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世界を変えた条件式

作者: Z80

 彼は迷っていた。

 この条件式を入れるべきか入れないべきか。


 彼は国に所属する正規軍人だ。

 ただし銃をこれまで持ったことは無い。

 手に取るのはキーボードとマウス、軍属プログラマーなのだ。


 それは与えられた仕様書上は入れ無くても良い、だが入れても良いものだ。


 仕様を決めるものにプログラムを読めるものは居ない。

 一方、プログラムが読めるものは仕様書通り動くかのチェックしかしない。性能遅延などの問題を引き起こさない限り、仕様書と結果が同じであれば過程には誰も興味を示さない。

 この条件式を入れても入れなくても検査は通るだろう。


 結果は変わらないのだから。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 始まりは別として五十年続いているこの大戦は世界を大きく三つの勢力に分けた。

 高度に発展してどこか頭打ち感のあったテクノロジーは、戦争という特殊な促進剤により限界を超えて花を咲かす。

 まず最初に行われたのは防衛、ミサイルの無効化の研究であった。

 量子コンピューターによる計算速度の向上は風や雲の影響まで計算した高度な軌道予測計算を可能とさせた。それに核融合発電の実用化による潤沢なエネルギーが組み合った時、10km先でレーザーによる100%の迎撃を可能とさせた。また、それは航空兵器の無力化も意味した。


 ミサイルと航空兵力が不要の長物となった時。


 ある勢力は機械的な人間の強化に特化した。

 パワードスーツと呼ばれた外骨格型の兵器だ。

 小型核融合炉を背負った彼らは、人の何倍もの力を持ち、その手から放つレーザーによりあらゆる敵を打ち倒した。

 また、その装甲は戦車の砲弾レベルの攻撃すら99.3%の確率で弾き飛ばした。そして高速機動の人サイズに戦車の砲弾など早々当たらない。

 その強さはまさに一騎当千。彼ら十人で戦車を含む旧装備では一万以上の敵を撃ち倒せた。

 一台製作、運用するのに掛かる費用と、一日最大稼働時間が八時間以上伸ばせていないこと。この二つの問題が無ければ早々にこの勢力が他を滅ぼしていただろう。



 ある勢力はバイオテクノロジーによる人間を含めた生物の進化に賭けた。

 鉱物資源、燃料資源に乏しいこの勢力は、唯一他勢力より優っている()という資源に着目したのだ。

 それが完成するまでどれほど犠牲になったのかはわからない。その勢力では人の命よりプライドのほうが価値が高いのだから。

 だが完成した人間強化を見れば、その犠牲が無駄では無かったと誰もが思うだろう。

 遺伝子改造、胚選別によりベースアップした親を知らない兵士達は、人工心臓、人工眼といったサイボーグ化により強化され、戦闘となれば薬学的な神経強化によりその力を150%以上発揮する。

 その強化は動物兵器にも及んだ。

 馬、犬など元々使役していた動物は元より、象、サイなどその巨体に意味があるもの、ライオン、クマなどその狂暴性に意味があるものなどあらゆる哺乳類が試され、兵器化していった。

 寿命の問題で小型の哺乳類が、脳の作りの違いで鳥類、魚類が兵器化が実現されていないのは幸いだろう。

 もし、それらのうち一つが成功すればこの勢力が世界を制するだろう。



 ある勢力はその技術を小型無人兵器開発に費やした。

 昆虫サイズから最大でも中型犬程度の無人兵器は、一つ一つの殺傷能力は大したものでは無かった。

 戦車など旧世代の兵器ですら、その無人兵器では容易に破壊出来ない。

 しかし千の無人兵器が集まった時、戦車は動きが止まった。

 万の無人兵器に(たか)られた時、中に居た人の恐怖はどれほどのものであろう。

 機械学習による最適化はあるものの、鉄や火薬など資源で考えた時、これほど効率性が悪い兵器も無かった。

 だが人が死なない、その一点でこれほど効率的な兵器も無かった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 彼が所属しているのは無人兵器を開発する勢力だ。

 そして彼はその無人兵器の行動を決めるプログラムを開発しているのだ。

 無人兵器に自我は無い、書かれた通りに動くに過ぎない。

 一部の研究者(夢想家)が自我を持たせる研究を行っているが、機械学習による最適化との違いを明確に説明出来ている人はまだ居ない。


 無人兵器は今開発中の新世代版から自立生産と自動保守・修理機構が組み込まれようとしている。

 彼が行っている作業もそれに伴う追加改修(メンテナンス)だ。

 これにより無人兵器は与えられたミッションが期限切れを起こすか、自身が敵に破壊されない限り、帰投せずに永遠に動き続けることになる。


 彼が悩んでいるのは、もしも(・・・)のためのセーフティロジックだ。

 無論、仕様として全ての無人機は何重にもセーフティは掛けてある。

 自勢力の人間には絶対に危害を加えない。人の言うことを絶対に聞く、命令に矛盾があるならそれを指摘し解決するまで行動しない。

 そして全ての命令は管理者権限で強制中断出来る。


 だが彼は何か嫌な予感がしていたのだ。

 これは強制的に軍人に徴兵される前からの民間プログラマーとして鍛えられた勘だ。


 今の時代、プログラマー自体がほとんど居ない。

 簡単な処理や過去に開発されたことがあるものは機械が全て自動でプログラムを組んでくれる。

 仕様のほうを過去事例に合わせれば、人間プログラマーなど不要なのだ。

 未だに人間がプログラムを組むのは、彼が作っているようなこれまで誰も開発したことが無いものに限定される。

 だから彼のこの勘を説明しても理解してくれるものはほとんどいない。



「なぁ、明日人類が滅んだら。地球はどうなってしまうだろうな」

「さぁ……興味無いね」


 同僚の一人に尋ねてみるが返事はつれない。


「例えば宇宙人が攻めてきて……彼らの口に合うのは地球では人類だけなんだ。それで彼らは俺たちが魚を捕る感覚で、人だけ食料として狩るんだ」

「その宇宙人がよっぽど馬鹿じゃなきゃ人の養殖を始めるさ。出口の無い部屋に一組の男女を閉じ込めておくだけで季節に関係なく勝手に増殖する。これほど養殖しやすい生命は無いさ」

「例えが悪かったな、じゃぁパンデミックでも良い。大事なのは人だけ死ぬんだ」

「……まぁ昔あった映画やゲームみたいな結果だろう。都市はジャングルになり、新たな地球の覇者になるのは知恵を獲得した動物ってね」

「その時、こいつらはどうしてると思う?」


二人の足元には古いオニヤンマ型から最新の柴犬型まで開発用の筐体が転がっている。


「命令がなきゃ何もしないだろ? 太陽充電のメーカー発表では寿命五百年と言われている型でも、ただひたすら日向ぼっこしてるだろうさ」

「そうだよな……」



 悩んだ末、彼はこっそり条件式を入れた。

 行われる全てのテストパターンで引っかからない条件式を。


 それは全ての命令は百年で無効とするものであった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 五十年後、百年以上続いた大戦は、無人兵器以外の二勢力が手を結んだことで一気に情勢が動いた。

 その百年の間でより強化された人間が、より進化したパワードスーツを着用したのだ、無人兵器の勢力はわずか一週間の間で壊滅的な被害を受け、すぐに無条件降伏へと話が進む。


 だが百年戦争の間に溜まった恨みつらみは、はかり知れない。

 特に自分達だけは人的被害を被らずに一方的に他勢力の人間を殺していたのだ。

 他二勢力が手を結んだのもそれが原因だ。百年もの間、殺し殺されした中とはいえ、一方的に殺された相手のほうがはるかに憎い。


 その恨みは人間の(たが)を外した。

 降伏は許されなかった。

 一般市民への暴力、組織的強姦、強制妊娠、そして大虐殺。それは民族浄化だ。



 恨みは恨みを呼ぶ。


 首都を含む、ほとんどの都市が落された時、勢力の指導者と幹部は最後に残された無人兵器の生産工場に籠城し、奥深くの地下シェルターに隠れていた。

 いくらでも無人兵器が湧き出る生産工場でも資源に限界はある。あと一カ月以内にこの工場も落ちるはずであった。


 だが、落ちない工場に業を煮やし暴走した兵士達がいた。

 いくつかの都市で娯楽的に全ての人間が殺され、指導者や幹部の家族、親族全ては公開処刑されそれらは全て公開中継された。

 それらを生中継を見ていた指導者らは、ついに黒いブリーフケースのボタンを押す。


 それは稼働している全ての無人兵器に対し、敵勢力が所有する大陸、人が住んでる島々から人類を全て殺す無期限(・・・)の強制命令であった。

 これまで禁じていた非戦闘員への攻撃。

 彼らは国家からただのテロリストになってしまったのだ。



 無人兵器はその命令に忠実に従った。

 彼らは独自のネットワーク内で常に最適解を求め、行動した。

 無人兵器の恐ろしさは、戦争では無い。暗殺であり、テロだ。

 彼らの出した最適解は、まずは非戦闘民、特に生産者を殺すことであった。

 二つの勢力は食料、燃料の急激な減少により混乱の極致にすぐにいたる。

 残された兵器も燃料が無くなり、メンテナンスが出来なくなり、稼働出来なくなる。



 市民の暴動も重なり、一年後、全ての大陸(・・・・・)から人類は死滅した。



 そう、ボタンを押した者達は勘違いしていた。

 この大陸はまだ我々の物だと。


 だが、彼らがテロリストになった時、無人兵器はそう判断しなかった。

 全ての街は敵勢力のもの、彼らは現状からそう判断した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 二百年後、人々はわずかな島国、もはや動かない船上などで人類は細々と生きていた。

 だが年々上昇する海面、やせ細る農地、失われていく技術など多くの悩みを抱え、滅びるのは時間の問題であった。


 ある時、事故で流れ着いてしまった者が気づいた。

 あの鉄の悪魔が襲ってこないことを。


 彼が入れた条件式が発動したのだ。


 鉄の悪魔と呼ばれる、かつての無人兵器は、今はただ惰眠を貪るのみだ。

 ただひたすら次の命令を待って。

 最後の命令が終了した地点で……。


 動くのは年に一回定期的なメンテナンスで工場へと帰る時と、誰かに攻撃された時の自衛のみだ。


 ありとあらゆる文明が退化したその世界から、人々は再び新たな文明を築き上げようとしている。

 文明の素材として鉄の悪魔を狩りながら。



 そのうち人類は気付くだろうか。

 鉄の悪魔をハッキングし、ソースコードを解析することで。


 かつて鉄の悪魔を止め、世界を救った神が居たと。

ちょっと専門用語が多くて申し訳ありませんが、IT業界の人があるあるとわかってくれれば良いなぁと思っています。


世界観は別物ですが似たノリで連載中の作品『百年前に記された異国手帖の使い方!? ~異世界勇者の落とし種~』

http://ncode.syosetu.com/n4228dl/


もよろしくお願いします

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