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向こう側の世界もしくは切り取られた世界

作者: 私様

私は写真撮影が趣味だ。

人々の営みやその時その時の自然の美しさを永久に残せるという所に魅せられた。腕の方は素人に毛が生えた程度で、とても人様に見せられるようなものではない。だが、それでも少し遠くに出かけようかと思った時にはカバンの隅にそっと、カメラを入れる。出先でおっ、と思うような場面に出くわしたなら、すぐさまカメラを取り出して、パシャリと一枚撮ってしまう。撮るだけではなく、時には写真集を買ったり、個展に足をのばしたりする。写真を見ている時は、撮る時とはまた違った感動を覚える。

そんな私だが、どうにも、集合写真というのは好まなかった。正確に言えば、自分が写った集合写真は好きではない。むしろ嫌悪さえしている。

写真に写る世界というのは、どれもこれも、幸せそうで、輝きさえ放っていて、私はそこに価値を感じていた。しかし、その世界に私がいると、輝きは失せる。そこに幸せなど存在していないことを、他でもない私が知っているからだ。

だから、私はいつも被写体ではなく撮影者の側に回る。撮影する側に回ると、ひどく安心する。カメラから覗く世界には私はいないのだ。


ある日、友人の家に呼ばれた。なんでも、一つ集合写真を撮って欲しいらしい。電話越しに素人仕事でいいのかと聞くと、「お前ほど写真に詳しいヤツを俺はしらん」などと抜かす。お互い忙しく、久しく話をしていなかったので、ちょうど良いと思い、友人の頼みを承諾した。

車を走らせ、いくつかの信号を通り過ぎると友人の家が見えてきた。古い和風の屋敷だった。家の前に車を停め、インターホンを鳴らすと、友人が出てきた。

よく来たな、今日は飲もうじゃないか──といったようなことを話ながら家の中にお邪魔させてもらった。玄関を見るに、どうやらたくさんの人が来ているらしい。友人に聞けば、今日は一族全員が集まっているのだという。本当にそんな大事な写真を私が撮って良いのか、と聞けば、下手な写真屋よかいい写真を撮ると言う。不安と緊張がつのった。

大部屋には友人の親族がいて、中には子供時代に見たような顔もあった。しかしどうしても、疎外感と言うか、アウェイというか、少し入りづらかった。部屋に入ってきた私を、たくさんの目が見つめた。私の腰ほども無い可愛らしい子供が、母親と思わしき女性の後ろに隠れて、警戒と怯えの入り混じった視線を私に送っていた。やりづらい。

友人の声かけで、親族たちは集合写真を撮るために並び始めた。私は三脚立てて撮影の用意をしていた。すぐに整列も用意も終わった。

私はカメラを構え、覗いた。たくさんの目がレンズ越しに見つめていたが、気にならなくなっていた。緊張や不安は去っていた。先ほどの子供は、母親の服の端をちょこんと握りながらも、そばに立つ父親のようなシャンとした顔つきを真似していた。シャッターを切った。その一回だけでなく、二回、三回と私はシャッターを切って友人の一族をカメラに収めた。

それから、友人は私を労って、酒を勧めた。私に今日は泊まっていくようにとも言った。私は友人の勧めの通り酒を飲み、泊まっていくことにした。

夜も更けて、赤ら顔になった私は少し酔いを醒ますために夜風にあたることにした。廊下に座り、庭から見える月を眺めていると、同じように赤ら顔になった友人がやって来て、隣に座った。しばらくはお互い黙って月を見ていたが、思い出したといった具合にポツリと話し始めた。

「実はな、俺の死んだじいさんも写真が趣味だったんだ。死ぬ前、まだ元気な頃は写真を撮っていたんだ。正月は親戚で集まって、じいさんがパシャリって具合よ。……そういえば、カメラを集めていたな。そうだな、なぁ、カメラ、一ついるかい。じいさんのカメラをやるよ。数あるコレクションの中から一つな」

カメラを集めるような趣味は無かったが、少し興味を引かれた。友人にぜひ見せてくれと頼むと、友人の祖父の部屋まで連れてこられた。

部屋の中で、様々なカメラを見た。その中で一番興味を引かれたのは、黒い奇妙なポラロイドカメラだった。

それには社名は無く、代わりに細かな傷がたくさん付いていた。削れたのだろうかと考えたが、見るに元から書かれていなかったように思われる。付け加えて、他のカメラは傷がほとんど無く、どれも非常に良い状態で、持ち主の愛情が伺えるようであったのに対し、このカメラは雑に扱われていたようだ。

どうにも解せないので、友人に聞くと、曾祖父の代の物だという、だからたくさん傷が付いてるんじゃないかと言った。じいさんもひいじいさんもカメラに熱中してたのに、親父と俺はさっぱりなんだと友人は笑っていたが、私はひどく驚いていた。ポラロイドカメラ、所謂インスタントカメラは1948年代の代物で、友人の曾祖父の時代には存在しなかった物だ。私はこの奇妙なポラロイドカメラを貰うことにした。


翌日、私は朝食をご相伴にあずかってから友人宅から帰った。

人の家にいるというのは疲れるもので、どうも体からだるさが取れなかった。ので、ソファで横になってしばらく過ごした。うとうとしていると、いつの間にか昼過ぎになっていた。さて、どうしたものかと考えていると、昨日貰ってきた奇妙なカメラのことを思い出した。カバンから取り出して適当な物、リンゴを試しに撮ってみることにした。カメラを構えて、シャッターを切った。ジィーという音と共に写真が出てきた。しばらくすると真っ赤なリンゴが浮かび上がってきた。裏表とひっくり返して見たりしたが、なんてことは無い。ただの写真だった。期待を外されたような気分になったので、とりあえず腹を満たそうとさっき撮ったリンゴを食べることにした。

しかし、奇妙なことにリンゴは無くなっていた。落ちたのだろうかと、床を探すがやはり無い。リンゴは写真の中にしか無かった。妙な焦燥感に襲われた。

ポラロイドカメラをもう一度構えた。今度の被写体はソファだ、先ほどまで使っていたソファ。パシャッ、ジィー。まだかまだかと待っていると、写真にソファが浮かび上がってきた。さっと写真から目を離してソファを見ると、ソファは無くなっていた。

自分の手にあるソファの写った写真とポラロイドカメラ、そして何もない空間から一つの結論を得た。このポラロイドカメラは原理は不明だが、被写体を消してしまう。否、文字通り世界から切り取ってしまうのだ。

私は全能感を感じると同時に強烈な恐怖を抱いた。しばらく悩んだが、このことを友人に話すことにした。友人に電話をして、すぐに車を走らせた。

家に着くと、インターホンも鳴らさずに玄関を叩いた。正直言って慌てていた。友人はやや迷惑そうな顔をしていたが、中に入れてくれた。

訳を話すと友人は頭を掻いて、酔いがまだ醒めてないんじゃないのか、と聞いてきた。私は憤慨して、証拠を見せることにした。玄関を乱暴に開けて、私の車の前に行く。そしてポラロイドカメラを構えた。

「今から、このカメラで車を消すからな」

私がそう言うと、友人はいよいよ手がつけられないとばかりに手のひらを大袈裟に空に向けた。閉口して、シャッターを切った。写真が吐き出される。吐き出されたばかりの写真は黒くて、何も写ってはいない。車もまだそこにあった。やがて写真に私の車が写ると、私の車は無くなっていた。

「どうだ。見たか、私の車が消えたぞ!」

「何言ってるんだ、お前はそもそも車を持っていないじゃないか。やっぱりまだ酔ってるんじゃないのか」

たった今、私の車が消えたというのに、そもそも無かったと言っている。私は頭がおかしくなりそうだった。このカメラは世界からモノを切り取る悪魔のような力を持っているのだ。切り取られたモノは存在しなかったことになって、別の物事が補完するのだ。私はいよいよ恐ろしくなった。このポラロイドカメラの秘密を他人に、例え親しい友人であろうと、教えるわけにはいかなくなった。私は一言友人に謝ると、走って帰路を急いだ。

とにかく走った。信号を二つか三つ渡ったところで息が切れた。電柱にもたれかかりながら、体力の無い自分を恨んだ。感情に振り回されて、車を消すんじゃなかったと後悔もした。人が、少し訝しげな目で私を見る。なんてことは無い、普通の行動だった。しかし、それは私の不安を煽った。いくつかの視線のうち、どれかの持ち主がこのポラロイドカメラを奪おうと思案してるんじゃないか、そういう考えでいっぱいになっていたのだ。私は疑心暗鬼になっていた。

ふぅ、と息をついて何気なく辺りを見回した。この辺りは十字路で、見通しが悪い。私は車で友人の家に向かうときは、いつもここを出来るだけ避けて通っている。向こう側から小さなカバンを背負った小学生くらいの子供がやってきた。塾にでも向かうのだろうか、もしそうなら遅刻しそうなのだろう、とても焦った顔をしている。信号機がチカチカと点滅して赤になろうとしていた。

「あッ、バカッ!」

小学生は無理矢理にでも渡ることを決めたらしく、どたどたとこちらに向かって走り始めた。横断歩道に向かって、猛スピードでやってくるトラックの脅威に気づかないまま。

私は気づけば、トラックに向かってシャッターを切っていた。ジィー。写真が吐き出された、まだ浮かび上がっていない。トラックがクラクションを鳴らすが、もう遅い。子供もトラックもお互いを回避することは不可能だ、神か悪魔が何かしない限り。まだ浮かび上がらない。もうだめだ、ぶつかる!

私は目をつぶって、耳を押さえた。













タッタッタ………

私の横を誰かが通りすぎた。悲鳴は聞こえない、いつも通りの日常の音しか聞こえない。手を離して後ろを振り向くと、小学生が走っていくのが見えた。また振り向いて、横断歩道を見ると、そこにはいつも通りの横断歩道があった。信号機以外の赤は無い。強く握られたせいで、端がクシャクシャになった写真が落ちていた。そこにはトラックの姿が浮かび上がっていた。私はその場にへたり込みたくなった。

私は幼い命を救ったのだ、この神か悪魔の物であろうカメラを使って。だが、そんな喜びの興奮は長くは続かなかった。写真を見て気づいたのだ、私はとんでもないことをしでかしてしまった。私は、この世からトラックだけではなく、トラックの運転手まで消してしまった。この世から消すことを殺人というのなら、私は間違いなく殺人犯だ。しかも、罪を犯したのに、裁かれることも、罰せられることも無い。私はガァンと頭を殴られたような衝撃を感じた。


私は、気づけば家の真ん中で座り込んでいた。時計が何時を指しているのか、それはもう気にならなかった。腹が減ったような気もするが、どうにも食べる気にはならなかった。夜がやってきても私は電気を点けずに座り込んでいた。頭の中ではカメラのことをひたすらグルグルと考えていた。電話が鳴っても、私は取らなかった。仕事のことを考える余裕などなかった。手にはトラックの写真とカメラが握られていた。何時のことだったかは、忘れたが、ハンマーを取り出して忌まわしいポラロイドカメラを叩き壊そうとしたことがあった。しかし、何度叩いてもカメラは壊れることは無く、ただ表面に傷が付くだけだった。

昼、カーテンの間から明るい光が漏れていたから昼、昼に私はどうするかを決めた。私は、このカメラは向こう側の世界に行く片道切符なのだと結論付けた。私は私の写る集合写真が嫌いだ。だから、私はこの世界という集合写真から私を切り取る。私は撮影者になる。

私は鏡の前で黒いポラロイドカメラを構えて、覗いた。そこからは、黒いポラロイドカメラをこちらに向かって構えている私が見えた。

パシャリ。

ジィー。


何も無い、がらんとした部屋に、一枚の写真がヒラリと落ちた。

カメラを構えた男がカメラ越しにこちらを覗いていた。



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