あなたのハーレム総選挙
ある夜、青年はマンションの一室でパソコンのキーボードを叩いていた。仕事ではない、趣味でやっている小説を書いているのだ。
今まで書いてきた作品は両手で数えられないほどあるが、小説投稿サイトに載せても反応はイマイチだった。多くの人に読んでもらいたい、良い評価を得たいという気持ちばかりが大きくなり、自分が何を書きたかったのか見失い始めていた。
たった今、面白いと思って書いていたものも、酷くつまらないもののように思えて、一気に全文を削除する。代わりに“読まれるものを書きたい”とタイプする。
タララ~♪
Skypeの着信音がする。画面には“創作ナビゲーター”から着信中というメッセージが表示されている。
「創作ナビゲーター?」
知らない人物からの着信だった。悪戯の類だろうとは思ったが、創作ナビゲーターというのが、どうにも引っ掛かる。悪戯なら悪戯で適当に話して切ればいいだけだし、試しに出てみるかと、青年はマイク付きのヘッドセットをして応答ボタンを押した。
創作ナビゲーターとの通話が開始され、通話時間の数字が増えていく。残念ながら映像はない。
「初めまして。私は創作ナビゲーター、あなたに創作のヒントを与える者です」
若い女性の声だった。
「ヒントをくれるって?」
「はい。私どもは何作も小説を投稿されているにも関わらず、満足の行く結果を得られなかった方に、創作のヒントを提供することを生業としています。あなた様の願望を耳にしましたので、こうしてコンタクトさせて頂きました」
自分の願望を耳にしたとは、どういうことだろう? まさか、さっきタイプした文章を見られているとでもいうのか? 家の中に隠しカメラが設置されている? いや、ハッキングか? パソコンウイルスか? 動揺が広がる。
「落ち着いてください。ハッキングでもウイルスでもありません」
「何故、俺の心の中を……」
「あなた様の心の中のことは存じ上げませんが、多くの方がハッキングやウイルスを疑いますので……。ですが、私どもは不適切な手段で情報収集をしているわけではありませんので、その点はご安心ください」
よくわからない相手に安心してくれと言われても、不審者が“怪しい者ではありません”と言っているのと大差がない。
「そもそも、“創作のヒントを提供することを生業としている”って言ってたけどさ、そんなのが商売になるわけ?」
「はい。与えたヒントが、どう作品に繋がったかを知ることは、仕事で役に立つと評判です。小説塾や編集者の間で」
「へぇ~……。で、今までに、どんな創作のヒントを?」
「それは申せません」
どんなことを言ってきたのか気にはなったが、ダメだというのなら仕方がない。青年は自分の創作に対するヒントを貰うことにした。
「じゃ、俺にも創作のヒントを頼むよ」
「かしこまりました。まず、何でも叶うとしたら、どんなことを願いますか?」
「えっ? それがヒントに繋がるの?」
「はい。願望には個性が反映されますし、似たようなことを望む人の共感も得やすいでしょう。何を書きたかったのか見失い始めた人には、非常にオススメの確認事項です」
青年は不老不死を思いついたが、苦しい人生が永遠に続くとしたら嫌だと思った。永遠の若さも考えたが、イケメンでもないのに若さだけあっても意味が無い気がする。となると、お金持ちになりたいという小学生並みの夢が膨らむ。
「お金持ち、かな?」
「では、お金持ちになるストーリーを考えましょう。どのような経緯で、お金持ちになるのが、もっとも満たされるでしょう? 素直にお答えくださいね。そうした方が似たような願望を持つ読者に興味を持たれるでしょう。人は誰しも、何らかの楽しみを得る為にエンターテイメントに触れるのですから、あなたがよりハッピーに感じられる展開に……」
「ちょっと待った!」
創作ナビゲーターの言葉を途中で遮り、青年は願い事を考え直した。確かに、お金持ちになりたいという願望はある。だが、心の奥底でくすぶっている熱い想いがあることに気づく。青年は自分の気持ちに正直になることにした。
「モテたいです……」
「はい?」
「今の自分のまま、可愛い子に囲まれてウハウハしたいです……」
「ハーレムですね?」
「ハーレムです」
多少は恥ずかしかったが、顔の見えない相手ということもあり、スケベ心丸出しの欲求を口にした。
「では、ハーレムを築くまでのストーリーを考える前に、どんなハーレムが理想なのかを煮詰めてみましょう」
「理想のハーレム……。え~っと、まずは俺好みの可愛い子がたくさんいて、みんなが自分を好きで……」
言っていて悲しくなってきたが、青年は言い出したからには最後までと思い、羞恥心を捨てて妄想を爆発させた。
「いや、こんなハーレムなんて山ほどある。この程度じゃ物足りない!」
「では、如何しましょう?」
「俺は、ハッキリ言って今まで誰にも愛されてこなかった。だから、愛に飢えている。飢えに飢えているっ! 慢性的に愛が足りない俺には、自分への愛を競い合うようなハーレムが必要だ! その競い合いに俺は、今まで得られなかった愛を感じて、心が満たされる! 間違いない!」
青年の脳内では、彼好みの美少女達が「私が一番、あなたを愛してる」「いいえ、あたしよ」という青年の取り合いが発生していた。
「なるほど……。愛を得られなかった分、愛を確かめるのも難儀なんですね」
さらりと酷いことを言われたが、青年は自分の世界に入っていたので聴いていなかった。
「しかも、俺を愛してくれる子たちは、他の男たちが憧れてやまない存在。いわばアイドル! そんな子たちが、俺への愛の深さを競い合うんだ。他の男たちにとって手の届かない存在を独り占めする、この圧倒的な優越感! くぅ~~っ、たまらない」
「競い合う方法は、どうしましょうか?」
「えっと、ん~……。愛のアピールタイムで何かをして、それを俺が採点……。これだと、なんかバラエティみたいだな。それよりだったら、彼女たちに憧れを抱く男どもに投票をさせて、誰が人気者か競わせる方がいいかな。そうしたら、みんなの人気者を俺だけが抱けるという特別感に酔える……」
グへへと不気味な笑みがこぼれる。
「ハーレム内で人気投票……っと。ちなみに、ハーレムは何人くらいを想定されてます?」
「人数? ん~……少ないと小物感があるし、多過ぎても誰が誰だがわからなくなるし……何人くらいがいいと思う?」
「48人は如何でしょう?」
「四十八手と同じ数か……」
「女の子たちの職業は如何しましょう? いわばアイドルと仰られましたが、多くの男性の憧れの的になることを考えると、やはりアイドルが無難でしょうね。48人のアイドルで、ハーレム総選挙……。主人公の名前は、秋元というのは如何でしょう?」
「……やっぱ、ナシで」
青年は嫌なことを思い出し、通話終了ボタンを押した。
そんな彼の部屋の隅には、とあるアイドルの同じCDが山積みされている――