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ⅢⅩⅡ.コアラの母親

『藍ちゃん、こんばんは』

「皆さん、いらっしゃい。わざわざありがとうございます」


 ライオンさんの案内でコアラちゃんの病室までやって来て中に入ると、ライオンさんに似た女性もいたので本名で挨拶を交わす。

 おそらくこの女性がコアラちゃんのお母さんでライオンさんのお姉さんなんだろう。

 コアラちゃんはパッと笑顔になって可愛いのだけれど、お母さんがいる手前バカを晒したくない。

 一応私達はライオンさんの友達でコアラちゃんとはソーシャルゲームでパーティーを組んでいることになっている。

 大体あってはいる。


「姉さん、紹介するよ。月島古都音さんと田沼直樹くんに娘のうさぎちゃん 」

「よろしくお願いします」

「姉の砂羽です。藍と庵と仲良くしてくれてありがとうね」

「え、俺の事も?」

「当たり前でしょ? あんたも私の子同然なんだから」

「それを言われるとなんとも」


 随分気さくで物分かりが良さそうなお姉さんのようで、ライオンさんは恥ずかしそうに笑うだけ。


 そう言えば以前ラジオで、


 姉とは一回り離れていて母親を早くに亡くしたのもあり、ほぼ姉に育てられた。姉には頭が上がらない。


 って言ってたな?

 それによく見るとライヴ会場で何回か見たことがある。

 ノリが良くファンを庵さん同様大切にしてくれてるとか。


「じゃぁ私はしばらく外すわね? 何かあったらナースコールするのよ」

「はい、分かりました」

「庵、よろしく。皆さんはどうぞごゆっくり」


 そう言い残して砂羽さんはあっと言う間にいなくなった。

 どうせなら砂羽さんとも話して見たかったけれど、そしたら双子達が茅の外になるからしょうがないか。


「元気の明るそうな姉貴って感じだな?」

「そうだね? なんでも気軽に話せそう」

「はい。私の自慢の母さんです。庵兄さんそうですよね?」

「まぁね。姉さん様々だよ」


 タヌキから見ても砂羽さんは好印象で私も絶賛すると、コアラちゃんもライオンさんも嬉しそうな反応を見せる。


 私もあんなお姉さんかお母さんがいたら、自慢だと思う。

 まぁリアルの母親もそれなりにいい人だけれど、私はお父さんっ子だからな。


「うさはパパが自慢です」

「そうだね? タヌキさんは優しいもんね」

「うん」


 そこにうさちゃんが迷いなく元気に話しに加わり、コアラちゃんは微笑みながらうさちゃんの髪をなぜる。

 お母さんを羨ましがられないで良かったと思いながらも、タヌキの反応が気になりなんとなく視てしまう。


「さ、お見舞い品を渡さないとな」


 さずがに恥ずかしいらしく頬を赤く染まらせ話題を変え、さっき買ったリースを素っ気なく差し出す。

 こう言う所は高校時代のままでタヌキらしい。

 だから私もからかわず話を合わせバッグから可愛く包装したつもりのお見舞い品を取り出し渡す。


「これ私のおすすめの漫画とこの前話した店の洋菓子」

「ありがとうございます。タヌキさんも可愛らしいリースをありがとうございます」

「早速飾るよ。あそこで良い?」

「はい。よろしくお願いします」

「うさはコアラお姉ちゃんの似顔絵を描きました」

「うわぁありがとう。上手に描けたね?」


 どれもとっても喜んでくれるコアラちゃん。

 やっぱり一番の贈り物はうさちゃんのようで、喜び方が私達とは違う。

 分かってはいたけれど、手作りの贈り物は格別。

 うん、私には絶対に無理だな。


「よかったな。藍。……そう言えばジャンヌ達は?」

「え、いない?」

「ポムが病院を案内するって言って、出て行ったよ。ちゃんと静かにおとなしくするから大丈夫だって」


 精霊達がいないことに気づき焦る私達だったけれど、うさちゃんにちゃんと言ってあったようで最悪事態は免れる。

 全員一緒であれば、問題は起こさないだろう。

 しかし静かにおとなしくって似たような言葉を並べただけだと思う。

 海が言ったんだろうか?


「まぁいいか。それよりバンドの詳細決めようぜ?」

「ねぇそれやっぱりマジでやるの?」


 ここでもそう言う話になり、もう無理だと思いつつ最後の悪あがき。。


「キツネさんは反対なんですか?」

「別に反対って訳ではないけれど、そんな世の中甘くはないような」

「キツネちゃん、夢は頑張っていればいつか叶うんだよ」

「………」


 しかし私一人のために却下もしたくなく一般的なことを自信なく答えてみれば、ライオンさんは普段から言っている熱血漢のような台詞を迷わず言う。

 だけど夢を叶えた人だから言える言葉であり、多くの人はそうじゃないと知っている。


「世の中って別にプロを目指すんじゃないから、気楽にやればいいんだよ」

「え、趣味なの?」


 タヌキの初めて聞く言葉に思いっきり驚き、自分の早とちりが恥ずかしくなり小さくなる。


 確かにいくらなんでもプロなんて目指すわけないよね?

 馬鹿みたい。


「そう。だからキツネはドラムをやってくれ」

「なっ?」


 思わぬ無茶ぶりに声が出てしまう。

 いくら趣味とは言え、楽器とは無縁な人にそれはないと思う。

 他人に聴かせる以上、最低でも当たり障りのない音楽にするのは当たり前。

 音楽に見放されている私には到底無理だから、裏方をやった方が良いだろう。


「タヌキくん、無理知恵はよくないよ。キツネちゃんがやりたい楽器をやればいいんだよ」

「……ドラムなら誠さんが経験者なんだって。スカウトしてみようか?」


 助け船を出してくれるライオンさんはありがたいけれど、あくまでも何かしらの楽器をすることが前提になっている。

 不可能な願望を呟きため息を吐き凹む。


 でも出来ないって決めつけないで教わってみたら意外になんとかなるかもしれないけれど、問題外だったらそれこそ迷惑が掛かる。

 私なんてやっぱり裏方がちょうど良い。


「誠さんってドラムもなさるんですね?」

「そうなんだよ。スカウトもされたらしいよ」

「そりゃすごいな。ならまずは話だけででもしてみるか」

「そうだね?」

「え、まさか誠さんをスカウトするの?」

「? キツネが言ったんだろう?」


 おかしな誤解が生まれたらしく、皆さん結構乗り気である。

 確かに誠さんだけなら私も乗り気だけれど、この場合だけではすまされない。


「でも華恋はどうするの?」

「今日のダンジョン攻略の成績が良い方を仲間に加えるのはどうだ? あそこのチーム店を出すとかで冒険には出ないとかで、九条とあいつが他に行くとか言ってるらしい」

「そうなんだ。俺も昨日ペンギンくんから相談されたんだよ。ひょっとしたらって」


 タヌキとライオンさんは誠さんの弟卓さんとも仲が良く詳しい事情を聞いているようで最悪事態の心配はないらしい。

 こんなこと言っちゃ悪いけれど、華恋が誠さんに勝つなんてありえない。

 お金でも釣れなさそうだし。

 ただオタクの底力は恐ろしくすごいものだから、万が一と言うことがあるけれど、それだって可能性は低い。


 ダンジョン攻略とは卒業試験みたいなもので、そこで各人の技量を判断するらしい。

 不合格はよほどのことがないとないらしいけれど、パートナー精霊との相性が最悪ならもう一週間の補習だとか。

 でもそうなったら大半が辞めていくそうだ。


「それならこの件はタヌキとライオンさんに任せるとして、私達もダンジョン攻略を頑張らないとね」

「そうですね? 初心者向けだとの事ですが、やはり不安です」

「大丈夫だよ。ペンギンくんも同行するって言ってたし」

「モンスターさん達と仲良く出来るかな?」


 慎重なコアラちゃんだからこそ不安が大きいけれど、ライオンさんとうさちゃんは期待に満ちあふれたすがすがしい笑顔。

 私はと言えばもちろん不安もあるけれど、やっぱり期待とワクワクが大きいかな?


「お前ら本当にご気楽で良いよな? もうちょっと緊張感を持てよ」


タヌキの最大の不安は、私達のようだ。

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