29 隠者(ハーミット)
火蓋を切った彼等が次々に相手へと襲い掛かり、それぞれが得意とする魔法で牽制攻撃を仕掛けだした。攻撃を視た相手側は回避を行う者も居れば相殺を図る者もおり、それぞれが無力化しながらも距離を取り一同が散り散りになる事だけは行おうとしなかった。そして相手が一カ所にまとまったのを視たリズルトが相手に再び炎を纏った特攻を仕掛けると、相手の動きに変化が生じ二手に別れ難を逃れるのだった。
「フフフッ、本当に野蛮な方々ですわね。研究対象が居なくなった途端、その役目を行うかのように我々に盾付くなんて。」
「でも無駄な足掻きですわね、ラバーズ。私達のデータによれば、彼に勝る力の持ち主はあの集団内には居ません。確実に私達の勝利を取らなくては。」
「その通りですわね、チャリオット。ハーミット、私は白髪を頂きますわ。」
「では私は巨乳メイドを。」
「戦いに正気を取られない様、気を付けるのですよ。ストリングスとハングは、あのエリナス二人を共に捕えなさい。私は場を整えましょう。」
「かしこまりました。」
「………」
双方に別れるも互いの会話に耳を傾けていた様子で、教団員達は即座に対象を決め、次の瞬間には即座に相手に向かって攻撃を仕掛けだしたのだ。それぞれが手にした武器による攻撃を目の当たりにしたメアン達はそれぞれで防御しつつも後退し、相手と一騎打ちする形で場に別れたその瞬間。残された敵の一人が手元にカンテラを召喚し、周囲の空間に干渉するかのように灯を振り出した。
「『妖精の魔法よ…… 宵闇の色に染まりし雫を跳ね、荒ぶる魂を惑いの空間へ誘え……』」
ゴォオオオーーー……!!
空間に作用させるように言葉を呟き終えたその瞬間、光を放っていたカンテラは突如として光を収束させ、空間から光を奪うように闇を発生させだした。まるで深い霧の様に周囲を見渡せていた視界は突如として欠落し、彼等を閉じ込めるかのように相手は魔法を放ったのだ。そして周囲から敵味方問わない全員の姿を消すと、ハーミットと呼ばれた老婆はカンテラを地面に置き、その場で祈りを捧げる様に両手を組みだした。
『この戦いは『人間の想いが交わる』事へ対する始まりに過ぎ無いと、エンプレス様方は仰った。我々は来る未来の闘争に勝利する為にも、力を頂かなくてはなりません。共に容赦することなく、事態の成り行きを受け入れるとしましょうか。』
相手は勝利を収めるべくして戦いを引き起こした事を懺悔する様に心の中で呟き、地面に膝を付きながら闇の中で独り祈祷を行いだした。
自身の抱く願いを望む者様と、それを拒絶し自らの願望を抱く者達の戦い。
双方が同じ人種で在りながら引き起こされた戦いの先に待つモノは、一体何なのだろうか。幾ら考えても解の視えない問に光を望む様に、彼女はその場に集まる者達を待つのであった。
「急に視界が狭くなっちゃった感じー なんか魔法でも放たれた? トレラン―」
「恐らくだけど、彼女達を纏めていた一人が放った力の様だね。そして自分達の前に立つ彼女もまた、自分達を倒すためにココに居るんじゃないかな。」
「うんうんー トレランはやっぱり、アタシに解りやすい話し方で助かるー 難しい話って苦手なんだよねー」
「自分は普通じゃないと思ってるんだけどね。君みたいな子だと、よく言われるかもしれないかな。」
突如視界が閉ざされた事に動揺するも、左程慌てる様子を見せなかったメアンとトレランス。接近攻撃を仕掛けてきた教団員の一人と対峙する形を取った瞬間に放たれた魔法を理解するも、今は目の前に立つ者を倒す事を考えようと決めるのだった。
「いろいろと身にそぐわないモノをお持ちのようですわね。貴女の様な人間を惑わせる肉体の相手は、ラバーズでは無く私『チャリオット』が直々に摂理に変えて差し上げましょう。」
「ん~ あのヒト、アタシの『胸がデカすぎる』って言ってるー?」
「多分だけど、そうなんじゃないかな。」
「あららー、よく言われるんだよねー でも大き過ぎるって結構不便なんだよー? こう見えて結構肩も凝るからねー」
「ッ…… 人の話を憎しみに変えようだなんて、相当往生際が悪いお相手の様ね。同性であればなおの事、容赦はしません事よ。」
緊張感の無い二人のやり取りを視た相手は苛立つ様子で唇を噛んだ後、先端に柄の付いた長い槍を取り出した。戦の中を荒れ狂う者達を薙ぎ払う神器に近い彼女の武器には赤い帯が何十枚も交差しており、歴戦を潜り抜けてきた証のように靡いていた。武器を眼にした二人は表情を戻しながら双方で武器を構えだし、お互いに対峙する様に相手を見つめだした。
「最終的には負け惜しみを口にさせた後、その美貌を地に染め服従させるとしましょうか。それを望まないのであれば、貴女の獣人を渡しなさい。」
「お断りいたしまーす。トレランはモノじゃないんだから、そんな要求を聞けるわけないじゃないー 仮にモノだったとしても、アタシは譲らないよー」
「彼女の意見も踏まえて言わせてもらえば、自分はすでに決まった相手に身を委ねてる身なんでね。君達の様な子達に付いて行くつもりは無いよ。」
「フフッ、交渉決裂と言ったところね。では、遠慮なく割かせて頂きますわよ!!」
「はーい、ご覚悟下さいませーっ!」
「君達の願いがどんな結末になるのか、自分達で確かめてみるんだね!」
そして再び地面を蹴った三人は戦いに身を委ね、相手を討ち取るために行動を行うのだった。
一方その頃、同様の魔法によって閉じ込められた空間には別の三人の姿がその場にはあった。左程動揺する素振りも見せない二人を目にし、相手は予想とは違う反応に面白みを感じられずに居るのだった。
「フフフッ、貴方達は『見栄』というモノを随分と張るご様子ですのね。この空間に閉じ込められておきながら、平然な素振りを今の今まで見せて居られるとは。その安い心意気、何処まで通じるとお思いかしら?」
「イオルお姉ちゃーん、あのヒト何言ってるのぉー?」
「ボクにはよく理解出来ませんけど、きっとこの空間は『ビックリ』させるための『手品』だったのかもしれませんよ? 初歩港ちゃん。」
「わぁ~ ヒストリー、びっくりぃーっ」
「そんな安い反応は望んでませんわっ!!」
謎めいたやり取りの後に癇癪を起したのは、こちらも同じく相手側の方だ。あからさまに恐怖などを抱いていない様子の二人は相変わらずのマイペース振りを見せており、一番恐れを感じそうな少年のヒストリーが震えない事が何よりもつまらなかったのだろう。お化け屋敷に入っておきながら反応の薄い客を相手した、お化け役の様であった。
「残念なお知らせをするとすれば、ボク達には『お化け』というジャンルに対しての恐怖心は持ち合わせていませんよ? オカルティな分野が苦手な女子というのは、恐らく古い時代の内容とも言えますからねっ 事実、ボクも似たような立ち位置に居ますからね。」
「なんですってっ……?」
「そして初歩港ちゃんに対しては、刺激が全て『面白い事』として認識する傾向がとても高い可愛い子狐ちゃんです。ボク達が一番恐れを抱いて攻撃の手が緩まる可能性を見込んできたのかもしれませんが、残念ながらハズレですっ!」
「はっずれぇ~」
「ッ……! ハーミットの魔法でこんな反応を見せつけられたのは、初めてですわっ…… 何時でもその手の相手を見抜けるだけの眼を持ち合わせていたはずですのにっ……!」
「やっぱりそうだったみたいですね。では残念ついでに、ボクの面白い魔法もお見せするとしましょうかっ」
そう言いながらイオルは手にしたマイクをバトンのようにクルクルと回転させ、勢いよく宙へと放った。するとマイクは眩い星々と白い煙に交えて姿を変え、相手の手元には白い球体が突如として降って来たのだ。一体何を飛ばしたのだろうかと思いつい手にしたその物体を眼にした瞬間、相手は表情は突如として凍り付いた。
「キャァアアアアアーーーー!!!」
女性特有の甲高い悲鳴と共に手にした球体を捨てられると、球体はコロコロと地面を転がりイオルの足元へとやって来た。彼女はそれを目にし球体を優しく手にすると、地面を転がった拍子に付いたであろう砂埃を払う様に左手で優しく撫でてあげるのだった。ちなみに彼女の手元にある球体、それはなんと『人骨の頭部』であった。
「なっ、なんてモノを創り出すのかしらこの女子はっ!! よりにもよって、ドクロだなんて!!」
「あらあら、思ったよりも苦手だったのはご本人さんだった様ですね。可愛いですよ? このドクロちゃん。」
「そんなオカルト趣味な女がそんな容姿だなんて、誰も思わなくってよ!! 大体『ドクロちゃん』って何なの! 『ドクロちゃん』って!!」
「え? だってほら、綺麗にしてあげると眼球部分がハートになるんですよ? 可愛いじゃないですかっ♪」
「気色悪くてよっ!!」
ドクロちゃんと命名された骸骨はイオルの掌で撫でられた事によって、確かに眼球が入る眼元がハートの形に変わっていた。まるで骨自体に意識があるかのような変化を起こした事によって相手は恐怖を覚え、苛立ちながらも危険な相手を選んでしまったかのように後悔していた。
そんな相手の反応にイオルは首を傾げる中、彼女の隣に居たヒストリーは骸骨の前へと移動しながら両手を振り、反応を楽しむかのように動いて見せていた。すると今度は骸骨の口元が半開きした後、まるで笑っているかのように何度もコツコツと歯で音を奏でだしたのだ。こんな現場を暗闇の中で目にしてしまえば、まさにホラーである。
「ボクは皆さんの笑顔を守る事と、初歩港ちゃんの両親を探す事を今の目的としています。ボク達の邪魔をするつもりなら、ドクロちゃんと合わせてお相手しますけど、よろしいですか?」
「クッ……!! もう後には引けませんわねっ……!! 良いでしょう、オカルト女共々纏めて締め上げ、その子狐を我々の糧とさせていただきますわっ!!」
「では、ボク達も遠慮なくいかせてもらいますよ。初歩港ちゃん、あの方とたくさん遊んじゃいましょう!」
「はぁーいっ、イオルお姉ちゃーんっ」
応戦する事が避けられない状況であった様子の相手を視ると、イオルはそう言いながら両手を離しドクロちゃんを宙へと浮かばせだした。すると骸骨の後頭部付近からコウモリの様な羽が突如として生え出し、まるで意識がある様にその場で浮遊し始めたのだ。様々な現象を目にして昏倒寸前の相手を尻目に、二人は再び武器を手にし戦う体制のまま相手に攻撃を仕掛けるのであった。
「さて、私達のお相手すべき方々の隔離を確認しました。少々手強いお相手でありますので、油断は禁物ですよハング。」
「………」
そして彼女達とは別の場所へと隔離されたのは、共にパートナーが不在であるコンストラクトとリズルト達だ。こちらは相手が強敵と睨んだのか教団員二人と対峙しており、片方は喋るも片方は無口のままアクションだけで意思疎通を図っている様にも思えた。ちなみに先程から行っているのは、首を縦に振るか横に振るかの二つだけであった。
「寡黙な相手と丁寧口調の相手か。お嬢以外の相手と手を組むのは、これで二度目か。」
「おっ、お前って他の奴と手を組んで戦った感じか? さっき消えたリアナス達だったりしてな。」
「あぁ、ご明察。グリスンとは手を組んだが、お前とは少し相性が悪そうだな。」
「ん、そうか? 属性的な意味なら、そんなもん幾らでも変えられるだろ。」
「それ以外もだ。」
そんなコンビネーションの良さを見せつける相手に比べて、こちらは組んだ事もない獣人同士のコンビだ。鮫魚人であるコンストラクトは冷静かつクールな印象が強いが、馬獣人のリズルトは正反対の果敢かつ熱血な印象が強い。普通に見ればコンビなど組んでも衝突が避けられない組み合わせであり、得意とする魔法の属性から見ても相性など気にする以前の問題である。
そのためか、コンストラクトは少々不機嫌そうな雰囲気を見せていた。
「………」
「相手にされていない感覚を持たれるかもしれませんが、気にする事などありません。私達は私達のやるべきことを行うだけです。」
「………」
仲違いしそうな勢いの二人を見てか、ストリングスと呼ばれた女性は相手を宥める様に言葉を口にした。先程から無口だった女性もこの瞬間に頷きだし、手元に木刀と思わしき武器を取り出した。どうやら寡黙でも接近戦闘を試みる体質の様子で、魔法というよりは肉弾戦となりそうな雰囲気であった。
「……だが、この場を潜り抜けなければお嬢と合流する事すらままならないな。今は共闘してやる、それでいいか。」
「あぁ、俺は良いぞ。 ……ってか、そんなに毛嫌いする事ねえっしょ。俺何かしたか?」
「毛嫌いしてるつもりは無い、俺は俺だ。」
「ぁー、なるほど。そういうタイプか、りょーかい。」
先程から台詞が突き刺さる様子のリズルトに引き換え、コンストラクトは行動に身を移すべく無駄口を叩かない姿勢を見せ始めた。相手の言葉を耳にしたリズルトはその瞬間に何かを理解した様子で、こちらも主武装を構え双方共に攻撃に備える体制を整えだした。共に発達した肉体がうずうずしているのか、今にも暴れ出しそうな雰囲気が彼等から溢れているのだった。
「んじゃま、息が合うかは別として、今は目の前の敵に専念するか!」
「言われなくても、そうするさ。」
「それでは、私達も行きましょう。確保いたします。」
「………」
そして双方が地面を蹴った瞬間、同じ場に居る別空間の者達の戦いが始まるのだった。
 




