小話.精霊の教室の問題児
「うさぎ、ももたろうよんで」
「くーはしんでれら」
「かいがさきだから、ももたろう」
「しんでれらがいい!」
「ももたろう!」
精霊の教室ではまだ全員が揃ってなく揃うまで自由時間になり、空海は早速うさぎが読む絵本のタイトルを巡り喧嘩になりかける。
やんちゃ坊主で好奇心旺盛な双子でも、空はおっとりさんの甘えん坊で、海ははっきりしているガキ大将と言う違いが徐々に出てきている。なので必然的に海優勢になり、空は言い負かされ泣く。
いずれにせよ双子は古都音の約束などすっかり忘れているようだ。
「二人とも喧嘩はダメだよ。キツネさんとの約束を忘れたの?」
「そうだよ。わるいこだとおしおきされるよ」
『ごめんなさい。ならこれがいい』
「それはわたしもきになっていたえほんだ」
と、うさぎとジャンヌは古都音を押し出し喧嘩を仲裁すれば、約束を思い出したのかピタリと喧嘩は止まり今度は『ピーターパン』を仲良く手に取りお願いする。
ジャンヌもそれには、目を輝かせ賛同。
「さくらくんと菫ちゃんもこれでいい?」
「ボクはなんでもいいよ」
「わたしもうさぎがそれでいいのならば」
黙っているさくらと菫に了解を得たうさぎは絵本を元気よく読み始めると、徐々に他の精霊達も集まってきて楽しそうに聞き始める。
「ペンド担当の人達は優秀だね? たった一日でここまで成長させる地球人はなかなかいないよ」
「ええ。私もそう思います。よほど相性が良かったんでしょう」
そんな誰もが思う微笑ましい光景をペンドの師匠であるフランは眺めながらそう言うと、ペンドは嬉しそうに頷きクスッと笑う。
彼自身何組もの地球人を召喚し冒険者として育てて来たが、ここまで相性がいい組みは初めてで正直驚いている。召喚基準を自分なりに追加したのが吉と出たのだろうか?
地球人を選ぶ際の基準と言うものが協会で定められているが、それ以外は担当召喚者の自由となっていた。
協会が定めた基本基準。
異世界に少しでも憧れを持ち、順応性が高くそこまでパニックにならない人。
罪人ではない人。
家族なら全員参加。
パーティーは五人まで。
そんな曖昧な基準が原因らしく、毎回選ばれるパーティーは一年過ぎた頃には二チーム残れば良い方。いくら異世界に憧れを持ち順応性が高いとしても、実際に起こるのは別の話なんだろう。大半が仲間はもちろんパートナー精霊との接し方に戸惑う。学舎で学ぶうち徐々に打ち解けるようになるものの、五分の一は馴染めずそこで脱落してしまう。
ペンドの選んだ冒険者達も例外ではなく考え悩んだ末、
身体の自由が効かない人を一人まず選び、その人と関わりがある偏見を持たない人達にすることに決めた。
そしてまず選ばれたのが古都音。そして直樹と庵。直樹の娘であるうさぎの四人。
彼女達も最初は当たり前のように夢だと思っていたようだが、不思議とパートナー精霊はすんなり受け入れ地球で言葉を教えてきた。
他のパートナー精霊達のほとんどはまだ言葉も知らずしゃべれていない。最悪まだ名前もつけて貰っていない精霊もいるかも知れない。
「それからあの少女の影響もあるかも知れないね。まだ幼い少女なのに猛獣使いの素質はトップクラス」
「そうなんですよ。精霊にも好かれるようなので、今日の所は彼女が教師になってもらいましょうよ」
「それは良い。さっそく頼んでみよう」
うさぎの潜在能力に気づいたフランはペンドの提案に頷き、うさぎの元に近づく。
直樹を選んだから、うさぎが付いてきた。ただそれだけの理由だったはずが、調べてみるとでも素質はピカイチ。ひょっとしたら後世に名を残せるぐらいの可能性を秘めている。
「うさぎさん、頼みたいことのですが?」
「ペンギンさん、どうしたの?」
ペンドが声を掛けると、読みのを辞め不思議そうにペンドを見上げ首をかしげた。
「精霊達に言葉を教えてもらえませんか?」
「言葉を教える? それはうさが先生?」
「ええ、そう言うことになりますね。もちろん私も手伝います」
「うん。うさ先生になる」
すぐにお願いを理解したうさぎは絵本を閉じ、立ち上がり嬉しそうにピョンピョン跳び跳ねる。精霊達も最初はキョトンとするものの、嬉しそうなうさぎを見て飛び回る。しかし精霊達は先生と言うものを知らない。 ただうさぎが喜んでいるから嬉しい。
「ところで、せんせいってなに?」
「さぁ?」
「なんだろう?」
「先生と言うものは、知らないことをいろいろ教えてくれたり怪我を治したりする人のことです」
『おお~』
ようやく知らないことに気づくさくらの問いを誰もが首を傾げる中、ペンドが簡単な答えを教えると歓声があがった。
「みなさん、初めまして。田沼うさぎです。出席をとりますから、名前を呼ばれたら元気よく手をあげてはいと言って下さい」
授業が始まりうさぎは懸命に、担任の保育士の真似をし大人ぶる。
ようやく全員精霊が揃ったものの予想通り五人の名前はまだ付けられてなく、そう言う場合はパートナー名になり付けてもらうまで待つことになっていた。いつまで待っても付けてもらえない精霊には、担当者が付けるのだが、そう言う人達は当然残らず諦める。
え、そう言う精霊はどうするかだって?
それは普通は寿命になり大地に帰るのだが、事故でパートナーを亡くしたり諦めた地球人の精霊は、野生化するか誰かの第二のパートナー精霊になる。
そしてしばらくは何事もないどころか徐々に活気に満ちた教室へと変わっていった。しかしそれに馴染めない精霊達もいた。
「ではエーくん、これはなんでしょ?」
「………」
返事はない。
うさぎは不思議に思いマイケルの席を見るのだが、そこにはAがいない。
「エーくん?」
「だあ~」
戸惑いながらAの名を呼び辺りを見回し捜すと、どこからともなく体格の良い精霊が現れうさぎにタックルする。
うさぎは突き飛ばされるがペンドは間一髪で庇い難を逃れた。当然驚き痛いこともあり、泣き出す。
「パパ~」
「なにすんだよ? うさぎをいじめるな!」
「そうだよ。うさぎにあやまれ」
すぐに双子は飛び出しうさぎを護る。
「うさぎ、なかないで」
「なおきをよんできましょうか?」
「わ~ん」
あやすさくらと菫だが効果はない。
一回泣き出すとなかなか泣きやまず毎回直樹でさえも苦労していた。
「なんでそんなことするんだい?」
「だぁだぁ、わぁぶー」
「え、こどものくせになまえいだ? おれはにんげんなんかと、なかよくしたくない?」
精霊同士では言葉がわかるらしく、怒り任せに言いたい放題のAの言葉を復唱する。ただその意味はジャンヌ達には分からなかった。
「くーはことえがだいすき。う~んとやさしいんだよ。ねぇかい?」
「うん。おいらもことえがだいすき。もっといろんなことをしたい」
だから双子は幸せそうに古都音のことを話すが、それはAにとって逆効果でもあり顔を真っ赤に染まらす。
Aのパートナーは自分にまったく感心がないようで、地球では一度も外に出させて貰えず指輪を外され名前も適当。たった一日で彼はパートナーが嫌いになってしまった。だから幸せそうに話す精霊が憎い。すべての人間が嫌い。
「だぁだぁ」
「やったな? こいつむかつく」
「いたいじゃないか」
今度は双子にタックルし、喧嘩は始まる。
「三人とも辞めなさい」
「わ~ん、パパ」
他の精霊達も巻き込みあっという間に、教室は戦場となる。ペンドの注意は虚しくも精霊達の耳には入らず、うさぎは泣き止む様子がない。
「師匠なんとかして下さい」
「仲間の絆とは喧嘩してさらに深まるもんだよ」
「この場合は違うでしょ? うさぎさん、泣かないで下さい。もう怖くありませんから」
荒れ放題の教室を呑気に眺めながらフランは笑い、弱冠違う理屈に頭を痛めながらも泣き止まないうさぎをあやす。
喧嘩で仲間との絆を深めるにしても、今の状況では余計亀裂が深まるだけだ。
そして
「悪ガキども、いい加減にしなさい」
フェスが現れ激怒するなり反応を待たず、魔法を一発ぶちかますのだった。