11 視界の違い(しかいの ちがい)
エスト川の水のせせらぎが聞こえる中、2人は向かい合った状態で船旅を楽しんでいた。アリンは時間的に紫外線の強い時間のためゴンドラ備え付けの屋根の下に居るが、ギラムは日光をたんまりと浴びながら周囲を眺めている。一度彼女に屋根の下に来ないかと提案されたが、彼はそれを断り船からの景色を楽しんでいる様だった。
「毎度の事ながら、アリンはいろんな遊戯の仕方を知っているんだな。移動手段としてゴンドラを選ぶなんて、中々いないと思うぜ。」
「私も、最初は車での移動を勧められていたのですが。 今日は静かな水の流れを見たくて、この船をお願いしたんです。」
「そうだったのか。」
乗船してからしばらくした頃、ふとギラムは彼女に他愛もない話を振ってみた。エスト川周辺をゴンドラで移動する事は愚か、彼の居る場所から遠い湖周辺にしかゴンドラに乗れる場所は無い。何処から船を持ってきたのかと不思議に思い質問をしてみると、船と船頭はチャーターした事を教えてくれた。
財閥ならではの手段である事に驚く彼ではあったものの、彼女の気分でその手段を選んだこと。それが、とても新鮮な感覚である様子を見せていた。
「俺は、あんまり風物詩とかを楽しめる時間が無いから、少し羨ましいな。 それだけの余裕が、持ててない証拠だけどさ。」
「時間の余裕は私が手を出したものではないので、きっとギラムさんの方が上手だと思いますよ。 皆さんにはとても良いイメージを私にお持ちの様ですが、実際にはまだお父様の様に完全な仕事を行うだけの力はありません。」
「それでも、アリンはしっかり自分らしい仕事をしていると俺は思うぜ。 ちょっと迷い気味の俺からしたら、立派だ。」
「ウフフッ、ギラムさんらしくないお言葉ですね。 ギラムさんはとても立派に見えていて、皆さんの柱になれる方ですよ。 私も初めはギラムさんに怖いイメージを持っていましたが、実際にはそんな事は無くて、とても心優しい方です。 周りに優しく出来て、それでいて自分の事を全うできる人。 それこそ、私は素敵な方だと思いますよ。」
「素敵……か。 何か照れるな。」
「ギラムさんの元で行動をしている部下の方々も、きっとそう思っていますよ。 自分が無意識に与えた物は、周りの世界に反映すると言いますので。」
「反映か……」
話が少しずつ盛り上がり彼女に褒められると、彼は少し照れ笑いをしながら右手で頬を掻いていた。強面の顔が強い彼ではあるが、それは外見からのイメージでしかなく実際には優しい人である事は周りの誰もが知っている。後から気づいた自分でもそう思うのだから、きっとこれからも中心で行動する事が出来ると彼女は言った。
自分から無意識に放った影響は、周りの世界を変えて自分の元へと帰ってくる。優しくした時は優しさで、厳しい言葉はそのままに。
何時か後からやってくる感情は、その時気づいた自分の糧になる
彼女はそう言いたかったようだ。
「アリンは、何故そう言う風に考えられるようになったんだ? やっぱり、仕事で忙しいと気付く事が多いのか?」
そんな別目線を持っている彼女を見て、彼はふとその考え方を得た経験を質問した。どのような事があってそう思い、どうしてそう言う風に見られるようになって来たのか。まだまだ解らない事が多くあり、それをどうしたら彼女の様に明るく見る事が出来るのか。今の彼にとって、とても興味深い内容だった。
「そうですね…… 私はお父様から教えていただきましたが、実際に気付く切欠さえあれば、その先の未来は変わると言います。 何も気づかない時の自分自身と比べてみたら、今の私は過去の私とは違った風景を見ている。 確証と言える事例は何もないのですが、何処か街の風景が違って見えるんです。」
「切欠に、気づく……」
「なので、変わりゆく街の風景を楽しみたい時間を今欲していたのかもしれません。 ゴンドラに乗る事にもお金はかかりますが、私は物として残らないお買い物でもとても有意義に感じます。 その先に形として残らなくても、得られるモノはたくさんあるんですよ。」
「そうなのか。」
質問に対し彼女は細かく説明をし、彼が聞きたいであろう内容を話し出した。自分自身を取り巻く世界がある様に、その中で生きる自分には何も変化が起こらない毎日はやってこない。それは自分が行動した時もしなかった時も同じであり、無意識の内に変化がやってくる事が多い。だがそれに気づき変化を起こせる者は少なく、その切欠に気付かぬまま人生を終えてしまう人もゼロでは無い。
1つの切欠に意味がない事は無く、必ずどこかに意味がある。今は例え無意味であっても、必ず未来の役に立つ。
その事を知ったからこそ、彼女が求めるモノは少しずつ変わって行ったようだ。
「……凄いな。 そんな事、考えた事も無かったぜ。 自分が起こした影響で、周りが変わって行くなんて。」
「私も、聞いた時は確かに驚きました。 ですがその話が徐々に確信になる流れを知った時には、もう私は変わっていたのかもしれません。 良い変化なのか、悪い変化なのかはわかりませんが…… それでも、今の私は私であるんだと言えるんです。」
「あぁ、本当にそうだな。 ……俺にも、そう言える時が来ると良いな。」
話を終えゆっくりを空を見上げながら、彼はそう呟いた。何時の間にか日は傾き夕暮れ前の空色をしており、ゴンドラも何時しか下流にある街『スワンクシフィ』の中へと入っていた。ゴンドラに乗った時に見えていたビル街は姿を消し、レンガ造りの民家が集う海の街へと風景が変わっていた。
気付かぬ内に終点に付いていた事に彼は驚くも、彼女はずっとその風景を見ながら話をしてくれていた。その差が今の自分と彼女との『中』にある違いであり、それに気づけている彼女がやっぱり凄いと彼は思っていた。
自分に自信が持てない状態の今があっても、周りは強く生きそして優しく支えてくれる。そう思えるだけでも、自分は幸せなのかもしれないと彼は思うのだった。
「大丈夫ですよ。 ギラムさんは私よりも、ずっとずっと素敵な人生を送れると思っています。 証拠は有りませんが、私の中で確証があります。」
「そっか。 ありがとさんアリン、嬉しいぜ。」
その後彼女からのフォローもあってか、彼は嬉しそうに笑顔で返事を返した。返事をした直後、ゴンドラは静かに船着き場へと到着し2人は船を降り、彼女の勧めもあり花火大会の会場へと向かって行った。