Ⅳ.異世界での肉体
こちらの世界で眠ったと思ったら、私に割り振られた向こうの世界の部屋で目が覚める。
改めて部屋の中を良く見渡せば、やっぱり中世風……だと思う。
暖炉や窓にはステンドグラスはもちろんベッドなんか天井付きで机や本棚にクローゼット。ソファーや三面鏡まであって、完全に人が住める部屋だ。
それにしても色々あり疲れていて睡魔が襲っていたのに、今は眠くもないし疲れも完全に取れている。
二つの世界で別の肉体。
こっちの肉体は充分に休息しているから、疲れは取れている。
つまり魂は睡眠を取らなくても平気ってこと?
『ことえ、おはよう』
「おはよう。空海」
私より早くこっちに来ていた双子は遊んでるのを中断させ、元気よく朝の挨拶を言いながらやってくる。
こちらの世界では朝。
なんだか可笑しな現状だと、思いつつも起き上がると、
「あれ?」
今まで感じたことがないぐらい身軽な気がした。
この世界の重力が軽いのかな?
「ことえ、おてがみ」
「手紙? ……起きたら昨日の場所まで来て下さい。ペンギン」
空に手紙と言うか可愛らしいペンギンのイラストが書かれたメモ用紙を渡され、読むとペンちゃんだった。
相当ペンギンが気に入っていることがよく分かる。
「うさぎに、あえる?」
「会えるよ」
「はやくいこう?」
「ちょっと待ってて。身だしなみを整えるから」
双子はうさちゃんが好きらしく急かされるけれど、いつもは気にしない身だしなみを三面鏡の前で整える。
化粧に興味がなく出来ない理由から、この歳になっても素っぴん生活。
でも流石に洗顔後肌が痛くなるので、すべてが一緒になった化粧水とリップは付けている。
なのに今は洗顔しても痛くないし肌ももっちり。
「みだしなみ?」
「外見を綺麗にするの。ほら海もこれでカッコ良くなったでしょ?」
そこへ不思議そうに首をかしげ復唱しながらやって来る海を、鏡の前に座らせそう言いながら乱れた襟足を整えて見せる。
「ほんとうだ」
「かい、じゅりゅい。くーもみだしなみ」
満足らしく笑顔の海に、頬をぷーと膨らました空もやって来て鏡の前に座る。
空は私と同じで髪が乱れていてワックスがあったため、いたずら気分でオールバックにしてみる。
しかしこれはこれで可愛いかも?
「ほら、これで空もカッコ良い」
「しゅごい。ことえ」
その姿にこちらも満足らしく、目を輝かせ鏡に釘付け。
私のことを尊敬してくれるのはいいけれど、きっと今だけなんだよね?
そのうち私よりなんでも出来るようになって、私を馬鹿にはしないと思うけど尊敬はしてくれない。
だって私は何も出来ないから………。
「…じゃぁ行こうか?」
『うん』
後ろ向きな私が目を覚ます前に気を取り直しわざと明るく振る舞い、双子を私の肩に乗せ部屋を出る。
「皆さんには今日から一週間、この世界のさしすせそを学んでもらいます」
広間に行くともうみんな揃っていて、双子はうさちゃんの元に行き私は席につくと、さっそくこれからやるべきことを伝えられる。
てっきり冒険開始だとばかり思っていたけれど、現実なんだからそう都合よく進むはずないか。
「確かにいきなりこの世界に放り出されても困るからね。精霊達も生まれたばかりで、言葉ですりゃ片言」
「はい。ですから精霊達には私が読み書きや基礎魔法を徹底的に教えます」
言われてみれば当然とばかりなことだけど、少し気が重くなりテーションが下がる。
常識だけならまだしも英語さえ出来ない私が、この歳で異世界語を覚えられる自信がない。
あれ?
でも精霊達だけ?
「ね、ペンちゃん。この世界ってひょっとして日本語だったりする?」
「違いますよ。このリングは翻訳機能も備わっていまして、文字もかざせばあなた達の読める文字に変化します」
「そりゃ便利だな」
ふっと思った違和感をぶつけてみると違いはしたけれど、それはとんでもなく素晴らしいマジックアイテムだった。
これにはタヌキとライオンさんも感心している。
だから何も知らない精霊達だけ教えるのか。
その精霊達に目をやると、ひらがなタブレットを使って仲良く勉強中。
双子が欲しいと言うので、カラオケの後それとうさちゃんオススメの絵本を購入。
帰宅後夢中で遊んでいて眠いから石の中に戻った時、どこにしまったかと思えばお持ち帰りしてたんだ。
双子の物以外にも絵本やおもちゃもあって、どこも似たような物なのかも?
「…託児所見たい」
「言えてる。ペンギン頑張れよ」
「任せて下さい。ではこれから学舎に行きますので、これを着替えたら再集合して下さい。あなた達のように選ばれた新米パーティーが五組ほどいます」
昨日より張り切ってるように見えるペンちゃんは、そう言ってテーブルに4着分を出す。
その中の可愛くてうさ耳付きのフードが印象的な衣装は、間違えなくうさちゃんのだろう。隣にはウエストリボンが特徴のデニムワンピースに、残りの二着は青の無地のVネックとデニム、デニムシャツとデニム。
てっきりペンちゃん見たいなファンタジー衣装だと思っていたのに、ファンタジーでもなければ中世らしくもない普通の服装。
少しがっかりだ。
だけど私達と同じ境遇の人達と交流できるのは、 楽しみでもある。
「な、ペンギン。一つ聞いて良いか?」
「はい、なんでしょう?」
「オレ達のこっちの肉体はあっちの肉体とは違うものなんだよな?」
「ええ。外見は似せていますけど、違う方が宜しかったでしょうか?」
柄にもなく真顔で真面目な問いをするタヌキだけど、ペンちゃんは質問の意図がイマイチ分からず首をかしげなからも答える。
私も何を聞きたいのかわからない。
「いいや。と言うことはやっぱりキツネの障害はこっちの肉体にはないってことだよな?」
「え、そうなの?」
タヌキ自身のことではなく私のことで、それは思ってもない夢のような話だった。
でも言われてみれば肉体が違えば、私の障害がなくなる。
「はい。そう言うことになりますね」
あっさり答えられてしまった。
いきなりそんな事を涼しげに言われても、すぐには実感が湧かなくてぼーとしてしまう。
さっきから感じる身軽さは重力が軽いわけではなく、それが普通なだけ……。
「へぇ~、だったらひょっとして俺達地味に若返ってない?」
「それはこちらの世界とあなた達の世界とは時間の流れが違うだけです。ここの人の平均寿命は百三十年ぐらいで、成人年齢は三十三才。つまりあなた達はこちらの世界だとまだまだ若造なんです」
どうしてペンちゃんはそう言う大切なことを軽く言うんだろうか?
本当に軽い内容だと思ってる?
確かに年齢なんてたいしたことではないかも知れないけれど、障害がなくなるのは充分にたいしたことがある。
…………。
試しにバランスを崩してうまく出来ないケンケンパをしてみる。
「あ、出来た。しかも速く出来る」
呆気ないぐらいに簡単に出来てしまい、面白くってバカのように広間をケンケンパで回る。
これってこんなに面白いものなんだ。
「おもしろそう!! かいもやる」
「くーも。どーやってやんの?」
「うさ、知ってる。ケンが片足で、パーは両足。こうやってやるの。ケンケンパ、ケンパケンパ、ケンケンパ」
『わかった。けんけんぱ』
言うまでもなく双子が飛び付きうさちゃんの説明で他の精霊も興味を示し、あっと言う間に私を先頭にしたケンケンパ行列が出来騒ぎになってしまう。
「何やってるんだか?」
「仕方がないよ。俺達にしてみれば簡単に出来る何気ないことでも、キツネちゃんのような人達には難しいことなんだと思うよ。それが突然出来るようになれば、誰だってあんな反応をするんじゃないかな?」
「それもそうだな。だとしたらここは暖かく見守るべきだな」
「私もそう思います。それにしてもあんなに喜んでくれると、キツネさんが選ばれて本当に良かったです」
そんなお馬鹿な私をタヌキは少し呆れはするけれど、ライオンさんのおかげで理解してくれ言葉通りしばらくの間は暖かく見守ってくれていた。
しかし30分後…
「いい加減にしろ!」
バシッ
さすがに痺れを切らしたタヌキにどつかれ、ケンケンパ騒ぎは終了する。