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ヤマコーJINGI!  作者:
15/22

第15話 ロリヰタに中二病

――キーンコーンカーンコーン――


 四時間目の終了を告げる合図。

「それでは、今日はここまでにしましょう」

 国語科の、背の高い若い教員は黒板に向かっていたチョークをおろす。

「明日は小テストをやりますので、教科書に上げられている漢字、しっかり勉強しておいてください」

 そして教卓上の『国語総合』の教科書を閉じる。

「それでは号令、お願いします」


 国語の教員の合図を受け

「起立!」

 号令係が全体へと促しを行う。


 ガチャガチャガチャ、隆二は慌てて鉛筆を手放すと、周囲に習って席を立つ。

 “気をつけ”の号令がかかるが早いか、背筋から指先、あらゆる部位に緊張を込める。


「礼!」


 クラス全体が頭を下げる中、隆二はどのクラスメートよりも深々と、そして長らく腰を折り曲げ続ける。

 昼休みを迎えた周囲ががやがやと騒がしくなる中、ようやく頭を上げて、ほう、と一息をついた。


 すると


 ドンッ!


「おうふっ!」

 緊張を解いたばかりの隆二の右わき腹に響いた、鈍い衝撃。

 何か重いものが高速でぶつかってきたような、体の内部に響く感覚。

 何事かと思い、自身の右半身を確認すると


「ダーリン♥」


 ゾクゾクゾク、先日以来、この悪寒を何度経験したか分からない。

 隆二は恐る恐るその顔を覗き込み、そしてぎこちなく笑顔を浮かべる。

「……ミ、ミヤミヤさん……」


「もー、寂しかったんだから、ダーリン♥」

 元少年、現在“クラス一の美少女”を自称するミヤが、隆二の腕にすがりつく。「何度も隣からサイン送ってたのに、全然気づいてくれないんだもん。すっごく優しいくせに、ほんと鈍感なんだから」

 人差し指で、隆二の厚い胸板をくりくりといじる。

「あーん、もう、本当に“いけず”なダーリン。そうやってわたしを焦らすんだからぁ」

 そしてうっとりとした表情で、鋼のように硬直する隆二の胸に頬を摺り寄せる。

「でも、そういうところも大好き!」


「あー、また隆二さんとミヤミヤがいちゃいちゃしてる!」

 二人の元に近づいてきたのは、“空気が読めないほどに素直すぎる少年”翼。

 この少年の頭の中からは、ミヤが“生物学的には男性”に分類されるという事実、それがもはや完全に頭の中から消えうせているようだ。

「いーなー。俺もカノジョ欲しー。俺も隆二さんみたいに格好良かったらなー」

 と悔しそうな顔で呟いた。


「そ、そんなことよりも!」

 隆二は、かろうじて乱暴にならない程度の力でミヤを引き剥がす。

 そして教科書類を素早くまとめ、真新しいメッセンジャーバッグへとしまった。

「は、早く昼食を食べなければ、五時間目の授業に間に合わなくなってしまいますよ、皆さん」


「何言ってんだよ、隆二さん。気が早いんだから」

 翼は笑って黒板上方に掛けられた時計を指差す。

「五時間目のオリジナルコースの始まりまで、まだ四十分以上あるじゃん」


 ヤマコー、やまびこ第一高等学校は、通信制・単位制の学校である。

 一時間目から四時間目までは、学習指導要領に定められた通常の一斉授業がおこなわれる。

 その後、五時間目と六時間目からは、それぞれの進路目標にそったオリジナルのカリキュラムが編成されている。

 

「あーあ、わたし大学進学コースなんて選択なんてしなければ良かったなあ」

 悔しそうに呟くミヤ。

「わたしも基礎コースに行けば、ダーリンと一日中机を並べて勉強することができたのに」


 オリジナルコースは、入学時の希望により決定される。

 もともとは中高一貫の男子進学校に通っていたミヤは、難関大学進学のための特別カリキュラムのあるコースを希望していた。


「いやいや、もともとが優等生でいらっしゃるミヤミヤさんが自分と同じコースで勉強するなんて、ありえませんから」

 隆二は苦笑いしてミヤをなだめる。

「基礎コースは、中学を卒業してから時間のたった自分のような人間のためのコースですからね」


 入試成績の結果も含め、隆二は入学時に基礎コースでの学習を希望した。

 中学校の、更に言えば小学校の勉強内容すらあやふやなままの隆二にとって、中学校の教科書を使いながらじっくりと復習のできるこのコース内容は魅力的なものだった。


「自分はミヤさんや翼さんみたいに頭の出来が良くありませんので。きっと大学進学コースや英語コースに通ったところで、それこそ落第しかねません」


「いやいや、俺だって別に中学時代優等生だったわけじゃないよ、隆二さん」

 謙遜するようなその言葉とは裏腹に、照れたような嬉しそうな微笑を浮かべる翼。

 翼もミヤと同じく、大学進学コースを履修している。

「俺別に得意なわけじゃないけど、英語は結構好きだったからさ。だから希望しただけだもん」


「自分からすれば、それだけでもすごいことですよ」

 そういうと、隆二はメッセンジャーバッグから、真新しい本と袋を取り出す。

「それより、早いとこ昼食にいたしましょうや。次の自分たちの授業、英単語のテストがるものですから」

 そう言ってその真新しい英単語の参考書を見せ、苦笑を浮かべた。

「自分は中学校一年生からのやり直しですよ」


「そっか。じゃあダーリン、わたしと一緒におべんと食べよ?」

 そう言うとミヤも自分のバッグからおもちゃ箱のような弁当箱を取り出した。

「わからないところがあったら、いくらでも質問していいからね?」


 隆二の机に自身の机をくっつけるミヤに苦笑しながらも

「痛み入ります」

 隆二は慇懃に頭を下げた。


「ちぇー、なんか俺お邪魔みたいだな」

 少々悔しそうにこぼした翼だったが、次の瞬間には再び明るい笑顔に戻る。

「ま、いいや。どうせ俺弁当じゃなくてコンビニいく予定だったし。じゃ、ミヤミヤ、次の授業でねー」

 そういって朗らかな笑顔を残し教室を後にした。


※※※※※


 トントントン


「それでは、採点して次回返しますので、しっかり復習して置いてくださいね」

 回収した単語テストのプリントをまとめ、教卓に打ち付けて整える英語の女性教師。


 五時間目の授業は、中学英語の復習の授業。

 昼休みの時間、ミヤの力を借りながら、必死で暗記した英単語。

 隆二は五分という限られた時間の中で、頭を働かせて十個の単語を書き取っていた。


「それではまず、先日の復習をしてみましょう。ではノートと、教科書の十二ページを開いてください」


 隆二は脳髄が麻痺したような疲労を覚えていた。

 しかし、頭を振って気を取り直し、教員の指導に従い教科書とノートを開く。


 それからおよそ二十分程度、初歩的な英文法、そして発音等に関する授業が続いた。


※※※※※ 


「それでは、これからこの“What”を使った会話の練習をしてみたいと思います」

 女性教員は黒板に大きく“What”と板書すると、振り返り笑顔で担当生徒たちに話しかける。

「いまから、数分時間を差し上げますので、この教室の中にいるクラスメートの皆さんに、自己紹介をしてください。そしてその上で、相手の名前を、この“What”を使って訊ねてみましょう」

 そういうと、女性教員は黒板に、“My name is ~(自分の名前).”“What is your name ?”と更に板書を加えた。


 隆二は精一杯頭を回転させながら、一生懸命鉛筆を走らせる。


「それでは、席を自由に動いてもかまいませんので、積極的に聞いてみてください。それでは――」

 パンッ、女性教員の叩く手の音が教室中に響く。

「――スタート!」


 それを合図に、教室中にがやがやと若々しい歓声が響き渡った。

 数十名の生徒達が、いっせいに動き回りお互いに話しかける。


 自分も一刻も早く会話の練習に取り組まなくては、と、ようやく板書を終えた隆二が周囲を見回す。

 もうすでに、多くの生徒達がパートナーを見つけて会話の練習を始めていた。

 その動きに取り残されたような形となった隆二は、慌てて手のあいているクラスメートを探す。

 すると

「……あの方は……」

 教室の右奥に、自分同様取り残されるようにして座り続ける一人の少女を発見する。

 隆二はさっそく席を立ち、その少女の元に近づいていった。


 その人物は、一応形式だけ、というかのようにノートと教科書類を広げながら、うつむいて机の下に視線を落としている。


 その人物の元に近づいた隆二は

「……お取り込み中、申し訳ありません……」

 折り目正しく、慇懃に声をかけた。


 すると、ビクッ、その人物は痙攣したかのようにその言葉に反応する。

 そして素早く手にしたスマートフォンをしまうと、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……もしよろしければ、自分と一緒に英会話の練習をしていただければありがたいのですが……」 

 頭をかきながら、恥ずかしそうに語りかける隆二。


 その隆二の顔を無言で見つめ続ける少女。


「……え、ええと、自分の言葉、お聞き及びでいらっしゃいますか……」

 自身の言葉に全く反応を示さない少女の態度に、隆二は困惑を覚える。

 しかしその無言以上に隆二を困惑させたのは、少女のそのいでたちだった。


 ややウウェーブのかかった黒髪を飾るのは、白いレースのヘッドドレス。

 トップスには同じくレース地の、たくさんのフリルで装飾されたロングスリーブの白いブラウス。

 その首元には、ヴィヴィッドな色合いの赤いボウタイ。

 左手には、ダブルのバックルで硬く固定された、タータンチェックのレザーのリストバンド。

 そして無言のまま隆二を射抜くのは、アイラインとアイラッシュで極端なまでに誇張された大きな瞳。

 ミヤとはまた違った意味で、感情の感じられない人形のような印象を与える。


 ふう、隆二はため息をつき、意思疎通を断念する。

「……お邪魔いたしました……」

 そう言って隆二は、他のクラスメートを探そうと振り返った。


 すると

 

 ぎゅっ――


 不意に、隆二は自分の背中を引かれるような感覚を覚えた。


 戸惑いながら振り返る隆二の目の前には


「……」

 無言のまま隆二の背中を引く先ほどの少女の姿があった。

 

 その足元にはレースアップのロングブーツ。

 フェイクレザーの厚底のブーツは、少女の身長を意外なほどに高く感じさせる。


「……あ、あの……な、なにか……」

 戸惑いを押し殺しつつ、ぎこちない笑いで訊ねる隆二。

「…何か自分、お気に触ることをしでかしてしまったでしょうか……」

 

「……いいよ……」

 ぼそり、呟く少女。

 すると少女は、パニエにより極端に膨らんだタータンチェックのスカートをファサリと揺らし、隆二に向き合い着席した。


「……は、はあ……い、痛み入ります……」

 全く読めない少女の行動に、隆二は困惑しながらも丁寧に頭を下げる。

「申し訳ありません、この椅子お貸し願います」

 その少女の隣の席、演習をおこなうために移動しているクラスメートに一つ声をかける。

 ガタリ、と椅子を引き寄せ、少女に向き合い腰を掛ける。

「……そ、それでは……」

 一切の感情を読み取れない少女と向き合い、そしていつ口にしたかの記憶すら定かではない英語を口にする。

 経験したことのないシチュエーションの緊張で両手に汗を握りながら、隆二は口を開いた。

「ま、まいねーむ、いず、りゅうじ、さかき。ほ、ほわっと、いず、ようあ、ねーむ?」


 たどたどしい自己紹介と質問を口にした隆二を、感情の感じられない目で見つめる少女。

 唇をかみ締め、一瞬の躊躇を見せたかと思うと

「My name is――」

 意外なほどに流暢な発音で自己紹介を始めた。

「My name is arbre aux clochettes Sakura.」


「えっ?」

 隆二は眉間にしわを寄せ、頭をかきむしる。

 自分の聞き取る力に問題があるのだろう、隆二はそう考え、申し訳なさそうに少女に頭を下げる。

「申し訳ありません。お手数を掛けますが、もう一度……できれば、もう少しゆっくりお名前をお聞かせ願えれば……」


 こくん、表情を一切変えることなくうなずく少女。

 ゆっくりと口を開くと、しっかりとした発音で隆二に自身の名前を告げた。

「マイ ネーム イズ アルブル・オ・クロシェット・サクラ」

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