10 献花(けんか)
サントスから告げられた事実を知ったギラムはその後、帰路へと付こうとしていた自身の歩みが何処となく軽い様に感じていた。先日から悩まされていた事柄が一つの終着点を迎えた事も含め、彼等が『敵』だと話す理由も本人の口から詳細を明らかにされたからだ。
彼等には大きな野望と共に目的を持って行動し、その障害となる可能性がギラムに対し当てられた。
最終的には仲違いする事が出来ないと解っていたが故に、どうしたら一番良いかを相手側も考えていたのだろう。見知らぬ相手に心配されいた事を知った彼は、大きな戦いが待ち受けているという『恐怖』と共に、自分の身を案じてくれているという『優しさ』を同時に感じるのだった。
『グリスンの奴も、サントス以上に俺の事を心配してくれてたんだろうな。 ……今日聞いた事が余計な不安になるかもしれねえし、しばらく黙っておくかな。』
本来ならば争うべきではない者達が争わない様にと、ギラムは心に決めその日は帰路に付くのだった。
サントスの口から真実を告げられてから数日後が経った、ある日の朝。その日も職場へと赴く支度を済ませたギラムは同居人達に声を掛け、出社するべく外へとやって来た。
朝から眩しい日差しが照り付ける快晴の中、彼の住まうマンションの前には一人の人影がポツンと佇んでいた。そこに居たのは視界が明るく街中の色味を諸共しない、翠色の装束を纏った相手だった。
「ぁ、出て来た。おはよぉー ギラム。」
「ぉ、おう…… 今朝はどうした、今日は仕事なんだが。」
「うん、知ってるぅー 行く前にちょっと付き合って欲しい場所があるんだけど、良いかなぁ?」
「付き合って欲しい場所? 近くか?」
「そぉー」
「解った、良いぜ。」
「ありがとぉーギラム。」
朝早くから待ち伏せをしていたのだろう、リミダムは出てきたギラムを見つけ大きく手を振りながら相手の事を呼んでいた。何故自身が住んでいる場所を知っているのか等の疑問を沸かせない相手の登場に彼は少し驚きつつも、やって来た理由を聞き何の躊躇いもなく承諾するのだった。
目的地を告げられないまま彼等は歩きだした道、それはギラムが職場へと赴く際に通る通勤路であった。しかし見慣れた通勤路を歩いていたかと思えば相手は横断歩道を渡り始め、そのまま路地を曲がる様にして移動を開始し、あっという間に外れた場所へと案内されだした。ギラムは辺りを見渡しつつ道を記憶し、目の前を歩くリミダムが何をしようとしているのかを注意深く見つめだした。歩く度に揺れる大きな尻尾が左右に動く中、彼の纏う装束は風に沿って静かに揺れ、自然の流れに身を任せている様にも見えた。何処となく楽しそうな雰囲気を見せる事の多いリミダムではあったが、今日は何故かそう感じさせない雰囲気が漂っていた。
自分よりも背丈の低い青年の後姿を見ながら歩き続け目的の場所へと差し掛かった頃、歩きながら背後を見たリミダムはギラムに声を掛け、到着した事を告げだした。相手の言う『付き合って欲しい場所』というのは、ギラムの住むマンションからそう遠くはない住宅街の一角、車道脇に整備された歩道が走る緑の多い公園付近だった。
「……ココか?」
「うん。仕事が片付いたからギラムへ会いに行こうって思う前に、報告があったからオイラが代わりにねぇ~」
「代わりって、何だ。」
到着するや否や謎めいた発言をリミダムがすると、相手は不意に懐に手を伸ばし装束の下からあるモノを取り出した。取り出したのは彼の背丈よりもほんの少しだけ小さい花束であり、花屋で購入した際についてくる袋に包まれた状態で姿を現したのだ。袋の中には白や紫を始め赤や黄色と言った色彩豊かな花が入っており、良く視ると二種類の花で構成されている事に彼は気付いた。
小さな花芯から幾多も咲き誇る大きな花弁が印象的な花に加え、逆に花弁が控えめで花芯が大きい多年草の様な花で花束は構成されていた。何の花かを相手に問いかけると、リミダムは丁寧には『ユウゼンギク』と『ミヤコワスレ』である事を教えてくれた。どうやら花は供えるために持ってきた来たようで、花言葉も意識したモノである事を補足として告げだした。
「今朝…… ギラム達の方だと、昨夜だね。連絡があって、ココで敗北者が出たみたいなんだ。」
「敗北者って……真憧士のか?」
「うん。契約した子と、それを持ち出した子、両方共。結構悲惨な終り方だったみたいだから、今日はオイラがお花を持ってきたんだ。コレ、オイラ達の隊の仕事の一つ。」
「………」
そう言いつつ彼は花束をその場に備えると、首から下げたネックレスを手にし静かに祈りを捧げだした。歩道で膝を付きながら祈る姿は礼拝の様にも視え、ギラムは自然とその場で少し頭を下げ黙祷を捧げた。
自身の知らない場で誰かが戦い、そして相手を止める事が出来ずに敗北した。見ず知らずの相手であれど他人事には思えず、彼はただただリミダムと同様に安らかに眠れる様祈りを捧げるのであった。
「創憎主との対決、なんだよな。」
「うん。」
「……… 俺もその戦いに参戦してはいるが、負けた事は無いからな。正直言って、どんな姿に成り果てたのか……想像すら付かない。負けた奴は例外は無く、そうなるのか。」
「可能性は十分にあるよ。お互いに生死を分ける程の戦いに挑むわけだから、敗北者がそうなるのも必然って言えばそれまで。ギラムは挑んでも相手を殺す事が無かったから、多分実感が沸かないのかも。ギラム、何で創憎主に成った相手を殺さなかったの?」
「経緯を詳しく知ってるわけじゃないから、明確には言えないんだが…… 創憎主に成っちまった奴等の言い分を聞くと、一重にそいつ等が全て悪いとは思えなくてな。奴等の行動は止めたいと思ったが、殺す事とは違うんじゃないかって何処かで思ってた。彼奴等には彼奴等なりの理由と経緯があってそうなっちまったのなら、俺はそうなっちまった経緯を理解したうえで止める必要があるんじゃないか……ってな。ただそれだけだ。」
「本当に?」
「え?」
「ギラムは本当に、そう思ったからそうしたの? 君の知った相手側の理由だけで、そうしたいって思ったの?」
爽やかな朝には似つかわしくない空気を感じていると、不意にリミダムは彼に質問を返す様に返事を返した。突然の発言を耳にしたギラムは隣を見ると、そこには先程から微動だにしない状態で祈りを捧げるリミダムがおり、顔はしっかりとギラムの事を見ていた。瞳は先ほどからしっかりと自身を見つめており、何処か納得が行かないという顔をしていた。
「オイラにはそう思えないんだよねぇー ギラムは確かに優しいけど、相手側の意見だけで何でも行動に移してたら、それってギラムが『人間じゃない』って言ってるようなもんだし。事実そんな感じで契約した人達って、大体死んじゃってるからねぇ。ギラムは相手側を知ったうえで、自分の意志を貫いたが故に『殺さなかった』だけなんでしょ? 何でそれを隠す必要があるの?」
「……… ……言ったところで、理解してもらえるようなもんでもないって思ってるから……だな。元の仕事柄上、誰であっても敵対する勢力を鎮めるのが治安維持部隊の役目だ。その場所の准士官に居た俺が『相手を殺したくない』って言ったところで、周りが俺を正気だと思うか?」
「………」
「俺は現に、自分の考えと判断ミスで部下を死なせてる。周りに何と言われようとも貫いてきた事が、唯一負い目に変わった時だ。 ……いろいろな側面から周りが俺を見ると、どうにも結び付かない部分に俺の本質は向かう傾向があるからな。いちいち説明するのも面倒なんでな。解釈は任せる様にしてるんだ。」
「ふぅーん、そうなんだぁ。」
相手の考えを聞いたリミダムはそう返事を返すと、静かにその場に立ちあがり握っていたネックレスを静かに話した。そして目の前で静かに十字架を切ると、身体の向きを変え真正面からギラムを見る様に立ち出した。
「ねぇギラム、周りって何?」
「何って……」
「ギラムにとっての周りって、家族? 親戚? それとも血族?」
「いや、そういうのじゃねえが…… ………」
「今のギラムの言い分って、完全に言訳だよね。オイラは言訳をするのって、誤魔化したり補足説明したりする時に使うんだけど。結果がすでに出た事なのに、なんでそんな説明をする必要があるの?」
「………」
先程から感じていのであろう考えの相違点を質問され、ギラムはどうにも返事を返せずに居た。
確かに自分は結果がどうであろうと考えを優先させる事をモットーとしており、それが時に危ない橋になる事も少なくは無かった。無論その判断力によって現状がひっくり返る事もあったため、結果的に良くなった事もたくさん存在していた。しかし確率的に言えば100%とは言えない感情論に等しく、本人もどうにかしてその差を埋めたいと頭の中では想っていた。だがその考えを自身の心が否定するため、結局のところ煮え切らない部分が自分の中にはあるのを解っていたのだ。
出会って間もない相手にその事を告げられてしまったからこそ、彼は驚きと共に自分が情けないと思うのであった。
「ギラム、自信持ちなよ。ギラムはもう、三人の創憎主を助けたんだよぉ? どうして何時までも、そう言う風に言うの?」
「……何が言いたいんだ。」
「オイラはギラムがそう言う事を言うリアナスだとは、思ってないって事だよぉー 実際に見た事あるわけじゃないけど、ギラムと契約してるエリナスもそう思ってるんじゃないのかなぁ~」
「………」
「別に言い訳するなって言わないけどさぁー もっとこう、オイラはレーヴェ大司教みたいに『誇り高い存在』みたいな感じの方が、ギラムには似合うような気がするんだよねぇー オイラ達の世界でピックアップされるくらいの存在なんだよ? 今のギラムは。」
「今の……俺が?」
「全部が全部知ってるわけじゃないけどさ。ギラムはギラムにしか出来ない事をしたっていう自覚、もう持って良いんだと思うよぉー そうじゃないと、他のリアナス達みたいにギラムも足元巣食われて死んじゃうよ?」
本音を見抜きつつも励ます様にリミダムは言うと、先ほどまで向けていた眼付は無くなり何時しか笑顔を浮かべ始めていた。亡くなったヒトへ対する行いを先程までしていたとは思えない表情であり、あくまで彼はその行動は『仕事』として割り切っている様にも思えた。共に戦っていたリアナスとの関係は解らないが、見知らぬ相手でも親しい相手でも等しくそうするつもりでココに居るのだろう。
そんな彼が目の前で笑うという事は、自分にはこんな末路ではないもっと別の道があると示したいのかもしれない。危険と隣り合わせでも立ち向かって行く事を選んだギラムに対する、ちょっとした激励の様にも感じられた。
自分が笑顔で居られる、そんな結末を勝ち取って欲しい。
そんな事を思わせる優しい笑顔であった。
「じゃあねぇ、朝の貴重な時間をオイラにありがとぉー バイバーイ。」
言いたい事を一通り言って満足したのか、彼はそう言いながらギラムの手を握り上下に振りだした。半ば揺らされるようにされるがままに握手をすると、彼はそう言いながら手を振りその場を去って行った。
早朝間で人気の少ない歩道に残されたギラムはリミダムの姿を見送ると、その場に残された花束を眼にし再び頭を下げだした。自身と同じく創憎主と戦った相手を『英霊』と見ている様子で、戦死したとしても今までの行いは無駄ではないと言う想いを伝えたかったのかもしれない。部下の隊員達が駒ではない様に、その場で亡くなった相手も駒ではないのである。
『………俺にしか出来ない事をした自覚……か。創憎主との戦い以外でそういう感覚を覚えたのって、何時以来だっけな………』
何処か心の中に空白を感じながら彼はそう思い、再び顔を上げ後ろに数歩下がりだした。そして静かに吹いて来た風に髪を靡かせながら景色を目に焼き付けた後、リミダムとは逆の方向に向かって進路を取り出した。
己自身が選んだ戦いによって破れた者達が沢山いたとしても、それは世界の中で行動する存在の一つの結末に過ぎない。その結末が例え周りにとっての一部始終に過ぎなかったとしても、それを一瞬の出来事とは想いたくない。
誰かが誰かのために倒れたのであれば、それを継ぐ者が居ても良いじゃないか。
自身を奮い立たせる様に相手の行いを自分の意志に組み込みながら、彼は歩きつつこう思うのだった。
『都市以外の知らない所で、何かが変わってるんだな…… 俺の知らない所で、たくさん……』
何処か悲しさを抱きながら、彼はより強くこの戦いを終わらせる。ただそれだけを、一心に思い続けるのだった。




