第21話 腐女子に男の娘
「ダーリン♥」
「ミ、ミヤミヤさん……」
四時間目の授業が終わり、体中に感じる疲労感を押し殺しながら筆記用具をしまう隆二の目の前に、すらりとした体に美しい顔立ちが一人。
ヤマコーの標準服に身を包んだ、”A組一の美少女”を自称する少年、ミヤの姿。
「ねえダーリン、今日も一緒にお弁当食べよ?」
向日葵のように真ん丸な微笑みを浮かべ、その手にはいつもの可愛らしいお弁当の袋に、もう一つ大きめの紙袋。
「どうせまた、自分で握ったおにぎりだけなんでしょ? わたし、ダーリンのためにオカズ作ってきたの! 食べて食べて!」
「お心遣い痛み入ります」
微笑み、頭を下げる隆二。
すると隆二は、メッセンジャーバッグを抱きかかえる。
「ですが自分、今日は——」
何かを言いかけた隆二の言葉に割り込むようにして
「りゅーじさーん! 隆二さん隆二さん隆二さん!」
弾けるばねのように隆二のもとへと飛び込んできた一人の少年。
それは伊藤翼、その人だった。
「りゅーじさん! 今日俺と一緒に飯くおーぜっ!」
その姿に、頬を膨らませ苦虫をかみつぶしたような表情のミヤ。
「ちょっと翼、邪魔しないでよ! お昼休みは、五六時間目を一緒に過ごせない恋人同士の大事な時間なんだからね!?」
そして、翼と隆二の間に体をねじ込むようにして、翼の顔に人差し指を突き付ける。
「だいたいあんた、どうせいつもお昼はコンビニかラーメン屋じゃん! わたしとダーリンはお弁当なの! さっさと買いに行かないと、お昼休み終わっちゃうよ!」
その言葉に、翼の顔は照れたような赤みがさす。
「へへへ。実はさ——」
すると翼は大きなリュックサックをガサゴソとあさり
「じゃじゃじゃじゃじゃーん!」
教室中に響き渡るような大声で叫ぶと、大きな包みを取り出した。
「見てよ見てよ見てよ! 俺さ、すっげー久しぶりにお弁当作ってもらったんだぜ! 前はさ、俺のせいでお父さんとお母さん喧嘩ばっかしててそういうことしてくれなかったんだけど、最近俺家でも暴れなくなったから、お母さん俺のことほめてくれてさ! そんでお弁当作ってくれたんだぜ!」
「おお! 素晴らしいじゃないですか、翼さん!」
隆二は我が事のようにそれを喜び、そして翼の手を握る。
「お優しいお母様ではないですか。これで自分たちも一緒に昼ごはんを食べることができますね。ねえ、ミヤミヤさん——」
明るい笑顔で微笑むその先には
「——ごめん」
悲しそうな表情でうつむき、手を後ろ手組むミヤの姿があった。
「ごめんね……せっかく翼がお母さんたちとすこしいい感じになったのに……わたしがなんだか水をさすようなこと言っちゃったみたいで……」
しかし、当の翼は
「え? なんでミヤミヤ謝ってんの?」
相変わらずの満面の笑顔のままだった。
「そんなことよりさ、今日は俺とも一緒に弁当食おうよ! なんかさ、俺が大好きなハンバーグとか入れてくれたみたいでさ、せっかくだから皆でオカズ交換しよーぜっ! 俺のお母さんのハンバーグめっちゃおいしいからさ、みんなも食べてみてくれよ!」
そのあっけらかんとした言葉や様子にも、うつむいたままのミヤ。
すると隆二は、ポン、とミヤの頭を優しく撫で
「優しいのですね、ミヤミヤさんは」
そして涼やかな微笑をミヤへと向けた。
「大丈夫です。ミヤミヤさんに悪意がないことくらい、翼さんはちゃんと分かっていますよ。まあ、本人がそれに気づいていないだけかもしれませんが。翼さんも優しいお方なんです」
「……うん……」
その言葉にミヤはゆっくりと顔を上げ
「……しょうがないなあ。もう……」
隆二、そして翼に満面の笑顔を向けた。
「分かった。じゃあ、みんなでお弁当食べよ! それで、オカズの交換っこしよう!」
「やったー! 俺もミヤミヤのお弁当分けてもらえるんだー!」
小学生のようにぴょこぴょこと飛び跳ねる翼。
「なあなあ隆二さん! ずっとこれから一緒にめしくおーぜ! 絶対だよ!」
「ええ。自分でよろしければ」
そう言うとメッセンジャーバッグを机の上におく。
「みんなで仲良く食べる笑顔、これをしのぐ調味料はございませんから」
「えへへへ、ところでさ、隆二さん」
すると翼は、隆二の背後を指差す。
「それ誰? 隆二さんの背後霊?」
「え?」
その翼の指に従い、隆二は後を振り返る。
するとそこには——
「……りゅーじ……」
「どわっ!」
思わず叫び声を上げ、真横に飛びのく隆二。
——そこには、気配をおし殺すかのように立ちすくむ少女が一人。
数々の修羅場を潜り抜けた“阿修羅に帝釈”、隆二もその存在を察知することはできなかった。
「……あなたは……」
その顔を確認すると、隆二の顔に笑顔が満開花開いた。
「クロシェットさんではないですか!」
隆二はたまらずその手を握りしめる。
「よかった! 今までどうなさっていたんですか!? 心配していました!」
「……あれからね、ママのお見舞いに行ったの……新しいパパ……だった人に捨てられて、ぼろぼろのお人形みたいだったわ……」
握りしめる隆二のその手に頬を赤らめクロシェットは語る。
「……それでね、おばあちゃんの家に帰ってから、ずっと考えてたの……これからわたし、どうやって生きていこうかって……」
相変わらずの無表情であったが、その顔には以前よりも生気が宿っていることが見て取れる。
「……わたしね、やっぱりママが好きなの……あんなママだけど、やっぱりママなの……ママの体調が回復するまで、私がお世話をするわ……そして……」
そして見せた、大きく満開の笑顔。
「……ヤマコーを卒業するの……そして、絶対声優になるの……レッスン頑張って、オーディションも受けて……大変かもしれないけれど、わたしは頑張るの」
「そうですか」
隆二は涼やかな表情でその笑顔に応えた。
「いろいろ大変なこともありましたが、よく決断なすったと思います。及ばずながら、不肖この榊隆二——」
「ちょっとまったー!」
その二人の間に割り込むように、ミヤが隆二の腕を取り怒鳴り声を上げる。
「何勝手に話し進めてんのよ! ダーリン、だれよこの雌猫!?」
「……ミ、ミヤミヤさん……」
隆二の背筋に、またしても冷たいものが走る。
ミヤは腕を組んだままひくひくと鼻を鳴らす。
「ああー! こいつね! この間ダーリンから漂ってきた生ゴミのような匂い! 勝手にあたしのダーリンに手を出すんじゃないわよ! 早くこのクラスから出て行ってよ!」
「……ダーリン? ……生ゴミ?」
またもや無表情に戻ったクロシェットの眉間に、不快を示すしわが深くよる。
「……あなたが誰かは知らないけど、りゅーじが迷惑そうじゃない……あなたこそりゅーじから離れて……りゅーじは、わたしにとって世界で一番大切な人なの……」
その言葉に、クラス中が一瞬静まり返り
「「「ええええええええええええええええええ!?」」」
追い討ちするかのような大歓声が巻き起こった。
「ちょっとどういうことよ! この泥棒猫!」
つかつかとクロシェットに近寄るミヤ。
そして、どん、とクロシェットの肩を突き飛ばす。
「この人はね、わたしのダーリンなのよ! 心と心を重ねあった、恋人同士なんだから!」
むっとした表情で、姿勢を正しミヤに向き合うクロシェット。
「……そのくらいでそんなぺったんこな胸を張られたってりゅーじに迷惑がかかるだけだわ……」
そしてその頬を赤らめ、伏し目がちにつぶやく。
「……りゅーじは、わたしの誰にも見せられないところを見た男の人なの……そして、わたしの一番気持ちのいい顔を知っている、ただ一人の人なの……」
再び静まり返るクラス内に
「「「ええええええええええええええええええ!?」」」
大歓声はいっそう響き渡る。
「っちょ! ちょっとクロシェットさん!」
隆二は顔を真っ赤にして首を振る。
「誤解を招くような表現はやめてください! そのようないかがわしい表現ではなく——」
「……あら、嘘は言っていないわ……」
その隆二を、きょとん、とした表情で見つめるクロシェット。
「……だって、りゅーじが約束させたんじゃない……アレはもう、隆二とだけするんだって……」
「ちょっと! どうなってるのダーリン!」
顔を真っ赤にして、隆二の胸倉を掴むミヤ。
「どういうこと!? やっぱりあの女とえっちなことしたんじゃない! 男は男にほれるものだっていうあの言葉、嘘だったの!?」
「だからあれはそういう意味で申し上げた言葉ではございません!」
喉元に食い込む襟は、隆二の気道を圧迫しその顔をいっそう紅潮させる。
「……男は……男に?」
事情が飲み込めないクロシェットに対し
チョイチョイとその肩を指でつつく翼。
「……あのですね……」
そしてクロシェットに対し、ごにょごにょと耳打ちをする。
「……男同士……りゅーじと……男の娘……」
翼の言葉に、クロシェットはあからさまに鼻息を荒くすると
——ツー
「……あ……」
その片方の鼻から、一筋の血が流れ出た。
「いきなり腐ってじゃないわよ! この泥棒猫!」
そしてミヤは、今度は翼の胸倉を掴み
「あんたも余計なこと言ってんじゃないわよっ!」
と窒息させんばかりにぐいぐいと締め上げる。
「……リアル男の娘……希少価値……くっ、これはむずかしい相手ね……だけど……」
クロシェットは動揺を沈めながら鼻血を拭くと、つかつかと隆二に歩み寄り
「……えい……」
むにゅん
その手を自身の胸元に押し当てた。
「うわああああああ!」
隆二は顔を破裂せんばかりに紅潮させ、そして子どものように叫んだ。
「い、い、い、一体な、な、な、何をなさるんですか!」
「ちょ、ちょっとあんた! なにやってんのよ!」
慌ててミヤはその間に割って入り、強引にその手を振り払う。
「そんな脂肪の塊、勝手にダーリンにさわらせるんじゃないわよ! 汚らわしい!」
「……ちなみに、Gカップあるから……」
振り払われた隆二の手を気にも留めることもなく、ミヤに向かって勝ち誇ったように口元をゆがめる。
「……ふっ、あなたのようなつるぺた男の娘にはない部分だわ。りゅーじがいかに男が好きだろうと、男は結局最後はあなたの言うこの脂肪の塊にかえってくるのよ……」
「勝手なこと言わないでください!」
隆二は千切れんばかりに頭をふってそれを否定する。
「そもそも、自分は別に男が好きだとか、そういう趣味はございません!」
「ぐぬぬぬぬ……ダーリンが節操なしのバイセクシャルだったとは……」
またもや勝手な解釈を行い、悔しそうに歯噛みするミヤ。
「こうなったら、シリコンでも生理食塩水でもなんだって入れてやるわ! あんたがGなら、わたしはHカップのおっぱい作ってやるんだから!」
「……ふっ、哀れね……しょせん養殖物は天然物には勝てないのよ……」
そのミヤの言葉を、哀れむように鼻で笑ってあしらうクロシェット。
そして、隆二の腕にしがみつき、そのたわわな胸をたゆん、押し付ける。
「……りゅーじほどの男なら、その違いが分かるはずだわ……ねえりゅーじ、わたしのおっぱい、りゅーじの好きにしていいのよ……りゅーじにならぜんぶ、あげられるから……」
その様子、そして言葉に、ふるふると全身を痙攣させていたミヤの中で
——プチン
何かが弾けた。
「うぉるうああああああ! こンの泥棒猫がぁああああああ!」
ミヤは発狂したようにクロシェットに飛び掛った。
「ダーリンから離れやがれええええええええ!」
「お、落ち着いてくださいミヤミヤさん!」
それを必死で押しとどめようとする隆二。
「同じヤマコーの仲間なんだから、仲良く——」
くんずほぐれつ、教室中を転がりまわる三名を
「……隆二さん、女にモテモテでうらやましーって思ったけど……なんだかそれはそれで大変なんだなあ……」
ほうぅ、翼はため息をついて眺めていた。
「……あの二人、かわいいけど、なんだか……なんだか隆二さん、かわいそうになってきたなあ……」




