正位置と逆位置の両方の力を引き出そうとしてるんだ。」
「そこまでお判りならば、簡単にはいきそうにありませんわね。思考をそちらに向ければ向ける程、それは簡単に行える力に成り替わる。元々は魔法へ対抗する策だった為、元に戻すのは簡単ですけれどね。」
「だろうな。俺の武器に触れた時の金属音の時点で、アリンの魔法に対してそんな切れ味を即座に創れるはずがない。」
「フフッ、『これは厄介』と思っていただけてる様ですわね。その点に関しては、少し打開する余地がありそうでしてよ。」
意地悪そうな笑みを浮かべながら相手はそう告げると、再び剣刃を二人を向け応戦する様に体制を取りだした。鈍と呼ばれた切れ味の無い剣は光量の少ない室内でも鈍く輝いており、機材の陰に隠れながら隙をついて応戦されれば嫌らしい事この上ない代物でもあった。ましてやスプリームの見解の通り『相手が危機感を覚えれば覚える程、切れ味が増す』ともなれば、恐怖そのものが相手の力ともなるのだ。
ある意味心理的な部分もあるこの力を使っている相手だからこそ、油断してはいけないと二人は心の底から思うのだった。
「……そうなりますと、私ではとても太刀打ちが出来ないお相手という事になるんですね。スプリームさん。」
「残念ながら、アリンに応戦させるわけには行かない相手だ。 ……だが、隙を作るには十分。もう一度、頼むぜ。」
「解りました。」
だがそんな状況下であっても戦う事を止めるつもりは無い様子で、二人はコンタクトを取り合うと動きを見せだした。
右手で持っていた武器を軽く下げながらスプリームは左手で拳を作り、胸の前で力を籠め自らの魔法を放つ体制に入りだした。後ろに立つアリンも先程同様に魔法を放つ様に日傘を掲げだすと、相手の動きを見たジャスティスも応戦する様に剣を構えた時、二人は同時に魔法を放った。
「『ウィド・ラールクル桜』!」
「ブリザード!」
お互いが放った言葉が交差する様に空間を飛んで相手の耳に届くと、両者が放った魔法がそれぞれ正面と上空から同時に飛んで来た。迫り来る魔法を眼にした相手は冷静に剣で無力化する様に剣先を動かすと、桜の花弁で創られた弾丸はそのまま弾ける様に相手の双方に流れて舞って行き、氷の塊は再び一刀両断され地面へと崩れ落ちるのだった。案の定無力化されてしまった一撃に対して相手は再び笑みを浮かべるも、二人は動揺していない様子で表情は変わらずに相手の事を見据えていた。
「この程度でして?」
「あぁ。 ……魔法はな!!」
「えっ!?」
余裕を見せる相手の発言を耳にした彼は、相手に違和感を覚えさせ動きを鈍らせる様に言葉を少しずらしてそう叫びだした。案の定言葉を耳にした相手は一瞬身構えながらも何が来るのかと周囲を確認しだした、その時だった。
「今だ!! ギラム!!」
「了解!!」
「!!」
二人の魔法が主力ではない事に気付いた相手の判断は正しかったかのように、彼の言葉に反応する様に相手の背後から一つの影が飛び出した。機材の陰から跳び出したのは別場所に待機していたはずの『ギラム』であり、あたかもタイミングを見計らっていたかのような声を聴いた相手は慌てて振り返りながら剣を横にして防御する体制を取りだした。すると間一髪の差でギラムからの一撃を剣で無事に受け止め、煌めく閃光と共に鈍い金属音が周囲に響き渡るのだった。
「クッ!! 何時の間に後ろへ!?」
「俺が仲間達をそのまま壁役として配置しておくはずがねえだろ!! 双方が消耗した時に美味しい所を頂くなんて真似、俺がすると思ったか!?」
「チッ!!」
「悪いが俺のクローバーは返してもらうぜ! それさえ取り返しちまえば、お前等がココに居る理由は無くなる……! お前等が撤退するのが、オチだからなぁああ!!」
そう言いながら彼は短刀で強引に剣を弾き飛ばすと、間髪入れずに相手に足払いを掛けそのまま転ばせる様に転倒させた。足場が不安定になり重力に従って相手はその場に転倒すると、転んだ拍子に相手の懐から銀色の物体が地面に転がりだした。転がったのはつい先ほど相手が回収したギラムのクローバーであり、転んでも傷一つ付けずに機材から零れる光を浴びて鈍い光を放っていた。
目的の代物を眼にしたギラムは物体を手にする勢いで地面に向かって跳び込み、クローバーを回収する様に手を伸ばした。しかし、そこで予想外の事が起った。
「えぇ、来ないとは思っていませんでした事よ!」
バチバチバチッ!!
「いってっ! 放電か!?」
「ギラムさん!!」
「こんな事も有ろうかと、一度だけのセーフティを張って正解でしたわ! ……それに、簡単に行かないと思ってるのはそちらもおなじではなくって!?」
彼の持物であるクローバーに手が触れた瞬間、かなり強い痛覚を齎す静電気が彼の身体に襲い掛かったのだ。あたかも防衛システムが発動したかのような反撃を食らったギラムは、跳び込んだ拍子で地面を転がりながら手を引っ込め、スプリーム達の居る場所で動きを止めその場に立ち上がった。放電を止めたクローバーを再び回収したジャスティスの言葉を耳にして、三人は周囲に気を配りながら相手の顔を視るのだった。
一方その頃。
ギラムが相手に強襲を掛けようと待機し、その事に対してスプリームが気付く少し前の事だ。
「……やはり、短時間とは言え強化魔法は厄介ですね。こちらもペースを上げさせて貰いますよ。」
グリスン達が後衛側から援護していた魔法の効力で優勢的な状況で戦っていたサインナとコンストラクトの動きによって、フォーチュンは少々苦戦を強いられる状況となっていた。こちらはアリン達とは違い双方共に前衛で一気に畳みかける戦い方をしている為か、隙を作れば作るほど有利になる戦法を取っていた。単純に先手を打つのはサインナの役目であったが、それでも彼女は相手を仕留める勢いで攻撃を仕掛ける事も有ってか、基本的に適切な援護をコンストラクトが取る形となっている。魔法でも腕力でも構わない継続的な攻撃は相手の疲労を貯める戦い方とも言える為、コンビネーションがモノを言う戦闘とも言えよう。
そんな相手でも退く事を選ばない様子で、相手は周囲に自らの投身程ある木製の車輪を幾つも生成し地面を走らせだした。縦横無尽に走りながらも相手に向かって特攻を仕掛ける攻撃を眼にした二人は互いの武器で攻撃を弾き飛ばし、可能ならば破壊する勢いで応戦しだした。一つ壊した後からやって来る攻撃も冷静に対処しており、似たような攻撃を前例で見たからか慣れた様子で対処していた。
「フフッ、これくらいで私を止められると思って?」
「それはどうでしょうか。」
「何ですって……?」
全然効いていないと言わんばかりの挑発文句を彼女が口にするも、相手もまた落ち着いた様子で言葉を放った。その時だった。
ガキンッ!
「!! しまっ……!」
ガスンッ!!
「ぐああっ!!」
「! ラクト!?」
対峙していた際に後方に居たコンストラクトの方角から、何やら異様な物音と共に叫び声がやって来たのを彼女は耳にした。慌てて振り返ると、そこには左腕を抑えながら地面に膝を付ける相棒の姿があり、諸に相手の一撃を受けた事が解る光景が広がっていたのだ。良く視ると左腕以外にも右足に掠り傷が出来ており、それによる痛覚で動きが鈍ったのだと彼女は理解した。連戦による疲労によって現状が生じたのだろうと思った彼女がそばに駆け寄ると、彼は勢いよく首を左右に振りながら自らの安否を告げだした。
「だ、大丈夫だお嬢……! かすり傷だ!」
「無理言わないで! 直撃だったんでしょ!?」
「このくらい平気だ…… ……!! お嬢、前!!」
相棒の心配をする彼女の注意が敵側から逸れたその瞬間を狙ってか、相手も隙をついてサインナ目がけて小さな車輪が上空から強襲をかけだした。攻撃を眼にしたコンストラクトが警告する様に言葉を叫ぶも、それは空しく直後にやって来る拘束音によってかき消された。
ガシャンッ!
「!! しまったっ……!!」
「では、準備が整いました。応戦させて頂きます。」
飛んできた車輪によって両手を封じられた彼女を目にしてか、相手は攻撃を激化させるかの如く言葉を呟き、再び幾多もの車輪を地面に走らせだした。塞がれた手によってハリセンが取り出せないサインナではあったが、そんな状況下であっても逃げる事は選ばずに立ち上がり、開いていた両足を使って応戦する様に華麗に蹴り技を繰り出し始めたのだった。良く視ると靴のトゥ部分に鏃の様な氷の物体が備わっており、どうやらそれを用いて攻撃を放っている事が解った。
「やってくれるじゃない? ……同じ女だからって、甘く視ない事ねっ!!」
自らがどんな状態であっても戦う事を止めようとしない彼女の戦い方は美しくもあり、一瞬ではあったがコンストラクトが目を奪われてしまう程の戦い振りであった。しかし相棒が動けない以上その場から動けない様子で、気付けば防戦一方の状態となってしまっていた。
そんな状態を見かねたコンストラクトは冷静になるべく再び顔を左右に振った後、彼女に対してこう叫んだ。
「お嬢、俺はいいから奴を!!」
「馬鹿言うんじゃないわよ! 貴方を傍に置く事を許した私が、部下を放って前に出るなんてやるとお思いかしら!?」
「だが……!」
「この戦いは私達だけのモノじゃない……! 私自身が勝利を収めたい事と願ったと同時に、私が唯一憧れた相手の頼みなのよ!? 次弱気な言葉を口にしたら、蹴り飛ばすわよ!!」
「ッ……! あぁ、解った!!」
だがそれでもその場から動く事をしないと言う彼女の意思を理解したのか、コンストラクトは冷静に防御を任せながら状況を打破するべく思考を巡らせ出した。自らの足が言う事を聞けばその場から移動して攻める事も可能なのだが、腕が負傷している今の状態で重い一撃を放つ事など出来るはずがない。ましてやサインナも武器が使えない状態で応戦しているのだから、とどめを刺すのは難しいと考えていた。
そんな時だった。
『こんな状況じゃ前に出られないわ……! ハリセンを使おうにも、この拘束具がクローバーの力を阻害してるのか、手元に出てこないし……!』
「はぁーいっ、オイラにおっ任せーーっ!」
「えっ?」
「大サービスしちゃうよぉー? 『クァールル・メイアルク』!」
そんな危機的な状態となっていた二人の元に現れたのは、何処からともなくやってきたリミダムだった。車輪が転がる地面を跳び越える様に上空から移動すると、負傷したコンストラクトの前に立ち、手にしていた杖を横にし器用に両腕の上に置きだした。そして彼の負傷した左腕と刺青の刻まれた胸に触れながら魔法を放つと、周囲に変化が及び出した。
魔法を放つと同時に煌めく粒子がコンストラクトの足元に配置され、そのまま光の壁となって彼の傷をみるみる治し始めたのだ。正確に言うと『治癒』ではなく『時間を巻き戻している』と言った方が正しく、肉体の活性化ではなく元通りの状態に置き換えて行くのだった。
「傷が治って行く……!」
「フフッ、治癒ではなく時間を巻き戻しているのですね。それでは肉体の疲労まではかき消す事など出来ませんよ。」
「それはどうかなぁ~!? 『クァールル・ウィンターフレンド』!! 二連発!」
そんな治療を行いながらリミダムはそう言い放つと、腕に乗った杖をジャンプさせる様に軽く手を動かしだした。そして空中で手にした杖を左手に、空いた右手をクロスさせ、コンストラクトの肩とサインナの拘束具をそれぞれ杖で叩き出した。
その時だ。
バキンッ……!
「痛みが……消えた!」
「! 壊れたわ!」
「何てこと……! 私の魔法を、ただの魔法一発で!?」
「オイラが見かけ通りの猫獣人だと思ったら、大間違いだからねぇ~? 器用貧乏何て言われる事もあったけど、オイラは出来る事をやって成果を出すのがだぁーいすき! こんなにギラムの為に頑張ろうとしてる人達が居たら、もっともぉーっと応援するんだ!」
「クッ! これは予想以上ですね……!! 彼との関わりにデータには無かったからこそ『連携が取れない』と踏んでいましたが、これは大きな誤算!」
彼の登場によって不利だった状況が一気にリセットされた事を知ると、相手は距離を取る様に後退し苦虫を噛み潰したような表情を見せだした。どうやら確実な勝機を見出した攻撃の波を完成させていた様子であり、このような事になるとは思ってもみなかった様だ。
再びその場に立ちあがったコンストラクトを視たサインナは軽く髪を靡かせる様に顔を軽く左右に振った後、再び手元にハリセンを構えながら相手に向かって近づきだした。
「さぁーて、この始末はどんな風に付けて頂けるのかしらね? 貴女。」
「!!」
「私にあんな台詞を吐かせておきながら、このまま帰れるとは思っていません事よね?」
「あんな台詞ぅ?」
「お黙り。ラクト、貴方もまだまだ暴れたりないのではなくって?」
「あぁ、ココまで全快に成れたのは久々だな。むしろ食い散らかす勢いでお嬢と共闘しなければ、身体から漲る熱意が収まらないくらいだ。」
「フフッ、私もその通りよ。」
完全に自らのペースに成ったと言わんばかりの発言で二人が威圧感を掛けるも、状況が少し解っていなかった様子でリミダムは会話から蚊帳の外に弾き出されんばかりの言葉を告げられてしまうのだった。思い返せば少々恥ずかしい台詞を彼女は吐いていた様子であり、会話を耳にしていなかったリミダムの周囲にはクエスチョンマークが幾つも飛び交う様子で首を傾げるのであった。
そんな三人を視た相手ではあったが、こちらも完全に勝機が無い様子では無い様だった。
「……ですが、そうは問屋が卸さないと言った言葉も有ります。ココは運命を揺らがせてもらいましょうか。」
「何ですって?」
相手の台詞を耳にした彼女はハリセンを相手に向けて問いただすと、フォーチュンは静かに右手を口元に沿えながら不可思議な笑みを浮かべ出した。何やら策がある様子を見た二人は軽く警戒しながら後退すると、相手の動きを見たリミダムも並んで後退を開始するのだった。
「貴女達の傍にその個体が来たという事は、それだけで運命が動き出したという事。貴方達が守りたいと願った『彼』がね。」
「! まさかギラムが!」
「今度は動かしませんよ。捕えて差し上げます。」
そう言ったその瞬間、お互いの居る領域に対して変化が生じるのだった。