15 無法者(むほうもの)
突如襲撃を受けたギラム達は襲撃の間を掻い潜り、無事に移動手段である電車のホームへとやって来た。何時ぞやの都内を全速力で走り抜けた際の記憶が懐かしく思える行動であったが、二人はお互いに背を預けながら周辺の様子を見続けた後、やって来た電車の中へと乗り込んだ。その後も扉が閉まるまでは警戒し続けていると、ホーム内に発進を知らせる音楽と共に扉の締まる音が響き渡るのだった。
車内が移動するたびに左右に揺れるのを感じた彼等はようやく一息付くと、近くの座席へと移動し腰を下ろした。
「……ふぅ。なんとか逃げ切れたみたいだな………」
「うん、追手とかはなさそうかな。外で妙な気配もしないし。」
「そっか、そしたらとりあえず一安心だな。 ………」
お互いに気を張っていた二人は束の間の休息を取り出すと、ギラムは車内を見渡し再び周辺の状況をを確認しだした。車内には乗車した数人の人々の姿はあるが、特に変わった様子も無く普通の車内風景が広がっていた。座席に座る女子高生から壁際で寝扱けるサラリーマンまで、それぞれが行くべき場へと付くまでの間、思い思いの行動を取っていた。
移動するたびに差し込む日差しが適度に車内を明るく照らしていると、不意に彼はある事に気が付いた。
『………ん? こんな暑い日に、ローブ……?』
目線を向けた先は彼等が入ってきた扉の向かい側、座席部分が終わり手すりが設置された扉付近。彼が見つけた相手、それは壁際に立つ流れる様なシルエットが特徴的な黒い衣服をまとった一人の存在の姿だった。良く視ると黒い服から白い布地が見え隠れしており、どうやら『修道女』である事が分かった。真夏の時期に冷房が効いている車内とは言え、直射日光の差し込む扉側では中々に暑そうな格好である。
そんな相手の姿を見ていると、相手は背を預けたまま不意に左手を動かし始め、袖口から何かを取り出し胸元まで手を上げだした。良く視ると手元には銀光りする懐中時計が握られており、それを確認するような仕草をしていた。
その時だった。
【失礼。】
「え?」
シューンッ………
『………!? 何だ……!』
不意に彼の見ていた景色が変化が生じ、何と周囲から色味が消えだしたのだ。徐々に色彩が薄れた白黒の世界へと変わって行くのを視た彼は慌てて座席から立とうとするも、何故か身体に力が入らず立ち上がる事が出来ずにいた。慌てて両手や顔を動かそうとするも、足同様完全に動かなくなっている事に気が付いた。
『くそっ! 身体が動かねえ……!』
【ご安心下さいな、貴方達に危害を加えるために時間を止めたわけでは無いのですから。】
『時間を止めた? ………そこのシスターだな、俺に何のようだ。』
【あら、もう誰が仕組んだのかお判りですのね。さすがは我々の刺客を簡単に退けたリアナス。お噂通り。】
『噂……?』
【先程申し上げた通り、我々は今この場で手をかけるわけではありません。遠慮なくお話なさって?】
『………分った。とりあえず前まで来てくれるか、首が動かせないんじゃ話しづらくて仕方ない。』
【分りました。】
そんな異常事態の彼の元に飛んできた声を聞くと、彼は冷静に対応し誰が仕掛けた事なのかを理解した。何度か応答すると相手は移動を開始し、彼の目の前に位置する通路の間に立ち出した。修道着に身を包んだ相手は顔元に白地のヴェールを下しており、表情までは解らないが身体付きからして女性である事が分かった。左手に握った時計はそのままであり、時計で時間を操っているのではないかと彼は推測した。
【これでよろしくて?】
『あぁ。早速だが、俺に何の用だ。時間を止めてまで接触してきたって事は、俺の相棒にすら聞かれたくない内容って事だろ。』
【まぁ、本当に察しがよろしいのですね。……その通り、我々は最近活躍を見せている貴方達を排除するために来ました。エリナスも例外なく対象となっていますが、勘付かれるとても厄介なのでこのような手法を取らせてもらいました。】
『排除……だと? お前等はエリナスの事を知っているのなら、リアナスじゃないのか。創憎主と対立すべきだ。』
【そう、それはリアナスとなった方々ならば当然の思考回路ですわね。ですが我々は、そんなモノには興味はありません。むしろ創憎主が暴れて下されば下さるほど、やりたい事に近づけるという場所に居るのですからね。共存関係ではありませんから、例外なく巻き込む可能性はありますけれど。】
『……… 良く解らないが、お前等は俺達が邪魔だって事か。』
【そういう事。】
話を続けていくと相手はフードを直す様に手を動かし始め、肩をすくめだし相手とのやりとりを楽しむ様な行動を取りだした。相手の発言が何やら普段とは違う事を察し始めたギラムは軽く警戒をするも、隣に座るグリスンは完全に時間を止められてしまい今のやり取りを視る事すら出来ないでいた。先程までの警戒していた際の表情とは違い、普段の表情でこちらに無効としていた瞬間だったのだろう。自身の顔を視る様に大きな眼を向けており、口元は少し開き言葉を発する直前の顔をしていた。
仕方なく彼は再び視線を前へと向け、相手の発言に耳を傾けだした。
【早速要件ですが、近日中に我々は『都市中央駅』を中心とした大規模な作戦を遂行します。貴方にはその行動を阻害する為に、繋がりを持った四組の真憧士達を招集し撃破に挑んで頂きます。そのための呼び込みをしていただきましょう。】
『呼び込み……?』
【先程の行いで、貴方を一組の兵に戦わせるのはとても不利だという事が判明しました。そのためまずは外部から崩し、貴方を消去する事を選んだのです。無論貴方には、その最中は大人しくして頂きます。】
『馬鹿な事を言うな!! 俺が仲間達をそんな危険な場所に集めて、敵と戦わせるわけがないだろ!! 共闘ならいざ知らず、集めた張本人が参加出来ないなんて有り得ねえ!!』
【フフフ………本当に仲間想いの方ですね。戦場にはとても向かない思考回路でありながら、心身は完全に戦場向き。強敵に違いありませんわね。……ですが、貴方はそれに従わなければなりません。】
『何……?』
スッ
『なっ!』
話を聞き告げられた内容に対して彼が反論をすると、相手はその場から動き出し額に付けていたゴーグルから龍のアクセサリーをあっという間に取り外してしまったのだ。ほんの一瞬に等しい動作で奪われたクローバーを眼にした彼は驚愕すると、相手は口元に怪しげな笑みを浮かべ出し話を続けだした。
【貴方の行いによる周辺の流れを視れば、どれがクローバーかは解ります。貴方はそれを行わなければ、貴方の術であるクローバーを壊し隣に居るエリナスを永久に消し去ります。】
『!!』
【この品は本来契約を交わしたリアナスが魔法を使うためのモノであり、なおかつエリナスをこの世界へと留めておくためのモノ。それが亡くなれば、彼等はこの世界には立っていられません。】
『どういう意味だ。契約を交わす前のグリスン達は自らの力で来てたはずだ。留まる為の力なんて存在するのか?』
【彼等はこの世界に向かう事は出来ても、長期間に渡って身体を維持する事は出来ないのです。異世界は気候すら違う場で在り、慣れない環境に身体が適応しようとすれば過度の負荷がかかるモノ。当然の流れですね。】
『………そういう事か。』
【先程のやりとりを見る限り、貴方は隣に座るエリナスとは仲違いをする間柄ではない。ましてや仲間想いの貴方であれば、当然屈辱と絶望に値する行動でしょう? さぁ、いかがなさいますか?】
『クッ……卑怯な手を使うんだな。』
【我々は勝利を齎さなければなりませんので、多少の強引な手も使う事はあります。こちらはお預かりしておきますが、貴方がどのようにして我々と立ちはだかるのか。楽しく拝見させて頂きます。それとも、今この場で彼を失っても宜しいですか?】
『……… ………解った。それはお前達に渡すから、グリスンには手を出すな!』
【そう言って下さると助かります。お相手が少ないと盛り上がりませんので。】
やり取りを終えた相手は手にしたギラムのクローバーを服の内ポケットへと終い、完全に自身の手中へと収めてしまうのだった。魔法を放つ際に必要な手段を奪われた彼は悔しそうに相手を睨むも、隣に居る相棒の身を案じ手を出す事はしなかった。
自分の力を守る為に相手を犠牲にする事、それは彼が一番嫌いな行動に等しい。
自身が動けない事も踏まえ相手の動きを見ていると、修道女はその場から歩き出し自身の力で電車の扉を開けだした。
【それでは、お約束通りして下さる事を期待しています。この状況で我々とどう戦うのか、期待しています。では、御機嫌よう。】
完全に開け放たれた扉の縁に立った相手はそう告げると、その場から飛び降りながら扉を閉めその場から姿を消してしまった。相手が消えると同時に周囲の景色の色味が数秒間をかけて元に戻ると、彼の身体に再び変化が生じた。
「ッ…… ……身体が動く……!」
「? どうしたの、ギラム。」
「グリスン……… ………すまない、してやられた。」
「え?」
再び身体の自由を取り戻した彼は周囲に異常が無い事を確認し、隣に座るグリスンに先程までのやりとりを面目なさそうに報告するのだった。
「……そっか。だからさっきまで着けてたクローバーが無いんだね。」
「奴等は俺に動かれると困るらしい。さっきの襲撃は奴等の仕業、だからこそ離れたあの時は『安全だ』っていう判断は間違いじゃなかったな。」
彼等が出発した『フローケンザー駅』から数駅程移動した頃、グリスンはギラムからの事情を聴き終え事態を理解していた。電車へと乗り込む前に襲撃してきた相手は敵であり、相手は時間操作を行い、相手の動きを阻害してこちらに攻撃を仕掛けて来ても不思議では無い事。つい先ほどまで着けていた彼のクローバーは手元になく、それは敵の元へと渡り自身の身の安全と引き換えに持ち出されてしまった事。仲間想いだからこそ逆手に取られた弱点を理解するも、彼は怒る事も無くただ静かに首を上下に動かすのだった。
相手側が脅威と考える程の力の可能性を秘めている事は、グリスン自身も解っていた。だからこそ何も出来ない間に力を失ってしまえば、相手の言った通りグリスンはこの場に居られず元の世界へと戻されてしまう。そして二度とこちらへと自身の意思では来れなくなってしまうため、むしろ判断は正しかったと伝えるのだった。
「でも、どうしようか。創憎主じゃないって否定してたけど、やろうとしてる事はそっち側。完全に敵対してる。」
「だな。 ……ま、クローバーが無いんじゃ俺は普段よりも戦力外になる事が確定してる。それでも戦う事を諦めるつもりはねえけどな。」
「え……? ギラム、まさか素手で戦うつもり!? そんなの無茶だよ!!」
「そうは言っても、このまま奴等の好きにさせておくわけにも行かねえだろ。アリン達を巻き込んで俺が戦いに参加しないなんて、そんな事を俺がするとでも思ってるのか?」
「う、ううん…… しないと思うけど………でも……」
ポンッ
「え……?」
しかしそれでも戦う事を諦めないのは、ギラムなりの意思の表れなのだろう。
元より魔法を使わずに生きる現実世界で生活してきた彼にとって、今更その術が無くなっても戦線に出ない事は無いのである。逆に言ってしまえば、相手に通用せずとも武器を手にして戦いを挑む事は彼にとって造作もない事なのだ。
諦めたくない、負けないために自身の出来る事をする。
そんな強い彼の意志に慌てたグリスンは止める様静止を駆けるも、ギラムは相手の頭の上に手を置き優しく撫でながらこう言った。
「俺は確かにハンデを負ったが、それでも動ける身には変わりはない。あの状況でクローバーを渡さなければ、お前を失ったかもしれない。それじゃあ契約を交わした意味なんて無いだろ? だからこそ俺は渡す事を選んだんだ。」
「………」
「そんな心配そうな顔すんなって。俺なら大丈夫、なんだかんだで三回も戦場で生き残ってこれたんだ、何とかなるさ。それに、グリスンも来てくれるんだろ?」
「も、もちろんだよ!! ギラムだけ行かせるわけないじゃん!! 絶対に僕が護るから!!」
「あぁ、期待してるぜグリスン。」
相手を気遣うあまりにかけた言葉はそのまま汲み取られながら溶かされ、彼等はそれぞれの意思の元に創憎主達との戦いに身を投じる事を選ぶのだった。とても危険な道を平気で潜り抜けてしまいそうなギラムの言葉は何処か頼もしく、そんな彼に遅れを取らんとしたいグリスンは出来る事を全力でしていこうと再び気持ちを強く持ちだした。
そしていずれやって来るであろう戦いの日の為に行動する事を覚悟した彼等の元へ、車内アナウンスが静かにやって来た。
【都市中央駅~ 都市中央駅~】
「それじゃ、近々来るであろう戦闘のために準備をするか。今回も手強いぜ。」
「うん、絶対に勝つよ。ギラム!」
「おう!」
再び開け放たれた電車の扉を抜けながら、彼等は高らかに声を発し前へ前へと進んで行った。




