Ⅰ.ようこそ異世界へ
パンパカパーン
「おめでとうございます。あなた達四人はこの剣と魔法のファンタジーワールド“メネセス”を冒険することが許されました」
『は!?』
目を瞑った直後、間が抜けたファンファ-レのような音がなったと思ったら、やたら明るい声で信じられないことを楽しげに言い放す。
慌てて目を開けば、そこにはあり得ない光景が広がっていた。
明るい声の言う通りの中世風の部屋の内装以上にビックリしたのは二人の男性。
一人は私が十数年追っかけをしている声優の乱堂 庵。
ファンクラブも入っていてイベントや握手会も毎回のように行ってるため、さすがに私の顔だけなら見覚えがあるらしく眉を曲げまじまじと見つめられる。
そんなに見られたら、恥ずかしいんですが……。
顔を真っ赤に染め反射的に視線を背けると、よく知るもう一人の男性がクスクスと笑う。
こっちは頭にくる。
「ちょっとタヌキ、何笑ってるのよ?」
「だってキツネが柄になく乙……もうそんな歳じゃねぇか?」
笑いながら彼は相変わらずの毒舌を吐く。
十五年以上ぶりなのに、何も変わってない?
彼の名前は沼田 直樹。通称タヌキ。
お調子者で毒舌。
高校の同級生で割合仲が良かったけれど、一度も恋愛対象として見たことがない。
因みにキツネと言うのは、私のあだ名。
タヌキと命名したら、キツネと命名された。
するとタヌキの傍にいる幼稚園児ぐらいの可愛い女の子が、タヌキを見上げながら喜んでるようす。
確かに幼稚園児には受けの良い名前かも知れない。
「パパはタヌキさんなの?」
「は、パパ? その子タヌキの娘なの?」
「まぁな。シングルファザーって言う奴だ」
「へぇ~」
そんなに自慢して言う言い方ではないと思うけれど、色々大変だったと思うから何も聞かないで置こう。
「あの~ そろそろ進んでも宜しいでしょうか?」
「あ、そうだった。今さらだけどあなた誰?」
さっきの明るさがまったくなく申し訳なさそうに声を掛けられ、私はようやく一番最初の台詞を思いだし声の主を見る。
水色の長髪で人の良さそうなエルフような耳を持つ中性の男性。
歳は二十代前……それとも私が知るエルフだとしたら数百歳とか?
ローブを着ている所を見てもこの人が、私達の召喚したと言う張本人?
「申し遅れました。私はペンドと言う者です。先程も申し上げましたが、あなた達は数年に一度行われるこの世界の住民権を取得し、冒険者になっていただきます」
「は、夢か?」
「多分…」
ペンドと名乗る男性はさっきと似たような説明をしてくれるけれども、素直に信じられずタヌキに話を合わせる。
いい大人がこんな非科学的な展開を馬鹿見たく鵜呑みに出来るはずもない。
それに私がここに来る前にある記憶は寝る時だったから、これは間違いなく自覚のある夢って言うオチなんだろう。
でも自覚がある夢と言っても、思い通りにはならず勝手に話が進んでいく。
「まぁ夢と言えばそうかもしれません。あなた達は今魂だけがここにいて、肉体は向こうの世界で寝た状態になっていますから」
「は? つまりここは死後の世界?」
「縁起でもないことを言わないで下さい。ちゃんと生きてますよ」
否定も肯定もしない曖昧な返答をするペンドに、タヌキは反射的に誰もが思うだろう物騒な突っ込みを入れる。これには苦笑しながら、全否定。
「意味がわからん」
「おじちゃん。どうしたの? ぽんぽん痛いの?」
少女がさっきからテーブルに伏せている庵さんを不思議に思ったのか、不安げに訪ねお腹をさする。
なんて優しい子なんだろうか?
私なんてファンの癖に気にも止めなかった。
「ち、違うんだ。タヌキくんとキツネちゃんがツボにハマっただけなんだ。……ックク」
『…………』
大爆笑されました。
「ツボにハマった?」
「すごく面白いってことだよ。見ず知らずのあんたが、そんな笑うことねぇだろう?」
「ごめんごめん。俺は乱堂 庵。宜しくね」
当然その意味を少女は知らずに可愛らしく復唱。
それをタヌキが分かりやすく教え、庵さんに食って掛かる。
見ず知らずの相手だから、笑えることがある。
それなのに庵さんは謝り、聞かれた通り名乗ってくれた。
自己紹介ターン。
「あ、おじちゃんはライオンさんだ。うさは沼田うさぎ。四歳」
無邪気な子供の発想だけれど、それは時には大人にして見れば残酷だ。
確かに三十過ぎれば、おじさんおばさんになる。
当然私も……。
「本当だな。ならお前のあだ名はライオンな。タヌキ うさぎ キツネ ライオン。動物チームなんちって。オレは沼田直樹」
「随分可愛らしいパーティー名だね。私は月島 古都音。ペンドのフルネームは?」
「ペンド=ギル=フォーンドです。……ペンギンになりますね」
私のなんとなく予感の問いに、照れながらも嬉しそうに答えてくれる。
その反応からするとペンドをペンギンを呼んでも怒られなさそうだから、馴染みを持ってペンちゃんと呼ばせてもらう。
「それで俺らはこれからどうすんの? 魔王退治でもやらせる気?」
「この世界には今のところそんなものはいませんし、いたとしても初心者パーティーには頼まないですよ。普通に冒険してくれればOKです」
涼しげな顔でトゲのある言い方に聞こえるのは、気のせいなんだろうか?
「いかにもキツネが好きそうな展開だよな? ならまずは職業適正って奴か?」
「それはすでにこちらで決めております。まず古都音さんは魔導師。直樹さんは狩人。うさぎさんは猛獣使い。庵さんはトレジャーハンターです」
お役所か何かのようにテキパキと話を進めながら、私達に手帳と指輪を渡す。
手帳はそれぞれ色も柄も違うけれど、指輪はシンプルなデザインで石が埋め込まれていた。
私が赤、タヌキが黒、庵さんが黄色、うさちゃんがピンク。
ちなみにペンちゃんは水色。
「うさにもあるのかよ?」
「もちろんです。職業は究めても良し、ある程度経ってから変えることが可能です。これは簡単に言えば、手帳は冒険の知識が事細かく書いています。マジックアイテムなので、薄く見えても千ページはあるんですよ。リングはこの世界の身分証明書みたいな物です。そしてまずは填めてみて下さい」
「そうだね」
随分本格的な設定になってきたなと感心しつつ、とにかく指輪を右手の薬指に填める。
少々大きいと思ったのも束の間で、填めた途端ピッタリとサイズが合う。
すると石が光り、何かが飛び出し現れる。
手のひらサイズの大きな瞳がチャーミングな赤髪の双子の男の子。
私のことをじっと見続けている。
他の人はと見回せば、タヌキのは日本人形系で庵さんはフランス人形の外見で、双子達ぐらいのサイズの女の子。
一方うさちゃんはなぜかピンクウサギでぬいぐるみにも見える。
「この妖精みたいなのは?」
「あなた達のパートナー精霊で、キャパシティを示してます。相方の心を読み取り、学習するので良い子に育てて下さいね。それにしても双子の精霊に動物の精霊なんて珍しいですね」
「そうなの?」
要点だけ捉えた説明に、言葉通り物珍しそうに双子とウサギを交互に見つめる。
しかし双子とウサギはビックリしたらしく、さっと私達の背後に隠れ様子を伺う。
その姿も可愛らしい。
「これはすみません」
「さくらくん。ペンギンさんは怖くないから大丈夫だよ」
それを落ち着かせるうさちゃんは更に可愛らしくて、ハグしたいけどそんなことしたら父親に殺されるだろう。
ここは大人しく私も双子の名前でも決めて戯れよう。
何が良いだろう?
双子らしくセットがいい。
「……空と海。今日からお前が空で、お前が海ね。私は古都音。これから宜しくね」
『だぁーだぁー』
なんとなくイメージをした名前を命名し私の名前も教えてみると、自分の名が気に入ったらしく笑顔を浮かべはしゃぐ。
瓜二つの双子だけれど不思議と見分けが付くのは、私のパートナーなのかそれとも夢だからなのか?
「君の名はジャンヌラルクでどう?」
「キュー」
庵さんも名前を決めて命名すると、精霊は喜び庵さんの頬にキスをする。
ファンに見られたら、ボコ殴りにあいそうシーン。
私はただ羨ましいだけで、嫉妬などは産まれるはずがない。
それにこれはどう見ても父親と娘だし、庵さんは2.5次元の人。
あまり良くはないけれど、誰と付き逢おうが私には関係がない。
「庵さんらしいですね」
「ライオンでいいよ。俺も君のことキツネちゃんって呼ぶから」
「あ、はい」
緊張しながらも交流を積極的に取ろうと話しかければ、ニコニコしながら自ら距離を縮めるような返答。
タヌキの強制されたと言う感じではない。
でもそれはちょっと残念で、本音を言えば古都音と呼ばれたかった。
「キツネはライオンを知ってるのかよ?」
「うん。ライオンさんは私の大好きな声優だもん」
「声優ね? アニメなんて、うさと一緒に見ているぐらいだしな」
声優好きでも馬鹿にしてくれないでくれるのはありがたいんだけど、所詮声優なんて一般人にはあまり知られてない。
ライオンさんの人気は高くても、オタクが選ぶ好きな声優トップ10にも載ってないからね。
アニメより乙女系……そう言えばお子様番組に出てたっけぇ?
「タヌキ。うさちゃんはもちろんアニメキャラは現実にいるって思ってるんだよね?」
「当たり前だろう? まだサンタクロースだって信じてるよ」
「ですよね?」
思わず暴露しそうになったけど、言ってはいけないことに気づき踏みとどまる。
危うく幼女の夢をぶち壊すとこだった。
「ライオンさんはうさの好きなマイケルくんの声にそっくりだね」
「え? よよく言われるよ。アハハ」
暴露しなくても気づかれそうになり、ライオンさんは空笑いで速攻誤魔化していた。
やっぱりバラせないよね?
「ペンちゃん、次は何をすれば良いの?」
「衣装はこちらで明日までに用意しておきますので、この世界のことを教えますね?お茶でもしながら聞いてて下さい」
話をそらすには話題を変えることが一番で、ペンちゃんに話を振り成功する。
言われた場所にはお菓子も用意されていて、双子達精霊は目の色を変え飛び付く。
うさちゃんも食べたそうに、タヌキの顔色を伺う。
「うさは良い子だな。いいよ」
「ありがとう。さくらちゃん達、うさも食べる~」
そんなうさちゃんの頭をポンポンとなでニッコリして許可を出すタヌキ。
するとうさちゃんは嬉しそうにもうダッシュし、妖精達に交わりお菓子を食べ始める。
その光景はまさにショタロリには、たまらない光景だった。
生きててよかった。
「うさに何かしたら殺すからな」
「いいやだな。私そんな変質者じゃないよ」
「どうだか?」
顔に完全に出ていたのか背後からおぞましい殺気を感じ、否定しても信じてはもらえず冷問いが返ってくるだけ。
これが父親と言う者。
あのお調子者だったタヌキが、今では娘命の立派な父親になっていた。
その後厳しい疑いの目が私に向けられていたため、変な緊張をしたため話を半分以上頭に入らず。
せっかく見られた夢のような夢だったのに、最後は散々な結末なったのはいかにも私らしい。
そしていつもなら目が覚めれば、夢は当然終わるはずだった。