16 逢引(あいびき)
自身が戦闘の際に必要とされるクローバーを奪われてしまったギラム達が帰宅をし、次の日の朝の事だ。何時もと変わらない朝を迎えたギラムが朝食後のランニングへと向かおうとしていた時、彼の元に一本の電話がやって来た。
リリリッリリリッ……!
「ん? 誰だ、こんな朝早くに。」
未だに夢の世界へと出かけているグリスンを寝室に残し、センスミントの着信音を耳にしたギラムは機器を手にしベランダへと通ずるガラス扉を開けだした。話し声で相棒が起きてしまわない様にするための彼なりの配慮であり、朝の涼し気な風を浴びながら彼は画面を指でなぞった。電話の相手は既に手にした機器の画面に出ていた為、彼は何時もと変わらない口調で電話に応対しだした。
「もしもし、俺だ。」
《ぁっ、ギラムさん。おはようございます、イオルです。今大丈夫ですか?》
「あぁ、平気だぜ。どうかしたのか。」
《実は昨日の夜からちょっと付けられちゃってたみたいで……… すみません、面倒だとは思うんですがご飯を買って来ては貰えないでしょうか?》
「後付けるって…… もしかして、ストーカーか?」
《そうなんですよー ボク達ネットアイドルの住処を突き止めようとする輩は後を絶たないので、ボクも用心してたんですけど……やっぱり駄目な時もあるんですよねぇ。初歩港ちゃんもお腹を空かせちゃうので、少し多めでお願いします。買うモノは、ギラムさんのチョイスで構いませんので。》
「いろいろ大変だな…… 分った、何か弁当系と子供が好きそうな物を買って行くぜ。苦手な食べ物とかはあるか?」
《大丈夫、初歩港ちゃんは嫌いな物は無いので。お代はお家に付いたらお渡ししますので、都市中央駅近くにある『Rubinasu』ってお店はご存知ですか?》
「あぁ、時々行くぜ。」
《その店の近くに『ピンク色のビル型マンション』があるんですけど、そこの『7011号室』がボクの部屋なんです。ではすみませんが、よろしくお願いしますね。ギラムさん。》
「了解。店が開いたらすぐ向かうから、待っててくれ。」
《ありがとうございますっ ……ぁっ、後追加で『モナカアイス』をお願いしても良いですか? チョコ入りのバニラアイスだと嬉しいです。》
「あいよ、忘れずに買って行くぜ。」
段々と昇り始める太陽の日差しを感じながら電話を終えると、彼は端末を弄り通話を終了した。その後慣れた手付きで電子盤を周囲に展開しメモを取り出すと、簡易ではあるが注文された買い物のリストを作り出した。
電話をかけてきたのは自身よりも若い女性ではあるが、彼女の元で生活している子狐獣人はそこそこ食欲がありそれなりに多めの食糧が必要だ。子供の好きな揚げ物を始め適度に味の効いた食物は相手の好物であり、誰もが進んで手を付けそうなものが今回は特に重点的に買う必要があるだろう。念のためにと質問した内容をメモの隣に付け足すと、彼は現在の時刻を確認し買い物の時間を計算し、おおよその到着時間をメモの最後に書き留めるのだった。
ちなみにこういった小まめなメモは前職時代の癖であり、今もなお継続しているのである。大体の予測であれば彼は正確にそれをこなす事も出来る為、そう言った点でも『仕事が出来る』素質があるのかもしれない。
出来る男は何処か違うのである。
「ぉはよーギラム…… 誰から?」
「ん、おはようさんグリスン。イオルからなんだが、ちょっとばっかし緊急事態らしいから、助太刀に行って来るぜ。グリスンはどうする?」
「んー……… ……昨日の一件もあるし、スプリームとラクトに相談して来るよ。何か良い案があるかもしれないから。」
「了解、じゃあそっちは頼むぜ。フィルは俺と一緒に、イオルの所に行こうか。」
「キュッ」
その後室内へと戻ったギラムは、眠気眼をこすりながらやって来たグリスンに挨拶をしその日の予定を告げだした。元々外へと出るつもりだった彼ではあるが特に決まった目的地が無かった事もあり、今回の電話はそれなりに良い切欠になるモノだったと言えよう。グリスンも同様に先日のギラムの発言を支えるべく行動する事を告げると、二人はそれぞれの支度を済ませるべく行動を開始するのだった。
「……緊急事態、な。」
「キュッ」
室内で身支度をするグリスンを残してランニングへと出たギラムが食料を調達し目的地に付いたのは、それから一時間程経った頃だ。彼の住むマンションからそう遠くはないコンビニで手頃な食料を購入した彼が最初に指定された場所へと付くと、彼は以前目撃した覚えのある集団を目にしていた。
現代都市内でも有名な建物であるアリンの店は豪華な外装もさる事ながら、店とビルが立ち並ぶ道路沿いはどれも高級感溢れる建物ばかりであり、店の向かい側に位置する敷地には幾つものホテルが軒並みを揃えていた。簡単に言ってしまえば『高級な物件の並ぶ道路街』であり、周囲を歩く人々はどれもキチッとした身なりが特徴の為、時折彼の井出達が目立つ事も彼は覚えていた。そんな道路に突如現れた集団を目撃してしまえば、彼も現状を理解するのが要因に出来てしまうと言えよう。
パッと見誰が見ても『ストーキング集団の集い』であり、完全に不審者である。
『こりゃまた随分と派手に騒ぎが大きくなってる……ってわけか。これじゃ朝飯どころか、外出すら無理だな。大女優かよ。』
肩を竦めながら現状を把握すると、彼は仕方なく辺りを見渡しイオルが住んでいると思われる桃色のビルを探し始めた。すると彼の立っていた場所から南側に位置する場所にひと際目立つ桃色のデザイナーズマンションの姿があり、彼はその場所が目的地であろうと理解し移動を開始した。不審者達の集いに気付かれてしまうと厄介な為、彼は店の裏道に通ずる路地裏の道に足を踏み入れ、大体の出口を予想しながら歩を進めていた。
日が昇ったとはいえ暗がりに近い路地裏でフィルスターを肩に乗せたままギラムがてくてくと移動していた、その時だった。
「あれぇ、こんなところで何してるのー?」
「ん? ゲッ!! リミダム!?」
路地の重なる道に差し掛かったその時、彼は曲がり角を抜けた先で聞き覚えのある声を耳にした。声のした方角へと顔を向けると、そこには何時ぞやから姿を見ていなかったリミダムの姿があり、彼は驚愕し驚きながら背を壁にぶつけだした。軽く痛みが背中に走るのさえ気にならない勢いで現れた相手を視ていると、相手は手を振りながら挨拶をし彼の近くへとやって来た。
「裏道に入って何処かへ向かうなんて、まさかの逢い引き~? 相手居ないのに。」
「後半は余計だ。まぁ、前者はあながち間違いじゃないが…… ちっとばっかし表に出ると厄介なんでな。」
「逢い引きはあってるんだねぇー ちょっと意外。」
「うっせっ」
半ば茶々を入れられながら彼は返事を返すと、周囲に人影が無い事を確認しリミダムの顔を視始めた。相変わらず背丈が小さいため彼の視線は地面に近い方へと向けられるも、相手は何時もと変わらない調子で楽し気に会話をしていた。背後で揺れる大きな尻尾が左右に揺れている所を視ると、ギラムに会えたのが嬉しい様にも見てとれた。
「それで、これから何処行くのぉー? 密会なんだろうけど、オイラ聞いちゃうよ。」
「……ま、教えた所で意味はねえんだろうけど、言うつもりはねえよ。その辺は依頼で伏せる事になってるからな。」
「へぇー、やっぱり仕事が出来る人ってその辺も順守するんだねぇ。カッコイィー」
「そりゃどうも。」
「まぁその辺はギラムらしいから良いんだけど。ギラムが行こうとしてるのって、あそこのピンクのビルでしょ? オイラ抜け道知ってるよー」
「おっ、本当か? ……ってか、何でお前目的地を知ってるんだ??」
「オイラはそこから派遣されたようなもんだからねぇ~ 早く行こ、オイラお腹空いちゃったぁ。」
「あぁ、はいはい。じゃあ頼むぜ。」
「りょうかーいっ」
謎が謎を呼ぶやり取りを交わし終えると、前に立っていたリミダムは後ろへと振り返り、ギラムを案内する様に路地を進み始めた。何処となく流れが良すぎる事を感じながらギラムは肩に乗るフィルスターの顔を視た後、後に続く様に歩き出した。
リミダムが歩くに連れて大きな尻尾が揺れると、路地の壁に当たりそうな勢いで左右に振られているのを視る事が出来る。壁際の汚れが良く取れそうな彼の尻尾はふさふさの体毛に包まれており、普通に触れただけでも上質感を感じる事が出来そうであり、ケモノ好きな方々には好評そうな尻尾である。しかしそんな彼の尻尾に興味が無いギラムからすれば、彼の尻尾が壁に近づくだけで『移動するのが大変そうだな』と少し心配する程度でしかない。実際の所汚れは確かに取れている為、手入れが大変そうなリミダムの尻尾であった。
そんな人口モップに近い尻尾を持つリミダムに案内されたのは、ビル街の裏手に位置する路地裏の一角。狭く暗い道を歩いてい居た彼は前方を歩くリミダムに案内されて向かって行くと、相手は不意に座り込み四角いマンホールの蓋を開けだした。蓋を開け中へと入って行く彼に促されながらギラムは中を覗き込むと、そこには梯子が固定された地下通路へと通ずる空間が広がっていたのだ。どうやら外部から業者が入る為の連絡通路の様であり、梯子を下りた先にはそれなりに広い空間が広がっている様にも視えた。
「ココは近辺のマンションから依頼された業者が使う通路で、表向きには不釣り合いな人達が中へと入る為の場所なんだってぇー 目障りなモノは隠しちゃえ! ……って意味みたーい。」
「って事は、この道を知ってるのは本当にごく一部の奴等だけってわけか。ましてや業者関係なら、休日のこの時間は居ないのが普通か。」
「ぶっちゃけオイラにギラムを案内させた人もココを使えば良かったらしいんだけど、結局表に出る事は変わりないからねぇ~ ボロが出たら、情報は芋づる式ー」
「なるほどな。」
梯子を下りながら聞こえてくる会話に返事をすると、彼は一度マンホールの蓋を閉めゆっくりと地下通路へと向かって行った。肩に乗っていたフィルスターは気付けば彼の頭の上に移動しており、狭い通路でも彼の邪魔をしまいと頭の上で大人しく待機していた。手元は通路からやって来る明かりによって視界が効いている為、彼は安全に通路へと降り立ち、再びリミダムに案内されながら目的地の出口を目指した。
「……で、お前を派遣させた相手って言うのは誰なんだ? まだその辺を聞いて無いぞ。」
「んー 聞かなくても解ってるんじゃないかな~ 目的地一緒みたいだしぃ。」
「え? ……って事は、お前『イオル』に頼まれて来たのか?」
「そぉー 昨日の夜に会ったんだけど、ちょっと話してたらオイラが足止めになっちゃったみたいなんだぁー 今日はその罪滅ぼしも兼ねてる。」
『用心はしていたが、不意の登場に気を取られたってわけか。まぁ無理もねえか、コイツ無駄に目立つからな。』
通路を移動しながら話をしていると、彼は今朝方のイオルとのやりとりを思い出していた。
彼女自身は確かに目立つ容姿をしているとはいえ、相棒のヒストリーが常に居る事もあり不用心というわけでは無い。相手が視える素質を持っていないヴァリアナスであれば対処は要因であり、術に近い魔法を使う彼の手にかかればあっという間に追跡を絶つ事が出来たであろう。しかし今回はそんな手法を使う以前の問題だった様子で、突如彼等の前にリミダムが現れた理由も彼は同時に知る事が出来た。
ぶっちゃけてしまえば、リミダムは本当に目立つ方である。大事なので二度言っておこう、目立ちます。
「はぁーい、到着っ」
「ん、この上か。」
「ギラムの事だから、業者って言えば平気なんじゃないかなー 強面傭兵だし、あの会社に勤めてるならそれなりに顔も効くでしょ?」
「……お前本当に俺の事リサーチ済みなんだな。別に良いが。」
「ギラム程面白いリアナス、これから出会えるとは思えないしー オイラの友達からも話は聞いてたけど、やっぱり実際に会うとワクワクしちゃうからレーヴェ大司教の眼を盗んで来る甲斐があるんだよねぇー 今の楽しみなんだ。」
「友達? 同じ猫の獣人か?」
「ううん、鷹鳥人~ 所属は違うんだけど、オイラ達仲良しなんだぁー ほらほら、上がった上がった。」
「はいはい。」
そんな目立つ彼に後押しされながらギラムは目的地までの移動を終え、再び梯子を上るべく足をかけた。慣れた速度でどんどん昇って行く彼に続いてリミダムも昇って行くと、彼等は再び地上へと移動し目的地の中へと無事に侵入する事が出来るのであった。




