06 輸送隊(ゆそうたい)
突如遭遇した謎の猫獣人に追い回され、街中を逃走する羽目となってしまったギラム。どんな経緯で自身を探していたのかさえ理解する暇も無く、情報を求めるも憤怒する相手には何を言っても時既に遅し。彼は帰路から何時しか都市中央駅方面へと進路を変え、自宅から離れた場所へと向かって走り続けていた。
街行く人々の波を掻い潜りながら走り続ける事数十分、彼は被害が出にくい大通りから少し外れた路地へと向かって進路を切り替えていた。幸い相手の放つ魔法は彼の事のみを狙う魔法の様であり、誰も居なければ巻き沿いをくらう事が無いだろうと彼は考えていたのだ。先程から相手が放ってくる炎の追尾魔法は確かにギラムの事を狙っているが、他の障害物には目もくれず狙いを定めて放っている様にも見えた。しかし追尾途中で効力が落ちるのか自然消滅している事もゼロではないため、どうやら持続性は余り無い様である。
そんな相手の魔法の種類や攻撃のパターン等を見極めながら走っているギラムであるが、彼には一つ致命的なミスを犯していた。
「くっそっ! こういう時に限ってクローバー持ってこねえなんて……!! 魔法使えないんじゃ応戦出来ねえぞ!」
それはコンビニまでの買い物だったため、彼が愛用しているゴーグルにクローバーを付けたまま外へと出てしまったのだ。バイクの操縦や遠い場へと赴く際にしか付けないため、今回は運悪く不携帯なのである。おまけに護身用の短剣すらも持っていないため応戦する術も無く、完全に逃げる事しか出来ないのであった。このまま自宅を襲撃されてしまえば、下手をすればマンション一帯が焼野原である。
『何かねえのか……! 策は!!』
飛んでくる魔法に気を配りながら、彼は一生懸命に街中を逃げ続けていた。
一方その頃、ギラムが逃走路に選んだ道の先では二人の存在達がとある作業を行っていた。都市中央駅からそう遠くはない場所に店を構える令嬢と、その存在と契約をした狼獣人の姿があった。
「アリン、納品で来た品はコレで全部か。」
「はい。こちらは全て私の作業部屋へと運んでいただければ大丈夫ですので。」
「了解、じゃあ運んでおくぜ。」
「えぇ、お願いしますスプリームさん。」
自身が仕事で使用する納品物を確認していたアリンは目の前に電子盤を展開しつつ、荷物の中身をチェックしていた。今回の納品は外部から発注をかけたモノが中心であり、幾多の段ボールに詰められた重量のある品である。仕事とはいえ部下達に荷物運びを頼む事はせず、彼女は普段の納品時は立会人を同席するもそれ以外はさせないのであった。
しかしそれは昔の話であり、今では頼もしいボディガード兼荷物運びをしてくれる勇ましい雄獣人がそばに居るのだ。彼女は自身で運べるモノ以外は彼に運んでもらう事を最近は行っており、検品を済ませた物から順番にスプリームは軽々と段ボールを手にしクラスメントのある入口近くへと運んで行くのだった。ちなみに彼は一度に四個ほど荷物を纏めて運んでおり、相当な重量でも朝飯前の様子であった。
そんな荷物運びをして貰いつつ検品を済ませ、アリンは電子盤を手元から消し周囲を見渡した時だった。
「……あら?」
「どうした、アリン。 ……ん?」
彼等が立っていた歩道から車道を挟んだ道を走り抜ける人影を眼にし、彼等は手を止め相手の姿を見始めた。そこには彼女達が知らない間からずっと街中を走り続けるギラムの姿と、恐らく彼を追いかけているのであろう装束に身を包んだ猫獣人の姿が目に写った。普段からそばに居るグリスンの姿が無かったため、二人は様子を見守りつつ聞こえてくる声に耳を傾けだした。
「待てぇええーーー!!」
「待てるか馬鹿野郎!! 魔法止めろって!!」
「止めなぁあーーい!!」
「どっちかにしてくれぇええ!!」
「………追われている、みたいですね…… クローバーは持っていないんでしょうか。」
「どうやら不携帯みたいだな。 ……でもあの服、確か……」
あからさまに平穏な会話とは思えない発言を耳にした二人はお互いに顔を見合わせた後、どうしたものかと考える仕草を取り出した。実際の所手を貸しても良いと考えている反面、状況と事情が分からないため迂闊に手を出す事も出来ない状態なのだ。下手に手を出して彼の迷惑になってしまえば、それはそれで辛い部分もある為どうする事も出来ない様子を見せていた。
仕方なく様子を見守る事を二人の間で決めアイコンタクトを取った、その時だった。
「戦友。」
「ん? おっ、久しぶりだな。」
「?」
逃走し続ける一行の姿が見えなくなってから数秒と経たないその時に、彼等の元に飛んでくる一つの声がやって来た。声を耳にしたスプリームは耳を傾け首を向けると、そこには彼と大差ない立派な体格をした獅子獣人の青年が右手を軽く上げ、挨拶をしながら近づいてくる姿が見えだした。挨拶を受けた彼は同じように手を振り返すと、二人はそのままハイタッチし馴染みの挨拶を取り交わした。
「スプリームさんの、ご友人ですか?」
「あぁ、古い馴染みの相手なんだ。今日はどうした、また何か報告に来てくれたのか。」
「それもあるんだが、今日はちょっと別件でな。おれっちの所の『問題児』を視てないか?」
「問題児……?」
「あぁ、それならさっき知り会いのリアナスを追いかけて北へと向かったぞ。ついさっきだから、走ればすぐ追いつく距離のはずだ。」
「リアナス? ……そうか、やっぱりか………」
凛々しくも逞しい二人の獣人の会話を耳にしながら、アリンはお互いを見比べ話し合いの成り行きを見守るのであった。
再び場所が変わり、アリン達とすれ違った事を知らないギラム達。ビル街を走り抜けていた彼は川辺を繋ぐ陸橋を越え、その先の路地裏で運悪く行き止まりへと追いやられてしまっていた。
「ぜぇ……ぜぇ…… よぉーやく追い詰めたぁ……… ………ふにゅう……」
「クソッ……また路地裏に追い詰められるなんてな……」
「オイラの……魔法は……… ……そういう風にも……使える……んだ……もんっ……!! ………ぜぇ…… ぜぇ…… ぜぇ……」
「………大丈夫か……?」
「し、心配いらないもぉーん……!! ぜぇーーったい、捕まえるぅーっ!」
『マズイな、完全に手詰まりじゃねえか…… どうする……?』
お互いに息を乱しながらも休息を取っていたギラムは壁に手を当て、独自の呼吸法ですぐに息を整え相手の事を軽く心配する様に声をかけだした。心配された猫獣人は軽く反発しつつも一生懸命に息を整えようとしており、どうやらこちらはあんまり走る事が得意ではない様にも見えた。魔法自体は確かに強力かつ多彩なバリエーションではあったものの、如何せんグリスンとは違い走り回る事には慣れていない様に思えた。その証拠に、こちらはすでにバテ気味であり彼の横さえ抜けてしまえば相手を撒く事も不可能ではない様にも考えられるほどであった。
しかし現状はそんなに簡単なモノではないため、そうする事も出来ず次の手を彼が考えていた時だった。
「コラッ、見つけたぞ問題児。」
ヒョイッ
「にゅうっ! あぁっ、レーヴェ大司教~」
不意に彼等の居た路地裏に一つの人影が入り込み、息を乱していた猫獣人の着ていた装束の襟元を掴み上げたのだ。突然の体制変化と背後に引っ張られる感覚を覚えた相手が声を上げるも、影の主を見た直後先程まで見せていた笑顔を浮かべ出した。
「まったく、ディルにはこっちへの参道許可を降ろした覚えは無いぞ。何を勝手な行動を取っているんだ。」
「大司教大司教っ、大司教が話していたリアナスを見つけたっ。あの人がそうだよぉ。」
「ん?」
突如現れた相手に対し報告交じりに猫獣人は言うと、軽くその場でバタつきながらも影と共にギラムの元へと近づきだした。それによって影の主の色味がハッキリと写り出し、その場にやって来たのは彼と同じ色の装束に身を包んだ獅子獣人である事が分かった。背丈は高く見下ろされる形でギラムを覗き込んでおり、身体を左右に振りながら報告の相手に間違いが無い事を確認していた。
『ライオン……?』
「……確かにデータ通りの井出達だな。リミダム。」
「何? レーヴェ大司教。」
「一ヶ月間の出禁だ。」
「にゅうぅううーーーっ!! そんなぁー……」
だがしかし、相手に告げられたのは成果に見合わない報酬内容。無断でリヴァナラスへと赴いた事へ対する罪の大きさの方が成果よりも上回ったが故か、猫獣人は悲鳴交じりに声を上げ項垂れる様にガックリと落ち込むのであった。つい先ほどまでの笑顔は何処へやら、今では干物の様な有様である。
「………」
「おれっちの所の猫が世話になったな。 真憧士ギラム、お初にお目にかかる。」
そんな落ち込む猫獣人を摘まんだまま相手は半歩下がった後、頭を下げながら丁寧にお辞儀をしだした。
服装の上からでも分かるほどにしっかりとした体格と勇ましい顔付には似合わず、どうやら紳士的な性格の様だ。
挨拶をされた彼はその場にしっかりと立つと、相手をしっかりと見つめながら問いかけた。
「お前さんは誰なんだ? そいつの知り合いらしいが……」
「あぁ、詫びが先で名乗り遅れたな。失敬、おれっちの名前は『サントス・モデラート』 ディルから見れば、エリナスの獅子獣人だ。」
「獅子獣人…… ……後、すまない。その『ディル』って何だ??」
「ん? この単語はリヴァナラスでは死語だったのか……それは知らなかった。おれっちの知る単語に置き換えれば、ディルは『二人称』であり、ディルの様な言い方をすれば【お前さん】って奴だ。ちなみに三人称は『ユァル』という言い方だ。身体に染みついた呼び方だから、いちいち変換できない事を理解してくれると有難い。」
「あぁ、じゃあさっきのは『君から見れば』って事なのか。」
「そう言う事だ。呑み込みが早くてありがたい、とても利口なリアナスだな。」
現れた相手の発言に少し首を傾げるも、あまり迷うことなく理解した様子でギラムは相手と話をし始めた。見た目は獅子に相応しい立派な井出達ではあるモノの、ギラムよりも表情豊かであり笑う時はしっかりと笑う様な顔を見せていた。グリスンやギラムとはまた違った笑顔であり、見ると安心感さえ覚える笑顔であった。
「……で、部下って言ってたな。そいつの事。」
「あぁ、詳しくは語れないがリミダムはおれっちの部下だ。何分活発さが有り過ぎて、こうやって許可も無くこの世界のリアナスにみだらと接触を好んでな。『人懐っこい』と言い換えれば、多分解りやすいと思う。」
『あれは全部、俺への【イタズラ】だったのか………』
その後ずっと摘ままれた動かない猫獣人に視線をずらし、相手から説明されこの場にやって来た経緯を聞かされた。サントスから見ても手を焼く程の相手である事を理解すると同時に、つい先ほどまで繰り広げられていた戦闘はお遊び混じりである事を理解していた。戦う術が丁度無かった事も踏まえると、とてもいい迷惑である。
「リミダム、お前には後で沢山報告書を書かせてやる。出禁の期間の変更は、それを視てからだ。」
「にゅう…… オイラ、そう言うの嫌いぃ………」
「無断参道の結果だ。後、ちゃんと迷惑かけたんだから謝っておく事。」
「はーい。」
その後軽い説教の後に詫びをする様命じられた彼は地面へと降ろされ、改めて真正面から挨拶する様に体制を取りだした。改めて見ると相手はとても小柄であり、ギラムが身に着けるズボンのベルト位置よりも少しだけ背丈があるかどうかという程であった。ヒストリーよりも確かに背丈はあるものの、それでも彼等から見れば十分に小さかった。
「ギラム、今日は楽しかったよぉ。また遊ん」
「違うだろ。」
ベシンッ!
「にゅうっ!」
「名乗ってから、迷惑かけた事を謝るんだ。それからそれを言え。」
「にゅう…… ……オイラ『リミダム・ティブレン』 ……ごめんねぇ、ギラム………」
「あ、あぁ…… もう良いぜ、気にしてないからさ。」
「わぁっ、良かったー」
詫びの台詞よりも素直な感想が言えるのは、相手が幼いが故なのだろうか。彼の素直な感想を聞く間に飛んでくる上司の手刀に頭を抑える中、リミダムと名乗る彼は半泣きに成りながら名前を名乗りだした。
彼の名前は『リミダム・ティブレン』
サントスが上司として活動する隊に所属する猫獣人の青年であり、こう見えてちゃんと成人した青年なのである。見た目は幼くヒストリーと並んでいても大差無い容姿の為、彼はその事を気にしており『子供扱い』されることが大嫌いなのである。故に手助けのためにと差し出したギラムの手を払ったりした行動の裏には、彼なりのコンプレックスに触れる禁句だった様だ。サントスと同じく翠色の装束に身を包むその姿は可愛くもあり、やっぱり青年と見ようにも中々に難しい容姿なのであった。ちなみに彼の自慢の尻尾は背丈ほど有り、ふわふわで上質かつとても大きな代物であった。あの尻尾を枕に眠ってしまえば、とても素敵な夢が見られそうな程である。
そんな彼が半泣きのまま詫びを告げると、ギラムの言葉に期限を直し彼の傍に寄り添いだした。こうやって見ると、単純い彼に懐く少年にしか見えない。
「スンスンッ ……良い香りぃ。焦し豆かなぁ、コレは。」
「ぇっ、珈琲臭いか??」
相手からの突然の言葉を耳にしたギラムは慌てて服の裾を掴み、鼻元へと移動させ臭いを確認しだした。つい先ほどまで走っていた事もあり確かに汗の臭いはするも、珈琲豆の香りは感じられなかった。何処からその香りを感じたのか、少し理解に苦しむコメントであった。
「物質的な香りではないと思う。そいつは如何せん、中身が子供でな。表現の単語も乏しいんだ。」
「にゅうっ! オイラ子供じゃないもんっ!! 二十歳だもんっ!」
「二十歳!? マジか!?」
「ギラムまでっ……!! もぉーっ、怒ったぁあああーーー!!」
そんな彼からのコメントと実年齢を知らされ、ギラムは仰天し思わず彼に質問を投げかけた時だった。再び怒りを覚えたリミダムは顔を真っ赤にして怒り出し、両手をグルグルと回しながら彼に対し物理的な攻撃を開始しだした。
「いてててててっ!! 解った、解った!!」
「解ってなぁーいっ!! アイス奢れぇえーーー!!」
「何でアイスなんだ!?」
怒りながら仕掛けてくる威力の低い打撃攻撃を繰り出し、両腕で防御しつつもギラムは返答しだした。その後何故か要求される氷菓子に動揺する中、二人の様子を見たサントスは軽く苦笑しつつリミダムを回収し、ギラムから引き剥がすのだった。
「まぁ、いろいろ言いたい事はあるが…… ………」
「にゅう………」
「今回の事は、大目に見てくれると助かる。 ……後、一つ良いか。」
「? 何だ。」
再び摘ままれ大人しくなるリミダムの事へ対する発言の後、彼はギラムを見ながらある事を告げだした。突然の言葉に彼は軽く驚きながらも聞き返すと、彼はこう言い出した。
「今は不要だとは思うが、何時しかおれっちとリミダムがギラムに相対する関係だと知った時、敵意を見せてくれて構わない。」
「敵意って……何でまた。」
「詳しくは言えない。 ……でも、そう言っておいた方がディルには良いと思ってな。如何せん、ディルはエリナスを信用し過ぎてる気がする。」
「………」
「裏を返せば、おれっち達の事を『1人の存在』として見てくれている……と言う意味なんだがな。失敬、戯言が過ぎた。帰還するぞ。」
「はーい、レーヴェ大司教。」
その後彼はリミダムを地面へと降ろし、その場を離れる様に路地から出て行ってしまった。残されたギラムは彼からの発言に首を傾げながら後姿を見送り、彼等が出て行った後に路地を後にしていくのだった。