25 双輪桃海豚(ツイリングピンカーホテル)
道中での突然のやり取りを終えたギラム達一行は、目的地のホテルが立つリーヴァリィの南側の地区へとやって来ていた。土気色をした石作りの橋を渡った先にある地区にも様々な人達が住んでおり、この地区から別の場所へと働きに出る人も居る程だ。無論この場所ならではの商売も展開されて居る程であり、ココもまた現代都市に相応しい区域なのであった。
そんな別世界を感じられるその場へと足を踏み入れた彼等は、真っ直ぐに目的地のホテルを目指して歩いていた。
「……どうだ、グリスン。変な気配とかはするか?」
「ううん、今のところ無いよ。『周りの人達の雰囲気が変わったなー』って、思ってたくらい。」
「ま、ちょっとした別世界みたいな地区だしな。」
道中ですれ違う人々を視ながら呟くグリスンに対して、ギラムは相槌をしながら辺りを見渡し始めた。確かにこの地区には彼等が普段から見慣れている街灯や建物はあるものの、何処か雰囲気が違う部分が目立っていた。ガラス張りのシンプルな造りであった都市中央駅近辺の街灯と違い、この地区に立つ街灯は足元がコンクリートで固められた古めかしいデザインと成っていた。夜の闇に紛れてしまいそうな深緑色の細工が施された街灯はオシャレであり、使用されているガラスも屈折率を生かした文様入りの物であった。パッと見た限りでも『雰囲気が違う』と思える程の為、意識してみて居なくても違いが一目瞭然なのである。その場を歩き回る人々の服装もスーツが主体であった彼等の地区に比べて、こちらはタキシードを着こなす紳士が目立っていた。ちなみに女性人に対しての違いは左程無いため、あえて省略しておこう。
そんな街の雰囲気を見渡していたギラムは、不意に肩に乗っていた幼いに視線を向けだした。相手は主人と同様に辺りを見渡すも、何処か警戒する様に眼光を鋭くさせている事にギラムは気が付いた。
「どうした、フィル。」
「……キキキュッ キューキキ。」
「ちょっと空気が冷たいって、言ってるよ。」
「空気?」
違和感を覚えたギラムが声をかけるも、言語を翻訳したグリスンの言葉を聞き首を傾げる素振りを見せだした。気候は夏を迎え薄着で歩き回れるほどであり、寒気を覚える様な要素が見当たらなかったのだ。何か冷気を放つ物があるのだろうかと彼は辺りを見渡すも、特に見つける事は出来なかった。
「空調機とかじゃ無さそうだが、何だろうな…… グリスンは、何か解るか。」
「ううん、ちょっと解らないなぁ……」
「そっか。」
そんな違和感を覚え身震いをするフィルスターに対し、ギラムは優しく手を伸ばし相手の背中をさする様に撫でだした。主人の温かい手で撫でられた事を知った相手は首を動かし、主人が撫でやすい位置に移動しつつ相手の顔を覗き込みだした。
「『危ない』って思ったら、遠慮なく叫んでくれて良いからな。フィル。」
「キュッ」
優しい主人からの言葉を聞いたフィルスターは返事を返し、自身の頬を主人に擦りつけだした。普段から懐いている幼龍からの返事を視た彼は再び前へと視線を向け、目の前に迫って来たホテルへと入って行った。
ガラス扉で仕切られたホテルへと入って行くと、最初に彼等の眼に映ったのは『ヤシの木』であった。入口付近に造られた植木スペースから生える大きな巨木は交差する様にそびえ立ち、頭上付近には大きなヤシの実を実らせていたのだ。扉を抜けると同時にやって来る湿気を帯びた熱帯気候もまた、ホテル独自の空調システムによるモノの様であった。
「うわぁー……! すっごい内装!!」
「キューッ」
目の前に飛び込んで来た景色を見たグリスンが大はしゃぎする中、ギラムは後を追いながら返事をしつつ周りの景色を見始めた。
ホテルと言う名目に恥じない内装は、彼等の右側に受付と思われるカウンターが備えられていた。その場で働くスタッフ達はアロハシャツを中心とした熱帯気候に合わせた服装を着こなしており、髪留めやネクタイピンに『ハイビスカス』と思われる花を着飾っていた。細部の小物に対しても自然に関係しそうなもので固めており、チェックインと会計を示すプレートは『小さなシャコガイ』を使った芸術作品と化していた。貝柱の代わりと言わんばかりに顔を出すプレートは、何処か可愛らしくも美しい印象を与えていた。
変わって左側には恒例とも言える売店スペースとなっており、こちらは南国の素材を使用した雑貨や食料品を取り扱っていた。化粧品を始めとしたオーガニックコスメはどれもパッケージに拘りを感じられ、瓶を始めガラス製の器に収まったものが多く見受けられた。お菓子を中心とした食料品はどれも『名前は知っているが現物を見た事が無い』材料で作られており、マヒマヒやオピヒと言った高級食材も取り扱っていた。不意にギラムの眼に入った『コナコーヒー』もそちらの地方の代物であり興味が魅かれるも、彼は慌てて頭を戻しつつ任務に力を入れようと意識を戻すのだった。
「本格的な『リゾート』って感じだね、ギラム。」
「言うまでもねえだろうけど、そういうのがコンセプトの所だからな。」
「いいなーいいなー 僕も海とかで遊んでみたりしたかったんだー」
「仕事が先だ。」
「キュッ」
「わ、解ってるよーっ」
そんな内装にテンションが上がるグリスンをなだめながら、彼等はホテルの中へと進んで行った。娯楽施設も含むホテルの為か一般客が多く目立ち、宿泊していない彼等が入り込んでも何の違和感もなく潜入出来たのが今回のメリットと言えよう。相手側から怪しまれる事無く潜り込むのがベストであり、追々の事を考えてもこれ以上に楽な状況は無いと言えよう。
双方のカウンターを越えた先に広がるスペースへと移動し、彼等は辺りを見渡しつつ何処から調べようかと考えていた。その時だった。
「いらっしゃいませ、お客様。」
「?」
「本日は、当ホテル『ツイリング・ピンカ―ホテル』にお越しいただきありがとうございます。宜しければ、施設のご案内をいたしますよ。」
彼等の右斜め前方からスタッフが近づき、彼等にに声をかけてきたのだ。不意にやって来た相手に彼等は足を止めると、相手の姿を一瞥した。
白を基調としたアロハシャツに身を包んだ女性スタッフであり、藍色のアイラインが印象的な相手であった。接客にしては少し控えめな化粧に違和感を覚えるも、隣に居たグリスンは少々感動交じりに一言呟いた。
「へぇー 案内してくれる人も居るんだ。」
「そしたら一般でも使える場所を案内してもらえないか?」
「かしこまりました。ではこちらへどうぞ。」
彼等の承諾を得た相手は返事をすると、後ろへと振り返りながらホテルの奥へと進みだした。相手のを動きを視たギラム達も後に続く様に歩き出し、奥へ奥へと案内されて行くのだった。
「ホテルって言ってたけど、結構親切に来た人を出迎えてくれるんだね。スプリームの契約主のお店みたい。」
「確かに、結構親密感があるな。」
『………』
その場を行き交う人々が多いためか、彼等は普通に会話を交わしながら相手の後へと付いて行く。しかしギラムの肩に乗るフィルスターは少々落ち着かない様子で、主人と共に付いて行くのだった。




