36 紳士淑女達(しんししゅくじょたち)
再び移動を再開したギラム達一行が目的の階へと到着したのは、それから数分と経たない内だ。双方に別れたホテルの内、渡り廊下が存在する階を一つ通り過ぎた地上約三百メートルの七十階。彼等の待ち望んでいた目的の場所、それがココだった。
「んー ココが怪しいっぽいねぇ。ヤバい感じがプンプンしてる。」
「うん、僕もそんな感じがする。ギラム、覚悟はいい?」
「あぁ、大丈夫。 ……ココが、今回の正念場だな。」
「そうなって欲しいね。」
階段を昇り終えてフロア内を移動した直後、ギラム達一行は一つの大きな扉の前で突入前の準備を整えていた。同行するグリスンとリミダムが『異様な感覚がする』と口を揃えるその場所は、ホテル内でも有数の絶景が拝める広いパーティホールだ。御祝い事を行う際や企画会議を催した時に使用されるこの部屋からは、現代都市リーヴァリィの景色がとても綺麗に目にする事が出来る。夜になれば建物から零れる明かりによって幻想的な風景も見れる為、人気スポットとしても知られていた。
今回はそんな場所を使っての『調査』を相手側は行っている様子であり、部屋に入る前から二人が落ち着かない様子である事をギラムは気にしていた。しかしこの後にどんな状況が来ようとも『恐れる事は無い』と口にすると、彼等は一同にして何時もの表情となり戦いに万全の状態で挑める様子を示した。幾多もの階段を登って来た割に元気な三人の為、ある意味『万全』と呼べるかはあえて保留にしておこう。ギラム達は扉の中の様子を聞き耳を立てながら確認した後、静かに引き開け中へと入って行った。
彼等が入り込んだその部屋には照明器具の明かりを最低限に抑えた環境が広がっており、中には外部から持ち込んだと思われる謎の器具が多量に配置されていた。ガラス張りの円柱状の物体から小さな電子機器まで様々ではあるが、足元から延びる沢山の配線は一点に集まる様に同じ場へと向かって伸びていた。その先を視線で辿って行くと、そこには小さな水槽と共に人影と思わしき物体が二つ存在していた。
様子を伺っていた彼等は気付かれない様に機械越しに移動をしていると、グリスンは静かに前を移動するギラムに対し耳打ちをした。
「あの人達が見てる水槽の中。アレ、ギラムのクローバーだよ。」
「?」
小声でやって来た会話に対しギラムは視線を再び水槽の方へと向けると、確かにそこには水の中に浮かぶ鈍い銀色の光を放つ物体が存在していた。しかしそこにある物は彼が普段から目にしている『両手で丸い黄色の水晶体を握る龍』とは少しだけ違っており、まるでそこに泳ぐかの様に身体を伸ばし水晶体の周りを移動する光景が広がっていたのだ。無機物に等しいクローバーが自由自在に形を変えている事に驚きを覚えるギラムであったが、それだけの事を起こした彼等の行いにも驚いている様にも見えた。
一体彼等は何の薬品に自身のクローバーを漬け、その変化と分析を行っているのか。
今の彼等の目的が『エリナス』であると言う事が解っている以上、やはり解らない部分も多々存在している様であった。
「なぁ、アレは何をしてるんだ?」
「クローバーは普段使う分には『物体』として人にも世界にも認識されてるけど、実際は『契約主の夢』から出来てるんだ。」
「夢? 寝てる間に見る、アレか?」
「『願望』って言った方が解りやすいかなぁー その人が抱く願望の形を象った様な形としてオイラ達の前に現れて、リアナスの夢を忠実に引き出しその発生をアレが行う。でもアレ自体の素質そのものを失わせない為に必要なのが、契約した時にそばに居た『エリナス』って事だよぉ。」
「簡単に考えると、ギラムが生きる為に必要な『食事』とかがクローバーにも必要って意味。僕達から何かを与えてる訳じゃないけど、それに近い作用が無意識のうちにされてるんだって。」
「んでもって、その作用を永遠に行うためにオイラ達が必用。 ……って、相手側は考えてるんじゃないかなぁー」
「へぇー ……じゃあ、アレもまた一つの『生命体』みたいなものなのか。」
「そぉーいう事。だからその気になれば、あんな感じで動いても不思議じゃないんだよぉー」
不思議と違和感を覚える話ではあったが、アレがまた生きているモノであると知れば不思議ではないのかもしれない。知らずに扱っていたクローバーが生きている事を知った彼は改めて驚く一方、これからも大事にしてやりたいと心の何処かで思っていた。
そんな時だ。
「先程から何をコソコソとしているのかしら。いい加減出て来たら宜しいのではなくって?」
『!?』
機械の陰に隠れたまま小声で話していた彼等を悟っていたのか、水槽を眺めていた敵の一人が彼等を炙り出す様に台詞を口にしだ。突然の言葉に驚いた一同は軽くビクつく様に背面を丸めた後、バレていた事を悟りながら相手の視界に入る位置へと移動しだした。そして静かに彼等の前に横に並ぶと、グリスンとリミダムは一歩ずつ前へと移動しそれぞれ左腕と右腕を前へ構えつつ彼等に対峙する様子を見せだした。代わって彼等に守られる形で立つギラムは体制を保ったまま、相手の姿を一瞥した。
その場に立っていたのは先程から下層階で目撃した修道着に身を包んだ二人の女性であり、今回は共にフードを被らず素顔をさらした状態で立っていた。相手側の後ろから光がやって来る為逆光となっていたが、一方はウェーブ掛かったクリーム色の髪の毛をしており、もう一方は濃い藍色のショートボブである事だけは解った。恐らくメイク等もして整った顔立ちであろうとギラムは思うも、素顔が見えない為少しばかり残念そうな表情を見せていた。
「……あら、まさか貴方達だったなんてね。フールは一体何をしに出て行ったのかしら。」
「期待をするだけ無駄な事よ。あれは『愚者』であって、我々よりも格下の存在なのですからね。」
「そうね、それ以前の問題だったわ。」
彼等を眼にした相手は口を揃えて部下の失態に首を傾げるも、早々に気にする様子を見せないまま彼等の事を静かに見つめだした。相手側からはギラム達の容姿と表情が全て丸分かりではあるが、この場にやって来る事自体は想定の範囲内の様だ。共に手元が落ち着かない様子で静かに指が動くも、彼等は一切動じることなく会話を切り出した。
「俺達がココに来た理由は、言わなくても解ってるはずだ。俺のクローバー、早急に返してもらおうか。」
「あら、そうは行きませんわね。大事なサンプルですもの。」
問いかけに対し相手の一人は水槽の縁に触れた後、静かに水の中へと手を入れクローバーを手にし水の中から引き出した。すると先程まで泳いでいたクローバーは元の見慣れた姿へと戻っており、その場から動く素振りを見せる事は無かった。まるで動くための動力源を失ったかのような変貌ぶりであり、やはり普通の『液体』では無い事をギラムは確信するのだった。
「取り返したくば、自力で奪うのね。」
「本当に、それでいいのかなぁ? 君達が後悔する可能性の方が高いよぉー?」
「リアナスとしての力を持たず、自らの力を過信しているのでしょうか。魔法が使えない以上、貴方達に勝ち目はありません。」
「えぇ、只人の彼が何が出来るのかしら。いろいろと面白いモノをコレから見せてもらいましたけど、コレもまた只のクローバーに変わりは無し。サンプルとしての役目を終えた以上、壊す事だって可能でしてよ。」
「それを行った時、貴女達はタダでココから出られるとは思わない事ね。」
「?」
段々と戦闘が始まりそうな口ぶりへと変わっていた、その時だ。彼等の背後から凛とした口調で台詞を口にする別の存在達が現れ、彼等がホールへと入る際に使用した扉には四つの影が浮かんでいたのだった。
二つの女性らしい華奢な人影と挟んで立つのは、双方共に良い体格をした長身の人影。だが何処か獣の要素を持ち合わせる影達と共に一同が静かに部屋へと入り込むと、徐々に水槽から溢れる光によって影に彩が入り込んで行った。
「サインナ! アリン!」
「スプリームも来てくれたんだ! ラクトも無事だったんだね!」
「当り前だ。お嬢と合流する前に敗北したら、末代までの恥だからな。」
「少し遅くはなったが、代理にギラム達を頼んで正解だった。ココまではそれなりに急いできたから、今から応戦って所みたいだしな。」
「ギラムさん、私達も全力でサポートさせてもらいます。あの方々が今回の相手ならば、私だって容赦しません。ギラムさんにとって大事なモノを、無断でこのような行いの為に浸かっていたのですから。」
「ん~ 良い感じに戦力補充って感じかなぁー 増援の感じもしないっぽいし、相手は二人だよぉー」
「今の俺が言うのも難だが、油断はするなよ。奴等は俺達と同じ『リアナス』なんだからな。」
「えぇ、その通り。解っているわ。」
見慣れている、かつ頼れる仲間達がその場にやって来た事に感謝しながら、ギラムは右手に短刀を構え応戦する体制を取りだした。そんな彼の動きを見たアリンとサインナも共に使い慣れた武器をそれぞれが手にしだし、相手の動きに対して瞬時に行動出来る姿勢を取った。彼女達と共にやって来たスプリームとコンストラクトも手元に武器を召還すると、グリスンとリミダムも互いに顔を見合わせた後に頷き合い、こちらも使い慣れた武器を手にしギラムを守る体制に入るのだった。仲間達の動きを見たフィルスターも身体を伸ばす様にその場で手足を伸ばし終えると、主人の肩の上から離れ上空に滞空しながら相手の事をしっかりと捉えるだした。
突如現れた増援によって『八対二』になるも、相手側は何も恐れていない様子で手元に武器を添えるのだった。
「フフフッ 只人に成った今であっても、私達の力量そのものを甘く見ているわけでは無いようですね。」
「『大事な物資を手中に収めているからこそ』……と言う感じも有り得そうですけれど。この場は私達『ジャスティス』と『フォーチュン』がお相手いたしますわ。」
「キュキキュッ!」
「あぁ、解ってる……! 皆、気を引き締めて行くぞ!!」
「「おうっ!」」「「はいっ!」」
まるで仲間達のリーダーの様にギラムが叫んだ直後、再び戦いの火蓋が切って落とされるのだった。