26 罠(わな)
彼等の進むホテルの先に待っていたのは、通路と共に様々な人達が行きかう空間だった。都市内では数少ない『巨大な温水プール』を備えた施設という事もあってか、家族連れで訪れている様子で団体客が目立って彼等の横を通り過ぎていた。無論宿泊と思われる身嗜みを整えた人達の姿も居る為、一重に『コレ』という統一感は無かった。
そんなホテル内を案内されるギラム達は、案内役のスタッフの話を聞きながらその場を進んでいた。
「当ホテルは、遠方からの仕事の際にご利用いただける宿泊施設。リーヴァリィでの日々の活動に癒しを与える、リラクゼーション施設の二つをご利用いただけます。向かって左側に御座いますのが『リラクぜージョン棟』、右手に御座いますのが『宿泊棟』でございます。」
「へぇ、完全に二つに分けられてるのか。」
「はい、その通りでございます。どちらかをご利用いただく事も、双方をご利用いただく事も可能でございます。リラクゼーション施設には『プールエリア、カジノエリア、カフェエリア、エステエリア』に分けられており、各施設階にはクラスメントでの移動が必要となりますので、ご利用の際には個人ナンバーをご提示をお願いいたします。」
すれ違う人々に紛れながら話をする相手に対し、ギラムは返事をしつつ視線を天井付近へと向けだした。ガラス張りとなってる吹き抜けの天井からは二つの巨大な棟が視え、案内の通り目的に合わせて空間を仕切っている事が分かった。外から見れば同じ色の棟なのだが、実際に利用してみると違いがハッキリしていると言えよう。
目的に合わせた利用用途を用意し、そして利用されたお客様達への満足感を最大限にする。
それがこの『ツイリング・ピンカーホテル』の様であった。
「また当施設は高層ビルに該当いたしますので、突然の地震に対応出来る様、内部に巨大なエネルギー変換装置を兼ね備えております。」
「エネルギ―変換?」
「はい。大きな地震の揺れを感知した際、自動的に作動し運動エネルギーへと切り替える『振り子』が動き出します。内部装置となっておりますが、各エリアからその大きな仕組みを拝見していただく事も可能でございます。」
「へぇー、凄いね。振り子を動かして、揺れを吸い取っちゃうんだ。」
「結構リーヴァリィには高層ビルが多いとは思ってたが、そこまで大規模な装置を組み込んでる場所は少ないよな。ココはその装置を、初めて組み込んだ場所だったりするのか?」
「はい、当ホテルが初めて導入した装置でございます。こちらから、その振り子を見ていただくことが可能でございます。」
説明を受けながら案内された彼等は案内役の後に続き、相手の開けた扉の先へと入り込んだ。移動した先にはプールエリアが一望出来るフロアへと通じており、少々小高い展望階の様な造りとなっていた。部屋の双方に構える球体型の出窓から外を伺う事が可能であり、その先には説明にもあった巨大な金の振り子が天から降りている姿を見る事が出来た。地揺れを感知すると同時に動き出し、部屋の奥から手前へと向かって動くようであった。
「すっげえな…… こんなに大きい振り子なのか。」
「はい。」
「コレなら大きな地震が来ても、揺れて動きを吸い取る事が可能だね。」
「本当だな。しかも初めて導入した割には、動いた形跡もある。ちゃんとメンテナンスの方面にも、しっかり力を入れてるって事か。」
「その通りでございます。」
壮観とも言えるべき構造物を眼にした彼等は言葉を漏らしつつ、如何にこのホテルが多方面に置いて力を入れているかを理解するのだった。建造物に対する配慮はもちろんの事、利用する人々への安心と安全面を考慮したサービスを提供するのは難しく、それをリーズナブルにするとなればさらに難しいと言えよう。無論コスト面は他のホテルに比べて高いモノの、それでも利用客が何度もやって来る理由がそこにはあったのだ。
改めて大きな場を舞台として用意された事を知りつつ、ギラムは出窓から様子を見ようとした。
その時だ。
「キュキキュン。」
「? 何、フィルスター」
不意に彼の肩に乗っていたフィルスターが声を上げ、グリスンは話を聞く様に耳を傾けだした。その後何かを理解する様に数回頷いた後、眼を見開き慌てて連絡主の姿を見た。
「でもこれだけの力を動かす事にもなる地震の力って言うのも、また凄みを感じるな。天災に人間は敵わないって、よく言ったもんだな。」
「……えぇ、本当に。」
「キキキュッ!!」
「ギラム!! 早く外に出て!!」
「えっ?」
【もう遅いですよ。】
何かを理解した様子の二人から放たれた言葉に驚くギラムに対し、一つの声が彼等の耳元を掠めた。しかし、彼等の行動はすでに遅い部類へと変わっていた。
ガシャンッ!!
「!! 扉が!」
「フフフ……… まさかこんなに簡単に閉じ込める事が成功するなんて、思っても見ませんでしたわ。あの時の戦闘への応戦力、それも全て『クローバー』の力なのかしら。」
彼等が行動に移ろうとしていたその瞬間、彼等が部屋に入る際に使用した扉には大きな鉄格子が天井から降ってきたのだ。双方の扉に同じ施しをされ閉じ込められた事を知った彼等は一カ所に集まると、相手の動きを視たグリスンは咄嗟にギラムの前へと移動し、手元に武器を召還し戦闘態勢に入りだした。グリスンを視たフィルスターも主人の肩から離れ、宙を飛びながら相手を威嚇する様に睨みだした。
何時しか相手は案内役の際に着こんでいた服を脱ぎ捨て、以前見かけた修道着へと身なりを入れ替えていた。見覚えのある相手を視たギラムは罠にハマった事を理解するも、臆することなく声をかけだした。
「お前、例の教団員の一人か。」
「その通り。面と向かってお話しするのは二度目となりますが、顔をしっかりと見られていなかったのが幸いしたようですわ。ようこそ、私達のフィールドへ。」
「チッ、まさかこんなに早く出くわす事になるなんてなっ……!」
早くも敵対する相手に遭遇した事に対し舌打ちすると、ギラムは腰に下げていた短剣を手にし、前で構える二人に続いて戦闘態勢を取り始めた。今の彼が持つ戦う術は体術のみとなるため、短剣のみが彼の武器と言える状況であった。正直に言ってしまえば、普段よりもずっと戦力に欠けていた。
「さて、少し早いですけれど貴方には大人しくしておいて頂きますわよ。貴方の前に立っている虎獣人、今回は貴方を頂戴しますわ。」
「えっ、僕……!?」
「フフフッ。貴方の契約主である彼のクローバーを拝借すれば、必然的に貴方が前へと出るという考えもご名答と言えそうですわね。読みの通り、貴方はしっかり前へと出てきた。……けれど、少しいらないお荷物もいらっしゃいますわね。」
「キュキキュン!! キキキュッ、キューッキュー!」
「あらあら、何を申しているのかは解りませんわね。言語はしっかりと発声するもの……でしてよ!!」
「フィル!!」
「『ナグド・サヒコール』!!」
相手の目的と放たれた鉄槌を眼にしたグリスンはその場でステップを踏むと、即座に周囲に防衛魔法を展開しだした。半ば使い慣れた魔法の展開速度は何時しか増しており、仮に不意打ちを受けたとしても間に合うくらいに彼の力は強くなっていたのだ。飛んできた魔法は光に触れると雲散霧消となり、彼等の元には何も飛んでくることは無かった。
「グリスン!」
「大丈夫、これくらいなら全然平気! 君は僕の事を狙って来たみたいだけど、残念! ギラムはクローバーを奪われたくらいじゃ、戦力低下になんかならないんだっ!」
「フフフ、やせ我慢はお良しなさいな。真憧士がクローバーを持たない時点で、彼に何が出来るというのかしら? ハァッ!」
自ら前へと出られないギラムがグリスンの心配をする中、相手は何てことない様子で笑顔を振りまき相手の発言を打ち消す様に叫び出した。事実は確かに相手の言う通りの部分もあるが、それでも後方に立つ彼は戦う事を諦めては居ない。自らの持つ力が変わっていない自分達が前へと出ない理由が、何処にもない。普段であれば後ろに立っていた自分が前へと出られる今の瞬間が、グリスンにとってはとっても誇らしく思える様であった。
再び相手が鈍い光を放つ鉄槌を幾度となく飛ばそうとも、彼はそれを別の魔法で弾き返し無力化していくのだった。
「現に君の眼には、何が映ってるのかな。ギラムは仮に武器が無かったとしても、僕達が止めても前に進む事だけは絶対に止めない。ギラムとフィルスターは、僕が守るんだ!!」
「ならば、少しは楽しませていただけると解釈させていただきますわ。ココは私のフィールド、外へと出る術は貴方達には無い。それでどのように足掻いていただけるのかしら。」
「それは…… どうかなっ!?」
「えっ……?」
だが彼の力の源と成る理由は、別の場所にも存在する様だ。先程とは違う発言を耳にした相手が一瞬たじろぎ、何を言い出すのかと考えだした。
まさにその時だった。
ドン! ドン! ドンッ!!
「! 何てこと!?」
彼等の居る空間に轟く謎の音を耳にし、相手は音のする方角に眼を向けだした。そこには鉄格子の下りた扉が写っており、音と共に亀裂が生じたのか扉の近くには木屑と鉄の欠片が散乱していた。良く視れば扉も内側に反る様に形を変えている様子であり、段々とその亀裂が大きくなっている事に彼は気付いていたのだ。
「そう……! こんなフィールドを破れる術を持ってる相手を。僕は知って」
ドォオーンッ!!
「おらおらおらぁああああーーー!!」
「るから……… えっ!? わぁああっ!!」
「さっきの馬獣人!? あぶねぇっ!!」
「キューーッ!!」
だがしかし、彼の予想も少しだが大きくズレていた事を彼等は知る事となった。扉が粉砕されると同時に突入してきた炎の塊を目にし、彼等もまた慌ててその場を退避し難を逃れる事となるのだった。




