22 情報収集(じょうほうしゅうしゅう)
帰宅し休憩を開始したのも束の間の事であり、ギラムは再び出かける準備をするべく衣服を着替え始めた。仕事が休みの日であれ制服で出社するのは当然の事であり、現場職側の彼も例外では無いのだ。また今回は簡単な報告をする為に赴くのではない為、こういった細かい規則もちゃんと守っているのであった。ここ数日間で随分と着慣れた感覚を覚えながら制服に着替えると、ギラムは身だしなみを整え家を後にした。
再び外へと出た彼は真っ直ぐに職場へと向かうべく、今回は愛車のザントルスと共に仕事場への道を走行し始めた。歩いても向かう事が出来る距離に彼の職場は存在するも、その日の天気や気分によって通勤方法を変えており、社内に停める為の駐車料金もしっかりと支払っているのだ。どちらかと言えば少し無駄金の様に感じられる人も多いかもしれないが、その辺は彼のちょっとした拘りとして捉えていただければ幸いである。
そんなこんなで道路を走行し職場へと到着すると、彼はバイクを下車し鍵をかけてその場を離れて行った。
ウィーン……
「お疲れさまでーす。」
「お疲れ様です。 ……あら、ギラムさん? 今日は遅い出勤ですね。」
「いや、今日は仕事で足を運んだわけじゃないんだ。ちょっと持場で調べ物をしにな。」
車内へと入り受付嬢からの挨拶を受けた彼は軽くやり取りを交わした後、何時もの順路を進むべく廊下を歩き出した。相手も少し首を傾げる時間帯に彼は出勤をしているが、不思議がられても何らおかしくは無いのである。慣れた足取りで廊下を歩きつつ、すれ違う社員達に挨拶を交わしながら彼は自身のデスクがある部署へと向かって行った。自身の配属された部署内へと到着すると、昼下がりの社内という事もあってか少々賑やかな人口密度を誇っていた。
傭兵達は全員それぞれが配属されている『部署』が存在し、外部で仕事をする者であっても正式な社員として扱われる。それは自身が名刺等で身分を明かす際に不明確な部分があってはならないという配慮と共に、受け取った側がどのような人材なのかを即座に判断しやすくするための気配りが含まれていた。そのためセルべトルガにはたくさんの部署が存在しており、彼の配属されている『総務部』はその中でも少々上のポジションに配属された者達が集う場所でもあった。内部で仕事をする者達に交じって外部班の傭兵達が混じる職場は中々に混沌とした部分があるが、それが普通の職場がそこにはあった。
無論そのような企業が存在していても不思議ではないため、実際に存在していたらどうぞご一報下さい。
「お疲れ様です、カサモト上司。」
「ん? おう、ギラムじゃねえか。どうした、今日は仕事は休みだったろ。」
「はい。少し事情があって『ツイリング・ピンカ―ホテル』について調べるべく、社内の端末を使わせて頂こうと思いお願いに上がりました。外部からのクライアントではなく、詳細を知る為の行いです。」
「企業様絡みの仕事ってわけか。それはココじゃねえと出来ないんだな?」
「はい。」
「それなら、満足するまで調べていきな。責任は俺が取るから、依頼料は別途振込な。」
「解りました。ありがとうございます。」
自身の私用で調べ物をする許可を取り付けるべく、ギラムは上司であるウチクラの元を訪れていた。他の社員達が仕事をする中の話し合いの為声量は控えめであったが、それでも普通にやり取りを交わせるぐらいのペースで双方は契約を結ぶのであった。
「後、敬語禁止な。」
「……いや、流石に俺の事情で頼むのにタメ口はダメだろ。ウチクラは良いとは言うが……」
「今更何言ってんだ、初対面の時に平然とその口調だっただろうが。どの道その手の出身が多い場だ、誰も気に停めやしねえよ。」
『そうも言えないのが企業なんだけどな………』
そんな挨拶交じりのやり取りを終えたギラムはその場を離れると、自身のデスクへと着席し端末を起動させた。
今回彼が調べようとしているのは外部で自身の所有する端末では調べられない、より企業向けの情報だ。簡単に言ってしまえば『企画されている行事』や『進捗状況』、そして『イベント』等の祭事物と考えていただければ結構だ。準備段階で企画進行を把握し、状況によっては職場からの加勢を要請される事も少なくはなく、こういった情報もセルベトルガでは入手する事が出来るのである。しかしそんな機密情報に近い内容は普通の社員では視る事は許されず、先ほどの彼と上司のやり取りの様に『事前に申請する必要』があるのだ。外部で異変に関する情報を得た際に、真っ先に調べるという『伏線』を含めた行いがそれに値していた。
無論ギラムがそんな事をするはずがないため、どちらかと言えば先程のやり取りは『簡易』と言っても過言ではない。本来は書式等々の手続きが必要なので、その辺はご理解下さい。
『ノクターンの話が本当なら、あのホテルで何かしらのイベントが企画されてるはずだ。外部端末で解らないって事は、個人での開催か企業間でのみの催し。教団がちゃんとした組織なら、それが可能のはずだ。』
グリスンとのやり取りで決めた行いを全うするべく、ギラムは手を動かし自身が調べたい情報を手際よく調べ始めた。まずは調べる対象の企業を入力し、そこで立案された企画や開催予定のイベントを一覧にして表示されるため、彼はそこから目線を動かし気になる条項は無いかと確認しだした。
過去から現在、そして未来へと至るまでの莫大な情報量を確認するのは一苦労ではあるが、そこで諦めては意味は無い。
彼はそんな一心で今やるべき事を遂行しようと目を走らせつつ、その場に表示しきれなかった部分を視るべく指を下から上になぞる様に動かし、画面を移動させるのであった。周囲からは事務内の電話に応答する声や端末から入力する電子音が聞こえるも、段々と彼の耳には入らなくなるくらいに集中していくのだった。
そんな彼の調べ物がスタートしてから、数時間後。
段々と下り始める太陽の影響で社内に差し込む光が変わり始めた頃、彼の周囲で行動していた社員達が次々と帰り支度を始め出していた。一方ギラムは一生懸命に探し物の終着点を探すべく目を走らせてはいるものの、一向に求める情報が手に入らない様子で苦戦を強いられていた。気付けば仕事で来ていた女性社員からの珈琲の差し入れを受けているレベルであり、どちらが仕事なのか途中で解らなくなる現状であった。段々と人気が薄くなり空が暗くなりかけた頃、彼は検索で表示された情報をようやく全て視終えるのであった。
しかし、
「………ねえな。」
彼の求めていた情報は検索した現状では見つかる事は無く、彼は首を傾げながらデスク前で腕組みをし始めた。
外部からの伝手で仕入れた情報が正しいかは解らなかったが、それでも嘘を言うような相手では無い事はギラム自身は良く解っていたつもりだ。何かと理解に苦しむ単語を時折口にするも、それでも相手は他者を視る眼を持っており確信に近い言動を常にしていた。そんな相手からの情報に一致するモノが見つからない事に、彼は違和感を覚えるのだった。
『……… ……もしかして、敵が内通者がいるのか………?』
ふと彼は手元の珈琲を口にしながらある仮説が思い浮かび、それが真実なのかどうかが気になり始めた。仮にもし敵側が内部で伏線を張り外部に情報を漏らしていなければ、その手の情報を保有する自社にデータが存在しないのも納得が行く。ギラムはふとそんな事を思いながら一度宙を仰いだ後、一つの行動を取ろうと決めだした。
『直接、行ってみた方が良さそうだな。』
彼は少々危険だとは感じつつも、その行動が一番良いのではないかと考えた。そしてその行動を実行するべく、彼は後片付けを済ませ自宅へと引き返して行くのだった。




