Ⅰ 檻を壊す
無表情無口っ娘を書きたくて、筆をとりました。
檻を壊さないと。
自分の存在ってなに?
そう虚空に尋ねても、返事は返ってこない。
けれど、答えは最初からもう分かっていたから。
――要らない子。
父親の妾の子だから、誰もが優しくなかった。
父親も、その正妻の人も、義兄弟たちも、親戚も、揃って私を壊そうとした。
地下室に閉じ込められて。
味方なんて居るわけなかった。
そのうち表情なんて消えていって。
これが普通だって思い込もうとした。
泣きたくて堪らなかったけど、泣いたら人間になっちゃうから。
最初は期待だってしてた。助けが来るんだって。
だけど、ずっと地下室で独りぼっち。
昔読んだ絵本には、みんな愛が平等に与えられるって。
じゃあ、探しに行かなくちゃ。
ここに居ても、私は認められない。
虚無な私を認めてくれる人を探しに、檻を壊さないと。
この日、一人の囚われの少女が"力"を手にした。
†
20ΧΧ年六月十四日。
第二次世界大戦に勝利した日本は、世界屈指の軍事大国へと成っていた。
そんな日本の軍事産業を支える財閥の一つ、美夜財閥。
戦前、大量の物資を帝国軍に提供し大日本帝国を勝利に導いた立役者である美夜財閥は、戦後も数々の優れた兵器を開発し、日本で二番目に大きな財閥へと至った。
しかし、そんな美夜財閥は、現在の代表取締役、美夜 総司の代から暗い噂が絶えない。
曰く、人を拐って人体実験をしている。
曰く、人身売買や麻薬の密輸に手を染めている。
曰く、気に入らない人物は暗殺して排除する。
そんな美夜財閥に雇われる警備員達は、一切の例外なく軍属である。多くの実戦経験を持ち、高い戦闘能力の軍人を警備に当たらせることによって、美夜財閥の技術や秘密を暴こうとする人間の侵入を、最新のセキュリティーやトラップも合わさって完全に阻止してきた。
そして、そんな泣く子も黙る歴戦の彼らは、一人の少女によって壊滅されようとしていた。
「ば、化け物……」
誰かが呆然と呟いた。
生き残った彼らの前には、殺されていった同士たちの死体と一人の幼い少女。
5~6歳くらいの濡れたような長い黒髪をもった美しい少女。大人用の白衣を着た、彼女の相眸は鮮血のように紅い。
少女の体から立ち込める黒い障気に触れた瞬間、警備員達は大量の血を吐き死んでいく。
抵抗しようと警備員達の拳銃から放たれた銃弾は、少女を撃ち抜いていくも、瞬時に撃たれた箇所を黒い障気が覆って治癒してしまうため無意味。
「く、来るなぁぁぁ!!」
「ひ、ひいいい!!助けて、助けて!!」
「壊ね」
叫び、命を乞う彼らを、少女は能面のような無表情で殺していく。
それは、一方的な虐殺。逃げ惑う彼らには、死という選択肢しか残されていなかった。
弱肉強食――弱者が強者に淘汰されていくという理。この場では少女は強者。強者であった彼らは、弱者であった筈の少女に壊されていく。
「クソッ……グレネードォ!!」
一人の男が、最後の抵抗と、手榴弾を少女に投げる。その直後、ゴォォォンという轟音と共に少女の体が爆散する。
「そ……そんな……」
しかし、男は絶望した。
爆発によって散らばった少女の肉片が、黒い障気と共に人の形となっていき、数分後には元通りの美しい少女の体となっていたからだ。
そして、少女による一方的な殺戮は再開する
この死が蔓延る狂宴はまだ終わることはない。
†
「総司様!大変です!地下11フロアで、ご息女が奇妙な力を使って警備員を殺害していますッ!避難を!」
「落ち着け。そんなことは既に知っている」
少女による殺戮がおきている頃、とあるアンティーク調の部屋に一人の中年の男性が駆け込んでいた。
中年の男性の前には、日本人には似合わない筈の貴族という言葉を彷彿させるような服装を着こなした30代くらいの見目麗しい男性がソファーに座っている。彼こそが、美夜財閥代表取締役の肩書きを所持する美夜総司である。
総司は無言で、慌てている男に、顎でテレビを見るように促す。男は促されるまま、テレビの方を向く。
テレビには、リポーターと、腕から炎を出したり、民家を氷漬けにしたりしている人間が映っていた。
『げ、現在、都内では、超能力と思われる力を使っている民間人が、暴れている様子が見られますッ!一体、何が起こっているというのでしょうか!?』
「一体……!?」
「このとおり、街にも超能力を使っている輩がいる。つまり、下手に外に出るよりも此処の方が安全というわけだ。多分、あの塵、いや、黒乃の奴も超能力が使えるようになったのだろう」
テレビの様子を見て、絶句する男とは対照的に、総司は落ち着いた物腰で状況を分析する。
そして、突如、ソファーから立ち上がった総司は書棚の方へ歩いていき、一冊の分厚い本を引き抜いた。
すると、壁が回転し、書棚のあった場所に、何丁もの銃が立て掛けられた壁が現れる。
「なッ……!?総司様には驚かされますなぁ……」
「フ、この様な備えはしていてあたりまえのことだよ。さあ、山田君、一丁取りたまえ」
「わかりました。それにしても種類が豊富ですねぇ」
「ああ、そうだね。……山田君のような体格にはショットガンなんてのは如何かね?」
総司は、二丁のリボルバーを取りだし、自分の腰のホルスターに差し込んだ後、山田にショットガンを渡す。
そして、二人は自分の銃に弾を装填していく。
そんな中、総司は山田が装填しようとしている弾を見て、感嘆する。
「ほう、山田君は12ゲージスラッグか。凶悪だね」
「総司様の M500も負けてませんよ」
山田はにこやかに総司の持つリボルバーを指しながら返答する。
すると、突如、部屋の扉が吹き飛んだ。
†
父親の書斎の扉を吹き飛ばして、中へと足を踏み入れる。
「黒乃か……何故ここに来たのかね?」
「認めてくれる人を探すため……」
「認めてくれる人だと……?ハッ、何だそれは」
目の前には、私の父親と見たことのない男。二人とも私に銃口を向けている。
殺したい。
父親を視界に入れるだけで、父親への憎悪が大きくなっていく。
今の私には、"力"がある。あいつらなんかには負けない。
私は、右手を父親に向けた。
すると、大きな発砲音と共に、私の脇腹が吹き飛んだ。
見れば、男の、私に向いているショットガンの銃口から白煙が出ている。
「ち、近付くんじゃないぞッ!あと一歩でもこっちに来たり、超能力を使ったりしてみろ!もう一度撃つッ!!」
撃たれた私はすぐに、"力"で脇腹を治す。黒いもやもやが吹き飛ばされた脇腹のあったところを覆っていく。
また、何にもしてないのに、私を壊した。
ふと、何にもしていないのにストレスの捌け口に暴力を受けてきた日常を思い出す。
許さない。全部、お前らが悪いのに……。私は悪くないのに……!私を虐めるお前らを絶対に許さない!
私の感情の昂りに比例するかのように、私を中心に黒いもやもやが立ち込めていく。
「総司様!奴のき、傷が無くなりました……!ば、化け物め!」
「フゥー、治癒能力か……厄介だな。再生出来んくらいに撃つとしようか」
そうして、私に、二人が容赦無く撃ち始める。
撃たれる度に、私の体がボロボロに崩され壊されていく。
けれど、私には効かない。だって私の体は『虚無』だから。私は、右手にある黒い痣を左手で押さえる。
壊れていった端から、治っていく私の体。なんだか、こうして傷がなくなるのを見ていると、生をだんだん実感出来なくなっていく。
とりあえず、鬱陶しいから死んじゃえ。
「壊ね」
その瞬間、父親と男の体が捩切れた。
父親も男も何が起きたのかわからなかったようで、ポカーンとした顔のまま事切れていった。
「探さなくちゃ……私への愛を……」
そうして少女は――美夜 黒乃は、自分を認めてくれる人を探しに行った。