13 敗戦者達(はいせんしゃたち)
突発的に等しくも午後の予定が決まったギラム達一行は、借家のあるマンションを後にし外へと出かけだした。未だに降り注ぐ日差しに眩しさと暑さを感じるも、彼等の足取りは何処か軽く好奇心を感じるのか楽し気な雰囲気を覚えていた。
数か月前まで当り前の暮らしが一変し、つい先日までそれが当たり前であり行うべき事と認識していた創憎主との戦闘。しかしそれが同じ時間軸の中で暮らす人間達には認知されず、誰もが知らない彼の功績。噂として流れどそれ以上の成果が無いが故に、落ち着かなかった自身の心に平穏な空模様がやって来る。
そんな淡くも大きな期待を抱きながら、ギラムは前を歩くグリスンの後に付いて歩いて行くのだった。
「それで、最初は何処から行くんだ?」
「順番に見て行った方が良いと思うから、最初に倒した創憎主から見に行こう。あの人は今、取り調べの最中なんだ。」
「取り調べ?」
「あの事件はヴァリアナスには解明出来ない部分が多いから、どうしても迷宮入りに成りがちな部分があるんだ。事件現場に倒れていた重要参考人として、意識が戻ってからはずっと話を聞き続けてるんだって。」
「まぁ、魔法を使って止めた部分もあるしな。あの荒れ具合を見たら、誰だって『何かあった』って思うのが普通か。」
「そういう事。」
グリスンの言う目的地へと向かいながら話を聞きつつ、彼は目的地に居るであろう相手の現状を軽く考えだした。
記憶と共に時を遡る事、約三か月前。現代都市治安維持部隊の施設に通いながら自身のやるべき事を探し、軍事会社セルべトルガに入社してポジションが落ち着いたある日、彼は自身と違う質の人間達には感知出来ない存在である『獣人』であるグリスンと遭遇した。彼からの突拍子も無い発言や行動に軽く頭を悩まされた事も懐かしいその時に、彼はリアナスとして『真憧士』と成る事を決意し、世界に潜む創憎主との戦いに身を置く事を決意した。練習以前に説明不足のまま始めの戦闘へと身を置かれ、彼は今まで負う事の少なかった大怪我をする事となった。しかしそんな不利な状況下でも彼は諦める事は選ばず、相手を止める事だけを頭に置き自身が愛用していた拳銃を手にする事でその戦いを終了させるに至った。
戦いの後は戦闘の際に負った怪我を治す事に集中したため、彼はしばしの間外に出られなかったそうだ。それもそのはず、両腕両足に殺傷性の高い刃物による切り傷を突然負った隣人が現れたとなれば、誰もが心配して当然なのだ。
事件に巻き込まれたと察し、最近起こった事件と関連性を調べられて身動きが取れなくなっても不思議ではない。
そんな考えを助言したのはグリスンであり、彼の身体の治癒を速めたのもまたグリスンなのである。ちなみにどうやって速めたかとかと言う点については、彼の魔法であるとだけ答えておこう。戦場と自宅を結ぶ道路に落ちたであろう彼の血痕に至っても、同様の作業内容である。
「ココだよ。」
そんなグリスンに連れられてやって来た場所、それは都市の中央公園から少し離れた場に存在する『現代都市治安維持部隊』の管理する支部拠点であった。本部の拠点は都市郊外から離れた場所に存在するため、即座に対応する第一部隊がその場に待機し行動するためにこの支部拠点が造られたのだ。ちなみにこの拠点自体はリーヴァリィには幾多も存在しており、そのうちの一つに彼等はやって来たのである。
「ココって……治安維持部隊が管理する都市内部用の施設か。 ……って事は、取り調べをしてるのは『フィンガローズ』か。」
「多分そうかな? 橙色の豪華な服を着てた人達が多かったよ。」
「なら当たりだな。あそこの部隊は基本的に俺達みたいな表向きとは違う行動を主活動としてたからさ。」
「いろんな部隊があるんだよね、ラクトから少し聞いてるよ。」
拠点前を歩く歩行者に紛れて施設を見上げつつ、彼等は話をしどの部屋で作業が行われているのだろうかと想像しだした。
ギラムが配属されていなかった部隊の応対はどのようなモノかは、何となくでしか彼は考える事が出来ない。相手は機密裏で行動や情報を集めたりする部隊のため、幾ら所属場の上部に近い位置に居たとしてもその詳細が開かされる事はほとんどないのだ。例外として治安維持部隊全体で行動する際や、一つの部隊全体が指揮を取って作戦を遂行する際の助言として飛んでくるものがあるが、コレはカウントするには至らないだろう。そのため大まかに纏めてしまえば、名前と一部の表向きの情報以外は謎の部隊なのである。
「事情聴取は順調に進んでるのか?」
「ううん、その辺は停滞気味みたい。ギラムがあの時『創憎主』として行動していた記憶そのものを撃ち抜いた事によって、本人の記憶に欠落した部分が出来てる。それによって本人は憎しみに捕らわれていた時の行動全てを忘れてるから、問われても答える事が出来ないんだ。嘘かどうかもちゃんと確かめてるからこそ、進展性はほとんどないんだって。」
「まぁ、無理もねえな。主体となるクローバーは俺の手の内にあるわけだし、証拠となるモノもない。普通なら手詰まりに近いな。」
「だからもうしばらくこの状況が続いたら、釈放になって元の生活に戻れるみたいだよ。仕事そのものは上手く行くかは解らないけど、そこからは本人が頑張る所だからね。」
「なるほどな。……さすがにそこから先を示してやれる事も出来ないし、良いんじゃねえか? その方が人らしい生き方も出来るだろ。」
「うん、きっとね。」
とはいえ部隊としての行動や事件になるほどの危険性があるわけでは無いため、彼自身も相手の行動は悪い方向へ向かうとは考えていない。妙な扱いを受けて事情聴取が行われていれば彼も黙っては居ないが、その辺に対しては何の心配も感じていない様である。相棒からの報告を受けて無事に元の世界に戻れる事を期待しつつ、彼は回想と共に行われた事柄へ対する終止符を打つのであった。
一人の人間は現実へ戻る為の時間を過ごしており、過酷ではあるが元の暮らしに戻れる目途が付いている。
彼が助けた人間の未来が一つ、確立する瞬間であった。
「そしたら、次の人の所へ行こっか。」
「あぁ。」
その後道行く人々の間を縫いながら前を歩くグリスンの発言を聞き、ギラムはその場を離れ次の目的地へと向かって行った。
次に彼等が向かって行ったのは、ついこの間訪れたばかりとも言えるべき場所『都市中央駅』だ。しかし目的の場所は駅構内にある『車両基地』ではなく、ホーム内へと足を踏み入れた彼等は電車へと乗るべく賃金を払い、そこから電車へと乗り込んでいた。いつも通りの速度で運営する路面電車に揺られながら移動し、景色が変わる中グリスンは次の目的地について話し出した。
「次のヒトはファッションショーの時に止めた創憎主だね。あの人はあれからまだ意識を取り戻してなくて、都市中央から離れた『ツイゲンケーゼ区』の病院で今も眠り続けてるんだ。今だと丁度二ヵ月目になるのかな?」
「まぁそうなるな。病院側には、どういう形で入院してるんだ。」
「最初の人と違って『加害者』じゃなくて『被害者』側の方向性に固まってるみたい。あの時の騒動の原因は彼女だったけど、実際に目撃したりして確証が上がったわけじゃないからね。被害状況も結構あったから、逃げ遅れた人って事になってるみたい。」
「なるほどな。それで病院側には救急搬送されて、今も治療室に居るってわけか。」
「そういう事。面会云々はすでに絶たれてるから、今向かってるのは病院じゃないんだ。」
彼等の乗る電車が次々と停車駅を過ぎていく中、グリスンは二番目の創憎主の現状を話してくれた。
一人目の創憎主との戦いから一ヵ月を迎えようとしていた際に出くわした相手は、自身とは縁の所縁も無い場で活動するネットアイドルだった。しかし彼の良く知るアイドル二人組とは違い女らしさをアピールはしておらず、どちらかと言えば暗めの雰囲気が強く対照的であった。彼女の憎しみはそんな正反対の存在達から浴びせられたものであり、この時の功績はギラムよりもグリスンの方が強かったと言えよう。だが彼が関与した創憎主には間違いは無く、近くへ赴く事は無かったが今も身体の回復のために時間を使っているとの事だった。
そんな話をしていた二人の電車がトンネル内へと突入し、再び周囲が明るくなったと同時にグリスンはこう言い出した。
「今向かってるのは、最近止めた『あの子』の所。」
「『ダイ』か…… 今はどうしてるんだ。」
「この先の駅で降りて、しばらく行った場所に居るよ。」
今の自分達が向かっている場所に居る相手の言葉を聞いた途端、ギラムの表情は明らかに違うものへと変化した。先程までの好奇心が一瞬にして無くなったかのように一変し、何処か深刻な場面に直面したかのような顔付きをしていた。
【フローケンザー駅~ フローケンザー駅~】
彼等のそんな空気を煽るかのように流れる車内アナウンスを聞いて、彼等は座席から移動し目的地で下車するのであった。
路面電車の旅を終えた彼等が降り立った場所、それは都市とは違う田舎と言えるべき自然環境が広がる駅であった。駅員が活動する駅舎とその周辺の場を繋ぐ移動手段の路線バスが停車するロータリー以外の建造物は薄く、歩道を進んでしまえば完全に田舎道と住宅に突入する場であった。そびえ立つ木々と点々と立つ街灯のミスマッチ感は何とも言えないが、駅周辺には確実に人気がある様な環境が整えられているだけの場所だ。
都市内で生活する人から見れば『何もない場所』と言える代表駅であった。
「俺の予想だと、あいつは『孤児院』に居ると思ったんだが…… その見解で良かったか?」
「うん、ギラムの希望通りの施設に入所してるよ。この地区は比較的お年寄りが多いみたいだから、結構平和みたい。物騒な事が無いかって言ったら、そうでもないけど……」
「まぁでも、自然が多い所って言うのは間違いなさそうだな。さっきから自然しか見てない。」
人気の薄い区内を移動しながら話をしていると、ギラムは辺りを見渡しつつ自然と家しかない環境を楽しむかのように言葉を漏らした。
彼自身は比較的田舎の風景に違和感は覚えない様子で道を進んでおり、どちらかと言えば目的地がどんな場所なのかという方が気になっている様にも見えた。『孤児院』という場所は外部からの刺激は一定以下に抑えられた場所のイメージが強く、こんな環境化に広がる施設がどんな場所なのかを考えるだけで好奇心を擽られている様にも思える。田舎らしい古めの建造物なのか、はたまた環境とは裏腹にしっかりとした造りの施設なのか、考えるだけでも楽しくなってしまいそうだ。景色が良ければ絶景スポットが造られても不思議ではないため、そういった要素が重なったのも一つの要因と言えよう。
「……ぁっ、あの施設だよ。」
そんな事を考えていると、隣を歩いていたグリスンは指さし一つの建物を示した。到着したのは周囲を木々で取り囲み真新しくも歴史を感じる白で統一された施設であり、相手が教えてくれると同時に楽し気な子供達の騒ぐ声が聞こえてきた。段々と近づくとその声は大きくなり、その場所で自身が手を差し伸べた創憎主が居るのだとギラムは想うのだった。
つい最近とも言えるくらいに記憶が新しい創憎主は、まだ幼子の少年であった。自身を取り囲む環境の変化と共に大好きだった先生を失い、人生そのものが変化した少年の苦痛の叫びは今もなおギラムの頭の中に残っていた。相手を助けるために微力ながらも挑んだ姿は勇ましく、前歴とは言え自らの力を強く発揮した戦いであった。創憎主との経験を再度見直す切欠となったのもこの時であり、今自身がリアナスである事を見直しているのもあの少年のおかげとも言えよう。
それだけの出会いであり、今後が気になる相手がそこに居た。
「ココはフローケンザー区が運営してる施設で、現代都市みたいに忙しさとは無縁の場所みたい。ほとんどのスタッフがボランティアに近い形で働いてる感じだから、その維持費を全体から出してるって感じになるのかな。」
「大本の運営を区がやって、それを区で住んでる人達が賄ってるってわけか。意外と良いサイクルで人が動いてるんだな。」
「そういう事。一番良い仕事の形体が出来てるんじゃないかな? あんまり詳しくないけど。」
「確かに、資金面の心配が無ければそれだけ心に余裕が生まれてくるだろうしな。良い所にやって来た訳だな、あいつは。」
「ギラムが言うなら、きっとそうだね。 ……ぁっ、アレがそうじゃないかな。」
「どれどれ。」
施設の内容を聞いたギラムが遠くから中を見ると、そこには追いかけっこの鬼役として相手を負う少年の姿があった。出会った際のスモッグ姿とは違い今は制服の様な服を着ており、仲の良い友達と無邪気に戯れる姿が映っていた。年頃の少年少女であれば当然と言えるべき姿なのだが、ギラムから見れば平和な場に居られている事を知る大事なワンシーンとして見えていた。
「ぉっ、元気に遊んでるな。元々人懐っこい雰囲気はあったし、全然馴染めてるみたいだな。」
「良かったね、ギラム。」
「ん? 何がだ?」
「ギラムが助けた創憎主だったあの子が、今はこうやって平和な日々が送れてるって意味だよ。これは紛れもなくギラムが導いた結果だもん。」
「俺がっつーか……現職のサインナが道筋を作ったみたいなもんだと思うんだが……… 俺は戦い以外、何もしてないだろ。」
「そんな事はないよ。確かにココへ来るまでの手順を作ったのはラクト達だと思うけど、あの子を死なせずに生かしてあげられる現状を作ったのは、ギラム。君だよ。」
「………」
そんな少年の姿を見ていたギラムの隣で、グリスンはしっかりと相手に伝える様に言葉を告げだした。手順や戦闘に確かな区切りは存在していたが、それでも大本の鍵を握っていたのは紛れもなくギラム本人であった。相手の猛烈な攻撃を打破したのは彼の発想とグリスンが機転を利かせた結果によるものであり、創憎主の罠に近い形で捕らえられるも心を動かしたのはギラムの言葉そのものだ。そして彼の憎しみの対象となっていた園長を追い詰めたのもまた、ギラムの一撃と説教なのであった。
コレだけの要素が集まって本人が否定するというのは、中々に実感が湧いていない証拠とも言えよう。あまり胸を張って言えるほどの個性的な事はしていないという、彼の考えから告げられた言葉なのかもしれない。
「あの子はギラムの手助けが無ければ、今こうやって笑ってるどころか生きてる事すら出来なかった。創憎主と成った人達が生きてる事は『罪』になるし、それを仮にそのまま生かす事を選んだリアナスも同罪になっちゃうからね。一回堕ちてしまえば、僕達は彼等を殺さないといけない。」
「……アイツ等の憎しみから生まれる魔法が、世界を変える切欠に成るから……だったな。」
「そう。だからこの世界に来た僕達エリナスは、そうするしかないって思いこんでた。だけどそれをギラムは望まず生かす事を選んで、なおかつ彼等が魔法を使えない状態にした。これって誰も考えなかったことだもん、ギラムが初めて成し遂げた事なんだよ。」
「……… ちなみにだが、何でお前等は彼等を生かすって線を考えなかったんだ? 誰もが彼等を殺す事に賛同してたのか?」
目の前で戯れる少年達を見るのを一度止めたギラムは横へと向き、グリスンに対して問いかけた。すると相手は首を左右に振り、大まかな部分は似ているが根本的な部分は違う事を説明しだした。
「誰も考えなかったかって言ったら、そんな事は無かった。今の僕達の世界を統括してるヒト達が就く前までは、そう言うヒト達が多かった…… 彼等を全員根絶やしにする事だけが、世界を護る事じゃないんだって。」
「………」
「どっちかと言えば、僕もその考えには賛同してる。悪人だからって全員殺して良いはずは無いし、その時は創憎主に成る原因がちゃんと解ってなかったのもあるけど……… 何かを守るために誰かを殺す事なんて……したく無い。」
「グリスン………」
「だからね、今僕がやりたいと思った事が続けられてる事が凄く嬉しいんだ。手法もそうだけど、現状に導いてくれたのはギラムのおかげ。だから僕は何時でもギラムの味方で居たいんだ、ギラムしか僕の望んだ理想を叶えられるリアナスは居ないって信じてるから。」
「………」
「ギラムがあの子を助けた。あの子の未来は、ギラム無しには有りえなかった事なんだよ。」
「………そっか。ダイの将来の可能性を創ったのは、俺なのか……」
しばらくしてギラムは再び目の前に視線を向け、一人の少年を見ながら言葉を口ずさんだ。相手は追いかけっこの役を交換し、今度は追いかけられる番を楽しんでいた。しかし相手は周りよりもかけっこが得意な様子で鬼を振り切り、得意げに話しながら皆との時間を非常に楽しんでいる様にも思えた。
沢山の悲しみを抱え、怒りと絶望を感じた少年をここまで変えられたのは自分だ。
隣に立つ相棒に告げられた言葉を何度も何度も噛みしめる度に思う感覚は、何と言ったらいいのか解らない暖かなモノだった。満足感とは少し違う幸福感に似るも、どこかが違う感覚さえ覚えられる心の感情。そう思っていた彼は少しずつ視界を空に向け、心の中でこう呟いた。
『……… ……俺の創りだした、相手の未来……か。』
目の前に広がる青空と共に心の整理をしたその時、彼はふと相応しいと思える単語が頭の中に浮かび上がった。
幸せの様にも感じられ、満足感にも似るがどこか違う『達成感』
そう、彼がずっとずっと追い求めていた感覚が今の彼に満たされているのだった。
「……… 俺が創った……か。俺にもそんな事が出来るんだな。」
「ギラムにしか、出来ないんだよ。」
「そっか。」
不思議と気分が良くなっていく感覚を覚えながら、彼は周囲に吹き荒れる風に髪を靡かせるのだった。




