Ⅲ.コンタクトを取るなら握手会?
「物の見事に女ばっか」
「ライオンさんは人気者なんだね」
タヌキの握手券も無事ゲットして、一番後の席で開始待ちの中の会話。
周りに圧倒されまくるタヌキと、目をキラキラさせるうさちゃん。
きっとタヌキにしてみればこんなことがなければ、声優オタク事情なんて一生無縁な世界だったんだろう。
うさちゃんはまだ分からないけれど、私がきっかけを作らないようにしよう。
「うん、そうだね?」
「ライオンさんはお歌を歌う人なの?」
「まぁそんな感じかな?」
声優を説明できるはずもなく、歌手活動もしているためそう言うことにした。
実際この握手会もCD発売記念で、今もその新曲が流れ続けている。
後でライオンさんに事情を話して、口裏を合わせてもらおう。
「すごいね。ライオンさんはうさにお歌を教えてくれるかな?」
「頼んでみたら教えてくれるんじゃない? ライオンさんは優しいからね」
「うん。頼んでみる」
「かいも」
「くーも」
「そうだね。でも今は大人しくしててね」
うさちゃん以上に好奇心旺盛な双子も歌に興味を示し鞄から身を乗りだし、こちらも目をキラキラさせ騒ぎだそうとするので小声で忠告し軽く押し込める。
さくらとタヌキの精霊菫は大人しく石に入っているのに、双子と来たら嫌がって仕方がなく鞄に入れていた。
何にでも興味を示すのは良いことなんだけど、世間にバレたら騒ぎになるだけではすまされない。
「お前にそっくりだよな。その点菫はオレに似て賢いぞ。落ち着きがあって誠実なんだ」
「双子が私に似てるのは百歩譲って認めるけれど、あんたは賢くも落ち着きもないで」
「パパとキツネさん、喧嘩はダメなの」
『はい、すみません』
売り言葉に買い言葉で言い合ってる中、うさちゃんに怒られ終了。
これが私とタヌキのコミニュケーションと言っても、うさちゃんには分からないだろう。
周囲を見れば数人から笑われていて、恥ずかしさがさらに増す。
それはタヌキも同じだった。
シュンと小さくなる私達。
そんなこんなで握手会は始まる。
「うさちゃん、ライオンさんには聞かれたことしか答えたらダメだよ。昨日のことは秘密だからね」
「うん、分かった」
もうすぐ順番が来るので、うさちゃんに最終確認。
まったく分かってませんと言う顔に若干不安を抱くものの、その言葉を信じて見守るしかなかった。
まぁうさちゃんがライオンさんと仲良くしててもそんなに叩かれないとは思うし、何かあってもタヌキが何とかしてくれる。
私も言葉には気を付けて、いつも通りの接し方をしないとね。
CD期待通りの元気になれる曲でした。
今日は私の誕生日なので頭なぜな…この後気まずくなるから止めとくか。
今度のイベント楽しみにしてます。
うん。シンプルだけれど、これでいこう。
これからは毎日会えるんだから、握手会は今回限りで良いよね?
「オレは一体何を話せば良いんだ?」
「うさちゃんのフォローで良いんじゃない?」
「それもそうだな? まぁこれからは仲間なんだし、応援ぐらいはするか」
困っているタヌキに軽く助言して解決されるのは良いけれど、気が緩んだのか際どいことを言って自分の優しさに覚える。
危ないのはうさちゃんではなく、意外にもタヌキなのだろうか?
ライオンさんと仲間なんて、ファンの前で言わないで下さい。
私もこう言う所では、ライオンさんと言うのは辞めよう。
殺されます。
「ねぇパパ。なんでライオンさんと握手してお話しすると泣くの? ライオンさんはいじめっ子なの?」
「多分大好きだから握手して話すと嬉しくて泣くんだと思う。な、キツネ?」
「そうそう。涙は嬉しくても出るんだよ」
「ふ~ん、変なの」
私にしてみれば普通の光景でも子供にしてみれば奇妙な光景のようで、理由を教えても首をかしげ素直な言葉を言われてしまった。
感動は難しい感情?
「うさにもそのうち分かるよ」
「うん。あ、キツネさん、次だよ」
「そうだね。海、頼んだよ」
「うん。てがみわたす」
と言って張り切る海を軽く握りスタンバイOK。
係員の指示に従いライオンさんの目の前にいく。
「いらっしゃい。やっぱり来てくれたんだね?」
「え、あはい」
爽やか笑顔に心臓が高鳴って、頭の中が真っ白になる。
「新曲、元気になれる曲でした。今度のイベント楽しみにしてます」
昨日は結構うまくしゃべれたと思ったのに、今日はいつも通り声が裏返っていると思う。
「ありがとう。これからも宜しくね」
「あ、はい」
普段通りの当たり障りのない会話なのに、今日はいつもと違うニュアンスの気がした。
今日のは異世界でもよろしくってこと?
海はうまい具合にズボンのポケットに忍び込む。
それはライオンさんにも分かったのか、頷かれた後私の耳元で
「キツネちゃん、お誕生日おめでとう」
甘く囁かれ、私の番は終わった。
天にも登る気分とはこう言うことなんだろう?
幸せすぎて、死にそう。
でも、なんで私の誕生日知ってるの?
「ライオンさん、こんにちは」
「こんにちは。パパと来てくれたんだね」
「うん、キツネさんが連れてきてくれたの」
「そうなんだ。来てくれてありがとう」
次のうさちゃんの番で子供らしく元気の良い大きな声。
周囲が違和感を感じ弱冠ざわめくけど、誰かがからくりに気づき、それからは微笑ましく見守られる。
子供だから、許される。
「ライオンさんはお歌が上手いんだね?」
「ありがとう。君は、歌は好きかな?」
「大好き。一人で歌ったり、パパと歌ってるよ」
「楽しそうだね?」
「うん。今度ライオンさんも一」
「そんじゃ、頑張れよ」
余計なことを言おうとするうさちゃんの口を塞ぎ、無理矢理話を終わらせようとする。
でもうさちゃんにしてはよくやったと思う。
「ありがとうございます。じゃあね」
「うん、バイバイ」
最後は可愛らしく手を振り、笑顔でお別れ。
後でたくさん話せると良いね?
「お待たせ」
「お仕事お疲れ様です」
握手会が終わり一時間後。
待ち合わせに指定した会場から四駅離れたカラオケボックスに、ライオンさんはようやくやって来た。
私がよく知っている爽やか笑顔のライオンさんを見て、肩の荷が下りたかのようにホッとして嬉しくなる。
こうしてちゃんと手紙を読んで連絡を取り合い来てくれたと言うことは、私達と同じ気持ちでこちらの世界でも交流をしたいってことなんだよね?
なんだか夢みたい。
「ありがとう。タヌキくんとうさぎちゃんまで来るなんて思わなかったよ。キツネちゃんと仲が良かったの?」
「高校で同じ部活で携帯番号が変わっていなかったから、あっさりと合流できました」
「そうなんだ。俺もすぐに君達と合流出来て良かったよ。これからあっちの世界で、冒険する仲間だもんね」
それでいて予想以上のフレンドリー感で願ってもいない嬉しい申し出で、なんだかさっきのライオンさんとは別人のようだ。
今までのライオンさんは存在はしているけれど、近くにいても手の届かない遠い遠い存在。
そう芸能人のオーラ? って言うのをまとっていた。
それなのに今のライオンさんは、友達みたいな身近な存在になっている。
あ、そうか。
昨日もそうだったから、私はそんなに上がらずしゃべれたんだ。
「そうですね。こっちでも仲良くしてくれたら嬉しいです」
「もちろんだよ。でもこっちだとなかなか会えないと思うけれど、それでも宜しくね」
そうと分かれば調子に乗り暴走する私だったけれど、ライオンさんは嫌がることなく頷いてくれ申し訳なさそうに当たり前のことを告げた。
そんな事は最初から分かっていたから、仲良くしてくれるだけでもありがたい。
「ライオンさん、うさとも仲良くしてね。お歌を教えて欲しい」
「喜んで。一緒に歌おうね」
「うん!!」
さっきは言えなかったうさちゃんのお願いは無事に聞き入れられ、その後は童謡のカラオケが続きほんわかムードで幕を閉じたんだけど……。
途中うさちゃんが『ミラクルアニマル』のマイケルくんのキャラソンをライオンさんにリクエストして、鼻血が出そうになり失神仕掛けたのはここだけの話。
ミラクルアニマル
ドジなペンギンの女の子としっかり者のうさぎの男の子が変身して、悪の組織にゃんだ-から世界を守る児童向けアニメ 幼稚園児から小学校低学年を中心に大人気。
ライオンさんはうさぎの男の子の声の他、多くの人気声優が出てるため、大きな友達にも人気が高い。