ⅡⅩⅤ.アラフォー迷子になる
「古都音、そろそろ学舎に行こうぜ?」
「うん。そうだね? でもここどこ?」
「ことね、くー達迷子?」
みんなの元に戻る勇気がなく三人と一匹だけで街を観光していてついつい無我夢中になっていたら、時間に気付いた空がフッとそう言う。それで辺りを見回すと帰る道と言うか、 ここまでどうやって来たか解らないことに気づく。
そんな私の間抜けな台詞に、空はあどけなく図星を付く。
そう、これは迷子。
「大丈夫。地図を見ればなんとかなる」
「チーズ? チーズはそんなすごいのか?」
「食べ物のチーズじゃなくって、この道が絵で描いてあるんだ」
焦ってることは隠し明るくそう言いながら手帳から地図を探していると、海らしい可愛いボケが入る。
だから優しく意味を教え、お目当ての地図を出すのだが、
「これが地図なの? 難しくてくーには読めない」
「うん、そうだね? 私にもこれはちょっと………」
私がよく知る地図とはかけ離れているだけではなく、暗号ような文字がびっしりと書かれている。
これはどうやって解読するんだろうか?
バカな私にはまったく解らない。
「まさかおいら達もう帰れないのか?」
大きな瞳を潤ませ恐ろしいことを口にする海。肝心な時か弱くなるから、ここは私がしっかりしないと余計不安にさせてしまうだけ。
「大丈夫。なんとかなるよ。ほらあのタワーまで行けば、帰る道が分かるからね?」
「本当か?」
「うん」
本当はタワーにたどり着いたとしても確実に帰れる自信はないけれど、こう言う時は言わぬが花なんだと思う。海を掴み肩に乗せ頭をなぜる。
「ことね、かい。りくがねタワーまでだったら戻れるって」
「本当に? 陸、えらい」
「ワンワン」
一方こう言う時はしっかりする空は頭の回転が早く(私達の頭の回転が遅いだけとも言う)、今回もすでに陸と話が付いていた。誇らしげな陸を誉めまくる。
「それじゃ陸、ナビゲーションお願いね」
「ワンワン」
早速案内を頼むと陸は走りだし、その後をついていく。
「陸、ありがとう」
「ワンワン」
無事にタワーにたどり着く。陸にお礼を言いながら再び誉める。
陸は案外警察犬に向いている?
それとも会話が出来るから賢いと思えるだけで、実はこれが普通だとか?
いずれにしても陸がここまで頑張ってくれたんだから、後は私が頑張ってペンちゃんちにたどり着かないとね?
うまく行けば後半の授業には余裕で間に合う。
「ジャンヌが来る」
「え、ジャンヌ? ライオンさん?」
とにかく張り切り見覚えがありそうな道に進もうとすると空がここにいるはずもない名を呟くから、びっくりしてとっさに辺りを見回すと息を切らしたライオンさんとジャンヌがこちらにやってくる。
私を捜してくれていた?
「良かった。なかなか戻らないから捜したんだよ」
「すみません。タヌキと会わせる顔がなくて双子達と観光をしてたました」
いくらなんでも道に迷ったと言うのは恥ずかしいから、謝りそれなりの理由を言う。
しかし今思えば随分自分勝手な理由。
誰かしらに言っとくんだった。
「まったく。確かにあれは逃げ出したくなるのは分かるけれど、これからは無断一人行動は禁止だよ」
「はい、分かりました。それでみんなは?」
「時間だから先に学舎に行って貰ったよ。俺はリーダーだからね?」
ごもっと過ぎるお説教に二度としないことを誓い、ライオンさんに責任感の強さに改めて惚れ直す。
こんなライオンさんだから私の心を十数年間も鷲掴みで離さない。
手が届くプライベートなライオンさんを知り、ますます好きになって行く。
「キツネちゃん。ちゃんと聞いている?」
「私、ライオンさんが大好きです」
「え?」
説教中にも関わらず握手会のノリで意味もなくこの思いを告げてしまう。
もちろん愛の告白ではなく、ファンとしての大好き。
なのにライオンさんは頬を赤くして、言葉をなくす。
?
何この反応?
「ライオンさん?」
「駄目だよ。俺とキツネちゃんはもう声優とファンの関係じゃなくって仲間だろう? だからこんな所でそんな無邪気な笑顔で言ったりしたら」
拒絶されているのか困った様子で言われてしまう。
もうファンじゃいられない? なんで?
「ストーップ!!」
「え、華恋?」
頭の中が真っ白になり何を返せば良いのか分からなくなる中、華恋が私とライオンさんの間に割り込む。
どす黒い殺気を漂わせて、いつも以上に怖い。
「あんた一体何を考えてるの? 庵に告白するなんていい度胸しているわね?」
「は、ち、違うよ。な何言ってんの?」
鬼のような怒り顔でえらい勘違いをされたようで、そのつもりはまったくないと誤解を解く。
しかし理由を知った私は、身体中が熱くなり心臓も高鳴っていく。
私はなんてことを言ってしまったんだ?
ライオンさんが困るのも無理がない。穴があったら入りたいよ。
「ライオンさん、紛らわしいことを言ってすみませんでした。あくまでも一ファンとして大好きなだけです」
「本当に?」
「はい、神に誓っても良いです」
「そうだったんだ。それなら良いや。庵、一緒に学舎に行きましょう」
ようやく誤解が解け華恋の殺気は消え、いつものようにライオンさんと腕を組む。
殺されなくてよかったと思ったのと同時に、華恋はファンであり付き合いたいとか結婚したいとかは思っていないことを知る。
あくまでもライオンさんはみんなのアイドルだから、特定の人を作って欲しくない。
同じファンとして分からなくない気もするけれど、それじゃライオンさんが一生独身と言うことでもあるから可愛そう。
「ごめん。俺まだキツネちゃんと話すことがあるから、先に行っててくれる?」
「そそうですか。では私はこれで」
今日はやけに素直でライオンさんの言葉通り、さっさとこの場を去っていく。
相変わらずのようでもまだ昨日のことをまだ引きずっているらしい。このぐらいであればまだ許せる範囲であるから、気にしなければいいだけのこと。
いつまで続くのだろうか?
「ライオンさん、本当にすみませんでした」
「これからは声優の俺は庵、仲間の俺はライオンって呼んでくれる? あれは紛らわしいからね」
「分かりました」
もう一度頭を深く下げ心から謝罪すると、ライオンさんはそう言って多分許してくれた。 本当にこの思い立ったら吉日をどうにかしないと、そのうち大問題になりそう。
「うん。それじゃ行こうか? タヌキくんも心配してるよ」
「タヌキが?」
「そう。つい怖い顔で睨んだけれどよく考えたら怒ることはなかったって反省してる」
てっきり今なお怒っていると思いきや、反省までするタヌキに意外性を感じた。
確かにあの言葉はうさちゃんに向けたことではなく、大人同士の会話に出てきたもの。悪くないと言えば悪くないし、小さい子供の前で話すなと言えばそれまでだ。
汚い言葉は辞めましょう。
「私も少なからず悪かったです。今度から気を付けます」
「それは俺もだよ。うさぎちゃんには変な言葉を使って欲しくないからね」
「ですね? うさちゃんってすごく可愛いですよね? それに素直で優しいし娘にしたい」
ライオンさんもうさちゃんが好きらしく、私のありえない妄想話を笑顔で聞いてくれる。
本当に出来るものなら欲しい。なんて言ったら人権侵害だ。
「でも藍の方が可愛いと俺は思うよ。小さい時から庵兄さん庵兄さんって離れなくってさ」
「相思相愛ですね? コアラちゃんもライオンさんが大好きですから」
コアラちゃんの話に差し代わり鼻の下を伸ばし話し出すライオンさんは、はっきり言わなくても伯父馬鹿だ。でも小さい時からコアラちゃんはお世辞抜きで可愛かったんだろう。
第三者の私から言わせれば、うさちゃんもコアラちゃんもどちらも可愛い。
「そう言ってくれると嬉しいよ。所で今度の金曜は暇かな?」
「仕事が終われば大丈夫です」
「もし良かったら藍のお見舞いに来てくれないかな?そしたらきっと喜ぶと思うんだ」
「はい、よろこんで」
悲しいぐらい予定がない私は即答で答えると、会話の流れに沿った嬉しい誘いだった。しかもそう思ってくれているなんて、嬉しさ倍増である。
クリスマス会にも来てくれるかもだから、その前に会った方がいいと思ったんだろう。
「ありがとう。じゃ手を出して」
「はい?」
「もう迷子にならないように手を繋いでいこう」
「…………」
子供扱いするかのようにそう言いながら、私の手を取り握る。ドキドキして恥ずかしいのもあるけれど、一番大きい感情は悲しくて涙が出てきそう。
嬉しかったり、恥ずかしかったり、悲しかったり。
私の感情は大忙しだな。