ⅢⅩⅠ.お見舞い品は何が良い?
「今日は本当に疲れました。これからちゃんとやっていけるか心配です」
「ゆっくり焦らずやっていけば、きっと大丈夫だと思うよ」
「がんばります」
社会人始まって以来の波乱の一日が早く終わり、ライオンさんとタヌキとウサちゃんを待ち合わせ場所での会話。
これから先の不安をつい言葉を漏らしてしまえば、ライオンさんと言うか庵さんが笑顔で励ましてくれ頭ポンポンしてくれる。
だからなんだか魔法の言葉に聞こえて、少しだけ自信が持てそう。
私の兼任の話とは
なんでも我が社とアニメ分野の会社と提携関係を結び新な可能性を産み出すことで、まず初めに庵さんが所属する声優会社と提携関係を結ぶことになっていた。
赴任早々私は誠さんに連れられその声優会社に挨拶へと出向き、社長の宮橋みなおさんと庵さんの四人でこれからの話し合いをしてきたのだ。
みなおさんもまた人気声優で更に緊張したのは言うまでもない。
それで打合せ後そのまま直帰と言うことになり、元々今日はみんなでコアラちゃんのお見舞いに行くことになっていたから今に至っている。
本当は私がドンケツの予定だった。
「それにしてもキツネちゃんは宮橋さんを見てもオタ女にはならなかったよね? 偉いよ」
「いや偉いと言うか、緊張しすぎであんまり現実感がなくって」
「確かに。キツネちゃんってそう言う反応意外に静かだよね?」
「そうですかね?」
なんか知らないうちに納得されてしまう。
緊張興奮し過ぎて訳分からないことを言って、相手を困らしてしまうことが多々あるけど。
「あ、でも握手会で段差に躓き派手に転けた事があったか」
「覚えてるんですか?」
「うん。そんな漫画のような一コマ、初めて見たからね」
今では消したい黒歴史を懐かしむように言われてしまい、顔を真っ赤に染まり焦りまくる私。
もう十年前以上の昔のある一瞬の出来事なのに、なんであなたは覚えてるんですか?
「今すぐ忘れて下さい」
「それは無理かな? 俺が覚えてる最初のキツネちゃんだからね?」
「うっ……」
自分でも無理だと思っても念のため頼んでみるも、本来ならば嬉しいこと付きの却下をされるけれど、今はまったくと言って良いほど嬉しくなく言葉をつまらせ肩を落とす。
そんな最初いらなかった。
恥ずかしすぎて静かにココアを飲み干し窓の外を眺める。
いつのまにか景色はクリスマス一色のイルミネーションに変わっていて、もしこんなところを彼氏と歩けたら幸せなはず。
でも現実はそんなものいない……今年は彼氏じゃないけどライオンさんと歩けたらそれだけで私は幸せ。
それにクリスマス会もあるし、楽しみだな。
「あ、うさぎ達だ」
「本当だ。うさぎこっちこっち」
珍しく静かにしていた空海がうさちゃん達を見つけた途端騒ぎだし、うさちゃんも私達を見つけタヌキの手を離し一目散にこちらへやって来る。
今日のうさちゃんの服は紺のワンピースで少しだけ大人っぽい。
「キツネさん、ライオンさん、こんばんは」
「うさちゃん、こんばんは」
「うさぎちゃん、今日はわざわざありがとうね。タヌキくん」
「きにするなって。それよりうさ、手をいきなり離したらいけないっていつも言ってんだろう?」
「ごめんなさい」
うさちゃんの元気な挨拶に心癒されてると、父親のタヌキがうさちゃんをしかる。
父親として当然なことなんだけれど、やっぱりいつ見ても斬新でついガン見してしまう。
素直で良い子のうさちゃんは、反省してシュンとなり凹む。
「キツネ、何が言いたい?」
「え、タヌキも父親なんだなって感心してただけ」
「関心? 鬼とか思ってんじゃないのか?」
「確かにあんたは鬼畜ではあるけれど、うさちゃんには最高のパパでしょ? 今のは叱って当然だし」
なぜか私に対しても怖い視線を向けるタヌキに、私は首をかしげ答え続ける。
その答えにタヌキも呆気に取られた表情に変わった。
何か誤解されたのだろうか?
「うさぎ、遊ぼうぜ?」
「何して遊ぶ? 」
【ここは遊ぶ所ではありません。おとなしく絵本を読んでるか、指輪の中にいなさい】
「え~」
「くーは絵本を読む」
相変わらずの空海がうさちゃんを誘おうとするので、無理とは思いつつも強い口調で二者一択する。
絵本大好きな空は私の肩にちょこんと座り大人しく絵本を読みだすけれど、両方嫌らしい海は不満げな声を出し頬をプックリとふくらます。
しかしそれは私にとって最大級の萌え要素なので迷いもなく頬を軽くつまめば、観念したのか空の隣に座り仲良く絵本を読む。
「そう言えば二人とも夕飯はもう食べたか?」
「まだだから食べようか?」
「そうですね? うさちゃん何食べたい?」
「お子さまランチ。キツネさんは?」
「私はクラブサンドにしようかな?」
「うまそうだな」
問われた瞬間お腹の音が軽くなり、メニューを見ながら良さそうなのを選ぶ。
私の膝にちょこんと座りメニューを見るので聞いてみると、嬉しそうにお子さまランチを指差す。
ハンバーグやらエビフライやらとうもろこし入りのお城の形をしたライス。お決まりの国旗までついてお子さまランチの王道だ。
私はその隣のクラブサンド。こちらも王道っぽい。
となると決まって海が出てきて、よだれをたらし写真に釘付け状態。
ひょっとして最初にメニューを渡しておけば、静かにしてたとか?
今度試してみよう。
「俺はナポリタン」
「オレはカレーライスにするか。すみません」
注文はすぐに決まってウエーターを呼び、タヌキが代表してスムーズに頼む。
「そう言えばキツネはお見舞い品は何にしたか?」
「洋菓子の詰め合わせと、オススメのコミック」
食事を待つことしばらくしてからフッと聞かれたタヌキの問いに何気なく私は答える。
相手がオタクだからコミックがお見舞い品でも可笑しくない。
オススメと言っても自分ではそんなに片寄ってはいないと思われるコミック。
一般的には男性向けではあるけれど、女性が読んでもいけると思う。
「そうか。オレは花にしようと思うんだが、どんなのが良いんだろうな?」
「今ならクリスマスをイメージしたのが良いんじゃないかな? 例えばクリスマスリースとか?」
「キツネナイス。じゃオレ早速隣の花屋に行って頼んでくるな」
なんとなく思い浮かんだ品は評判が良いらしく、そう言ってタヌキは慌てて店の外に出ていく。
お役たてて何よりだけれど、クリスマスリースなんてすぐにあるものなのだろうか?
シーズンだから常備品も揃ってるとか?
「うさはコアラお姉ちゃんの絵を描きました。喜んでくれるかな?」
「絶対に喜んでくれるから大丈夫だよ」
「本当に? キツネさんも欲しいですか?」
「もちろんだよ。うさちゃんの手作りならなんでも嬉しい」
自信がないのかそんなことを聞く愛らしいうさちゃんに、私は即答で胸を張って答える。
子供嫌いの人にはただのごみかも知れないけれど、うさぎちゃんが大好きな私にとっては何よりの宝物になるだろう。
コアラちゃんだってうさちゃんを妹のように可愛がっているのだから、このお見合い品は大喜び間違えなし。
「うさぎちゃんはお絵描きも好きなんだね?」
「はい。ライオンさんは?」
「俺も藍も好きだよね? これは僕の考えたキャラで、こっちが藍の考えたキャラ」
「うぁぁ、可愛い」
するとライオンさんも私達の会話に加わり、バッグからスケッチブックを取り出し絵を見せてくれる。
それはライオンさんのキャラはファンクラブのマスコットにもなっているから私も知っているパンダのランリだった。
コアラちゃんのキャラは分からないけれど、コアラで瞳が大きく萌えキャラだった。
ランリと似たようなタッチだから、ライオンさんが描いたんだろう。
「これ今度のライヴグッズにしようと思うんだよね? ランリの友達って設定にして」
「それナイスアイデアです」
初めて知る情報に得した気分になりつい大きな声になってしまい、周囲の客も店員も私に注目され恥ずかしい思いをする。
またやってしまった。




