Ⅶ.ライオンの考え
「お前も大変だな。ああ言う異常なファンがいて」
そんな姉妹を見ながら私達は脱力し、タヌキは唖然と呟く。私もそう思う。
「本当はすごくありがたくて大切にしないといけないのだけど、本音を言うとさすがに度が過ぎて怖いんだよね? どこにでも現れる。………土曜北海道、日曜沖縄、月曜京都で握手会をした時もいたんだよ………しかも更に何枚も買って………」
と苦笑するライオンさんが、話しているうちに顔が青ざめ何かに怯えだす。
確かにそれは下手な怪談話よりよっぽど恐ろしく、私だったら完全に夢でうなされトラウマになりかねない。
噂で耳にはして半信半疑だったけれど、すべて本当のことだった。そう言う人は毎月いくらもらっていたり、握手券のために買ったものはどうしているのかすごく気になる。アイドルの追っかけのように中古屋とかオークションで売るんだろうか?
だけどいくらお金があったとしても、さすがにそこまではしない。せっかく遠出をするのだから、観光もして楽しみたいかな? それに未開封で転売するのはどうかと思うんだよね? 罪悪感がある。
「それってすでにストーカーレベルじゃん。ファンこえ~」
「流石にストーカーはされてないよ。たまに事務所周辺で見かける程度」
『…………』
一般人の許容範囲を越えていてすっかりドン引きタヌキに、ライオンさんは弁解するけれどそれは残念ながらストーカー予備軍。
本当にこれ以上関わりたくないけれど、学舎に通ってる間はもう一波乱も二波乱もありそう。
「だけど二人ともありがとうな?」
「え、何が?」
「俺達タヌキくんに感謝されることしたっけぇ? 寧ろお礼をするのは俺だと思うけど」
突然元に戻ったタヌキから身に覚えのない感謝をされてしまい、首を傾げ確認するとライオンさんも同じくのようだ。
しかし私にはライオンさんにも感謝される覚えがまったくない。
何かしたっけぇ?
「うさのことをちゃんと一人のメンバーとして考えてくれてることだよ」
「は、そんなの当たり前じゃない?」
「そうだよ。俺達は………」
「ライオン? やっぱりうさが邪魔なのか?」
「違うんだ。うさぎちゃんは俺達の大切な仲間だよ。ただ………」
ライオンさんの歯切れの悪い答えにタヌキも沈んでしまい私達の空気は最悪に重くなり、息苦しくて何を言って良いのか分からない。下手なことを言ったら終わる。
ライオンさんはうさちゃんのことが嫌いなの?
「………五人目のメンバーって勝手に決めて良いのかな?」
「え?」
「そう言えば俺達のパーティー一人足りないよな? ライオン入れたい奴いるのか? 奥さんとか彼女とか子供とか?」
「え、彼女はともかく実は結婚してるんですか?」
ようやくライオンさんは話始めるけれど、タヌキのお陰で私はビックリしすぎて開いた口が塞がらない。
有名な声優ほど極秘で結婚してるらしいけれど、ファンとしては複雑なんだよね?
結婚するならちゃんと報告して欲しい。そしたら祝福する。
でもまぁ彼あの姉のようなファンが、許せず大炎上するんだろうな。
声優だって人間なんだから結婚するのは当然なのに、なんで大炎上するまで批判するんだろうか?
「してないよ。入れたい人って言うのは、俺の姪なんだよ」
「姪? なんでまた?」
最悪自体は免れはしても、それは意外過ぎる人。私もタヌキの問いに深く頷く。
「姪は重い心臓病で幼い頃から、入退院を繰り返しててね」
「もしかして私のように、こっちだったら自由になれる?」
「そうなんだ。キツネちゃんを見ていたら藍もあんな反応するのかなって思ったらね」
答えは重すぎる話ではあるけれど、ライオンさんは最後には笑顔に変わっていた。。そんな顔を見ると力になってあげたいと思うのはファンの定め。
ううん。それだけじゃない。
出来ないことが出来るようになると、どのぐらい嬉しいのかを知っている。
姪なんだから、大炎上はしないだろう。
「私もライオンさんと一緒に行くから、ペンちゃんに頼みに行こうよ」
「そう言うことならオレも行くぜ?」
「ありがとう。二人とも」
思わず身を乗り出して、偉そうに意気込む。タヌキも乗り気だから、間違ったことは言ってないんだと思う。それにライオンさんからも感謝される。
「なら善は急げと言いたいところだけど、もう少ししたら始まりそうだから休憩時にでも」
焦る気持ちを抑えながら、冷静な選択をしてみる。気がつけばさっきより人数が増えていて、白人のグループをいた。と言うことは日本人だけではなく中国人韓国人もいるかもしれない。国際交流はチャンス?
そうこうしているうちにマデリーネと人間姿の背の高い漢そのものの人が教台に立つ。
「全員揃ったようなので、まずはホームルームを始めますね。私はマデリーネ。主に基礎知識を教えます。皆さん仲良くして下さい」
「オレはキング。実践を備えた体力作りを担当する。一緒に頑張ろうじゃないか?」
お決まりのように二人は名を名乗りの反応は良くても、いかにも体育会系のキングさんにはみんな少々引き気味。
体力作り。運動は苦手だけど、体力になら自信がある。でもこの肉体なら運動もそれなりに行けそうかも知れない。
……木登りしたいな。
「じゃぁペンちゃんの所に行こうか?双子が良い子にしてるかも心配なんだよね?」
「だな。オレもうさが気になる。いじめられたりしてないよな」
異世界の状勢の講義が終わり、待ちに待った休憩時間。
ライオンさんに気を使わせないよう私もタヌキもそれだけではないことを強く主張。
本当に双子が騒ぎを起こしてないか心配。根は良い子なんだけど、まだ幼児と同じだから一つの事にしか頭が回らない。
だから好奇心旺盛すぎてさっきみたいなことがなければ良いんだけど。
タヌキの心配はしすぎなんだと思う。
あの天使を誰がいじめる?
もしいじめる精霊がいるとしても、うちのパーティーの精霊達が黙ってはいない。
異世界の状勢は法律が国ごとではなく全体が基本となる法律があり、移住地内では警察がいるためおおむね平和。
法を犯すと理由がない限り島流しされ一生隔離。そこは地獄のような場所だと言われている。一番怖いのは野性の猛獣が入ってきて暴れることだとか。
なので移住地外に出てしまうといくら法は通用するとは言え、猛獣には危ないから自分の身は自分で守らないといけない。
と言っても滅茶苦茶強い猛獣はごく一部で、戦闘職業だったら倒せる程度だから安心して良いらしい。
そこでライオンさんと話し合って想像した所、RPGの雑魚モンスター位だと思っておけばまず間違いがないだろう。
そこまで治安が悪くないのには安心したものの、キングさんの言う通り体力作りは大切だってよく分かった。
そしてそれを漏らすことなくメモが取れてそこは嬉しかったりする。
「そうだね。それにしても不思議だよね? 日本時間だと二十三時から五時までゲートが開いて、寝ると魂が転送されるなんてね」
その事に気づいているライオンさんは再びお礼を言うことはなく、別の話を始め立ち上がり行動開始。
イチイチお礼を言われるのは嫌だから、これでいいと私は思う。
「その間地球での一時間がこっちでは二時間のスローで流れる。意外にしっかりしてる設定ですね」
「現実なんだから設定って言うなよな」
と話に合わせ感心していると言い方がおかしかったらしく、タヌキから激しい突っ込みを受ける。
言われてみれば確かに設定ではなく、仕組みと言う言葉が正しい。でも謝るのも違うだろうから、スルーしてやり過ごそう。
「これからはなるべく日付が変わる前には寝ないとね?」
「大丈夫なんですか?」
「さすがに午前様になる仕事は週一あるかないかだよ」
軽くライオンさんは答えるけれど、まったく軽い話ではなく大変な話。それでもそうやって言えるのは、やっぱり声優って言う職業に誇りを持っていて大好きだから。ただ趣味のために働いている私とは大違い。仕事に誇りも好きもに嫌いもまったくなし。
「声優ってもんは大変なんだな? オレの職業には午前様は無縁だよ。まぁ飲み会の二次会三次会ならあるが、それもシングルファザーには無縁だからな」
「市役所勤めがそんな残業なんかしたら、税金泥棒じゃない?」
「そりゃそうだ」
これにはタヌキも話に加わりバカなことを言い出すから、今度は私が突っ込みを入れ三人で笑い合い終了。
そして急ぎ足でペンちゃんの所に急ぐ。
いい加減話に行かないと、話す時間がなくなりそう。