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鏡映した現実の風~リアル・ワインド~  作者: 四神夏菊
第四話・自然体の運ぶ聖十遊技(しぜんたいのはこぶ せんとゆうぎ)
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12 吐露(とろ)

その日の勤務を終えるも、普段とは違う疲労感を抱えたままギラムは都市内の歩道を歩いていた。西の空へと沈むために高度を下げる太陽の日差しを浴びながら歩く彼であったが、足取りは重く上の空のまま信号待ちをすべく足を止めていた。目の前を走り去って行く車の車体に自身の姿が映るのを見送っていると、信号は青へと変わり彼は横断歩道を渡りながら帰路へと付いた。

しかし自宅前へと付くも彼の気持ちは何処か晴れない様子で、上司からの忠告を軽く忘れながらぼんやりとした表情のまま、自宅の鍵を解除した。



ガチャッ…… ウィーンッ


「ただいま。」

朝と変わらない室内が広がる自宅へと戻ってきた彼は声をかけつつ、玄関先で靴を脱ぎ所定の位置へと戻し始めた。そして荷物を片手に廊下を歩きながら、少々くたびれた様子で彼はソファへと向かって行った。

「お帰りギラム、お仕事お疲れ様。」

「キュキキュッ」

同室内で同居する二人の存在から声を掛けられ、彼は軽く返事を返しつつ窓辺のソファへと腰かけた。そしてそのまま手にしていた荷物をソファの横へと下すと、彼は大きく背もたれに身体を預け疲れ切った様子でくつろぎ始めた。そんな彼の足元から昇って来る幼い龍の手足を感じるも、彼は特に手出しする事無く相手の好きにさせ、やってくる小さな手足の感覚を感じ出した。

徐々に自身の下半身から胸元へとやって来る存在の温かみを感じると、ギラムは右手を動かし優しく相手の背中を撫でだした。すると相手からも自身に寄り添うように頬をこすりつけて来る感覚を感じ、彼は顔を上げ彼を見ようとした時だった。



スッ


「はい。」

「ん?」

彼の鼻孔を擽る香ばしい香りを感じ、彼は視線をずらし声のした方角を見上げた。するとそこには自身に向けてカップを差し出すグリスンの姿があり、カップからは白い湯気が立ち温かみ溢れる飲料が入っている事にギラムは気が付いた。ゆっくり左手を伸ばし右手でフィルスターの身体を支えたまま身体を起こすと、彼はカップを一瞥した後グリスンに質問を返した。

「……お前が淹れたのか?」

「そうだよ、驚いた?」

「あ、あぁ…… ……そうだよな、グリスンだって何もしないで居候なんてしないよな。初めからそう言ってたしさ。」

「? 何かあったの?」

「ちょっとな。うぬぼれてただけだ。」

「うぬぼれ??」

軽く会話を交わした後、ギラムは静かに珈琲を口にし居候の作ってくれた飲物を堪能しだした。普段よりも少し苦みの強い珈琲はストレートでは飲み辛かったものの、彼は何となく相手の優しさを感じ、砂糖やミルクを要求する事無く静かに飲み続けるのだった。そんな彼の様子を見たグリスンはソファの隣に腰を下ろしつつ、彼の様子を見守りながら珈琲を口にした。

すると相手は思った以上の苦味を感じた様子で、表情を歪めつつ珈琲を飲み続けようとしていた。慣れない味わいに苦戦する相方を見てか、ギラムは軽く苦笑し無理せず砂糖とミルクを使う様促すのであった。


しばらくして口に出来る味の珈琲を手にしたグリスンはソファへと戻ると、彼は先ほどの会話へと振り返り他愛もない話を交わしだした。

「ギラムもそういう場面に合うこともあるんだね。ちょっと意外。」

「そんなに意外か? 俺だって普通の人間だ、上手くいかない時だってある。」

「あぁ、ごめんね。そういうつもりで言ったんじゃないんだ。ただ、こう…… びっくりしたって感じ。」

「あんまり変わってない気がするんだけどな……」

両者共に珈琲を口にしながら話を続けるも、中々考えが伝わらない様子でグリスンは少し苦戦する様に表情を歪め出した。しかし伝えたい感想はダイレクトには伝わらなくとも、何となく察する事が出来つつあるのが今のギラムなのだろう。相手の様子を見て再び苦笑すると、グリスンは呆気に取られた様子で首を傾げ、再び話を続けだした。

「なんて言うかね、リアナスの人達ってこういうのをすんなり片づけられるイメージが強かったからかな。ギラムもそうで、前例よりももっと凄い形で処理出来ちゃう感じだと思ってたんだ。ギラムにしか出来なくて、普通とは違った感じの変化を生み出せるって。」

「普通とはちがう感じ、か…… 尚更イメージが湧かないな。」

「無理もないよ、ギラムはイレギュラーだもん。」

「あっさり言ってくれるな。」

「ぁ、怒った……?」

「いちいちそんくらいで怒らねえよ、普通じゃないのは解ってるつもりだからな。」

「そっか。」

お互いに遠慮する事のないやり取りをしながら珈琲を口にし、まったりとした空気をギラムは堪能していた。

自宅へと戻れば自身を気にかけてくれる相棒がおり、自身を求め疲れすらも気にしない幼い龍が居る。回りに協力するどころか求めて来る彼等が居ることを目の当たりにするだけで、外の現実を忘れる事が出来る。ほんのちょっとした職場内での失敗ではあったとはいえ、こんな些細な事で嬉しく思う彼なのであった。

そんな感覚をギラムが感じていると、不意に隣に座っていたグリスンは席を立ち彼に向ってこう言いだした。

「そしたらギラム、前に言ってた事をしに行こうよ。」

「前に言ってた事?」

「『創憎主だった人達が今どうしてるか』だよ。ギラム、気になるって前に言ってたでしょ? 居場所が分かったから、今なら案内出来るよ。どうする?」

「………」

帰宅時とは違う心のゆとりを確保出来た事を察したのか、相棒が言い出したことにギラムは少し驚いた様子を見せていた。突然言い出した事柄へ対する理解も去る事ながら、相手の言う『前』とは何時の事なのかを思い出す作業がギラムには必要だったからだ。

普通に思い返せば、前とは『ここ数日』のやりとりを思い返すのが無難であろう。だが彼のいう『前』とは『数週間前』とも言える事柄であり、咄嗟に思い出すのは少し難があった。

とはいえしばらく思い出せば何の事かも糸口が見つかるというモノであり、彼は理解した様子でその時の話と言い出した経緯を考えだした。

『あの時は敵だった奴に会う……それってつまり、俺が変化を与えたが故の結果を見れるって事だよな。紛れもない事実であり、あいつ等の未来の行末を知るチャンスって事か………』

提案と共に今の自分が知りたかった感覚を同時に理解出来ると分かると、彼はふと自身を取り巻く環境が変わる様に思えていた。つい先ほどの失敗で多少はくよくよする事があっても、これから行おうとしている事は紛れもない『事実』を見に行く事になる。例え都市内に住まう全員が知らない事柄だったとしても、紛れも無い現実なのであった。

「グリスン。」

「何?」



「俺が止めた創憎主が今どうしてるのか、見せてもらえないか。 ……いや、見せて欲しい。俺からも頼みたい。」

「うん、任せて! 直に話すんじゃなくて、遠い位置から見る事しか出来ないけど……良い?」

「あぁ、十分だ。」

「分かった、じゃあ今から行こう! コレ飲み終わったら、でも良い?」

「了解。」

他愛もない提案が実行へと移された事を知ると、彼は再びいつもの表情を浮かべつつ手にした珈琲を口にした。先程まで感じていた苦味は何時しか収まり、彼の喉を静かに潤すのであった。


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