ⅡⅩⅨ.変わり始める地球での日常
「古都音くん、おはよう。早いんだね?」
「あ、誠さんおはようございます。この時間帯は比較的空いてますから、空いているんでそうなってしまいます」
最寄りの駅で降りて温かいココアでも買おうかなと思いながら歩いていれば、誠さんの声が私を呼び止め振り向くとやっぱり誠さんだった。
しかし誠さんって確かバイク通勤とか言ってなかったっけぇ?
「なるほど。満員電車は悲劇だからね? 私も夜に私用がある時は利用するけれど、やはり少し早く来てしまう」
「花金ですからね」
謎はすぐに解かれやたらに納得。
流石に呑んだ帰りにバイクで帰ったりしたら、飲酒運転で捕まるだけ。
「古都音、おいら達は遊びに行って良いか?」
「九時になったら戻るから」
「え~、もっと遊ぼうよ!」
【お昼まで遊んでて良いんだよ】
決まりでもないのにすっかり午前中は私の傍にいてくれる空海だけど、アンナはそうでもないらしくつまんないとばかりに双子を誘惑。
私も賛成なので後押しする。
子供は風の子。元気に外で遊ばないと。
『ありがとう』
「そんじゃ誠。遊んでくるね?」
【ああ。気を付けて遊んできなさい】
【空海もね?】
『は~い。いってきます』
そう言って空海達は仲良く飛んでいく。
「所で古都音くん達のパーティーは今後どうする事になりそうかね?」
「それがですね。バンドしながら世界中を冒険しようなんて話になってます」
「は、バンド?」
あまりにもアホすぎる答えに、目が点になりまじまじ見つめられる。
昨日の授業は今後の進路について話し合いがあり、世界中を回るのはすぐに決まったものの、なぜかバンドをしながらと言う飛んでもないおまけが付きつつある。
タヌキは高校時代バンドをしていたんだけど、発表の場は学校行事ぐらいのなんちゃってバンド。
それなのにライオンさんと大盛り上がり。
ピアノを習っていたと言うコアラちゃんも加わり、話は瞬く間に実現するため構想を練っている。
楽器ができない私は蚊帳の外でなんだか寂しい。
うさちゃんと一緒にタンバリンでもやろうか?
「夢物語ですよね?」
「いやそんなことない。出来ることなら私も参加したいぐらいだ」
「誠さんまで? バンドしてたんですか?」
「中学から留学するまでやってたよ。デビュー話もあったが、私達は趣味でやってただけだから断った」
新たなる誠さんの一面を知ることになり、今度は私が驚きを隠せず圧倒されてしまう。
この副社長様は本当になんでも出来る奇跡の人なんだな。
リアルでそんな人いるんだ。
「そうなんですか。誠さんが私達のパーティーなら良かったんですけどね」
「そのことなんだが。私達のパーティーは偉く方向性に揉めているんだよ。弟家族はどこかの町で喫茶店をしたいと言い出してる」
「喫茶店? なら冒険者にはならないんですか?」
今度は誠さん達の話になるけれど、そちらも突拍子のないことになっているようだ。
確かに冒険者にならなくても、やりたいことをやって良いとは言われている。
喫茶店を出したい人がいれば、バンドをやりたい人もいる。
世の中ってそんなもんなんだろうか?
「食材は自分達で調達すると言ってたから、軽くはするんだと思う。しかし彼女はもう反対。君達のパーティーと組みたいらしい 」
「はい? 冗談ですよね?」
これこそ爆弾発言だった。
いや華恋ならそう言うのは、目に見えていたのかも知れない。
この数日大人しかったからすっかり忘れていたけれど、最後だから大暴れしそうな予感。
考えただけでも寒気がする。
「冗談だと思う?」
「思えないです……」
「もちろん、私達は反対してるんだが、聞く耳持たず。おそらく今夜決行するのでは?」
誠さんも困りきってお手上げ状態らしい。
これでもし誠さんだけをスカウトしようもんなら、確実に私達は死ぬだろう?
そんなけして楽しくない会話が続く中、空海が真っ青になって戻ってくる。
【どうしたの?】
「ガマガエルがあっちの物影で睨んでみてる」
「すごく怖い気配がする。今アンナが見張ってる」
【ガマって………?】
「古都音くんまでどうしたの? ガマガエルとは?」
すぐに理由がわかり私まで顔を真っ青になると、誠さんには理解が出来ないらしく首をかしげる。
「あのね。ガマガエルって言うのは、ことねにいぢわるなことをいうおばさん」
「古都音と誠が仲良くするのが気にくわないとか言ってるが、そんなのガマガエルには関係ないじゃん」
「この前言っていた私の信者だね? それなら私が話をつけよう」
どうやって説明しようと考える暇もなく空海が口を尖らせ説明してくれ、理解した誠さんはありがたいようなそうでもない解決策を思い付く。
それで何も言われなくなるのならありがたいけれど、なぜか華恋より達が悪いような気がする。
「なんて言うんですか? 」
「君は私の親しい友人であることを分かってもらうよ。後は昼食にでも誘って、嫌われる態度を取ればいい。だから今日の昼食はアンナと取って貰えないだろうか?」
「はい、それはちろん」
意外に穏便に終わりそうな内容にホッとするものの、食事を誘うのはいかにもって感じだ。
でも嫌われる態度を取ればと軽く言っているけれど、相手は二十年も片想いしている。 そう簡単に嫌われるんだろうか?
【しかしガマガエルって言うのは、女性に対して失礼だと思うよ】
「だってそっくりなんだぜ? 誠も見たら納得する」
やっぱりそのあだ名を指摘されるが、海は胸を張って言い切る。
「あの人がそう?」
「はい。知り合いですか?」
「いや。高校時代私を慕ってくれた後輩にそっくりなんだよ」
「ならその後輩の姉じゃないんですか? 彼女、私より年上です」
意外な接点が発覚するけれど、それはそれで納得いく答えであった。
誠さんは男子校らしいから、どう考えても慕っていた後輩なんてありえない。
今まではどこで信者になったのか不思議に思っていたけれど、弟の文化祭の時に一目惚れしたって言う所だろう。
「それではまた」
「はい」
と言って誠さんとは別れた。
これでなんとかなれば残りは華恋だけなんだけれど、どっちにしろいきすぎた愛情は相手や回りの迷惑でしかならない。
その辺彼女達は自覚……してないだろうな?
私にももし好きな人が出来たら、恋は盲目にならないように気を付けよう。
「は、何これ?」
職場について部屋に入ろうとしたら掲示板の張り紙に気付き、私は目を疑い唖然と立ち尽くす。
よく漫画やドラマにありがちな辞令の張り紙。
だけどこう言うのは本人に告知してからだと思ってたのに、いきなり来るんですね?
月島古都音
新規プロジェクトの兼任に任命する。
……新規プロジェクトってなんですか?
確かに以前オタクをターゲットにした部署が出来るんで申請はしていたけれど、うちの部署は兼任が難しいから却下されたことはあった。
でもそれは数年前の話で、現在は地味に活動しているらしい。
だからそこではないと思うんだけど、だとしたら一体?
「月島さん、おはよう」
「あ、部長。おはようございます。これは一体?」
「あれ、聞いてない? 副社長が手掛けているプロジェクトに是非月島さんを貸してくれと言われてね。副社長直々の申し出を断れなくて、そう言うことになりました」
「…………」
ナイスタイミングで部長がやって来て詳しい理由を聞いてみると、なんとも言えない微妙な理由に頭を痛める。
社会人として部長達の下した決断は、100%正しいんだと思う。
ナンバー2に逆らったら首がぶっ飛びます。
それでも私はあえて言いたい。
なぜ私なんかを選ぶ?
私はダメダメ社員なんで、まったく役に立ちません。
「詳しくは副社長に直接聞きなさい。15時に月島さんを連れて行くことになっているから、用意しといて」
「そうですか。分かりました」
しかし私には拒否権なんかなく、言われるがままに聞き入れるしかなかった。