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ヤマコーJINGI!  作者:
16/22

第16話 クロシェットにお兄ちゃん

「B組の人?」

 自在箒を操りながら、声を上げる翼。


 五、六時間目のオリジナルコース、そして終礼のショートホームルームが終了したやまびこ第一高等学校、通称ヤマコー一年A組の教室。

 清掃当番の隆二と翼は、机を後ろに送り、教室の前面に箒を掛けている。


「うーん、俺も良く分からないんだけどさ」

 この大雑把な男には似合わない丁寧さで、翼は慎重に床のホコリを掃き集める。

「確か、B組って声優コースとか、アニメ・マンガコースの人たちが多いって聞いたことあるけど」


 その言葉に、隆二は一瞬の思考停止。

「……つ、翼さん……その……」

 恥ずかしそうに頭をかき、恐る恐る口を開く。

「アニ……なんちゃらコースってぇのは、一体いかなることを学習なさるコースなのでしょうか」


「ははっ、隆二さん、少しはうちの他のコースのこととに関心持ちなよ」

 翼はふぁさふぁさと箒を操り、笑いながら簡単にコースの説明を加える。

「オリジナルコースの中にはさ、基礎コースとか大学受験コースとか、勉強だけのコース以外にもコースがあるんだよ。自分の将来とか、したいことをそのまんま勉強できるコースがあってさ――」


 通信制・単位制高校のヤマコーに存在するのは、学力を伸ばすためのプログラムだけではない。

 夢に直結した、感性を磨くためのプログラムも存在する。


 アニメ・マンガコースは、プロのアニメーターやマンガ家を、そして声優コースは、文字通り声優を目指すためのコースである。

 ヤマコーはアニメーションスタジオや大手声優プロダクションと契約している。

 そのプロの直接指導を経験することにより、たくさんの卒業生をマンガ、アニメ業界に輩出したという実績を誇る。


「——って感じかな」

 さっ、さっ、さっ、説明を加えながら、翼はそんきょの姿勢で構える隆二のちりとりへとごみを掃き込んだ。

「でも隆二さん、なんでいきなりB組の話なんかするの?」


 その言葉に、眉をひそめて首を傾げる隆二。

「……いや、なんと言いますか……なんとも説明のしがたいことでありまして——」


※※※※※


「マイ ネーム イズ アルブル・オ・クロシェット・サクラ」

 隆二の言葉を“聞き取りづらい”という意味に解釈し、無表情のままゆっくりと、一つ一つの母音を丁寧に、その少女は自己紹介をおこなった。

「……アルブル・オ・クロシェット・サクラ……B組……基礎コースと声優コース……りょうほうとってる……」


 しかし

「……も、申し訳ありません……」

 問題は聞き取りづらい、聞き取りやすいなどそういう範疇を越えた問題だった。

 少女の透き通るような碧色の右目の色に

「……ある……何とかさん、もしかしてあなたは、外国の方でいらっしゃるのでしょうか……」

 隆二は恐る恐る切り出した。


「……ふふふ、薄汚れた地上の下等生物よ。良くぞ見抜いた……」

 にやり、その少女はようやく、しかし奇妙に引きつったような笑顔を浮かべる。

「その通り、我は魔界の眷属、地獄の皇帝ベルゼバブが第一皇女なり」


 隆二は口をあんぐりと開け、言葉もなくただ少女の様子を見つめる他なかった。


「——それでは皆さん、よろしいですか——」


 興に乗った少女の口にする言葉は、先ほどまでの気だるいトーンとは打って変わった、感情にあふれるものに変わっている。

「その褒美として我が名の一部、“クロシェット”の名を呼称するという栄誉を与えよう。感謝するが良い」

 まるで何かに憑依されたかのように、恍惚とした表情で語る“クロシェット”と名乗る少女。


「……そ、それは、光栄です……」

 その言葉の意味を、まさしくびた一文理解できなかった隆二だが、“感謝するが良い”の言葉にとりあえず頭を下げて謝辞を加えた。


 パンパンパン


「——まだの方も、一旦席へ戻りましょう——」

 英語科教員の、手を叩く音が教室内に響く。


「……ええと、クロシェットさんの言葉の意味、自分には理解しかねる部分が多々あったように思われるのですが……」

 表情を引きつらせながら、無理やり笑顔を作り訊ねる隆二。

「……その地獄のお姫様が、一体なぜこのヤマコーに……」


「……えっ……そ、それは……え……えええと……えと、えと……」

 隆二の質問に、一瞬体を硬直させるクロシェット。

 再び無表情になったかと思うと、そわそわと体を動かし、そして再び自身に満ち溢れた表情へと戻る。

「ふっ、図に乗るでない。貴様のような地上の下賎な人間ごときが、わが大いなる企てを知ろうなどとは、不遜極まりなし——」


「——さん、——木さん、聞こえてますか?」


「——このベルゼバブが第一皇女、アルブル・オ・クロシェット・サクラの——」


「——鈴木花子さん、聞こえてますか?」


「……はい……」

 その表情は再び無表情なそれに変化し、小さく手を上げたクロシェット少女。

「……きこえています……」


「……あ、あの……クロシェットさん……」

 もはや何がなんだか分からない隆二は、混乱にその表情を曇らせる。

「……ほ、本当の名前は……す、鈴木はな——」


「……我が名はアルブル・オ・クロシェット・サクラなり……」

 黒板をむいたままやや強めの口調で

「……“鈴木花子”、それは、この穢れた現世における、かりそめの名前なり……」

 “クロシェット”こと鈴木花子は隆二のその言葉を遮った。

「……戻るがよい、おのれの席へ。そしてこの地上において、第一次的に修得を優先されるであろう言語の修得に励むが良い……」


「……は、はあ……」

 隆二は意思疎通のみならず、もはや考えることを諦めざるをえなかった。

「……失礼いたします……」

 それでも折り目正しく頭を下げると、その言葉に従い先頭の自身の席へと戻っていった。

 


※※※※※


「——というわけです」

 箒とちりとりをロッカーに収納しながら、隆二はため息混じりに呟いた。


「ふーん、B組の人って不思議な人が多いんだね」

 同じく翼も困惑気味の表情を浮かべた。


 すると


 ズンッ!


「おうはっ!」

 隆二の右わき腹に響く、今日何度目になるか分からない鈍い衝撃。

 もはや、誰だと聞く意味すらないだろう。

「……お、お疲れ様です、ミヤミヤさん……」


「あーん、ダーリン♥ 寂しかったんだから」

 特別教室の清掃を終えたミヤは、十年ぶりに再会した恋人同士のような表情。

「けどしょうがないよね。今日は女子が特別教室の清掃なんだもん」

 ミヤはすでにクラスメートから、女子としての扱いをされるようになっていた。

 いつも通り、すりすりと隆二の胸に顔を密着させるミヤ。

 すると

「ん?」

 その表情が一瞬にして掻き曇る。

「……この生ゴミのような臭い……女の……メスの匂いがするわ……」

 すると眉間にしわを寄せ、じろり、隆二の目を睨みつける。

「どういうこと? まさかわたしのいないところで、基礎コースの女子といやらしいことしてたんじゃないでしょうね?」


「「「えええええええええええええええええええええええええ!」」」

 教室を包む、いっそう激しい驚嘆の嵐。


「りゅ、隆二さん本当に?」

 顔を真っ赤にして叫ぶ翼。

「すげーや隆二さん! 女とっかえひっかえじゃん!」


「か、勘弁してください!」

 手と首を大きく振り、必死でその風評を打ち消そうとする隆二。

「じ、自分はしっかりと、英語の勉強をしておりました!」


 しかし、翼を含むクラスメートの興味津々の驚嘆と、“浮気”を疑うミヤの剣幕は、容易に収集しそうにはないようだ。


※※※※※


 ふう、マリアナ海溝よりも深いため息をつき、バッグのベルトのかかる肩をとんとんと叩く隆二。

 首は、根元からコキコキという乾いた音を立てる。


 あの後隆二は早々に勉強道具をバッグに詰め込み、後から追ってくるミヤを振り払うかのように、そして逃げ出すように教室を飛び出した。

 

 一息ついて周囲を見回せば、春先の放課後の浮き足立ったような雰囲気が充満している。


 あるものはクラブのユニフォームに身を包み、あるものは階段に座り込んで友人と会話を楽しみ、そしてまたあるものは連れ立って玄関への道を歩いていく。

 人間の一生のうち、学生時代にしか見ることのできない風景だ。


 そのヤマコーの生徒たちの若々しいエネルギーに、隆二はその胸を奮い立たせる。

「よしっ」

 バシン、両の手のひらで頬を張って気合を入れる。

「自分も負けて入られません」

 そう言うと隆二はバッグのベルトを固く握りしめ

「予習復習、頑張りますか」

 自習室の併設された図書室へと歩みだした。


※※※※※


「さて、図書室は、と……」

 校内オリエンテーションで案内された時の記憶を辿りながら、きょろきょろと図書室を探す隆二。

「確か、三階の奥のほうに……」

 おぼろげな記憶を頼りに、ゆっくりと歩を進めていく。

 すると、その目の前に、“図書・自習ルーム”の札が。

 ようやく見つかったか、と一息ついた隆二は、勇んでその看板のも問えと足を速める。

 その瞬間


 ぐっ——


 何者かに、背中からワイシャツを捕まれる感触が。

 まさかまたミヤが、と戦慄する隆二だが、その衝撃は意外なほどに柔らかい。


 肩越しに後を振り返る隆二、その視線の先には

「……あなたは……鈴木はな……」


「——クロシェット。アルブル・オ・クロシェット・サクラ……」

 こくん、例の人形のような無表情でうなずき、固く隆二の服を掴む“クロシェット”こと鈴木花子。

「……あなたには……りゅーじには、クロシェットって呼ばせてあげるっていったじゃない……」

 感情のこもらない、抑揚のない平板なトーンで口を開く。

 そして

「……きて……」


「え、ちょ……」

 隆二はクロシェットの手により図書室の横の教室へと引っ張り込まれた。


※※※※※


『——いけないわ、冬樹お兄ちゃん! わたしたちは血の繋がった兄妹よ!(ひなた、境内の杉の気にすがりつく)——』


『——な、なにをぉい、いっているんだい、ひ、ひなたぁ(冬樹、ひなたの肩を抱き寄せる)。た、たぁしかにぼくたちは、ち、ち、ちのつながった、き、きょうだいだ。だ、だ、だけど、ぼくたちはぁ、ぜぜぜんせで、こ、こいびとどうしだったはずじゃないかぁ(冬樹、ひなたの細いおとがいにやさしく触れる)——』


『——お兄ちゃん(ひなた、潤んだ瞳で冬樹を見つめる)。私、もう迷わないわ。抱いて、お兄ちゃん(おとがいを上げたまま、冬樹に抱きつくひなた)——』


『——ひ、ひ、ひなた、ぼ、ぼくたちはいま、ひ、ひとつに——』


 バシン、手にした台本を机に叩きつけるクロシェット。

「……ぜんぜんだめね……りゅーじ、へたくそすぎ。これじゃあ、ぜんぜん練習にならないわ……」


「……はあ、申し訳ありません。自分、こういう事は本当に苦手で——」

 申し訳なさそうにうなだれ、肩を落とす隆二だったが

「——って、なんですかこのいかがわしい内容の台本は!」

 顔を真っ赤に紅潮させて叫んだ。


「……いかがわしいなんて、そういう発想をするりゅーじのほうがいやらしいわ……」

 むっ、とした表情を浮かべ、机に叩きつけられた台本を取り上げて大切そうに抱きしめるクロシェット。

「……これはかのゆうめいなライトノベルを原作としたアニメ、『兄妹だからこそつらぬける愛があるの』、“だらあい”の台本なのよ。たいせつにしてもらわなければこまるわ……」


「いかがわしすぎます! それにおかしいでしょう!」

 ばん、今度は両手で机を叩きつける隆二。

「なんで兄と妹が男女の関係を、しかも肉体関係を示唆するようなせりふがあるんですか! いくら空言とはいえ、子どもに見せられる内容ではありません! 仁義にもとります!」


「……ふっ、りゅーじ、ふるいわ。もうアニメがこどもだけのみるもの、なんて時代はおわったのよ……それに“だらあい”は深夜アニメよ……」

 無表情ながらも、勝ち誇ったように言い放つクロシェット。

「……それにそもそもこのシーンは、いもうとのひなたの妄想シーンだから……」


「そんなことはどうでもいいんです! そもそもなんで自分がこんなことやらなければならないんですか!?」


 図書室の脇の一室、多目的ルーム。

 主に文化系のクラブが活動をするスペースとして利用されている。


「……きょう、声優部の活動日だけど、みんなやすみだったから……」

 相変わらずの無表情、平板なトーンで、しかし申し訳なさそうに言うクロシェット。

「……台本のよみあわせの練習、やってくれるひといなかったから……わたし、はなしかけられるようなともだち、いないもの……さっきの授業、りゅーじだけははなしかけてくれたから……つきあってくれるかなって……」


「だったら最初からそうおっしゃってください」

 眉間にしわを寄せ、ため息をつく隆二。

「同じ基礎コースの授業を受けているのですから。台本を読む練習のお付き合いくらい、いくらでもいたしますよ」

 ようやく隆二の顔に微笑が浮かんだ。


「……ほんとに?」

 クロシェットは上目遣いで隆二を見上げる。


「ええ。何の二の句がいりましょう」

 そういうと、すっ、クロシェットの胸元から台本を摘み上げる。

「その代わり、自分英語が苦手でございますので、クロシェットさんが自分に英語を教える、このような交換条件でいかがでしょうか」


「……うん……わたしもそんなにとくいじゃないけど……」

 その隆二の言葉に、固かったクロシェットの表情がわずかに緩む。

「……ありがと、りゅー……」

 そういいかけると、何かに気づいたかのように体を硬直させ、クロシェットは不敵な微笑を浮かべて言った

「ふふふははは。これによりおぬしと我との血の盟約は成立した。おぬしはこれより、我と同じく闇の眷ぞ——」


「あ、そういうの、いりませんから」

 あの涼しげな視線で、隆二はクロシェットを諌めた。


「……うん……」

 クロシェットは何事もなかったかのようにその言葉に従った。

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