08 襲来(しゅうらい)
彼等の日常がまた少しずつ変化を生じさせだしたのは、相棒に報告をしてから間もない次の日の事だった。
その日は日差しが少し落ち着く曇天が広がるも、街中を吹き抜ける風が少ない蒸し暑い日。ギラムは職場での雑務を処理するために仕事場へと赴き、その日は仕事着に身を包み朝から外へと出ていた。日差しは少なくも汗ばむ陽気の為、彼は半袖のワイシャツに身を包み通いなれた通勤路を歩いていた。空から降るかもしれない雨粒の心配を軽くしながら移動していた、その時の事だ。
『グリスンの武器を痛めちまったし、そろそろ俺も本格的に検討する事も考えねえと。追々決める事を勧められたとはいえ、魔法に関しての知識なんて持ち合わせてねえからな…… どうしたもんか。』
空から視線を下した彼が考えていた事、それは数日前に相棒から提案された事だった。
彼は前回の創造主との戦闘によって相棒の使用する武器を一時的に利用し、先日まで修理をするために元の世界へと帰還させていた。数日間とは言え武器の手入れに時間を要した今回の事を思い、彼も本格的に自身が使用する魔法の武器を検討しようと考えていたのだ。拳銃で応戦出来て居た戦闘は過去の話であり、これからも遭遇するであろう創造主との戦闘でどんな窮地に立たされるかも解らない。幸い相棒の武器が複数あったために逃れる事が出来た戦いだったため、彼としても不甲斐なさを感じた様だ。
とはいえ彼には『空想力』というモノに直結する知識は一般人よりも少ないため、どうにも手を拱いてる様だ。相棒にいろいろと手伝わせる事も考慮して考えてはいたが、何から手を出したら良いのかという状況の様であった。
そんな時だ。
「やっほぉー ギラムー」
「ん? ……ゲッ!」
通勤路である住宅街の歩道を歩いていた彼の耳に、聞きなれた声色で自信を呼ぶ声が入って来た。声を耳にした彼は辺りを見渡し声の主を探すと、そこには先日遭遇したリミダムの姿があり彼に向けて大きく右手を振っていた。相手を見つけたギラムはあからさまに困った表情を見せつつ、近寄って来る相手の事を見下ろし続けた。
「また遊びに来ちゃったぁ~ ココに居れば会えるかなぁーって思ったけど、オイラの感もあながち間違ってなかったかなー」
「………よりにもよって、言われた次の日に会うなんてな………」
「え?」
「なんでもねえよ。 …ってかお前、レーヴェ大司教とやらに摘ままれて回収されたじゃねえか。出て来て良いのか?」
「出禁の時期だけど、ジッとしてるのってオイラ嫌いなんだよねぇ~ だから隙を見て、抜け出して来たっ!」
「そんな事したら、もっと期間伸びちまうぞ? 所属社会ならそれなりにルールも同じだろ、リアナスエリナス関係無しで。」
「まぁねぇ~ でもだいじょーぶ、その辺は誤魔化せるから。」
「おいおい………」
目の前で無邪気に話す相手を視つつ、彼は右手を額に当て苦悩する様に話し出した。先日の相棒の発言もあったため、忠告として彼は受け入れていたつもりだったのだろう。しかしそれを自然体か運命が許さないのか、出会いは遊技の様に巡って来るようであった。
「……んで、何か用か。」
「ギラムにまた会いたいなーって思っただけぇ~」
『自由過ぎる猫獣人だな……… そういや、あの時リミダムの事を【問題児】って言ってたしな…… 手を焼かされてるって訳か。』
何を考えているのか解らない相手に対し、ギラムはただただ相手の事を見下ろす事しか出来なかった。
幼く見える猫獣人は自由奔放であり、確かに放置しておけば瞬く間に目の前から消え何処かをうろついていても不思議ではない。年齢は立派な成人でも中身は少年の部分が残っているため、良く言えば『童心が今でも残っている』と言えるだろう。だがそれは集団社会に馴染み辛い側面も持ち合わせており、手に余る存在は数多く居るとも考えられる。現に上司ですら手をやかされているのだ、どんな忠告であっても右耳から入っても左耳に抜けてしまうであろう。
自覚がある方は是非注意していただきたい。
「? どったの?」
「いや、何でもねえよ。 ………」
「……… もしかしてギラム、オイラ達が『本当に敵側だ』っていうの解った?」
「ッ……… お前なぁ……」
「わぁーいっ、当たったぁーっ トライフルぅー……じゃなかった、パーフェクトぉーっ」
「何で菓子の名前が出てくるんだ……?」
「あれ、知らない? パーフェクトって語源は『パフェ』から来てるんだよぉー 美味しそうでしょ。」
「いや、まぁ美味そうなんだが……… ってか、それ逆じゃねえのか。パフェの由来が『パーフェクト』だろ。フランス語らしいが。」
「ぁ、そうだった。お菓子って凄いよねぇ~」
そんな少年紛いな相手からの発言に図星を突かれつつも、彼は他愛もない話に補足説明するのだった。大好きなお菓子の話をするリミダムはとても楽しそうであり、先ほどから後方で揺れる大きな尻尾は音を立てんばかりに左右に運動をひっきりなしに行っていた。傍から見れば大層可愛いが、強面傭兵な彼にはそんな趣味は無い。
「んで、そんな敵側だって言うのを自ら暴露するリミダムは、俺にどういう質問をされたいんだ? どう考えても不利益すぎるだろ、敵の前にわざわざ来るなんてさ。」
「んー、でもコレオイラの趣味だしぃ。」
「俺がお前を捕まえて、敵側に脅迫する事だって考えられるだろ。いくらお前が強力な魔法が使えるって言っても、さすがに今日は応戦出来る自信があるぞ。」
「だーいじょーぶっ ギラムはそんな事しないから。」
「……その根拠は?」
「無いっ!!」
「ねえのかよ………」
とはいえ、そんな彼とのやりとりは何処となく相手側のペースに巻き込まれつつある様だ。何かとはっきりしない現状で始まった会話という事もあるが、どうにもギラムにはリミダムの様なテンションの相手は苦手な傾向がある様である。明るすぎてかえって振り回されているとも言えるため、どちらかと言えば落ち着きのある相手の方が彼にとっても安心感があるのかもしれない。
活発過ぎる相手に付き合うのも、また大変という事なのだろう。
「それに、仮にギラムがそんな事したってオイラに痛い思いさせないでしょ? オイラは別に心配してないもぉーん。」
「妙に自信満々な嫌味だな。」
「オイラはギラムが悪い人だなんて思ってないし、オイラは別にギラムに危害を加えようなんていうのも思ってないもん。だからこうやって遊びに来るわけだし。」
「じゃあ、何でわざわざ敵側だって名乗ったんだ? 別に要らないだろ、その情報。」
「だってギラム、素直に教えておいた方が気分的に楽でしょ? あれこれ解の見えにくい悩みって、苦手らしいから。」
「………お前等は本当に妙な部分だけは詳しいな。まぁいいが。」
「そーそー 気にしなぁーい気にしなぁーい。」
やり取りを交わすうちに疲労感を感じたのか、ギラムは左に視線を反らしつつ呆れる様に生返事をしだした。
それでも気にしないリミダムはそう言いつつその場でぴょんぴょんと跳ねだし、装束を舞わせながらその場でゆっくり一回転するのだった。
「まぁそんなわけだから、ギラムはオイラの事を『敵だ』って思っててくれていいよぉー レーヴェ大司教もそうだけど。」
「『敵だと認識したら、敵意を向けてくれて構わない』って言ってたしな。そんなにお人よしか? 俺は。」
「お人よしって言うか、ギラムは敵意が来ない限り『敵だ』って思わないんでしょ? 今もだけど、全然怖い眼してないもん。顔は怖いけど。」
「おい、一言余計だぞ。」
「にゅ~ ギラムが怒るぅ~」
「………ったく。」
軽く怒りを覚える発言に指摘をするも、相手は飄々(ひょうひょう)としながらやり取りを終えだした。そんな相手に対し完敗している気分になったのか、ギラムは軽く溜息を付くのだった。
「ぁっ、オイラそろそろ戻らなくっちゃ。レーヴェ大司教が戻って来る時間だし。」
「お前、本当に来たかっただけなんだな………」
「うん、そうだよぉー ……ぁっ、今度来るときはまた『アイス』ご馳走してねぇ~ ロックアイスが良いなぁ~」
「注文付きで再来宣言かよ。 ……あぁ、解った解った。」
「楽しみにしてるねぇ~ じゃあねぇー」
しかし出会いが唐突であれば、別れも唐突である。彼なりに定めていた撤退時間が迫って来たのだろう、リミダムはそう言いつつ彼に手を振りその場を駆けだして行った。何が何やらと解らん感覚を覚えながらギラムは相手を見送り、彼からの注文を頭の隅に置き、その場を歩き出した。
「………本当に訳の分からない奴だな、アイツは。」
「そう言う性分なんだろ。」
「ん? うおぉっ!!」
「よぉ。」
だがしかし、彼の出会いはコレだけでは終わらない。出勤時の歩道を再び歩き出した彼の左側、住宅街の塀の上からやって来る声に彼は再び驚き声を上げだした。
閑静な住宅街に似合ない声に対して気にも留めず、その場に腰を下ろしていたノクターンは左手を軽く上げ彼に挨拶をしだした。表情は先ほどから変わってはいないが、何処となく面白いモノを見たような眼差しを向けていた。
「……リミダムも突然だが、お前も突然だな……ノクターン。」
「何か面白そうな逃走劇を先日は視させてもらったからな。今も内密な話だったっぽいし。」
「何時から聞いてたんだ。」
「初めから。」
「あぁ、そうかい。」
再び足を止める程の相手が現れた事もあり、ギラムは歩を緩め今度は見上げる様に視線を上げながら話し出した。相変わらず相手の上から声をかける狼獣人ではあったが、その辺は彼は気にしていない様であった。
「……丁度良いか。ノクターン、リミダム達の事は知ってるのか。」
「一応な。」
「アイツ等は本当に敵なのか? さすがに直にあぁ言われたら、あまりにストレート過ぎてかえって混乱するんだが……」
「ある意味作戦的な方面で言ったら、ギラムみたいなタイプには有効的な手法だろうな。逆に肯定するからこそ、相手を迷わせるってな。」
「じゃあ、やっぱり敵なのか。」
「そういう事。別に信じてやれば良いじゃねぇか、事実敵側の発言でも。」
「いや、別件でのやり取りもあるからさ……… 何が敵で何が味方なのか、解らねえんだよ。」
「ギラムは『中身』で決める傾向があるしな。そう言う意味じゃ、あの猫が言ってた通り『敵意を向ける』って行いが、ギラムには一番有効だろ。敵意をほんの少しでも出すだけで、ギラムは気付ける可能性が高ぇわけだし。」
「そいつはどうも。」
褒められているのやら子馬鹿にされているのやら、良く解らない感覚をギラムは覚えていた。実際に考えてみると即座に敵だと認識したのはどれも共通した場面が多く、確かに彼はやり取りを交わすだけでは相手を敵視する事は無い。前の職業上『戦場』に居た事もある為、自然と身に付き身体が即座に反応する様に鍛え上げられてきたのかもしれないと、彼は内心でそう思うのであった。
「まぁでも、別に敵だって分かったからって敵意を向ける必要性もねぇだろ。奴等からしたら、その方が『都合が良い』って意味だろうしな。」
「都合が良い?」
「奴等は敵側の組織に居る面々で、お前は相対する立場に居る事が決定づけられているリアナスだ。その必然から逃れる事なんぞ、出来やしねぇんだよ。」
「………」
「でもまぁ、演技下手なギラムがそう簡単に乗ってくるわけなんてねぇんだけど。むしろ大根。」
「悪かったな、大根で……」
「ポーカーフェイスですら、一部の相手には下手だしな。迫力負け。」
「クッ……」
しかし相手のペースに乗せられやすいのは、リミダムの様なテンションでなくとも適用される事がある様だ。マイペースに話し続ける相手は遠くを見る様に視線を反らしつつ、ギラムの弱みを指摘し楽しんでいる様にも伺えた。相手側からすればいい迷惑である。
「そんな訳だから、別に良いんじゃね。捕まえて監禁しても。」
「いや、さすがにそれはしねえよ。したところでどうしようもねえだろ。」
「そうか? エリナスが好きな野郎共に売っちまえば良いじゃねぇか。高値で買ってくれるだろうよ。」
「人身売買みたいなことを平然と言わないでくれ…… ……ま、こんな真実を確認した所で意味はねえか。」
「解なんぞねぇ質問だからな。」
「……結局、俺がリミダムやサントス自身を視て決めちまうしか方法はねえんだろうからな。グリスンには警戒されてる様だし、まだまだ解らねえ事がたくさんあるな。」
「疑問と解は同じだけ存在するようなもんだしな。ま、知るべき事でもなかったって事だろ。」
「そうなるな。」
とはいえ、リミダムとは違う部分もまた存在していた。やり取りの後に一つの解に辿り着いたギラムは何かを納得した様子で言葉を漏らし、それに対しノクターンは肯定するであった。実際の所何しに現れたのかは不明だが、心なしか彼の疑問を解くために現れたようにも思えるやりとりであった。
「んじゃま、俺も帰るか。今日も中々に面白いモノを見せてもらったわけだし。」
「……そういや、ノクターンはどうなんだ。お前はどっち側に居るんだ?」
「俺は騙し討ちの方が好きだから、そう言うのは言わねぇよ。自分で決めな。」
「騙し討ちって………」
「その方が『面白い』から。じゃあな。」
しかしギラムの感じた事が事実なのか、本音を言わないのが彼である。ノクターンはそう言いつつその場に立ち上がり、住宅街の屋根を移動する様に跳びながらその場を去って行くのだった。再び後姿を見送る事と成ったギラムは相手の姿が視えなくなるまで見続けた後、今度は誰も居ないだろうかと辺りを見渡し、軽く一息ついた後再び歩き出すのだった。
『………解らねえなぁ、獣人って奴は………』
中々進まない通勤路を歩きながら、彼は再び曇天の広がる空へと視線を向けるのだった。