21 記憶測(きおくそく)
借家前でのやり取りを挟んで自宅へと帰宅したギラムは、センスミントをポケットにしまいながら通路を歩いていた。中庭を挿んで一面ガラスで覆われた廊下は天候によって温度が上がる事もあるが、その日の日照時間は控えめな事もあってか比較的過ごしやすい体感温度となっていた。先程のイオル達が住むマンションは鏡張りだったためか、無駄に明るかった事も感覚に左右されている様にも思えた。
そんな廊下を歩きながら自室前へと到着すると、彼は慣れた手付きで扉のロックを解除し中へと入った。
「ただいま。」
「お帰りギラムー」
扉を開けると同時に声をかけると、部屋の奥からは彼に返事する様に明るい声色がやって来た。気付けば肩の上で休んでいたフィルスターを落とさない様に背中を支えつつ、ギラムは靴を脱ぎ中へと上がるのであった。
廊下を歩きながらリビングへと向かうと、そこにはコーヒーフィルターを片手にケトルで湯沸かしをするグリスンの姿が目に映った。近くにはマグカップと珈琲を入れる道具一式が揃っている所を視ると、どうやらお手製珈琲を淹れる所の様であった。
「お帰り。どうだった? 何か変わった事あった?」
「いや、心配するほどの事は何も無いぜ。人伝えでグリスンがいろいろ行動を起こしてくれていたって事を、知れたくらいだな。」
「え? ……僕、そんなに目立つ事しちゃってた……?」
「あぁいや、悪い意味じゃねえから心配するな。むしろ良い報告ばっかりだ。」
「そ、そう……? なら良いんだけど……」
突如返って来た言葉を聞いたグリスンは動揺した様子で表情を曇らせると、ギラムは軽く弁解しつつ肩に乗ったフィルスターを優しくベットの上に下ろしだした。ずっとそのまま寝かせていても本人は左程気にしないものの、うっかり体制を傾けて落とし怪我をさせてしまう可能性もある。そんな心配も多少あったためか、彼は安全面を考慮し自身のベットに寝かせた様だ。
軽く寝息を立てる幼いドラゴンを視ると、ギラムは枕元に畳まれた彼用のタオルケット手にし、優しく背中の上にかけるのだった。
「アリンとサインナに根回しをしてくれて、ありがとな。おかげで二人からの協力が早く取り付けられて良かったぜ。」
「ギラムが一人で立ち向かいそうな勢いだったからね、僕から出来るのはそれくらいだったし。」
「それでも、一人の声で変われるほどの信頼度をお前は持ってるって事だ。そうじゃなきゃ、こんなに簡単には話が纏まらなかっただろうからな。」
「そう言ってくれると、僕も嬉しいよ。もう少し根回しが出来たらよかったんだけど、僕の知り合いってそんなに多くないからさ。」
「大丈夫。イオル達にも話が付いてるから、少なくとも俺等含めて五組の真憧士で応戦出来る状態になってる。後一人、エリナスの猫獣人も加勢してくれる事になってるしな。」
「エリナスの猫獣人? その子はリアナスのパートナーは居ないの?」
「詳しくは聞いて無いが、契約はするつもりは無いんだとさ。前からちょっかい出して来てた奴なんだが、グリスンにもちゃんと紹介したいと思ってる。その時はよろしく頼むぜ。」
「うん、解った。」
一足先に休ませた幼龍の元を離れたギラムは同室にあるデスクの元へと向かうと、ポケットからセンスミントを取り出し近くの装置へと取り付けだした。すると目の前に半透明の電子盤が展開され、起動中と思われる画面が浮かびあがり手元に入力用のキーボードが電子盤同様に浮上しだした。
完全に機器が立ち上がるのを待っていると、彼の元にカップに入った暖かい珈琲がやってきた。近くにはグリスンがにこやかな表情でその場に立っており、ギラムは相手に礼を告げつつ珈琲を口にした。普段飲むのとは少しだけ違う苦味の強い味わいを感じていると、見慣れたスタート画面が展開され入力が行える状態となるのだった。
「調べ物?」
「あぁ。ついさっき別の知り会いから情報を貰ってな、そっち方面を少し調べてみようかと思ってさ。」
「へぇー やっぱりギラムって顔が効くんだね、こんなにあっさり情報を得られるなんて。」
「俺自身が望んだわけじゃねえから、そうとは言い切れねえけどな。勝手に仕入れて来て、勝手に売ってっただけだ。」
「……それって『押し売り』じゃない?」
「まあな。それでも俺が払えるだけの情報で良いって言うんだから、何をしたかったのかはやっぱり解らないな。アイツは。」
「ふーん。 ……その子は人間の知り合い?」
「んや、エリナスの狼獣人。今回の共闘話には関与してねえから、そいつの事は気にしなくて良いぜ。俺にも解らない事の方が多いからな。」
座席横から覗き込む様にグリスンは声をかけつつ話をすると、ギラムは返事をしながら手を動かし調べ物を行い始めた。
彼が調べているのは、つい先ほどノクターンから告げられたリゾートホテル『ツイリング・ピンカ―ホテル』についてではない。その場で開催が催されている祭事を始めとした関連情報であり、建物そのものの構造に関しては特に着手する様子は無かった。彼自身はそのホテルを使った事は無いモノの、外見が特徴的な事も有りあまり内部構造は調べるに値しないと考えた様だ。
ちなみにそのホテルは下層階以外は二棟の高いビル状の構造となっており、一部の階を結ぶ渡り廊下が存在するだけの比較的シンプルな造りと成っている。詳しい内部構造については、現地を訪れた際にまた追って説明を挿む事にしよう。
「そう言えばギラムって、結構エリナスに免疫って言うか……何か抵抗とか無いよね。僕に会う前に、誰かに会ってたりする?」
「え? 何でだ?」
「いやだって、普通人間って『異物を好まない』でしょ? ギラムが異例なのは何となく解ってたけど、仮にもし僕達と同種の相手と会ってたら抵抗が無くても不思議じゃないかなーって、思ったんだ。」
「ぁ―……まぁ、そうだな。 ……俺自身しっかりと覚えてるわけじゃねえが、過去にそれっぽい相手には会った事はあるぜ。一度だけな。」
「へぇー どんな人だったの?」
「結構年を重ねてる様な感じで、貫禄のある相手だったな。何処か遠くを見つめてる様な気もするが、それでも俺自身を見抜いて話して来るような相手。そいつの事も、結局良く解らず終いだったけどな。」
「貫禄のある人かぁー……… 確かにエリナスで長生きしてる人は居るけど、僕よりも前でそれだけの年齢がある人って限られそうだけど……… あんまりピンと来ないなぁ。」
「グリスンはそっち方面には詳しい方なのか? 何かと知ってる部分はあるみたいだが。」
「ううん、全然。むしろ無知だよ。」
「あっさり言い切ったな………」
そんな作業中の彼に対し他愛もない質問を投げかけると、ギラムは不意に手を止め彼の問いかけにそう答えるのだった。
グリスンを始めとした獣人達は人間達からすれば馴染みがある様で無い存在であり、現実世界には存在しない架空の人物として捉えられている。しかしギラムの居る世界である『リヴァナラス』ではその常識は一部のモノには通用せず、確かに存在している『異世界人』と呼べる立ち位置が確立していた。何時どの時代から現れたのかは確かでは無いが、彼等は真憧士の素質がある者達と共に行動したのを起源とし、今でもこの世界でその文化が浸透しつつあるのだった。
だが実際に会ってみてしまえば見慣れない存在に変わりはないため、誰でも驚き身構えてしまう可能性だってあるだろう。グリスンの様に容姿が可愛い方であればまだ安全性がありそうではあるが、コンストラクトやノクターンの様に眼光の鋭い相手であればそうはいかないだろう。
『ギラムが強面だから』という理由では、この辺は通用しないとも言える。
「……でも、今のでちょっと解ったかも。」
「何がだ?」
「その人がギラムに話しかけた時も、多分ギラムは僕と会った時みたいに違和感は覚えても拒絶はしなかったんだろうなって。ギラムは僕達を僕達と視てて、人間と変わらない扱いを獣人の僕達にもしてくれる。すっごく温かい感じ。」
「暖かい、な……」
「今僕達が追いかけてる集団は視た事も無いし会った事も無いけど、多分少し話をすればギラムと違う性質の人なのかもって僕は思ってる。ギラムみたいな考えを持つ人達だったら、こんなに実力行使みたいなことはしないと思うから…… 僕も止めたいって、思うんだ。」
「そっか。」
相棒の何処か温かい言葉を聞きながら彼は言葉を呟くと、再び調べ物を再開し画面に現れた文面に眼を走らせだした。そこには白と黒だけで表示される色味の無いページではあったが、彼が求める情報があるかどうか探し出すも、すぐに彼はその画面を消し再び別画面で調べ物を再開しだした。
すると今度は写真付きの大本のホテルのページが展開されだし、隣に立っていたグリスンは興味津々な様子で画面を見始めた。
「『ツイリング・ピンカ―ホテル』?」
「ココから南方の方角に行った場所にある、リゾートホテル施設だ。元々はリラクゼーション施設として展開した場所なんだが、今じゃ大規模な娯楽施設みたいな形になった場所だ。宿泊費用はそれなりに高い所だけど、それに見合うだけのサービスが得られる場所なんだぜ。」
「へぇー、詳しいんだねギラム。行ったことあるの?」
「んや、ちょっと聞いた限りだ。 ……でも確か、セルべトルガの優待権利にもこのホテルの名前はあったはずだから、簡単に潜り込む事は出来るぜ。」
「うわぁ、凄いね! じゃあ事前に潜入して、いろいろ調べる事も出来るんだね。早速行っちゃう??」
「まぁそうしたいのは山々だが、あんまり派手に動くと勘付かれる可能性があるからな。入る前にいろいろ調べとかねえとな。この後職場に行って、この施設の事をもう少しだけ調べて来る。グリスンはこのままココに残って、フィルの世話を頼むぜ。」
「うん、解った。」
「大まかな日取りや作戦実行日の予測が出来たら、改めて連絡するからさ。気にかかる事があったら、職場まで連絡してくれ。」
「了解、ギラム。」
簡単に伝えられる範囲の情報をグリスンに伝えると、ギラムは画面を指さしながら今後の流れを説明しだした。そんな相手の言葉に親身に耳を傾けながらグリスンは頷き、再び行動するギラムの補佐をしようと思うのだった。




