24 静止(せいし)
ギラム達の夕食が終了し、夜が明けた次の日。彼等は普段と変わらない朝を迎えた後、朝食と身支度を済ませ外へと出かけていた。
今日の彼等が向かうべき場所、それはギラム達が住むマンションから南方へと向かった場所に存在する大きなリゾートホテルがある区域だ。リーヴァリィの端に位置するその場所は、大きな湖と共に都市中央駅近辺に構える建物とは少しだけ雰囲気が違った造りの建物が多く存在していた。レンガ造りを基調とした英国風の建物が幾つも連なり、この区域だけ『別世界』を感じさせるのだった。
「アレが、例のホテルだ。」
「うわぁー…… おっきなホテルだね。」
そんな雰囲気の違った区域へと向かう手前には一本の川が流れており、現在ギラム達が居るのはその川と車道を挿んだ場所に位置する路地裏だ。何時ぞやのリミダムと遭遇した路地裏からまた少し移動した場所に彼等は待機し、相手の様子を伺う様に双眼鏡を片手にホテルでの動きを観察していた。
ちなみにグリスンは肉眼で見られる範囲を確認しつつ、辺りの様子を見る為道具は使っていない。
「『都市に住まう人達にとって近い位置に存在するリゾートホテル』を、コンセプトとして造られたらしいぜ。外見も目立つし二棟のビルで構成されたデザインだからか、結構人気なんだとさ。」
「へぇー そうなんだ。」
「キュッ」
簡単に説明するギラムの肩の上でフィルスターが鳴く中、グリスンは納得する様に相槌を打っていた。大体の場所や外見は把握していた為の反応でもあるが、それ以前に警戒する方が優先だった事もあるのだろう。少しだけ簡単な返事となっていた。
「そう言えば、今日はフィルスターも一緒なんだね。良かったの?」
「あぁ。何となく今回は、フィルも一緒に居た方が良い気がしてな。本人からもちゃんと承諾貰ってるから大丈夫だぜ。」
「そうなんだ。危ないって思ったら、ちゃんと逃げるんだよ?」
「キュッ」
その後ホテルの様数を伺い終えたギラムは手荷物の中に双眼鏡を終うと、その場から移動するべく二人に声をかけた。いよいよ敵の待ち構える可能性がある場へと赴く事を知ったグリスンは、気合を入れなおす様に両手で握りこぶしを作り、意気込みを伝える様に返事をするのだった。同じくフィルスターも翼を羽ばたかせながら両手をばたつかせており、こちらも気合十分な事が見て取れた。
そして移動をしようとした、その時だった。
「ちょーっと待ちな、そこの三人組さんよ。」
「?」
路地裏から車道へと出ようとした彼等を引き留める声が後方からかかり、彼等はその場で振り返りながら声の主を探し出した。するとそこには一人の存在の影が立っており、建物の陰で色味は薄いも背丈の有る存在が彼等を呼び止めた事が解った。しばらくすると声をかけた主がその場から移動しはじめ、段々と色彩がハッキリし人間ではない存在である事が分かった。
その場に立っていた存在、それはウェーブ掛かった紅色のロングヘア―が印象的な紫色の馬獣人の青年だった。ギラムよりも画体がしっかりとしており、少々貫禄も感じさせる様な相手だった。
「馬獣人……で、良かったか? 俺達に何か用か?」
「あぁ、要件有で声掛けた次第なんだ。この近辺にエリナスと行動する二人組の男って言ったら、お前達くらいしか居なかったしな。おまけが一人居るけどさ。」
「おまけって………」
「キューッ……!」
彼等に話しかけてきた相手は質問に対しそう答えると、路地を抜けようとする風に髪を靡かせながら彼等をしっかりと目視しだした。相手の声を聞いたフィルスターが不機嫌そうに呻る中、ギラム達は何をしにその場にやって来たのだろうかと考える様な眼差しを向けるのだった。
ギラムにとってエリナスと遭遇する事は稀では無く、その気になれば一日に何人ものエリナス達を見つける事も今のリーヴァリィでは可能であった。種族は様々である彼等は人目を避ける時もあれば大胆にも混じって移動する事も少なくはなく、今回目の前に立つ相手は後者に該当する様な雰囲気すらも感じられた。井出達は動きやすそうな矢柄のワイシャツ姿でありながら、ズボンは動きやすいスパッツタイプの物を使用していた。盛りに盛った様な筋肉が開いた胸元から主張するも、何処かゆったりとした服の着方が特徴的であった。
「それで、僕達に何のご用なの?」
「あぁ、そうだったな。お前等はさ、もしかしてあのホテルに行くつもりなのか?」
「う、うん…… そうだけど………」
「悪い事は言わねえから、今からでも手を引いた方が良いぞ。あのホテル、ちょーっと今は治安が良く無いんでな。」
「ぇっ?」
そんな謎の雰囲気を醸し出す相手から告げられた言葉を聞いて、グリスンは少し驚く様に困惑しだした。
相手は何をもってそう言いだしたかはさておき、自分達の向かおうとしている場所を知っている事にビックリした様だ。何処から情報が漏れたのだろうかと考えるグリスンに対し、ギラムは変わらない眼差しを向けつつ口を開き、こう言い出した。
「お前、何でそこまで詳しいんだ。俺達の事と言い、流れが良過ぎるだろ。」
「まぁ理由はいろいろあるんだけど、今は詳しく言えない部分の方が多いからさぁー…… 『省略』じゃ、駄目か?」
「正直言って、納得は出来ないな。」
「そりゃそうか。」
警戒する口調で話すギラムに対し、相手は左程驚いていない様子で苦笑しつつ彼等の近くへと歩み寄りだした。無論その動きに対しても少し身構える彼等であったが相手はそのまま横を通り過ぎ、車道側へと歩き続けた後、その場で振り返った。彼の動きに合わせて背後で揺れていた髪が再び靡く中、相手はこう告げるのだった。
「今の俺は、お前達の敵でもないし味方でもない。でも近くに居る者としての忠告、もとい老婆心的な意味合いのアドバイスだ。」
「アドバイス?」
「この都市を始め、この世界の至る所に『創憎主』の可能性がある者達が潜んでる。お前はそういう感じはしないけど、全員が全員『絶対に創憎主に成らない』とは言い切れないから『深入りは良く無いぞ?』って事だ。」
「……それはつまり、今の俺の力が相手に及ばない可能性があるって事か。」
「少なくとも、クローバーを持っていないお前さんの状況ではな。勝ち目は薄い。」
「そっか。」
相手からの言葉を耳にしたギラムは言葉の意味を理解する様に返事をすると、軽く頭を掻きながら肩に乗るフィルスターの背中を撫でだした。優しい撫でを受けた幼龍は嬉しそうに表情を綻ばせる中、グリスンは軽く首を傾げながらの様子を見ていた。
そして相手の事を呼ぼうと声をかけた、その時だった。
「忠告ありがとさん、エリナスの馬獣人さんよ。でも俺はあのホテルを調べるつもりで居るし、場合によっては戦闘も視野に入れている。今更引き下がるつもりは無いんだ。」
「それは、どうしてだ?」
「『俺がやるべきだ』って決めた事でもあるし、この世界での変化は誰かが変えなければならない事だ。今俺が行動を起こして奴等を止めないと、後々面倒な事が起こって被害が拡大する事も解ってるからさ。後戻りすることは選ばねえって意味も含まれてる。」
「へぇー そりゃまた、変わった思考回路の持ち主だな。案外『脳筋』だったりする感じか?」
「さあな、考えた事も無いぜ。」
他愛もないやり取りを交わしながらギラムはそう言うと、視線をグリスンの方へと向けながら相手の顔をジッと見つめだした。不意に見つめられたグリスンは再び首を傾げながら耳をピコピコと動かすも、相手は何かを感じ取ったのか不意に笑みを浮かべ出すのだった。何故相手が笑ったのかも解らないままグリスンは軽く慌てていると、ギラムは相手の頭に二度軽く手を置き、落ち着く様言うのだった。
「仮にもしお前さんが俺達に手を貸してくれるなら、助力は求めるつもりだ。今回の相手は単体じゃないから、一筋縄では行かないだろうからさ。」
「『手を貸さない』って、俺が言ったら?」
「『お前さんが契約したリアナスを、これからも守り続けてくれ』って言っとくぜ。何処でも犠牲は付きモノだ、用心に越した事は無いだろ。」
「……… そりゃそうだ。」
「グリスン、フィル。そろそろ行くぜ。」
そして何時の間にか落ち着きを取り戻した相手を視てか、ギラムはそう告げ再び行動に移ろうとその場を歩き出すのだった。肩の上に乗っていたフィルスターは声を聴いて軽く鳴き声を上げたまま付いて行くと、グリスンは慌てて後を追いつつ去り際に馬獣人の元で呟くのだった。
「……あの。」
「?」
「ギラムの事を心配してくれて、ありがとう。君が何処からその話を聞いてココに来てくれたかは解らないけれど、僕がこの道に誘った行為に従うと決めたのは本人の意思なんだ。自分からしたいって言ってくれたから、僕もギラムの行動が終わるまでずっといるつもり。……だから僕も、君のリアナスを全力で護ってあげてって君に言うよ。」
「………」
「僕の手助けが無くても、きっとギラムは大丈夫だったと思うけど…… それでも僕は、ギラムと契約したパートナーだからさ。一緒に居られる今が、とっても楽しいんだよ。」
「そっか。そんじゃま、無用な節介だったって事だな。別に気にしちゃいないから、お前も早く行ってやりな。」
「うんっ! ありがとう!」
「………」
お互いが持つ想いを伝え合い理解出来たと思ったのか、グリスンは嬉しそうに返事を返し彼等の後に付いて行くのだった。何処か気弱で自信の無い自分を変えてくれる様な相手に付き添い、そして自分が感じた行いの先に待つモノに巻き込まないために。彼は今日もリアナスと行動するのだろうと、残された馬獣人はそう思うのだった。
そして彼等が川で遮られた区域に入る為の橋を渡る光景を目にした後、彼の近くにやって来る存在の姿があった。そこに立っていたのは小柄な少年であり、馬獣人の陰に隠れながらこう言い出した。
「……どうだった? リズルト。」
「あぁ、再凛の言ってた通りの相手だ。こりゃまたレアな人種がこの都市内に存在してたんだなって、そっちに驚かされたくらいだ。」
「そうなんだ。雰囲気はちょっと怖い感じだったけど、お話してるとそんな事も無かったみたいだね。」
「そういう事だ。所詮『見た目』なんて言うのは、入口に過ぎないんだろうからな。」
「うん、僕もそう思うよ。」
何やら親し気な様子で話す二人は視界に捉えられなくなった三人を追うように話し合い、何かを納得する様に頷き合うのだった。リズルトと呼ばれた馬獣人はその後肩を回しながら身体を解した後、次の行動に移る様に歩き出した。
「それじゃ、そろそろ行こうか。時間もあるだろ?」
「うん。急いじゃわないと、また遅刻しちゃうよね。」
「おうっ 俺に任せときなっ!」
そして少年を肩車した後、その場を疾風の如く走り去っていくのだった。




